聖なる悪魔
この世界は異世界です。
とても、現実離れしている。
けど相変わらず痛いことをしている。
これから、始まるのはとっても痛い恋愛ショーです。
表現、感想には、個人差があります。
お話だからね。お話。
序章
「これでいいんだよな」
主税は夜に自宅の裏にある蔵で古びた本を見直した。
蔵は結構広く上の方に小さく窓があるが今は閉まっている。
明かりは天井から伸びている電線の先に白熱灯が付いていて、柔らかい光だけが唯一の光源だ。
中には骨董品らしい壺や掛け軸や甲冑などが埃をかぶっている。
骨董品は明かりが一つのため明暗がはっきりしていて、どこか絵画のような雰囲気を出していた。
主税の持っている古びた本の表紙には、墨で悪魔の召喚法とかすれた字で書いてある。見ている頁には魔方陣がびっしり描かれていて、そのわきには縦書きで達筆な字で注意事項や自分なりの解釈が、誰だか分らない筆者によって書かれている。
主税は蔵でこの悪魔召喚法の本を見つけたのは、古本屋に売れる本を蔵から探している時で、本のタイトルと中身を見た時これは、やってみる価値がありそうだと思った。
主税が蔵に来る時、外は結構強い風が吹いていて冬の嵐が来そうだった。
しかし蔵の中は嵐が来そうな風の音など聞こえないぐらい、しんとしていた。
主税はいざ召喚する直前になると、緊張していて十一月で寒いはずなのに、額にびっしり汗をかいている。
今は物音一つせず、額から落ちる汗の『ポタッ』という音まで、はっきりと聞こえてきた。
蔵の床にはすでに本を頼りに、朱色の墨でよく解らない文字や複雑な図形で魔方陣が描かれていた。
本当はにわとりなど、動物の血で描かなくてはいけないらしいが、血などは簡単に手に入る訳もなく、赤いマジックと朱色の墨のどちらがいいか悩んだが、本はすべて墨で書かれていたので朱色の墨にした。
主税は朱色の墨で描いてみたもののこれで召喚できるのか不安でいっぱいだった。
数頁さかのぼって手順を確認していく。
頁がめくれるしゅっ、しゅっ、という音だけが蔵の中にやけに大きく聞こえる。
「大事なのはここからだ。しっかりしろ!」
自分を鼓舞すると本の最後の行を読んで針を手に持った。
主税は震える手で最後に針を指に刺して、血を一滴魔方陣の中心にたらす。
すると魔方陣から暴風が巻き起こり、目を開けていられないような光が起こって、薄暗かった蔵の中は一瞬にして真っ白になった。
光で目がくらんでしばらく目がチカチカしていた。
目が慣れてくるとそこには、散らばった骨董品の中に見た目が十二、三歳の黒いワンピースを着た女の子が静かに立っていた。
「だっ、誰だ! おまえは?」
不安そうな顔で主税が動揺した声で尋ねる。
「……悪魔のユニ」
ユニと言った黒いワンピースを着た女の子は見た目と違う大人びた声で答えた。
「……本当に悪魔なのか?」
主税は自分で召喚しておいてユニのことを疑ってしまった。
疑ってしまったのは、悪魔というからにはもっと怖そうな化け物が出てくると思ったからだ。
実際出てきたのは女の子だった。
「ユニ、悪魔の証拠を見せようか?」
悪魔のユニはいきなり背中を向けて黒いワンピースを脱いだ。
「は、羽だ!」
背中に黒い被膜が有る羽が生えていた。
「ユニすごいだろう。どうだ、わかったか人間。消すこともできるぞ」
消して見せるとすぐに黒いワンピースを着た。
「でも、ユニって、けっこう可愛いな」
たしかに見た感じ可愛らしい女の子だ。
むしろ同年代だったら憧れてしまうような可愛い女の子だった。
「あらためまして、少し魔方陣が違っていたけど、出血大サービスで新米悪魔のユニが来ました」
「新米? 大丈夫なのか?」
「ユニは先輩たちと違ってスレてないから大丈夫」
「じゃあ、願いを言ってもいいのか」
「代償は必要」
「わかった、じゃあ今度あるサッカーの大会でおれの高校を優勝させて、このおれをJリーグにスカウトされるようにしてくれ」
世の人々はそんなこと悪魔に願うほどのことじゃないと思うかも知れないが、三歳からボールと遊んでいて十歳ごろから本気でプロを目指していた主税にとっては、悪魔にでも藁をも掴む気持ちで願うほどのことである。
「ユニわかった。代償は、うーん、……最近出来た彼女と別れたら願いをかなえてあげてもいいかな」
そう言うと、ユニはしゃがんで魔方陣の間違えている文字その辺に落ちていた筆で直している。
「ちょ、ちょっと待て! 未来とはまだ一週間しか付き合ってないんだぞ。何を言っているんだ」
「傷が広がらなくてよかったね」
「よくない! 付き合い始めた今が一番楽しいんだぞ」
「ユニはまだ男の子と付き合ったことが無いから、そんなに大変な事かわからない。むしろ一番ゆるい代償にしたつもりだよ」
「ちょっと考えさせてくれ」
主税は腕を組んで願いを叶えるかそれとも彼女を取るかを考えていた。
しかし、生まれて初めて出来た彼女と自分の夢と天秤にかけたが、答えが出るはずもなかった。
「ユニはしばらくこっちの世界にいるから、ここは薄暗くて、埃っぽいから、他へ移ることを要求する」
「確かに埃っぽいな」
主税は魔方陣を書くために墨で汚れてしまったズボンや服の袖の埃を払った。
「ユニは頑張ったからお腹もすいた」
召喚でエネルギーを使ってしまったらしい。
「わかった、わかった。でもおれは良いけど親にはなんて言うんだ。悪魔のユニをしばらく家に置いてくれって言うのか」
「ユニに任しておけ。悪魔は記憶を書き換えることができる」
魔方陣を直し終わったユニは立ち上がってそう言った。
「とにかく、もう、深夜だからすべては明日な。ユニこっちだ」
蔵の電気を消して出口に置いてあった懐中電灯を掴むと、蔵を出て家に向かった。
外に出てみると嵐はいつの間にかに去っていて、空を見ると雲の合間から満月が主税とユニを照らしていた。
家に入ると、口の前に指を立てて「しー」と主税はユニに言って、そぉっと二階に上がって主税の部屋に入った。
部屋に入ると主税は、ユニに後ろを向かせて素早く違う部屋着を着て、部屋に置いてあるポテチをユニに渡した。
「ユニはこの食べ物好き、とってもおいしい。ところであなたをなんて呼べばいい?」
ポテチをバリバリ食べながら訊いてきた。
「おれは野邑主税、みんなは主税って呼ぶ。ユニも主税って呼んでくれ。ユニはさっきからユニって呼んでいるけどそれでいいよな」
主税は茶色い短い髪をかきながらそう言った。
「ユニはユニ、そのままでいい。それより主税、これもっとほしい」
空になった袋を見せてユニは言った。
「ほらよ」
ポテチをもう一袋渡した。
「主税いいひと」
「悪魔なんだろ。物をもらったからって簡単に人を信じるなよ」
「ユニにはわかる、主税はみんなと違う、ふつうはユニを見るとみんな怖がる。でも主税は怖がってない」
「怖そうじゃないからな、小さな可愛い女の子だしな。さっき召喚した時は化け物みたいのが出てくると思った」
さっきまでの緊張感から解放されて本音を話した。
「ところで、これ」
またポテチを食べきって、袋をぐしゃぐしゃにして渡した。
「もうちょっと、味わって食べろよ」
「ユニ、味わった。おいしいから食が進んだ」
「確かにおいしいと食が進むけどな、これが最後だからな。それにしてもユニは人形みたいだな。肌は白いし、髪は腰まできれいなストレートだし、目は綺麗なガラス玉が入っているみたいで」
腕を組んでうんうんと感心している。
「ユニでも姿を変えられけど召喚した人のイメージに影響されやすい。悪魔にいやなイメージを持っていると怪物みたいな姿になることもある。主税は悪魔に変なイメージを持っていなかったんだね」
そう言うと、ユニは足を投げ出して最後の一袋を開けて食べ出した。
「それにしても未来と別れるのが契約の代償か、違うのにはならないのか」
「ならない、未来って娘はそんなに大事で可愛いのか?」
ガサガサとスナック菓子の袋に手を突っ込んでいる。
「それはもう、おれの天使、水上未来ちゃん、優しくて、しっかりしていて、スタイルはいいし、顔はユニが日本人形だとしたら、未来は西洋彫刻みたいに彫りが深くて顎のラインはすっきりしていて、目は少し茶色で、髪はしっとりとしたユニほどではないけどきれいなストレートだ。どうだこれが写真だ」
携帯の写メを何枚も見せて、どーだとか言っている。
「本当だ、綺麗なひと」
もぐもぐしながら写メを見ている。
「未来にも記憶を操作するのか?」
未来のことを記憶操作したら、ユニはおれとどんな関係になるんだろうとか考えていた。
「当事者の一人だから操作しない、ユニのことをちゃんと説明して」
「そんな事をしたらもめるだろう。やっぱし悪魔だ!」
「……ふふ」
ユニは主税が悩んでいるのを楽しそうに見ている。
「そういえばあした学校だ、もう寝るぞ。ユニはベッド使いな。おれは床で寝るから毛布だけ貰うぞ」
「主税寒いよ」
申し訳なさそうにしている。
「悪魔だろ、もっと悪魔らしくしていろよ。電気消すぞ」
電気のスイッチを押して明かりを消し主税は毛布にくるまった。
次の日起きてみるとユニが隣で丸まって寝ていた。
「えっ、えー」
「おはよう、主税」
猫のように丸まっていたユニは大きく伸びをした。
「な、何やっているんだよ」
悪魔とは言え女の子が布団に一緒にいることは、主税には経験が無くちょっと動揺してしまっている。
「夜、主税寒そうだったから、布団持ってこっちにきた」
確かにベッドの上には何もなくて、床の主税には布団がかかっている。
「そういえば、寒くなかったな」
夜中に寒いなと思いながら寝ていて、しばらくしたら寒くなくなったのでぐっすり眠ることができた。
「ユニ、何か悪いことした?」
「ありがたいんだけど、女の子はもっとつつしみを持たないとな」
「つつしみってなに?」
「簡単に異性の布団に入らないことだ」
(なんだかんだいっても無意識に悪魔だ。おれがこんな女の子に手を出す様な鬼畜だったらどうするんだ。でも親切心でやってくれたからいい子なんだよな)
主税はそんな事を思っていた。
「でも主税、ユニにもっと悪魔らしくしろ、って言ったから」
「今日からは布団出すからちゃんとベッドで寝ろよ」
「主税いつまで寝ているの! 朝練、遅れるわよ」
主税の母親である洋子が呼んでいる。
「ユニちょっと後ろ向いていろ」
「なんで」
「着替えるんだよ。すぐすむから待っていろよ」
主税はクローゼットにある水色のワイシャツに袖を通して、紺のチェック柄のズボンを穿いて、ハンガーから茶色のブレザーを取って着た。
「主税、ユニお腹すいた」
「おう、わかった、行こう」
主税とユニは朝食を食べるため部屋を出て急いで階段を下に降りて行った。
「主税! その娘は誰?」
(「……ユニ、まだ記憶を操作してないのか?」)
主税ははらはらしながらユニに訊いている。
「ちょっと待って」
ユニはそう言うとさっきまでの表情と違って確かに悪魔のように表情が無くなった。
(「お、おい」)
主税は怖くなって、それ以上声をかけられなかった。
「……わたしはユニ、……主税の遠い親戚」
ユニはしっかりとした声で洋子の目を見て言う。
「……ユニちゃん、……主税の遠い親戚、お久しぶり。元気だった」
洋子はうわごとのようにおうむ返ししている。
「元気だったよ」
