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私は晩餐の間に向かいながら、自分の変身っぷりに驚いていた。
リリスに部屋の中を説明してもらった後、私は彼女に言われて身を整える事になった。具体的に言えば湯浴みをして、マッサージをしてもらい、髪を切り揃え、服を着替える。
元々お風呂は好きで寮にいた頃も隠れて入っていたし、器用な性質なので髪も自分で切っていた。だがそれはリリスが卒倒しそうになるほど酷いものだったらしい。
特に髪の毛は伸び放題だったために傷みがすごく、腰を超えた長さの黒髪は肩甲骨の辺りまでバッサリ切られた。有無を言わさぬ彼女に怖さを感じながら、私は黙ってされるがままにしていた。リリスを大人しい子だと思っていたが、どうやらそれだけで終わる娘ではないようだ。
その後、白の清楚なワンピースを着せられた。腰の辺りで緩く結ばれたリボンは深い臙脂色で、スカートの裾にも同じ色のレースが付いている。気取らないアクセサリーや靴も同じ赤系統でまとめられ、私の赤の瞳の強さを中和するよう。
それからうっすらと化粧をして、甘くミステリアスな香りの香水をつける。何という名前の花かは知らないが、多分あまり有名ではないと思う。こんな香りは今まで嗅いだ事がない。
そして出来上がった私を見て、リリスは興奮したように鼻息を荒くした。犬だったら絶対に尻尾がブンブン振られているだろう。その邪気のない可愛らしさに思わず目を細める。
「うぅ、美しすぎます」
「ふふ、嬉しいわ」
「もう!アリア様、信じてくださってないでしょう?」
すっかり怯えなくなったリリスは私に頬を膨らませる。こんな優しく怒られたのは初めてだ。レオは私を哀れんでくれていたからか、怒られた事は全然なかった。唯一の例外があの舞踏会である。
曖昧に微笑む私に、彼女は鏡を持ってくる。そこに写っていたのは確かに私ではないような少女だった。艶めく黒髪に白く滑らかな肌、比較的厚い唇はほんのり赤く濡れている。いつもなら異様な存在感の赤い瞳だが、今日はネックレスや頬の桜色のお陰で印象が薄い。
「小汚くて怪しかった私がここまで普通の容姿になるとは。リリス、あなたはとっても優秀なのね」
「そんな!私ではなく、アリア様がお美しいのです!」
「美しいなんて、初めて言われたわ」
「では、これからは慣れて頂かないと。旦那様がきっと、耳にタコができるほど言うと思いますから」
私はリリスの言葉に笑った。私が美しいなんてあるはずがないけれど、そう言われたら素直に嬉しい。皆は失念しているがただの17歳女子なのだ。褒められれば心は弾む。
しばらくリリスと談笑をしていると、日も暮れて晩餐の時間になる。今日は腕によりをかけて料理を作っているらしく、優秀な料理人の本気が見られると彼女もワクワクしていた。
そして晩餐の間に着くと、そこにはもうラズワルド公爵が座っていた。公爵は私を見て目を丸くしているが、遅れてきた事に驚いているのだろうか?私はよく分からず「遅れて申し訳ありません」と謝罪する。やっと意識を取り戻した彼は、ハッとしながら微笑んだ。
「いやいや、遅れたなんて事はないよ。気にしなくて良い」
「ありがとうございます」
「しかし、君は美しいね。まさかこんなに綺麗なお嬢さんとご飯が食べられるとは。僕は幸せものだ」
「お世辞でも嬉しいですわ」
「そんなつもりはないよ。…む、信じていないようだね?まぁ、いいさ。これから嫌になる程言うだろうから、そのうち君も自分の美しさを信じるよ」
公爵は柔らかな笑みをこぼす。私は自分に向けられている暖かな言葉と表情に戸惑いながら、誤魔化すように小首を傾げた。そんな私に彼は苦笑すると、後ろに控えていた執事の青年に耳打ちする。
リリスと執事が料理を運んできてくれたのだが、私は思わず息を飲んだ。色とりどりの食材を使っていて、花畑のように華麗で鮮やか。しかし毒々しい芸術性はなく、あくまでも料理としてのアートである。未だ暖かな食事というだけでもありがたいのに、こんな綺麗なものを食べられるなんて!
「喜んでもらえたかな?」
「もちろんです!これを喜ばない方などいませんよ」
「そうか、それは良かった。…で、君に相談なんだけど」
「はい」
「あのさ、僕はいつも使用人とご飯を食べているんだよね。だから今日も、ダメ、かな?」
「それは皆で一緒にという事ですか?」
「うん。…やっぱりダメだよねぇ」
「どうしてです?皆で食べたいのならそうしましょう?私も賑やかな食卓の方が楽しいと思いますわ。私たちしかいないのだからマナーなんて気にする必要もありませんし」
彼は目を見開いてびっくりしている。何なのだ?自分がそうしたいと言ったのに、私に許可されるとは思っていなかったのだろうか?
「本当に良いのかい?僕に気を使わなくても…」
「私は思った事を言っただけです。私も早くここの方々と仲良くなりたいですもの」
「そうか、君はそう言ってくれるのか。…では明日から食事の際は使用人たちも同席させよう」
公爵は困ったように笑うと、執事の青年に皆を呼んでくるように言った。出会いのような態度ではなく使用人らしい腰の低さで主人の命令を聞き、すぐさまどこかへ行く。そして戻ってきた彼の後ろには二人の男女がいた。コックの格好をした金髪美女と、馬車を操縦していた赤髪の男。
「紹介しよう。この四人が我が家の全使用人だ」
公爵は手を広げて優しく微笑んだ。