表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/230

第0話 なんじゃこりゃ

物語の幕開けです。後付けになっちゃいましたけど。

 それはおれ以外の視線から眺望すると神々しい風景に見えたのだろうな。



『てめえらはまとめて殺してやる!』


 頭上には今にも撃ちだせる無数の光魔法の魔弾を魔法陣とともに巨体の周りを浮かべ、その鋭い竜の牙が並べられている口から焦熱の吐息(インフェルノブレス)をまさに吐き出されようとしている。腰を抜かせ、武器を放棄して座り込んでいる人族の軍勢を、アルス神教の教典にしか記されていない竜の使いと称えられる白銀の色で輝く銀龍(シルバードラゴン)メリジーは射殺すような視線で辺りを睥睨(へいげい)している。



『愛し子を殺めるものは消え失せなさい』


 前方には人族や獣人族が女神様と崇められている美しい風の精霊エデジーが右手に滅殺の(ジェノサイド)槍斧(ハルバード)を握りしめ、左手には絶防の盾(エイジス)を掲げた。獣人たちが倒されているこの戦場、空に届くほどの巨大な竜巻が人族の連合軍を今にも蹂躙しようとその威力を高めつつある。


 崇拝する女神様を怒らせたことで泣き喚き、ひざまずいて許しを請う人たちに女神様の冷徹かつ無情な目線は、恐れ戦く人々の魂を凍結させられた末に闇へ陥るじゃないかと錯覚を引き起こしそうだ。



 うーん、なぜこんなことになった? よくわからないや。



 おれはただ愛する女を守りたかった、目の前にいる理不尽な圧政に晒されていたケモミミたちを苦境から救い出したかっただけ。



 転移してしまったおれはこの世界に生き、どこまでも果てしなく広がるこの美しいアルス・マーゼという大陸の自然を見て回りたかった。



 壮大な飛瀑から飛び散る飛沫を見て、青空と連なる山を映りだす湖を眺め、どこまでも続く澄み渡る河川の行く先に目を奪われ、果てしない草原で力一杯走っているモビスの生き生きとした姿に感動し、豪雪で閉ざされた高山の山頂で厳冬の恐ろしさに震え、自然が織りなす大地の歌に心から感じ取ることで確かにここで生きている証をおれは欲しがっているだけなのに。



 この異世界で観光に洒落込もうと思っていたのに。


 こんなところでおれはなにをしているのだろうな。


 思いのまま両手を広げるように左右へ伸ばす。



 銀龍メリジーが光魔法の魔弾を魔法陣に吸収させたように魔法をキャンセルして、噴火寸前の焦熱の吐息(インフェルノブレス)を口内に飲み込んだ。そしてその体を少しだけ後退させ、まるでおれの背後で控えるようにしてから、空中で二つの翼を大きく広げて見せた。



 風の精霊エデジーが左手の絶防の盾(エイジス)で巨大な竜巻に当てると、それはあたかも強引にかき消されたように四散してしまった。右手に掲げられていた滅殺の(ジェノサイド)槍斧(ハルバード)はその槍先を地面に向けて下げられると彼女はおれの右後ろにまで下がって、教会で飾られているように静寂な女神像と化している。



 んん? なんかおかしいな。この構図だと彼女たちがおれに随従しているように思われてしまうのじゃないかな。






 人族至上主義がここ一帯で蔓延し、周囲の獣人族がいわれなき迫害を受けるようになった。救世主でも勇者様でもないおれは、知り合いとなった彼と彼女たちを見捨てられない自分に忠実に生きようとしただけ。


 自分たちを救おうとする獣人族に、守りたい女のためにおれは自分ができることをしようと、獣人さんとともに立ち上がってみたが、やはり組織的に軍勢を組んできて、よく訓練された人族に敵うことはできなかった。



 魔法攻撃を繰り出すおれは局地的な勝利を得られても、戦争そのものに勝利することはできない。次々と倒されていく獣人(なかま)、消耗させられていくおれの体力と魔力(ちから)。勝利を確信した人族の連合軍は慎重に包囲網を敷いて、この戦いの最終局面で終止符を打とうとする。おれを殺すことだ。



 この世界でできた友に心の中で詫び、爺さんと幼女に感謝を述べつつ、せめて守りたかった女性を逃がせたことが最期の誇りだと自分を褒めてやりたいと思った。



「ごめんな、みんな。もう会いに行けないみたいよ」


「ありがとうな、救いの手を差し伸べてくれて。精いっぱい生きてみたよ」


「じゃね、君にはいつまでも生きてほしいな」




 その時だった。



 多種族に畏怖されている銀龍と尊崇している女神が同時にこの地に降臨された。



 人族の軍勢に圧倒的な凶刃を向けて。






 風がこの戦場を吹き荒み、その音だけが鳴り響いている。辺りの隅々まで見渡していくとおれがみんなの視線を一身で受けていた。絶望、恐怖、驚駭、諦念、救護、未練、憤怒。人々からの様々な感情が籠る眼光におれは立ち尽くしていた。



 平凡なおれにこいつらはなにを求めているのか。先まではおれや獣人を殺害しようと躍起になって勇ましく戦っていたのに、それが無力な自分では敵わない神の力を見せつけられると、地を這いつくばって許しを願うしかできないというのか。



 張っていた最後の気力が失われていく。アホくさっ。




 連合軍の中からだれかが叫んだ。




 その声は瞬く間に人族たちの間に広まって、それは大合唱となって戦場でこだましていく。


 あるぇ? それってもしかしておれのこと?


 なんじゃこりゃ!



 うわー、引くわ。おれはそんな御大層なもんじゃねえ、ひとには羞恥心というものがあるのを君たちは知らないのか? だからやめろ、その名でおれを呼ぶんじゃねえ!



「おれは聖人なんかじゃねえよ!」


ありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