ユニはいつもの表情に戻って返事をした。
(「……ユニ、もう大丈夫なのか?」)
主税はおそるおそる声をかけた。
「ユニが言霊で暗示をかけたもう大丈夫」
「言霊ってなんだ?」
「ユニの言葉に力を持たせて記憶を操作することを、ユニたち悪魔は言霊って言っている」
「そうなのか」
主税はどういう原理でなるのかよく分からなかったが、ユニが何かを母親に言葉と声でしたのはわかった。
「主税、ユニちゃん、ごはん食べちゃいなさい」
母親の洋子はもうユニに対して何の疑いもしていなかった。
「おう」
「うん」
ふたりは席に着いた。
「ユニちゃん、何が好きな食べ物ある? 夕食はユニちゃんの好きなものにしてあげるわよ」
「ユニ、たまご料理食べたい」
「たまご料理ね。じゃあ期待していてね」
洋子はうきうきとして楽しそうだ。
「お袋、どうしたんだよ」
「家に女の子がいるのよ、うれしくてしょうがないわ。ほんとは女の子が欲しかったの」
「……知らなかった」
主税は軽くショックを受けた。
「あたりまえよ。今まで言ったことなかったもの」
そんな事を話しながら、主税は急いで食べる。ユニも急いで食べている。
「ユニまで急がなくてもいいよ。どこも行かないんだから」
「ユニ、未来に会う。学校に行く」
「無理だよ、高校だぞ。入れないぞ。会う人みんなに暗示かけていくのか?」
「ユニ、未来だけに会う。あとは隠れている」
「学校に行く途中で会うからそこで会えよ。……まさか別れさせる気か?」
「ユニはそんなことしない、それは自分でやらないと意味がない」
「わかった、変なことするなよ」
主税とユニは学校に向かうために外に出た。
「そんな薄手のワンピース一枚で寒くないのか?」
「ユニは平気。悪魔だから」
「ふーん、そんなもんか」
「主税行くぞ」
ユニは行く気満々だ。
「そうだな、行くぞ」
一章
主税とユニは学校に向かって歩いて行くと、途中の交差点で未来が待っていた。
「おはよう、未来」
「おはよう、主税くん」
あいさつはしているが未来の視線はこの十一月の寒空にワンピース一枚のユニにそそがれている。
たぶんユニが主税のブレザーの袖をつかんでいるのも、未来の興味を誘っている一因だろう。
「……この子は誰?」
さっきも同じようなことを聞かれた気がする。
近くに人がいないのを確認してから言った。
「実は昨日、家の蔵で悪魔呼んじゃって、この子は悪魔のユニって言うんだ」
「ふーん、……だからこの子は誰?」
未来の声が少しキレかかっているのに気付いて、主税はやばいと思った。
「いや、だから悪魔の……」
言い終わらないうちに未来が言った。
「本当のこと言えないの? まさかまだキスもさせてあげてないからって、こんな小さい子を誘拐してくるなんて、主税くん今ならまだ大丈夫だから、一緒にこの子の家に行ってご両親に謝りに行きましょう」
未来は一気にまくし立てた。
「……ユニ……悪魔だよ」
ユニは、主税と未来のやり取りを見て少し笑いながらそう言った。
「えっ、」
未来はユニの言葉に驚いている。
「ほらな」
主税はしたり顔で未来を見た。
「ふーん、この子にこんなことまで言い聞かせているんだ」
未来は疑いのまなざしを変えない。
「ユニ、羽出そうか?」
「ここじゃまずいだろう、未来、ちょっとだけおれを信じてあそこの公園まで来てくれ」
指をさすと少し先に小さな公園があった。
「ちょっとだけよ」
そう言うと未来は公園までついて来てくれた。
「羽を出していいぞ」
あの蔵での出来事を思い出していた。
「……ユニ羽出すから、主税あっち向いてて」
「おう、わかった」
「わっ、ユニちゃんだめだよ、こんな所で服ぬいじゃ」
どうやらユニは羽を出すために黒いワンピースを脱いでいるらしい。
「どうした? 羽出したか?」
また羽を出したりするのを見たいが、ここで見たら本当に未来の信頼を失いかねないと思いじっと我慢する。
「本当だ、ユニちゃんすごい、生えてくるんだね」
「未来もう良い?」
「いいよ。羽を出したり消したりできるんだね」
「ユニ、わかった」
また、がさごそと黒いワンピースを着る衣ずれが聞こえる。
「主税くんもういいよ」
「どうだ、本当だっただろ」
主税は腕を組んで胸を張っている。
「ごめんね、主税くん本当だった。でもどうして悪魔を呼んだの?」
未来は不思議そうに尋ねた。
「それはなあ、そのぅ……」
「そこは言えないの?」
透き通った綺麗な瞳で見つめながら聞いてくる。
「ユニは知っている。主税は夢を追っているの」
ユニは肝心な所を省いて説明した。
「夢ってJリーガーのこと」
「じつは、今度の大会に優勝してJのスカウトに見てもらうためだよ! ここのところ、公式戦はかろうじて勝っているけど練習試合が勝てなくて本来のプレーができていないから、藁をも掴む気持ちで悪魔のユニ呼んじゃった。代償は未来と別れることなんだ。代償のことも解らないで早まったことして……ごめん!」
「もう、主税くん自分の力で夢を叶えなくちゃ、あとで後悔するよ」
未来は諭すように言い聞かせる。
「……未来怒った?」
「もういいわよ」
本当のことを話したおかげで未来は怒っていないようだ。しかしあきれてはいるようだ。
「ユニちゃんわたし達が学校にいる間はどうする?」
「……ユニこのへんで遊んでる」
ブランコに座りながら、足をぶらぶらさせている。
「学校が終わったら出来るだけはやく戻ってくるから、お昼、お弁当渡しておくね」
未来は切り替えが早く、もうユニを受け入れている。さすがに主税は自分だったら出来ないなと思っている
「それ、おれ用の弁当じゃないか?」
主税用のでかい弁当箱指さして主税は、驚いている。
「しばらくお弁当抜き! 自分でどうにかしなさい」
「やっぱり、怒ってるー」
「自分の彼女を悪魔の代償にする人はこれくらい当り前よ」
「わざとじゃないんだってば」
「わざとだったらとっくに別れているわよ」
「朝練あるでしょ、いくわよ。じゃあねユニちゃん」
主税と未来は公園を後にする。
五分くらいで学校に着いた。
練習はもうすぐ始まる時間だった。
来るのが早い生徒はもうアップを始めている。
「やべぇ、急がないと。未来、本当にごめん」
「わかったわよ、いってらっしゃい」
部室棟に向かう主税に手を振っている。
「「野邑キャプテンおはようございます」」
部室に入ると下級生が挨拶してくる。
「お、おう」
返事をするとユニフォームに着替え始めた。
「朝はこのメニューだ」
練習のメニューを下級生に渡した。
グラウンドに出ると、みなメニューに従ってダッシュをしていたり、フリーキックの練習をしている者がいる。
しばらくすると監督が校庭に出てきた。
「五分後、紅白戦を十五分、二本するぞ」
「「はい」」
「野邑チームと北森チームで行くぞ」
紅白戦で戦う相手チームの北森智也は髪を肩ぐらいまで伸ばしていて、同じ三年生で、ポジションも同じMFなので、ライバル心を燃やしていてそれが行き過ぎて個人プレーに走ってしまっている。
「「はい」」
監督の前ではみんなしっかりしているが、キャプテンの野邑チームと副キャプテンの北森チームでサッカー部自体が割れている。
紅白戦は戦っているからいいが公式戦では一緒にチームプレーが出来ない。
そこがこのチームの弱点だ。
もともとそんなに弱いチームではないのでそこそこは行くが、ここ数年優勝が出来ないでいる。
紅白戦はお互い主税のドリブル突破からのシュートと、北森のフリーキックで一点ずつ取って終わった。
朝練は良くも悪くもいつもどおり終わった。
熱いシャワーを浴びて気持ちをしゃきっとして制服に着替える。
主税が教室に行くと未来が予習をしている。
主税と未来は同じ三年A組である。
未来は演劇部所属していて、成績も常に三位以内にいて、才色兼備で学校ではちょっとしたアイドルだ。
未来には校内にファンクラブ的なものがあるため、主税が未来と付き合っているのが分かるととめんどくさいので、学校の中ではあまり二人が付き合っているのを知られないようにしている。
主税と未来は一年生の時から同じクラスで、仲は良かった。
三年生も後半に差し掛かった十月三十一日に、駄目もとで主税が告白して付き合い始めたばかりだ。
まだクラスの一部の仲のいい生徒にしか二人が付き合っているのには気付かれていないようだ。
席につくと六角浩史が声をかけてきた。
「どうだ、サッカー部、今年は優勝出来そうか?」
六角は部活は軽音部でボーカルをしていて長い髪を後ろで縛って、赤い伊達っぽいメガネをかけている。
それが似合うから女子にも人気だが、女子すべてが好きだと言ってみんなに声をかけているから、未来の話によると女子の中では観賞用だそうだ。
「難しいな、まだチームの心がひとつになっていないからな。ここまで勝ち残っているだけでも不思議なくらいだ」
主税は顎に手をかけて分析していた。
「そうか、大変だな」
六角はメガネを指で直しながら難しい顔をしている。
予鈴が鳴った。
みんなバタバタと席に着き始めた。
本鈴が鳴り担任の大下が扉を乱暴に開け、教室に入ってきてショートホームルームがはじまった。
「おら、静かにしろ」
大下の声にみんなとりあえず静かに聞いている。
受験も近いし余計な事をして内申点を下げたくないのだろう。
担任の大下は二十八歳、おれみたいな男なかなかいない、おれに女がいないは独身を楽しんでいるからと言うことで独り身。サッカー部の監督でサッカーをしているだけあってスタイルは良く顔も悪くないが女性となかなか縁が無い。
だが結婚を考え始めていて彼女がいない理由はいろいろ言っているが、その手の話題に触れるのには微妙なお年頃だ。
「今度の合コンはどこの学校とするんですか?」
六角がわざとその話題に触れてくる。
「お、おう、今度は月晃女子高校のかわいい先生たち……ってなんで六角に言わなきゃならんのだ」
「だって、心配しているんですから、サッカー部のキャプテンである野邑主税くんも心配していますよ」
六角が主税に話を振ってきた。
「六角、何を言っているんだ。監督は今、サッカー部の事に集中して、他のことなんて考えられないだろう」
主税がそう言うと担任の大下は大仰に頷いた。
「よ、よくわかっているな。野邑、さすがサッカー部キャプテン監督のことも良く理解している……は、はは」
「早くしないとショートホームルーム終わりますよ」
六角のつっこみは終わらない。
「……六角……くぅ、お前」
「欠席はいないな、よし終わりだ」
「六角、覚えとけよ」
「忘れます」
日直が起立、礼をしてショートホームルームは終わった。
主税は授業を受けながら窓際の席から外を見ていると、校庭の隅っこに黒いものが動いた。
目を凝らすと黒いものはユニだった。
「ユ、ユニ?」
主税の声を聞いた前の方の席にいる未来がはっと後ろを向いた。
「野邑、何騒いでいるんだ」
今は英語で担当の教師が主税を注意した。
「ユニバーサル、意味は宇宙の、万有の、全世界の、用例ユニバーサル グラビテイション、万有引力です」
「そ、そうか」
英語教師はそれ以上追及してこなかった。
主税はノートを破って未来宛に手紙を書いた。
それを隣の女子に渡した。
未来に手紙が渡って手紙を読んだらしく主税の方を見て『本当?』って顔をしている。
主税はオーバーアクションで『本当、本当』って合図を送る。
