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「え、この大きな家を四人で?」
私は驚いて思わず聞き返してしまった。私が住んでいた離れも大きかったが、あそこは必要最低限しか掃除していなかったし庭も荒れ放題だった。だからこそ少人数のメイドと私で何とかなっていた。しかしこの家は違う。しっかり管理が行き届いているのだ。
四人のうちの一人であるリリスの素晴らしさは知っていた。
まだ半日しか一緒にいないがそれでも十分わかる。彼女の仕事は素早いが丁寧で、地味に見える事を着実に積み重ねていく。あの学院でさえもこんなに優秀なメイドは見た事がない。多分メイドとして最高峰の技術と、使用人として最高級の堅実さを備えていると思われる。
もしかして彼女クラスが四人もいるの?
私は知らずゾッとしてしまった。もはや感動を通り越して恐怖だ。私がそう考えている事に気付かず、公爵は私に使用人を紹介してくれる。
「このメイドのリリスは知っているね?」
「はい」
「では彼女の隣にいるのが私の秘書でありこの家の執事である、バルト・ノースだ」
「バルトとお呼びください」
そう言った彼は礼儀正しくお辞儀をした。爽やかな金の髪に琥珀色の瞳が彼の美しさに拍車をかけ、執事の服装が正統派で高貴な雰囲気を醸し出している。白い肌や細い体躯から儚げな印象すら与えるが、しなやかで無駄のない動きは武術の達人である事を教えていた。
「その隣が今日の料理を作った料理人ミリーナ・エルウィン。彼女は庭の管理やインテリアの調整もしてくれている」
「ね、ね!今日の料理どう?綺麗だった?」
「えぇ、花のように素敵だったわ」
「でっしょ!?分かってるね!そう、野菜を薔薇みたいに巻くのがミソでさ…って、バルト!怖い顔すんなよ!」
「お前、給料減らされたいのか?アリア様に不敬な口を叩くな」
「え、私はフレンドリーで嬉しいですが…」
「ほら、大丈夫じゃん。…あー、もう!分かりました、分かりましたから!」
彼女は咳払いをする。
「ご紹介に預かりましたミリーナでございます…って、やっぱり無理!堅苦しいのは苦手だけど私に出来る事なら何でもやるよ!」
ミリーナは快活な笑顔で私を見つめる。カールする長い金髪をポニーテールにした彼女は、目の覚めるように鮮烈な美女だった。明るく派手な印象だがさっぱりとした態度からは男らしい格好良さが伝わってくる。ムチムチしているが腰や手足は細い理想の体型。それなのに、わざわざズボン姿なところも潔い。
「最後がアリア嬢の馬車を引いていたゼン・ゴルドー。彼はこの家の何でも屋みたいなものだ」
「その説明酷くないっすか?俺一応、このラズワルド邸の護衛なんすけど」
情けなさそうに頭を掻く赤髪の男は、高い身長にムキムキの体のイケメンだ。健康的に焼けた肌や短い髪は勇ましい戦士を思わせるのに、その透けるように淡い緑の双眸はとても優しい。見た目とは違って飄々とした態度だが、決して軽薄で思慮の浅い人ではなさそう。
そこに突っかかったのは先程の美女ミリーナだった。彼女は元気よく挙手をすると大きな声で言う。
「護衛ったって何もしてないじゃん!ズルくない?私、給料の減額を要求します」
「ミリーナの意見も最もだな。よし、受理し…」
「おいおい、ちょっと待て、バルト!落ち着けよ!むしろ何もない事が俺の働きだとどうして考えない!?」
「だって違うからな」
「少しは考えろ!」
「もう!ゼンをいじるのは、それくらいで良いのではないでしょうか?バルト」
「リリスが言うなら…。チッ」
「おい、舌打ち聞こえてるぞ」
「ミリーナも、あまり物事をはっきり言っては駄目ですよ?ゼンは、多分、働いていますから」
「まぁ、リリスの言う通りかも」
「…あの、何だかんだ一番ひどいのリリスなんだけど」
四人の楽しげないざこざを見て公爵が私に肩をすくめてみせる。「困った奴らだ」というようなそれに、私は笑いながら首を振る。彼らは全然困った人たちなどではない。あんな風に楽しげに話せる仲間なんだもの。
「そして私がエドガー・ラズワルドで、君の夫になった男だ。エドガーと呼んでほしい」
彼の言葉に使用人たちは口を閉ざした。皆の様子から彼こそが絶対の主人であり、彼らを従えるに足る素晴らしい人物なのだと理解する。しかし当の本人に凄みはなく、未だ柔らかい笑顔のままだ。甘美で優美な顔をしているのにどこか安心する人で、かと思えば公爵らしい威厳と風格をみせる。
そういえばこの人って何であんなに酷い噂ばかりだったのかしら?こんなにも優れた人なのに。あ、でも私を手厚く扱うという事はそれだけ変人なのよね。
私は最初に聞いていた噂を思い返した。顔は美形だし、薔薇の芳香がするし、性格も穏やか。じゃあもしかして…!
「色欲魔人?」
「…君もやっぱりそれを聞いたんだね。でも、嘘だから!断じて嘘!絶対に嘘!」
エドガーは顔を赤らめて困ったように頭を抱えた。私の心の声が漏れていた事も恥ずかしいが、私が自意識過剰な女だと思われた事も恥ずかしい。
公爵はおじさんとは言え女の人にモテそうだ。わざわざ痩せた私なんか選ばないだろう。なのに私がまるで襲われるみたいな勘違いをして、それを自意識過剰と言わなくて何というのだろう。
あれ、でも本当になぜ嫌われているんだっけ?私の疑問に答えてくれたのはエドガー自身である。
「そしてこの家にいる君以外の全員が人狼なんだ」
…あぁ、そうだったわ。なぜこんなにも重要な事実を忘れていたのかしら?
私は心の中で自分に悪態をついた。