「また、野邑か、何やっている?」
「いや、アクションを混ぜた英語の練習をしようと思いました」
「そ、そうか」
またも英語教師はそれ以上追及してこなかった。
未来は主税の方を向いて『馬鹿』って顔をする。
主税は未来の『馬鹿』っていう意味を、間違って受け取ったらしくそれを見ると腕全体を使ってマルのマークを送る。
「……」
英語教師は主税にかかわると授業が進まないと思ったらしく関わらなくなってきた。
「はぁー」
未来は主税と英語教師のやり取りを見てため息をついた。
英語の授業が終わり休み時間になると、主税と未来は校庭の隅にいるユニに会いに行った。
ユニは主税たちを見ると走りよってきた。
「どうしたの、ユニちゃん?」
未来がたずねた。
「ユニ未来のお弁当食べた。はい、お弁当」
ユニは弁当箱をぶんぶん振って未来に渡した。
「もう食べちゃったの?」
「ユニおなか減った」
「オイオイもう食べちまったのかよ」
主税は未来の持ってる主税用の大きい弁当箱を見た。
「ユニ、主税の家で食べたお菓子食べたい」
かなりの量を食べたはずなのに、まだお腹がすいているようだ
「それより学校に来るなよ。あの公園に戻ってろよ」
主税はユニ腕を掴んで校門の方に行くように引っ張ろうとする。
「主税くん、乱暴しないの」
未来は主税の手を叩く。
「ユニもそう思う」
未来に抱きついてユニも言った。
「どうしたら公園に行く?」
未来はユニの頭を撫でながら優しく訊く。
「ユニお菓子貰ったら行く」
ユニは上目使いでねだった。
「うーん、ユニちゃん可愛い。わかったわ、主税くんお菓子買ってきて」
未来はユニの上目使いに負けた。
「え、ほんとに買いに行くの? 次の授業、遅刻するかも」
「ノートは取っとくから、行ってらっしゃい」
未来はひらひらと手を振っている。
「鬼! 悪魔!」
「ユニは悪魔だよ」
確かにユニの行動は悪魔だった。
「ユニ、約束守れよ」
主税は財布の中身にそこそこの額があるのを確かめると、諦めてお菓子を買いに行くことにしたようだ。
「ユニわかった」
ユニは上手く主税にお菓子を買いに行くように話を持っていけて、ガッツポーズをしている。
「じゃー、行ってくる」
主税は学校から一番近いコンビニを頭の中で検索し始める。
一番近くてうちの学校の生徒が利用していて、たまにさぼっている生徒が買いに行くコンビニに向かった。
学校の裏門から出て走って三分ぐらいで着いた。
コンビニの中に入ると暖房が適度に効いていて温かかった。
「いらっしゃいませ」
大学生っぽい女の人が挨拶をしてくる。
今、腕時計を見たら学校では授業が始まる時間だった。
あきらめてお菓子の棚のあるところに向かった。
主税はユニがお菓子を食べ終わってまた学校に来るのを防ぐために大量にお菓子をかごに入れた。
レジに持っていくと店員のおねえさんが話しかけてきた。
「桜昂の生徒よね? サボり? それともパシリ?」
「大きな意味でそんな感じです」
「大変ね。私も去年まで桜昂行ってたのよ」
「先輩ですか?」
「そうなるわね、三千二百五十七円よ」
(……うう、小遣いがなくなる……これからしばらくこの出費が続くのか)
そう思うと涙が出そうになる。
「これでお願いします」
主税は涙目で五千円札を出した。
「負けないで頑張ってね」
店員のおねえさんは励ましながらた。
コンビニを出て公園に向かった。
ユニのやつ、また授業中に学校に来るのかな
そう思いながら公園に行くと、人形のようなユニが足をパタパタさせながらブランコに座っていた。
「ほら、買って来たぞ」
袋の中から大量のお菓子を見せた。
「ユニ主税大好き」
お菓子の山にユニは目を輝かせている。
もう、学校に来るなよ。
「ユニ、食へ終わったらいく」
今はお菓子を物色するのに夢中になっている。
「そのお菓子、放課後前までに全部食べる気かよ」
「ユニがんばって食べる」
「がんばらなくていい! ちゃんと待っていたら家に帰ったらもっとおいしい食べ物をあげるぞ」
「主税ほんとか、ユニ待っている」
ブランコから降りて、お菓子を口いっぱいに頬張りながら言っている。
「じゃあ、もう学校に戻るからな」
主税は公園を出て走って学校に向かい、裏門から学校に入った。
できるだけ目立たないように廊下を足音を立てずに早歩きで教室に向かった。
教室に着くと静かに扉を開けた。
「おれの授業をさぼるとはいい根性だ」
この時間の授業は社会科だ。そして担当は担任の大下だ。
大下は主税の前に立つと教科書で肩を叩きながら言った。
「監督の授業だっけ?」
主税は首をかしげながらとぼけている。
「監督は部活の時だけだ。今は大下大先生と呼べ」
大下は腰に手を当てて何もしなくてもでも大きい体を、もっと大きく見せてる。
「大下大先生ちょっと、さっきまでお腹が痛くてトイレに……」
主税はお腹をさすった。
「さすがサッカー部キャプテン、大先生とちゃんと呼ぶか」
「大先生授業が進みません。早く授業してください大先生」
六角が大下をヨイショし始めた。
「大先生かっこいい、腹筋見せてー」
誰かが言った。
「大先生ポーズとって!」
また誰かが言った。
「こうか」
大下は上着を脱いでポーズをとった。
「カッコイイ! 違うポーズとって!」
だんだん授業をそっちのけで、大下のポージング大会になった。
主税は席に着くと未来のそばの席の東家がこっちを向いてブイサインをしていた。
六角の後にはやし立てたのは未来の親友の東家由紀だ。
未来と正反対で髪は短くボブカットで剣道部に所属していて、体育館の舞台で未来の演技の練習を見て感動し、それがきっかけで親友になった。彼女が言うには自分もあの優雅な演技ができたら演劇部に入っていたとのことだ。
「主税、大下あいつサッカー以外は駄目だから多分出席扱いになるぞ」
六角はそう言うと教科書を閉じた。
授業の終わりの鐘が鳴った。
「お、もう終わりか? また今度の授業を楽しみにしな」
大下は上着を持つと教室を後にした。
「はい、主税くんの」
休み時間になり未来がノートを持ってきた。
「おう」
主税が受け取る。
「みせてー」
六角が主税と未来ノートを見た。
「なんだー 小学生と大学生の差があるぞ!」
「どれどれ、きゃー 汚い字ねえ!」
いつの間のか来ていた東家が叫んでいる。
「でもこれで学年三十番台にいるからな。不思議だ」
六角はノートを見比べながら言った。
「字がきれいになれば未来みたいに学年トップになれるんじゃないの?」
「そうかもな」
六角も同意した。
「主税くんあれは大丈夫?」
「あれ? あ、あれね、お腹いっぱいだ」
「ん?」
「未来何の話?」
六角と東は不思議そうな顔をしている。
「二人だけの話みたいだぜ。東家さんどうする?」
「そうねえ、まあ新婚ほやほやだし見ない事にしましょう」
「そうだな」
六角と東はにやにやしている。
「なんか変な想像しているでしょう、違うんだからね」
未来は顔を赤くして言っている。
「そうだよ、さっきは大下がいたから言わなかったけど、お腹がすいて買い食いに行って来ただけだぜ。だからお腹いっぱいなんだよ」
主税はお腹を叩いた。
「なんだ、そうならそうと言えよ」
六角はがっかりしている。
「なんかあった方が良かったのか?」
「当たり前だ。話のつまみになる」
六角は当たり前のような顔で言っている。
休み時間の終わりを告げる鐘が鳴りみんな席につく。
その後も授業をだらだら受けて、午前中の授業を終わって昼休みになった。
「六角、学食行くぞ」
「主税、腹いっぱいってさっき言ってなかったか? それに弁当派になったんじゃないのか?」
「時代は変わった、腹も減ったし、今は学食の時代だ」
「そ、そうか、じゃ、学食行くか」
「お、おう」
ちらっと、未来を見ると、にっこり微笑んで手を振っている。
主税は逃げるように学食に向かった。
「久し振りの学食だ」
主税が思いに浸っていると六角が言った。
「一週間ぶりじゃないか?」
「そうだな」
「でも、充実した一週間だった」
主税はうんうんと思い出していた。
「……未来ちゃんと何かあったか」
六角が深刻そうに聞いてきた。
クラスの男子で唯一未来との仲を知っているのが六角だ。
「いや、まあ、ちょっとな」
主税は言葉を濁した。
「あんまり心配かけるな」
六角に叱られた。
「わかった」
主税は六角の言葉をかみしめた。
「じゃあ飯食うか。何食うかな」
「場所取っておくから、きつねうどんよろしくな。あとこれ代金の三百円、はい」
主税は適当に空いている席を見つけて座った。
しばらくするとトレーにカレーときつねうどんを持った六角が来た。
「ありがとー。次に買いに行く時は、おれが取りに行くよ」
「よし食うか」
主税と六角は箸とスプーンを取った。
主税はずずずっと麺をすすり始めた。
ふたりとも食べることに集中していて会話を交わすことなく食べ終わった。
食べ終わると会話が始まった。
「朝の話だけど、やっぱし北森?」
六角は朝にちょっと話したサッカー部の話をし始めた。
「うーん、キャプテンも司令塔もやりたいらしい、ちゃんと話したわけではないからなんともいえないけどな」
副キャプテン北森は主税とは、キャプテンと同じMFで司令塔の座を争っているが、いいライバルと思っていたが北森はそうは思っていなかったらしい。
たしかにキャプテンもポジションも主税が取って、北森は常に二番手に甘んじているのは悔しいのかもしれない。
主税はそんな事を考えながらお茶を飲んでいる。
「そろそろ大会も近いし、あのサッカー馬鹿の大下も何か考えているかもな」
「そうかもしれないな」
主税が腕を組んで頷いてそう返事すると予鈴が鳴った。
「教室戻るか」
六角はジュースの紙パックを潰してゴミ箱に投げ入れた。
教室に戻ると午後の授業を、暖房が利いていていい感じに眠りそうなりながら、うつらうつら受けて放課後になった。
サッカーの練習に行く為に教科書を適当に鞄に放り込み教室を後にする。
下駄箱に行くと未来が待っていた。
教室であまり付き合っているのを、知られないようにしているので、いつもここで逢うのがなんとなく決まっていた。
「未来は演劇部だろ、ユニには大量にお菓子を渡しといたから、部活が終わるまで大丈夫だろう」
「ユニちゃん大丈夫かしら?」
「心配してもしょうがないだろう。お菓子がなくなったらまた来るだけで、校庭にいるからサッカー部をしながら来たら何とかするよ」
「そう、じゃあ任せたわよ。きょうは通し稽古だから、体育館にいるから何かあったら来て」
「おう、わかった」
「じゃあ何も無かったら、あの公園で待ち合わせましょう」
「そうだな」
「行ってらっしゃい」
「未来もがんばれよ」
主税は下駄箱で靴に履き替えて部室棟に向かった。
部室棟に着いてサッカー部の部室に入ると北森がいた。
「早いな、これ練習メニューな」
「…………」
北森は黙ったまま何も言わない。
「何か気に入らないのか?」
「……キャプテンは絶対だからな、気に入らなくてもその練習メニューはこなすよ」
「嫌われたなー、北森このままじゃベスト四で終わっちまうぞ」
「……おれはお前よりトップ下の司令塔を上手くやれる!」
北森は吐き出すようにそう言うと部室を出て行った。
主税は着替えて校庭に出て行った。
練習は監督の大下が来るまで、主税が作った練習メニューをした後、監督の大下が校庭に出て来て紅白戦が行われた。
主税が練習メニューを作っているのは、監督の大下がいくらサッカー馬鹿でも担任を持つ教師としては、いろいろな雑用があって部活のことだけを考えていられない。そこでキャプテンの主税が、簡単な練習メニューを作ってきているのだ。
紅白戦は主税のチームが主税の個人技だけで二得点して二対一で勝った。
練習の後半はセットプレーの練習をした。北森は良いクロスを何本も上げた。確かに中盤と前線をつなぐ司令塔が良いクロスを上げるのは武器になる。公式試合ではあのクロスに助けられたことが何度もある。
しかし主税も同じ司令塔を上手くやれる自信がある。
「キャプテン残れ」
練習が終わって主税は監督の大下に呼ばれた。
「野邑、サッカーは楽しいか?」
大下は急に変な事を聞いてきた。
「楽しくなければ、毎日、朝錬や放課後の練習はしません」
「じゃあ、聞き方を変える。今のサッカー部は楽しいか?」
「……それは……楽しくありません」
「そうだろ、おれはサッカーが大好きだ。みんなも楽しんでサッカーをしてもらいたい。それで、大会に優勝できればラッキーだ。今の野邑と北森を見ていると楽しそうに見えない。最初は競いあえばチームが強くなると思ったが、強くなったがまとまりがなくなった。まとまらないチームはいずれ負ける。野邑と北森の長所はどこだ?」
「自分はドリブル突破からのシュートで北森は精度の高いクロスとFKです」
「そうだ! ライバルだけあってよく見ているな。そこでだ、その長所を活かせる方法がある。野邑、FWにコンバートしろ」
「えっ、俺がFWに換わるんですか?」
「そうだ! 野邑おまえはFWに向いている」
「ちょ、ちょっと考えさせてください」
「試合も近いし二、三日の間に決めろ。以上だ」
主税は監督の挨拶もそこそこに、部室に戻ってきた。
ショックを受けて何も考えずにシャワーを浴び、着替えてユニのことを忘れて公園を過ぎそうなところで未来に声をかけられて我に返った。
「どうしたの、主税くん?」
「み、未来か。ユニもいるな」
主税しばらくぼーっとしていたがいつもの調子を取り戻そうとしながら言った。
「ユニ、約束守って主税と未来、待っていた」
「お、おう、よく頑張ったなと言いたいところだけど、学校に来るなって言っただろ」
「ユニは悪魔、悪魔を簡単に信じる方がおかしい」
ユニは「ふふっ」と悪魔っぽく笑っている。
「さ、さあ、帰ろうぜ」
「主税くん、変よ。サッカー部で何かあったの?」
未来は主税の変化に気付いた。
「な、何言っているんだよ。いつも通りだぜ」
元気いっぱいに言っているが、なんとなく空元気で、主税が言えば言うほどいつもと違うのがわかる。
「ユニも主税が変だと思う。どうした?」
ユニも気が付いた。
「……実は……」
今日のサッカー部で監督に言われたことを未来とユニに伝える。
「そうなんだ、そんなに気にしないで、ポジションがどこだって主税くんは主税くんよ。チームに良いと思った選択をした方がいいわよ」
「そ、そうか、そうだよな、……はっはは……」
主税は言葉では、笑っているが力がない。
「何があっても、わたしは、信じているわ。それより主税くんらしさが出ていない方が心配だわ」
「ユニも心配」
「よし、力が出てきた。ありがとうな」
「帰りましょう」
未来は主税とユニの手を引いて公園を出る。
三人は一緒に帰り、途中の交差点で主税とユニは未来と別れた。
「じゃあ、ここでお別れだな」
「ユニ、今日は未来と逢えてよかった」
「また、明日ね」
そう言うと、交差点で未来は右に曲がって行った。
主税とユニはそのまま交差点をまっすぐ進んで何箇所か交差点を越えて主税の家に着いた。
「ただいま」
「ただいまぁ」
主税とユニは扉を開けてそう言うとリビングに行った。
「ご飯、出来ているわよ」
「ユニ、たまご料理食べる」
「ユニちゃん手を洗ってきなさい」
「はーい」
「洗面所はこっちだ。ユニ」
主税はユニを連れて洗面所に連れて行った。
「手を洗ったら俺は制服を着替えに行くから、先に夕飯食べていていいぞ」
「ユニ主税を待っている。みんなで食べたい」
「そうか、じゃあ、すぐ着替えてくるから待っていてくれ」
主税は二階へ上がると制服をハンガーにかけ、部屋着のスウェットに着替えてワイシャツを一階の洗濯機に放り込んで食卓に向かった。
食卓には洋子とユニが待っていた。
父親は地方に単身赴任している。
主税がサッカーではそこそこ強い桜昂学園高校に入って、一年生でレギュラーを取ったと聞いた父親は学校を変えるのはもったいないということで、自分から単身赴任をしている。
父親は主税がJリーガーになるのを心から願っている。
それで主税はユニを呼ぶ悪魔召喚をしたのかもしれない。
「「「いただきます」」」
主税とユニと洋子は夕飯を食べ始めた。
メニューはオムライスに、たまご入りのポテトサラダとたまごスープだ。
ユニはスプーンでオムライスを崩しながら夢中で食べはじめる。
「茹でたまごもあるわよ」
洋子はうれしそうにユニが食べているのを見ている。
「ユニ、お母さん大好き!」
「あら、うれしい。わたしも好きよ」
洋子はうれしすぎてうるうるして泣きそうになっている。
「そんなに女の子が欲しかったのかよ!」
主税は洋子の感激ぶりを見てちょっとびっくりしている。
「ユニもっと食べる。お母さん、おかわり」
「おかわり、あるわよ。遠慮しないでどんどん食べてね」
洋子はオムライスのおかわりを持ってきた。
昔テレビで見たどこかの野球部がしていた、無理してでも大量にごはんを食べると体が大きくなるというのを、実践していたのでいつも三人前を用意してもらっていた。
だからオムライスもおかわりを三皿、四皿用意していた。
だが今日の主税は一皿しか食べていない。
ユニはあの小さい体で三人前を平らげていた。
「ユニは、よく食べるな」
「そうねぇ、食べっぷりがいいわね。小さい主税がいるみたい」
主税と洋子は感心している。
そうこうしているとユニが食べ終わった。
口にご飯粒を付いているのを主税がタオルで拭ってやる。
「ありがとう、主税」
まだ口のあたりが、むずむずしているのか服の袖でこすっている。
「ユニちゃん、お風呂入っちゃいなさい」
「うん」
主税はまた、連れて風呂場に行く。
「あとは自分でできるな」
「ユニ、あとは自分でできる」
「そうか、じゃああとは任せたからな」
「ユニ服を脱ぐ、ちょっとまって主税、ちょっとだけだったら覗いてもいいよ」
「な、何言っているんだ」
「ユニ、主税だったらいいかなぁって思っただけ」
「う、……また、またからかったな」
「……ふふ」
主税は風呂場から出て行って二階に上がった。
携帯に着信が来ていて、誰からか見てみると未来からだ。
主税は携帯から未来に電話した。
二、三回コールすると未来が出た。
『どうしたんだ?』
『主税くん、明日はサッカー部休みだよね?』
『そうだけど』
サッカー部は何週間かぶりに休みになっている。
『デートしましょう』
『えっ、本当?』
明日は土曜日だ、一日中遊べる。
『ユニちゃんも連れてきていいよ』
『ふたりじゃないの?』
『ユニちゃん呼び出しといてほっとく気?』
『わかった。どこで待ち合わせる?』
『いつもの交差点で』
『どこに行く? 新しく出来た映画館に行こうか』
『行きたい場所があるの。でもまだ秘密』
『すげー、楽しみだな♪』
主税は未来と初めてのデートで、舞い上がっている。
『じゃあ、また明日ね』
『おやすみ』
『おやすみ』
しばらくするとユニが頭をふきながら主税の部屋にきた。
「ユニびっくりした! 主税よく覗かなかった。でも男としては駄目」
「駄目ってなんだよ、おれには未来がいるんだよ。ユニみたいなお子様は趣味じゃない」
「ユニは知っている。主税は我慢してた。だってユニ姿かたちは主税のイメージが影響している」
「そ、それは……」
「ユニの髪は未来に似て長くてきれいな髪。主税は未来をイメージしていたんじゃないのか?」
「なっ、何でそのことを、そっそうだよ、初めて会った時の未来のイメージだ。未来に言うなよ!」
「ユニ、正直者は好き。約束する、未来には言わない」
「悪魔なのに正直者が好きなのか?」
「ユニにだけ正直なのは好き」
「……悪魔だ」
「ユニは悪魔、何度も言わせるな」
「ところで、明日は学校も部活も休みだからユニと未来と三人で遊びに行くぞ」
「どこに行く?」
「秘密だ」
「ユニ、わかった、もう眠い」
「悪魔だけに、自由だな。じゃあもう寝るか、もう布団があるからベッドから降りてくるなよ」
「……ユニ……わかっ……すぅーくぅー」
ユニはベッドに倒れこむとすぐ寝てしまった。
「それにしても契約の代償が未来別れることか、それだけはできないな。未来と付き合うことはずっと憧れていたことだしな」
主税は布団に入りながら初めて未来を見た時を思い出した。
初めて見たのは中学一年の文化祭だった。
その時、未来は文化祭に演劇部のロミオとジュリエットに出ていて、一年生で主役のジュリエットを演じていた。
それを見た主税は一目惚れをした。
あの時のジュリエットを演じていた未来は輝いていた。
今までサッカーばかりで、演劇を見たことが無かった主税は、未来の演技に衝撃を受けた。
それから二年で同じクラスになった時は家で狂喜乱舞をして喜んで、できるだけ仲良くなるためによく話しかけて、成績も並ぶように必死に勉強して、三年になるとサッカーの強豪校から誘いもあったが、未来の行く学校を第一志望にした。
そして高校に入ると未来と同じクラスになるように特進クラスに進んだ。
特進クラスはクラスが少ないので三年間一緒のクラスになった。
三年になり仲の良い友達から一歩進むために告白した。
ものすごく緊張した、放課後の誰もいない自分のクラスに呼び出していままで六年間好きだったことをがんばって思いの丈を言った。
未来は笑って「いいよ、付き合おう」と言ってくれた。
それが八日前の出来事だった。
まさかユニを呼ぶことによって、自分で未来との仲を壊す危機になるとは。悪魔を呼ぶもんじゃないなと思いながら眠りに着いた。
朝になった、なんか暖かくて柔らかいものがあって気分よく目が覚めた。
「おれってこんなに髪長かったかな? サラサラで……ってユニ!」
「主税おはよう」
また主税の布団の中で猫のように丸まっている。
「何やっているんだ、ユニ?」
また昨日の夜のように、からかわれたと思って聞いた。
「主税が寂しそうだったから、ユニが添い寝した」
ユニは丸まっていて乱れた髪を手で梳かしている
「それでまた布団をもってこっちに来たのか?」
主税は二倍に山盛りになっている布団を見た。
「ユニも主税のそばで寝た方がよく眠れる。お互いいいことずくめ」
「でもおれには未来がいるんだ、こういう事がばれると大変な事になる」
「ユニとの契約で未来とは別れるから大丈夫」
ユニはまだ布団のぬくもりを楽しんでいる。
「だけどまだ、ユニを呼んだだけで契約は結んでいない。未来と別れなければ契約は無効だろ」
主税は布団を片づけはじめる。
「ユニを呼んどいてまだそんなこと言っているのか、Jリーガーになれなくてもいいのか?」
ユニは主税が片づけている布団を引っ張ってまだまだなごりおしそうにぬくもりに浸っている。
「まだ考えている途中だ、代償は未来と別れる以外じゃだめか?」
ずっと考えていたことを訊いた。
「ユニは一度言ったことは変えない」
「どこかのマンガの主人公みたいなことを言うんだな」
「ユニ、純粋だから」
「純粋な悪魔か、悪魔のお手本だな」
主税はジーンズに薄いオレンジのギンガムチェックのシャツで緑色アウターに着替え始めた。
もう何も言わなくてもユニは後ろを向いている。
「主税、ユニのことがだんだんわかってきた」
「そう言うものなのか」
着替え終わるとユニは手櫛だったので主税はブラシでユニの長い黒髪をちゃんと梳かしてやった。
「ユニは、そう言うもの」
「本当だろうな」
昨日学校に来たので疑いのまなざしで言った。
「ユニあんまりいっぱい嘘つかない」
「多少は嘘をつくんだな」
「ユニ、いっぱいはつかないと言っている」
「わかった、わかった」
「ユニを信じてくれてうれしい」
「悪魔はそう言うものだというのはわかったし、信じる」
主税とユニは下に降りて行った。
「ユニちゃん、たまご焼きよ」
昨日散々たまご料理を食べたのに、また朝からたまごづくしだった。
「お母さん最高」
ゆでたまごにたまご焼き、目玉焼きといろいろ並んでいる。
「まあユニちゃんいい子ね」
「主税、今日は部活じゃないの?」
主税の服装を見て、日頃学校の制服を着ているのを見なれている洋子は、変わった日もあるのねという感じで訊いてきた。
「お母さんもっとあるか?」
「あるわよ、どんどん食べてね」
朝忙しいのにたまごを半熟にしたり、少し変えて山ほどできている。
「ユニ、お母さん好き」
「まあー、ユニちゃんわたしも好きよ。ユニちゃん主税に何があったの?」
洋子はユニの頬をすりすりしている。
「ユニは知っている。主税と未来、相思相愛」
ユニは『主税と未来ラーブ、ラブ』と歌っている。
いきなり変な事を言うので主税は朝食をおもわず吹き出しそうになった。
「あーそれで……主税にいい人いるの?」
洋子は興味津津だ。
「ちょっとまて、ユニ」
ほっとくと何を言うか分らないのでユニを捕まえて口を塞ぐ。
「主税あなたに訊いてないわよ」
「ほら出かけるぞ」
ユニを引っ張って玄関に向かう。
「あ、待ちなさい! 主税」
「ユニ、まだ食べ終わってない」
ユニは急いで残ったたまご料理を食べている。
「あとでまた、お菓子やるから来い」
「ユニわかった。洋子行ってくる」
「あとでまた教えてね」
「ユニわかった、あとで教える」
「主税、ユニちゃん、行ってらっしゃい」
洋子は手を振っている。
「おう、行ってくる」
「ユニも行ってくる」
家を出てしばらく歩いていると昨日未来と逢った交差点に今日も未来がいた。
「やあ、未来おはよう」
「おはよう主税くん、ユニちゃん」
今日の未来はいつもの制服も似合っているが、白いセーターに短いジーンズのジャケットを羽織って黒いロングスカートで茶色の編み上げブーツをはいている。
いつもは学校なのであまり化粧はしていないが今日はよくわからないがいつもと違って綺麗で惚れ直してしまった。
「未来、おはよう」
「ユニちゃん、今日はいっぱいお弁当とお菓子を持って来たわよ」
「ユニ、未来好き」
未来に抱きつくと頭をすりすりしている。
「簡単になつくんだな」
「食べ物の魔力は無限大」
「ユニちゃんはこんなにいい子なのに何で悪魔なの」
「ユニの家は代々悪魔。悪魔の家の子は悪魔になるのが決まり」
「じゃあユニは何になりたかったんだ?」
主税が聞くとユニはほっぺたに手を当てている。
「ユニは天使になりたかった」
「天使?」
「天使って、あの白い羽が生えた?」
「そう、ユニのあこがれ、がんばったらなれるかな?」
「なれるさ。どんなことも可能性は無限大だ」
主税が言うとユニはめずらしく顔を赤くした。
「未来、今日どこに行くんだ?」
「着いてからのお楽しみ」
そう言うと歩いてすぐの駅に行って電車に乗りひと駅のって大礒駅で降りた。
「ここからどこに行くんだ」
「ユニも知りたい」
「こっちよ」
駅の東口を出て繁華街から離れて大礒公園の方に向かった。
大礒公園は神社とくっ付いていて公園の中には桜がたくさん植わっており春になると
お花見に六角とかと毎年行っている。
未来はその外れに行ってサッカー場の前でチケットを三枚出した。
「これって、大礒FC対山鹿Uのチケットじゃないか。それもカテゴリー1のチケットだろ。どうしたんだよ?」
「お父さん会社が大礒FCの協賛スポンサーの一つで無理言ってもらって来たの」
「うおー、それで秘密にしていたのか。これは最高のデートだ。でも未来は演劇とかじゃなくてよかったのか?」
「主税くんの悩みがこれを観て何か答えになるかと思って」
「未来、ありがとう! でも山鹿Uかぁー、きついな」
大礒FCは万年下位にいてよく降格しないと、不思議がられているチームだ。
それに比べて山鹿Uはリーグ二連覇をしている王者だった。
しかし主税はこのチームが大好きである。
どんなに降格の危機になっても、サポーターは大礒FCの選手にブーイングをせずに根気強く応援をしていて、選手もあきらめない。
そんなところが主税は大好きだった。
「そろそろ入りましょう」
三人は持ち物検査を受けて入場した。
カテゴリー1は指定席なので遅く行っても席は空いている。
「飲み物とか買ってくるよ」
主税は階段を降りて売店に向かった。
売店でジュースを好みが分かれてもいいようウーロン茶とコーラとオレンジジュースとチュリトスを三本買って席に戻った。
「ほらユニ、ジュースはどれがいい」
ユニは三つとも味を確認すると、
「ユニはこの黒い悪魔の飲み物がいい」
と言いコーラを選んだ。
「お菓子もあるぞ」
ユニにチュロスを渡した。
「わたしはウーロン茶」
未来はウーロン茶を取った。
「おっ、練習始まったな」
ジュースとチュリトスを渡して席に着くと選手が出てきた。
キーパーの練習から始まりセットプレーの確認をしてシュート練習で終わった。
シュート練習を見ているとみんなゴールに決まって調子はいいようだ。
しばらくすると、試合開始時間が近付いてきた為、選手が控え室に戻っていく。
試合開始が近付いてきてみんな立ち上がって、タオルマフラーを掲げている。
応援歌とともに選手がピッチに上がってくる。
両チームが握手をして自陣に走って行く。
大礒FCの選手が円陣を組み応援が盛り上がる。
山鹿Uのキックオフで試合が始まった。
ユニはこの光景に圧倒されているのか静かにしている。
大礒FCは四―五―一の陣形で対する山鹿Uは三―六―一の陣形である。
山鹿Uは細かくパスを繋いでいく。
一方、大礒FCはFWを残して自陣に引いて守りを固めている。
「ユニよくわからないけど、オレンジ色のチームが押されているよ」
「そうだな、でも大礒はこれからだ」
主税はぐっと拳を握り締めた。
山鹿Uは細かいパスから中央を抜いてMFの岩永がシュートを打った。
前半七分、左下に地を這うようなシュートが決まった。
「主税くんゴール決まっちゃったわよ」
「うーん、やられたー」
主税はがっくりした。
点を取られたので、こんどは大礒のボールで試合が始まった。
ボールを一度下げて右サイドにパスしてFWが山鹿U陣地に駆け上がった。
右サイドがボールをキープしている間に、FWがペナルティエリアに入った。
そこに右サイドからクロスが上がった。
オフサイドにならないように、FWの市原が飛び出しヘディングで合わせた。
前半二十二分、叩きつけるようなヘディングゴールが決まった。
山鹿Uのボールで始まり、山鹿Uの炎が枯草を焼いて燃え広がるような猛攻撃が始まった。
大礒FCは燃え広がる炎を全員で防波堤のように守っている。
防波堤の綻びを突くように山鹿U攻め込んできた。
大礒の左サイドが突破された。
左サイドから中央にパスが入りFWの相田がシュートを打った。
GKの喜多見は触れているが弾いたところをMFの岩永が押し込む。
前半四十四分、ゴールが決まった。
前半が終わりハーフタイムになった。
「主税このスポーツ面白いな。ユニ集中し過ぎてお腹すいた」
ユニはお腹をさすっている。
「そうかユニは何をしてもお腹が空くんだな。よし! お腹にたまる物を買って来てやるよ」
「ユニ主税大好き!」
「あいにく、おれには未来がいるんだ」
主税は未来を見る。
「ユニちゃん、主税くんあげようか?」
未来はユニに笑いながら提案する。
「ユニ、主税もらう」
「ちょっと待ってくれ、未来本当か?」
主税は涙目になって訊いた。
「冗談よ。びっくりした?」
「冗談で止めてくれ」
「これで、おあいこね」
「えっ」
「わたしを代償にしたお返しね」
「もう、買いに行くよ」
主税は階段を降りて下の売店に行った。
売店でラーメンとホットコーヒーを買って戻ってきた。
「日本の主食ラーメンだぞ、ユニ」
主税はいい加減なことをユニに言っている。
「ラーメン?」
「旨いぞ! 日本のどんな町に行っても、これを食べさせる店があるんだぞ」
主税は勝手なイメージを力説している。
「おいしい!」
ユニは夢中になってラーメンをすすっている。
「どうだ、すごいだろ」
「ユニ、こんなおいしいもの食べたことない! ……そっ、それにたまごも入っている」
「そうだろ、あと温かい悪魔の飲み物だぞ」
主税は砂糖もミルクも渡さずにブラックのコーヒーを渡した。
「ユニ、うれしい。主税えらいぞ」
ユニは匂いを嗅いでいる。
ユニは、こうばしい香りにひかれている。
「旨いぞ」
主税は飲んでみせる。
ユニは口をつけた。
「主税はうそをついたな! ユニこんな悪魔のような飲み物飲んだことない」
「だから悪魔のような飲み物だって言ったぞ」
主税は笑っている。
「主税くん、ユニちゃんをからかっちゃ駄目でしょ」
未来は主税を怒ったが顔は少し笑っている。
「うー、ユニのことを思ってくれるのは未来だけだ~」
ユニは未来に抱きついている。
応援が始まる。
後半がそろそろ始まる時間だ。
両チームの選手がピッチに上がってくる。
大礒FCの選手が円陣を組む。
円陣がとけるのと一緒にゴール裏のサポーターが掛け声を上げる。
大礒FCのキックオフで始まった。
後半が始まって大礒FCがラインを上げた。
FWの市原がボールを奪ってドリブルを始める。
続けざまにMF二人を抜き、その勢いでDFを二人がわすとシュートを放った。
後半九分、針の穴を通すようなゴールを決めた。
歓声が上がった。
「すごいドリブルだったな! 相手が翻弄されていたな」
主税は興奮していた。
防戦一方だった大礒FCが高い位置でボールを奪った。
大礒FCのカウンターが始まった。
FWにボールが市原に渡ると敵MF一人をキックフェイントでかわすと敵DFが来る前にシュートを放った。
後半四十二分、右上隅に突き刺さるようなゴールが決まった。
後半四十五分が終わりロスタイムも終わり試合終了のホイッスルが鳴った。
歓声が最高潮に達した。
「三対二……まさか山鹿Uに勝つとはな」
「そんなにすごいの?」
「山鹿Uは常勝軍団だからな」
「ユニは十番の選手、格好よかった」
「やっぱりユニも解るかー、市原のドリブル突破からのシュート格好よかったもんな。それでもってハットトリックだしな」
「主税ハットトリックってなに?」
「同じ選手が一試合に三点決めることだよ」
「主税はやったことあるか?」
「いや、ないな」
主税は市原のプレーに憧れてきた。
試合が終わっても応援は終わらなくて、みんな余韻に浸っていた。
選手たちがサポーターにあいさつに来て、またサポーターのボルテージが上がった。
しばらく応援が続いた。
主税たちはいい気分でサッカー場を後にした。
公園を出て道草がてら河川敷を歩いていた。
河川敷のサッカー場のある公園で子供たちがサッカーをしていた。
子供がおもいっきりボールを蹴った。
ボールが主税の方に飛んできた。
主税はボールを脚で拾うとリフティングをしてボールを返した。
すると子供たちが寄って来た。
「おにいちゃんサッカーうまいね」
「一緒にサッカーしようよ」
子供たちが主税の手を引っ張ってきた。
「じゃあサッカーするか、行くぞ」
主税はリフティングをしながら子どもとボールを取り合っている。
とても生き生きしていて楽しそうだ。
主税が子供にパスして、またボールが戻ってきて、シュートをした。
ゴールが決まった。
大人気ないくらい喜んでいる。
心底楽しんでいる。
未来も主税が楽しんでいてうれしそうだ。
「どっかでサッカーしているの?」
子どもが訊いてきた。
「桜昂学園高校でサッカー部のキャプテンをしているよ」
「今、ベスト四にいる桜昂?」
「そうだよ」
「すげー、桜昂だってよ」
「そっ、そうか?」
主税は照れている。
「すげーよ!」
「そうだろ、そうだろ、すげーだろ」
「こんど応援に行くよ!」
「本当か? じゃあ必ず次勝つから決勝戦を応援に来てくれ」
「わかった。決勝戦行く!」
「もうちょっとサッカーするか」
主税はそう言うとボールを蹴りだした。
子ども相手なので体をくるっと回してマルセイユルーレットをしたり色んな技を真似している。
そのたびに『おおー』という感嘆の声や『負けるもんか』と悔しがる声などが子ども達から聞こえる。
今度は一人で持ち込んで軽くシュートを打った。
「次は止めるからな」
「いくぞ」
子ども達も気合が入ってきた。
「よし来い」
主税がそう言うと子ども達からボールを蹴りだした。
主税がボールを取りに行く。
子ども達も考えだして、一人では取られると思い、大勢で細かくパスをつないできた。
「や、やるな」
主税は一人なので人数をかけられると、さすがに分が悪い。
小学生ぐらいの子どもだと思って舐めてかかりすぎたようだ。
「主税がんばれ」
ユニが声を上げていた。
「主税くんがんばって」
未来も芝生から立ち上がって応援している。
「おう! 任しとけ」
主税は手を振りながら、ボールを取りに行った。
パスコースに先回りしてパスカットした。
子ども達は四人で囲んできた。
主税は素早く切り返すと四人を抜いた。
ミドルシュートを打った。
普通に打ったように見えたシュートは、ブレを起こして少し落ちてゴールが決まった。
「やっぱりすげー、ブレた!」
「どうやったらブレ球打てるの?」
子ども達が集まってきた。
「それはな、足の甲の骨の部分で当ててそのまま押し出すように蹴る。ボールの中心を打つんだ。毎日練習すれば打てるよ」
「ぼく毎日練習するよ!」
「ぼくも」
「ぼくも!」
夕陽がオレンジ色に染まってきた。
「じゃあおれ達もう帰るけどお前らも早く帰れよ」
「わかったバイバイ」
「じゃあな」
主税が手をぶんぶん振る。
「バイバイ」
未来とユニも手を振る。
三人は楽しかった道草も終わり駅に向かって歩いていた。
「おれFWにコンバートする」
主税はおもむろに口を開き宣言した。
「主税くんそれでいいの?」
未来は確認するように訊いた。
「今日の試合を見ていて、大礒FCの市原選手と自分が似ているように思えたんだ。おれもああいう選手になりたい。そう思ったんだ」
「主税もあの十番みたいになるの」
ユニは主税と未来の間で主税を見上げている。
「そうだ、なってやる!」
主税は自分に言い聞かせるように言っている。
公園を通り抜けて駅に行き、電車に乗って地元に着いた。
主税は憑き物が落ちたようにいい表情をしている。
「主税くん元気になってよかったわ」
未来はユニの手を握りながら、うれしそうにしている。
「ユニも元気な主税がいい」
ユニは主税と未来に挟まれながら両方と手を握り直した。
いつもの未来とわかれる交差点に着いて、未来とわかれて主税とユニは、主税の家に向かった。
主税の家に着くと、洋子はご飯を用意して待っていた。
「今日、どこに行っていたの?」
「Jリーグの試合だよ」
「ユニ、初めて見た」
「ユニちゃんよかったわね。ところでどこと、どこが、試合したの?」
「大礒FCと山鹿Uだよ」
「どっちが勝ったの?」
「大礒FCが三対二で勝った! ものすごく楽しくて興奮した」
主税は今日見てきた試合を思い出している。
「ユニは十番とラーメンがよかった」
「そうなんだよ! 十番の市原がハットトリックして格好良かった」
主税は熱く語っていた。
その間ユニはたまご料理をすごい勢いで平らげている。
「ユニちゃん食べたらお風呂入りなさい」
「ユニわかった。すぐ入る」
「主税覗いちゃ駄目よ」
「覗くかよ」
「どうかしらね」
「信用ないな~」
主税はちょっと傷付いた。
「冗談よ。主税には未来ちゃんだっけがいるのよね。そうよねユニちゃん」
「主税には未来が……」
「こんどラーメン食べに行こうな、ユニ」
「ごめんなさい主税と未来のことは言えない」
「あら残念」
「ごちそうさま」
ユニはお風呂に行った。
主税は二階に行き服を着替えた。
(……おれFWやっていけるかなー、ドリブル突破からのシュートは自分でも得意だと思うけどな)
考えているとユニが風呂かえら出てきた。
「よし、おれも入るかな」
あっという間に主税は出てきた。
「ふー、暖まった」
主税はユニにドライヤーをかけてやる。
「ふぁー、気持ちいい♪」
ユニはドライヤーが気に入ったようだ。
「今日はちょっと早いけど寝るか?」
「ユニは眠たくてしょうがない」
主税は電灯のスイッチを切った。
二章
次の日起きると案の定ユニが主税のそばで寝ていた。
起こさないように布団から出て、制服に着替えた。
ユニフォームが入ったバックを持つと部屋を出て階下に降りて行った。
適当にパンをトースターに二枚入れると、牛乳をコップに注いで焼けるのを待った。
パンを牛乳で流し込むと日曜練習の為に学校に向かった。
学校に着くと部室に行った。
部室に着くといつもより早かったせいか誰もいなかった。
ユニフォームに着替えると、練習メニューを考えてノートを破って書き記していく。
練習メニューをホワイトボードに磁石で張っておく。
ボールを出して校庭で独りでストレッチをしてから、ドリブルからシュートの練習を始めた。
「確かこんな感じだったよな」
昨日の試合での市原選手をイメージして練習していく。
三十分ぐらいイメージで相手選手を抜いてシュートしていると一年生、二年生が登校し始めて主税が校庭にいるのを知って部室に走って行った。
「三年がたまに早く来ると気持ちが締まっていいかもな」
主税はそう言うと笑いながら練習を再開した。
五分ぐらいで下級生たちが部室から出てきて挨拶をして練習を開始した。
三十分ぐらいして三年生と監督がきて全員一度集まってミーティングが始まった。
「監督決めました。FWにコンバートします」
主税は監督に言った。
北森は驚いた顔でいる。
「今度はFWかよ。今のチームはどうするつもりだ」
北森は主税にかみついてきた。
「北森が司令塔としておれよりもやれるんじゃないかって考え始めたんだ。それとも司令塔やる自信がないのか」
主税は北森を挑発した。
監督の大下は見守っている。
「野邑は司令塔に自信がないんだな。だからFWにコンバートする気だな。よしおれが司令塔として優秀な事を見せてやる」
北森は自分のしたかったポシションになってやる気が出ているようだ。
「おう、期待しているぜ。裏切るなよ」
主税は心から思っていることを言った。
「これからは、フォーメーションを四―四―二から四―五―一にする。今日は新しいフォーメーションと野邑と北森の連携を練習する」
主税と北森は新しいポジションにつき、そのポジションの選手と動きなどを話し合い、その後ボールを使って連携の練習が始まった。
初めはなかなかうまく北森のクロスをFWにポジションを変わった主税はあわせることが出来なかったが次第に数年来のコンビのようにしっくりはまってきた。
「よし野邑、高い位置からボールを奪ってそのままドリブル突破からシュートしろ」
監督の大下は新しい戦術を試し始めた。
その後、実践形式で四十分の前後半戦を始めた。
主税は水を得た魚のように生き生きと優雅で大胆にいろいろなプレーをした。
練習が終わると主税は居残ってシュート練習をする。
それを見ていた監督の大下が近付いてきた。
「どうだ、野邑、FWに変わった感じは。俺の言った通り上手くいっただろ」
「確かにコンバートしたらいつもプレーにあった違和感が無くなって楽しくプレー出来ました」
「だろ。そう思っていたんだよ」
監督の大下はシタリ顔をした。
「では、上がります」
主税は監督の大下に挨拶して校庭を後にした。
「よくクールダウンしておけよ」
監督の大下はニコニコしながら言っている。
主税は部室に戻りシャワーを浴びた。
着替えて出てくると北森が部室にいた。
「よお、まだ残っていたのか」
主税はさりげなく声をかけた。
「どういうつもりだ、野邑、なんでコンバートしたんだ。 同情のつもりか!」
北森は右手でロッカーを殴った。
「そんなはずないだろう」
「勝手なことばかりしやがって」
北森は監督が勧めた事を知らないので、キャプテンのわがままと思っている。
「じゃあ北森、おまえはおれがなにも考えずにFWになったと思ったのか?」
主税も熱くなって言い返した。
「そうじゃないのか?」
「おれは優勝したいんだ! そのためだったら、向いていると思えばFWにだってなってやる。それくらいじゃなければだめだと思ったんだ。北森はチームのことを考えているのか?」
主税は北森の襟を掴んでロッカーに押し付けると、今まで思っていた事をぶちまけた。
「……おれだって優勝したいそのために……チームの事も考えているさ……」
北森は主税に圧倒されている。
「じゃあ、お互いにキャプテンと副キャプテンとしてチームの雰囲気を良くしていくぞ。できるな、北森」
「……できるさ! やってやるさ」
北森は力強く頷いた。
「必ず優勝しような」
主税は笑顔で見せて北森に握手を求めた。
「……必ずな」
北森は少し躊躇したが握手に応じた。
北森とわかり合えた主税は部室を後にして家に帰った。
家に帰るとリビングでユニがおやつにポテチやポップコーンを食べていた。
相変わらずよく食うなとか思いながらユニに声をかけた。
「よう、ユニ帰って着たぞ」
「主税、ユニを置いて行ったな」
ユニは頬を膨らませていた。
「悪かった。気持ち良さそうに寝ていたから声をかけないでいたんだ」
主税は朝の様子を思い出して微笑んだ。
「ユニは、食べ物には困らなかったが、つまらなかった」
「今週の土曜日にはうちの高校はサッカーの試合があるから楽しみにしてくれ」
「ユニ、サッカー好き! それに主税の本気のプレーを見たい」
ユニはテーブルにお菓子を置くと、主税のプレーをまねしてキックをしたりくるくる回ったりしてユニの黒いワンピースが舞っている。
「部屋で走るなよ」
主税は注意しているが怒った様子は無い。
「ユニ、主税がJリーガーになりたい理由が少しわかった」
「わかったか、でも代償に未来と別れないぞ」
「ユニと早く契約を交わさないと、試合に負けるかもね」
「試合に絶対は無いからな」
「ユニは悪魔だからそれを絶対に出来るよ」
「うーん、だから迷うんだよな」
主税は腕を組んで悩んでいた。
「……ふふ」
ユニはがんばって悪魔のように微笑んでいる。
もう、日常となってしまった夕食を終え風呂に入ってテレビを見て早めに寝た。
ユニを連れて未来にいつものように交差点で逢って、公園でユニと別れて朝錬に向かった。
部室でユニフォームに着替えた。
朝錬をするためにいつも通りにサッカー部のみんなより三十分早く校庭でストレッチを始めた。
そこへ陸上部の二年生の多岐川涼子ちゃんが来た。
「野邑先輩おはようございます」
多岐川は主税に手を振ってあいさつをしている。
ショートカットに栗鼠のように笑顔がかわいく、陸上部で運動をしているせいかスタイルは未来よりグラマーである。
「おはよう多岐川」
主税はいつものように返事をした。
「……最近寒くなってきましたね……っ……」
多岐川は他に何か言おうとしていたが、何も言わなかった。
「どうした?」
主税は何となく訊ねた。
「い、いえ。練習がんばってください! 今度の試合を応援しています」
「観ていてくれ、優勝してみせるよ」
主税は自信満々で頷いた。
「はい! 野邑先輩を観ています」
多岐川はそう言うと紅くなった。
「チームじゃなくて、おれを観るのか?」
「はい! 先輩だけを観ます。では失礼します」
多岐川はそれだけ言うと走ってむこうの陸上部が練習をしている所に行ってしまった。
陸上部だけあって綺麗なフォームに凄いスピードだった。
「……多岐川、どうしたのかな」
主税は訳が分からなかったが気持ちを入れ替えて練習に集中した。
サッカー部の練習が終わり、着替えて教室に行った。
教室は三階にあり校庭がよく見渡せる。
教室にはもう半分以上の生徒が来ている。
未来と六角や東屋を加えて話していると、担任の大下が来てショートホームルームが始まり、何か言っていたがサッカーのことを考えていたら、昼休みになり六角と昼食食べている時もずっと考えていたら放課後になった。
放課後になりサッカー部の全体練習が終わり居残って練習していると、多岐川が駆け寄ってきた。
「野邑先輩お疲れさまです」
多岐川は主税にタオルを渡した。
「ありがとう、マネージャーでも無いのに悪いな。後で洗って返すよ」
主税はタオルで額の汗を拭いながら言った。
「い、いえ、いいんです」
タオルを取ると、また、多岐川は走って行ってしまった。
「あっ、待っ……」
主税は呼び止めることができなかった。
部室で着替えてユニのいる公園に向かった。
公園で未来とユニがブランコに座って主税を待っていた。
「主税くんお疲れさま」
未来はペットボトルのスポーツドリンクを渡した。
「悪いな、待っていてくれて」
主税はペットボトルを開けてグビグビ飲んだ。
「ユニもほらおんなじ飲み物だよ」
ペットボトルをぶんぶん振っている。
「そういえば、教室からサッカー部の練習を観ていたけど、主税くんあのショートカットにしている娘サッカー部のマネージャー?」
未来は少し真剣に主税に訊いてきた。
「多岐川のことかな、いいや、陸上部の二年生だよ」
「そう、……多岐川さんって言うんだ」
未来は表情は真剣なまま考え込んでいる。
「それがどうした」
主税は不思議そうにしていた。
「なんでもない!」
未来は真剣な表情を変えて笑顔で答えた。
「そうか、じゃあ帰るか」
「夕食♪ 夕食♪ たまごの夕食♪」
ユニはよく分からない歌を歌っている。
「……信じているから」
未来は交差点で別れ際にそう言って別れた。
主税は何の事だか分らなかった。
家に着き、食事やお風呂を終え、テレビを観ていてあっという間に寝る時間になった。
次の日朝錬が終わると誰かが走ってきた。
「んっ」
主税がよく見ると多岐川だった。
「野邑先輩お疲れさまです」
マネージャーよりも早くタオルを持ってくる。
「ありがとう。陸上部の練習は籂わったの?」
「いいえ、ても大丈夫ぇす」
「そうなんだ」
主税は本人が大丈夫と言っているから深くは気にしないでいた。
「これもうぞ」
そ၆言うと、タンブラーも渡した。
「お၄しいなヴ、ၓれ多岐川が作ったの?」
主税はタンブラーから飲み物を裲んだ。
「陸上部っ代々伝わる栄養ドリンクです」
「へぇー、すごいね」
「色々な物が入っているんです。何が入っているかは陸丈部の秘密です」
「変なものは入っていないよね?」
主税は心配になってだい訊いてしまった
「心配しないでください。力が໘く物ばかりです」
多岐川はガッツポーズをした。
「そっ、そっかぁ……」
主税はあまり何が入っているか訊かない方が、精神衛生的にいいかなと思い訊くのを止めた。
「では、失礼します」
多岐川はタンブラーとタオルを持って陸上部の方に戻って行った。
放課後になりサッカー部の練習が終わるとまた多岐川が来た。
「野邑先輩、明日買い物に付き合ってもらえますか?」
「買い物か。いいよ」
そう返事すると主税は部室に戻り着替えて未来とユニが待っている公園に向かった。
「主税おかえりー」
ユニはポテチの袋を振り回しながら主税を迎えた。
「主税くん楽しそうね」
未来は皮肉を言ったが主税は気付いていない。
「ん、それより明日は用事が出来たからユニは家で待機してくれ。未来は先に帰っていて」
「どうして?」
未来は少し声を固く言った。
「友達と買い物に行くんだ」
「……そう、友達と……わかったわ。行きましょう。ユニちゃん」
未来はユニの手を取ると先に行ってしまった。
「未来待ってくれよー」
主税は未来を追いかけて公園を出た。
その後、未来と主税と話をしなかった。
次の日の放課後、主税は多岐川と駅前に行った。
駅前の商店街でウィンドショッピングをしていた。
主税は遠くから見られているのに気付いていない。
「(もう、デレデレしちゃって!)」
未来は主税がどこに行くか知らなかったが、駅前に行くと踏んで演劇部の衣装に使う生地を買いに行く名目で駅前に来ていた。
一方、主税は多岐川と雑貨屋に入った。
「(主税くんったらお店に入っちゃったら何をしているか見えないじゃない!)」
未来は自販機でおしるこを買ってふたりが出てくるのを待つことにした。
「野邑先輩、実は今日わたしの誕生日なんです。記念に何か選んでくれませんか?」
多岐川は急に主税の方を向いて顔を見るとそんなことを言い出した。
「えーと……これなんかいいんじゃない」
主税は少し困って、店にあった猫のキャラクターがプリントされたタンブラーを手に取った。
「かわいい! ありがとうございます」
多岐川は喜んでレジに行った。
(だ、大丈夫だよな。これはデートじゃないよな。未来への裏切り行為にならないよな)
主税は自分のしている事に気付いて、最近、未来が言っていた言葉の意味が解り怖くなった。
「どうしたんですか?」
多岐川は無邪気な笑顔を向けてくる。
「あっ、い、いや」
多岐川が無邪気な表情を見せるほど、主税は未来を思い出して後が怖くなり言動がぎこちなくなった。
「お茶でもしますか?」
「……いや、そ、そろそろ帰ろうか?」
「そうですか。わかりました」
「じゃあ、さようなら」
店を出ると主税は逃げるように別れて帰った。
「(あんなに喜んじゃって! 試合よりも一生懸命に走って)」
未来はふたりが分かれて帰ったのを見ると衣装に使う生地を買って帰った。
「悪かった! ごめんなさい」
次の日、主税は未来に逢うといきなり謝った。
「どうしたの? 主税くん」
未来はとりあえずわかっていたがとぼけた。
「未来、やめてくれよ」
主税は情けない表情をした。
「主税くん、何か悪いことしたの?」
未来は少しいじわるをしたくなり主税に訊いた。
「多岐川とのことは、なんでもないんだ」
主税は必死に言い訳をした。
「ふーん、多岐川さんと何かあったんだ」
「信じてくれ! 買い物に行っただけだ。どうしたら許してくれる?」
主税は試合よりもがんばってアピールした。
「わたしも買い物に行きたいな~。主税くん何か買ってくれる?」
「買う! なんでも買う」
主税は必死に未来の言うことに返事した。
「本当?」
未来は念を押した。
「本当、本当、絶対!」
「じゃあ、明日の放課後に駅前に行きましょう」
その日の放課後に多岐川を探した。
校庭にいた多岐川を人気のない所に呼んだ。
「どうしたんですか?先輩」
「落ち着いて聞いてほしい。実はおれには好きな娘がいるんだ、その娘に誤解されたくないから、もうタオルも栄養ドリンクも持ってこないでほしい」
「……そんな、わたしのこと嫌いですか?」
「嫌いじゃないけど友人以上にはなれない」
主税は多岐川の目を見て真剣に言った。
「…………今までありがとうございました」
そう言うと多岐川は走り去った。
走り去る時、多岐川の横顔が泣いているように見えた。
「おれには未来がいる」
そうつぶやくと練習に戻った。
主税はいつもより激しく練習をした。
次の日の部活が終わった後、主税と未来はユニも連れて駅前の商店街にいた。
「主税くん、あの雑貨屋に行く?」
未来は主税と多岐川が行った雑貨屋を指差した。
「あっ、あそこは止めておこう」
主税はギクッとして返事をした。
(……未来はまるで見ていたみたいだな。そんなこと無いはずなのに……)
そんな事を主税は思っていた。
「主税、未来にやましいことがあるのか?」
ユニは鋭いところを突いてくる。
「何を言っているんだユニ、おれには未来という、世界で一番大切な彼女がいるんだ」
「契約の代償には一番だね」
ユニは楽しそうに言った。
「そこまで分かっていて代償に要求したのか?」
主税は未来との仲を、試されているのかと最近考えるようになり、ユニには絆を作れと言われているように思った。
おせっかいだがいい悪魔かもしれない。
「どうかな……ふふ……」
ユニははぐらかして、また、無理に悪魔っぽく笑っている。
「じゃあ、あっちは?」
未来はアクセサリーショップを指差した。
「おう、いいよ」
そう言いながら頭の中で財布の中身を数えていた。
「あっ、これ、かわいい!」
未来はネックレスの先についているペンギンを見て、一目で気に入ったようだ。
「このペンギンのネックレス買おうか?」
主税は今日持ってきた、いままで貯めていたお金をほぼ全て使ってしまうが、これで許してもらえるなら安いものだと思っていた。
「いいの? うれしいー」
未来に機嫌が良くなってもらって主税もうれしいそうだ。
「ユニも欲しいー」
ユニはいろいろなアクセサリーに目を輝かせている。
「じゃあ、これにしたら?」
主税は未来が選んだのと似た安いネックレスを見せた。
「ユニ、これでいい」
持っていこうとするので、ユニに店員へネックレスを見せるように言ってお金を払った。
帰り道にいつもの公園で主税が飲み物を買ってきて少し休んでいた。
「未来、もう二度と誤解を招くようなことをして不安にさせないから。悪かった」
主税はいつもと違って真面目に謝った。
「明日は試合をがんばってね。負けたら許さないから」
未来はネックレスを首にかけて笑顔で言った。
「ユニも主税の試合を見たい!」
「明日はユニを未来に預けるから未来、頼む」
「うん、任せといて」
次の日、朝早くユニをいつもの公園に連れて行って未来に預けると、学校に行きサッカー部全員で学校のバスに乗って、この前大礒FCと山鹿Uの試合をしたサッカー場に向かった。
未来とユニは電車を使って一般客として来るだろう。
主税は試合に向かって集中し始めた。
サッカー部のみんなも口数が減って静かになっていた。
「あー、みんな硬くなるな! 舐めてかかってはまずいが、お前たちが負ける相手じゃない。もっと気を楽に持て」
監督の大下は立ち上がり体と同じく大きな声でみんなの雰囲気を変えようとした。
「監督の言う通りだ。おれたちは今年こそ優勝するんだ! こんなところで負けないからな。みんな気合いを入れても硬くなるな」
主税はキャプテンの自分がピリピリしていてはいけないと思い、声を出した。
「今日はFWにコンバートしたキャプテンのお披露目だ。新しいチームの強さを見せてやろうぜ」
副キャプテンの北森もチームの事を思い始めたようだ。
主税と北森の発言で、チームのピリピリ感は無くなってきた。
そうこうしているうちにサッカー場に着いた。
控え室に入るとみんなそれぞれロッカーに荷物を置くと着替え始めた。
しばらくすると監督の大下が控え室に入ってきた。
「みんなそのまま聞いてくれ。今日戦う新谷高校は数年前にサッカー部が出来て急成長してきたチームだ。特徴は守備に重心を置いてカウンターを仕掛けてくる。そこに九おつけてくれ、以上だ」
監督の大下はそう言うと詳しくホワイトボードで説明した。
「北森、いいクロスを頼むぞ」
主税は北森の方を向くとそう言った。
「お前こそシュートを外すなよ、野邑」
「わかっている、任しておけ」
「よし行くぞ」
監督の大下が大きな声で鼓舞するように言うとピッチに出て行く。
円陣を組んで気合いを入れる。
新谷高校のボールで試合が始まった。
新谷高校はFWを残して全員自陣に引いて守っている。
後ろでボールを回しているところを主税たち桜昂学園の選手たちが、高い位置でプレスをかけると新谷高校のSBが上がりFWにロングボールをパスする。
ロングボールはFWに届いたがオフサイドになった。
桜昂学園のGKがフリーキックを打つ。
主税にボールが渡りドリブルでDFを突破して右サイドからシュートを打った。
鋭いシュートはゴールポストに当たった。
ごーん、というボールがポストに当たった音がピッチに響く。
主税は頭を抱えて悔しがった。
桜昂学園の攻撃は苛烈を極めたが、あと一歩というところでシュートを防がれていた。
新谷高校の攻撃はロングボールを入れてくるだけだったが、だんだんタイミングが合ってきて前がかりになった所を突かれて、GKと一対一になってしまい前半三十分、新谷高校の十番にシュートを決められてしまう。
「気にするな! 修正していくぞ」
主税は周りに声をかける。
桜昂学園のボールで試合が再開される。
主税は北森にボールを預けると敵陣に駆け上がった。
北森は中盤の選手とボールをパスしながら、じわじわと上がり主税の上がるのを見ると主税のいる右サイドにパスした。
「野邑打て!」
監督の大下が叫ぶ。
「野邑決めろ!」
北森も叫ぶ。
「行けー!」
主税も叫びながらシュートを打つ。
地を這うような鋭いシュートが前半三十五分に決まる。
主税に桜昂学園の選手が集まってきて抱きついたり、頭を叩いたりしている。
前半の残りの時間はお互い攻め手に欠きボールを取り合って終わった。
控え室に戻って汗で濡れたユニフォームを着替え、水分補給をしていると監督の大下が来た。
「野邑よくやった。北森もいいクロスだったぞ。この調子でいいぞ。どうだ野邑楽しいだろう?」
「はい、最高です!」
主税は短い言葉だが全てを物語っていた。
後半が始まる直前に観客席を見ると、ピッチからよく見える所に未来とユニがいた。
未来とユニを見ると勇気が湧いてくる。
負ける気がしなくなった。
後半が始まった。
桜昂学園のボールで始まり主税はボールを蹴りドリブルで上がった。
新谷高校は主税をマークしていて三人で囲んだ。
さすがに主税は突破をあきらめ北森にボールを戻した。
北森はどうにか主税にパスしようとしたが、主税のマークが外れず仕方がなく自分で上がった。
そうすると北森に注意が集まり、それによって主税のマークが甘くなり、主税はマークを外した。
そこへ北森が主税にパスした。
「……まずは一人……二人……三人…………よし、決まれー!」
主税はDFを振り切ってミドルレンジからシュートを放つ。
ボールはブレながらゴールの左上隅に突き刺さった。
「……あの球、野邑いつの間に……」
北森は主税のシュートを見てゴールの喜びよりも驚きが大きかった。
その後は、前半の失敗を桜昂学園のDFが修正していきロングボールは通らなくなっていた。
新谷高校は唯一の戦術を失い、後半三十分を過ぎてからラインを上げてきたが、主税たち桜昂学園も負けずにラインを上げ中盤の戦いになったが、北森が中盤を制して試合が終わった。
「よし!」
監督の大下はガッツポーズをからだ全体で選手より目一杯した。
「監督が一番喜んでいるなー」
主税はあきれていたが勝ててうれしかった。
帰りのバスはみんな喜んでいた。
「みんな、今日は、喜べ。また明日から練習をきつくやるからな!」
監督の大下は真面目な顔をして言った。
学校に着いたらすぐに解散した。
主税はいつもの公園に行きしばらく待っていると、未来とユニがサッカー場から帰ってきた。
「主税くんやったね。二点も入れたね」
未来は着くなり走ってきてそう言った。
「主税、けっこうすごいな!」
ユニも未来と一緒に走ってきて言う。
ユニはちょっと興奮している。
「未来やユニ、みんなのおかげだ」
主税は少し恥ずかしそうに未来とユニの方に向いてそう言葉にした。
「主税、ごはん食べたい」
ユニは両手を上げて言っている。
「駅前のハンバーガー屋に行くか?」
「いいわね。お祝に行きましょう」
未来も同意をして、行くことになった。
駅前に行きハンバーガーセットを三つ頼む。
未来がユニと席を取りに行き、主税がハンバーガーセットを持って未来たちの所に向かった。
「では、今日の勝利を祝って、乾杯」
三人はジュースを飲んだ。
「魔界には無い食べ物だろう」
主税はハンバーガーにかぶりついた。
「ユニ、知っている。こういう悪魔な食べ物は魔界にいっぱいあるよ」
ユニも食べ慣れているようで上品に食べ始めた。
「そ、そうなのか。確かに体に悪そうだから悪魔の食べ物かもな」
主税はユニがこちらの世界の物をあまり知らないと思っていたので、ちょっと恥ずかしかった。
「主税くんユニに知ったか出来なくて残念ね」
未来はちょっとずつ食べている。
「でも勝てて良かったー」
主税は安堵している。
「勝てないと思っていたの?」
未来は心配そうに訊いた。
「勝てるとは思っていたけど勝負は終わるまでわからないからな」
「ユニは信じていたよ。不安になったらいつでも言って、魔力で勝たしてあげるから」
ユニはハンバーガーをもぐもぐさせながら言っている。
「さあ、明日から練習をがんばるぞ!」
主税は気合を入れた。
三人はハンバーガー屋を後にした。
「また明日ね」
未来が手を振っている。
「未来バイバイ」
ユニは大きく手を振った。
「未来じゃあな」
主税は手を挙げた。
未来と別れて主税とユニは家に帰った。
(今日はうれしくて眠れないかもな)
そんな事を思いながら布団に入った。
次の日主税とユニはいつもより少し遅く家を出た。
未来と合流してユニは公園で待つ。
お昼を過ぎたころいつもはユニ以外誰もいない公園に、ランドセルを背負った十一、二歳のそのくらいの歳にしては背の高い男の子が来た。
「きみ、誰?」
ユニは男の子に訊いた。
「ぼくは平井蒼太。きみは?」
「しりたいか? びっくりするぞ」
「外国の人?」
「悪魔のユニだ」
「……悪魔ってゲームとかに出てくる、悪い人たち?」
蒼太は少し考えてからそう言った。
「ちょっと違うが似たようなものだ」
「ユニちゃんは悪い人に見えないよ」
「人を見かけで判断しないことだな。これを見てもそう言えるかな」
ユニは手から青白い炎を出した。
「凄いね、手品が出来るんだね」
「違う、ユニは悪魔だから出来るの!」
「うん、悪魔の魔法みたいな手品だね」
「むー! じゃあユニにお菓子を渡すと良いことがある」
「本当?」
しばらくして蒼太はお菓子を買って戻ってきた。
「長かったな」
「うん、ユニがどれが好きか悩んでいた」
蒼太はユニにお菓子を渡す。
「うむ、うまい!」
「それはぼくが一番おいしいと思ったお菓子だよ」
蒼太は嬉しそうだ。
「でも、悪魔だから何も良いことしてあげない。どうだ、悪魔の恐ろしさが分かったか」
ユニはブランコでふんぞり返っている。
「そんなこと無いよ。もう良いことあったよ。ユニと友達になれた」
「うっ……それは良いことなのか?」
「とっても良いこと!」
蒼太は目を輝かせて言った。
「ふーん、そういうこともあるな。悪魔のユニと知り合えたのだからな」
ユニは蒼太のランドセルからはみ出しているパンを物欲しそうな顔で見ている。
「これ食べる?」
蒼太はランドセルからパンを取り出してユニに渡した。
「貢ぎ物か、なかなかおいしいな。他にも無いのか?」
ユニは口をもぐもぐさせて言っている。
「ユ、ユニちゃん明日もこの公園にいる?」
蒼太は精一杯の勇気を振り絞って訊いた。
「うむ、ユニはここにいるぞ。それがどうした?」
ユニは不思議そうにしている。
「明日も、もっといろいろ持ってくるから、また会ってくれる?」
「何度も言わせるな。ユニは明日もここにいる」
「やったー!」
蒼太は喜んで腕を振り上げた。
「ユニと会うのがそんなにうれしい事なのか?」
ユニは主税と未来の事は分かっても自分のことは分からなかった。
「じゃあ、また明日、約束だよ」
蒼太はランドセルを揺らしながら走って公園から出て行った。
「変わった子だったな」
ユニがつぶやくと入れ替わりに未来が来た。
「ユニちゃんお待たせ。今の子、友達?」
未来はユニに温かいおしるこの缶ジュースを渡した。
「そんなものだ」
ユニは右手にパンを左手におしるこの缶ジュース持って、パンでパサパサになった口の中をおしるこで潤した。
「そのパンどうしたの?」
「蒼太に貰った」
「さっきの子?」
「そうだよ」
「よかったね」
未来はユニがひとりで心配だったが、友達が出来て安心した。
しばらくすると主税が来た。
「疲れた、帰るぞー」
主税はヘトヘトになっていた。
「ごめんね、ユニちゃん遅くなっちゃった」
蒼太はベンチに荷物を置いた。
「ユニね、蒼太だーいすき」
蒼太は、うれしそうに笑った。
どうでしたか。痛さ加減では、気合が入っています。
入れ込みすぎという面もありますが。
「がんばって書いたんだよ」
「そうなの?最後まで読んでくれてお腹すいたでしょう。あーん」
「うぅん」
「おいしかった?」
「「ありがとう」」