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私はメイドの少女に連れられて自分の部屋に来ていた。いきなり泣き出した私を変人扱いする事もなくさらに魔女として虐げない彼らに、私は胸が苦しくなりむず痒いような感覚を覚える。これが幸福の感情だとは気付かず私は首を傾げていた。
メイドが案内してくれた部屋は、かなり女の子らしい素敵なところだった。白地にパステルピンクの花柄が描かれた壁紙と、淡い色合いで統一されたインテリア。白の天蓋付きベッドは見るからにふわふわで、他の家具は全て真っ白で品が良い。掃除も行き届いていて埃や芥は全くない。
何これ?本当に私の部屋?窓が付いていて日が当たるだけでも十分なのに、こんな広くて可愛い清潔な部屋で過ごして良いの?
「お、お気にめしましたか?」
公爵からリリスと呼ばれていた彼女は怯えたように聞く。
「えぇ、もちろん!本当に私にはもったいない部屋だわ!」
「それは良かった!い、以前の奥方は狭いし趣味が悪いと…」
「そうなの?それはセンスのない方だわ。…あ、ごめんなさい。あなたの以前の主人ですもの、悪口を言っては駄目ね」
「いえ!す、すぐに出ていかれた方、ですので」
彼女は目の前で手を振って慌てて否定する。その様子は小動物のようで愛らしい。私が微笑むと少女は顔を真っ赤にして口をパクパクさせた。
怯えられているから彼女も私が怖いのかと思っていたけど、この反応は違うみたいね。でも、どうしたのかしら?そんなに顔を赤くするような恥を晒した訳ではないのに。
「そういえば、あなたの名前はリリスで良いのかしら?私はアリア・レインローズよ。まぁ、知っているとは思うけど」
「もっ、申し訳ありません!な、名乗るのが遅れてしまいました!私は、貴女様にお付きいたします、め、メイドのリリス・カナンでございます」
「リリス、ね。これからよろしくお願いします」
「そ、そんな!私などに、頭は下げないでください!」
私が淑女の礼をとると彼女は驚きながら止めた。頭を下げさせられた事はあっても、頭を下げないでと言われた事はない。私はまた心の中から何かが溢れるような感覚を覚え、その満たされた苦しさに泣きそうになった。でもここで泣いてはリリスを困らせてしまう。
あれ、私ってこんなに涙脆かった?もう涙なんて枯れ果てたと思っていたのに。
それからリリスは衣装ダンスを開けて、ドレスやアクセサリーを見せてくれた。彼女が言うにはこの家の使用人たちで選んだもので、公爵は関わってないから安心して良いらしい。ここでも悪し様に言われる彼に少し同情していると、彼女は落ち込んだように俯く。
「こ、ここは良いところです。でも、私は面白みがないので、皆さん、すぐに出ていってしまいます。もし、お、お望みでしたら、代わりの者に変更、いたします。ですからどうか…」
彼女は懇願するように言う。服の裾をぎゅっと握る手には力が入っており、リリスがあんなにも怯えていた理由が分かった。今まで拒絶されてきたから今回もそうだと思っているのだ。自分のせいで公爵の夫人がいなくなり、主人の幸せを奪っていると考えているのだろう。
私と同じだ。誰かに否定される事に慣れてしまっている。むしろそれが当然で、肯定される事などないと信じている。傍から見るとこんなにも悲しいのね。今まで知らなかった。
「私はあなたがいいわ、リリス。あなたは私を見て悲鳴もあげなかったし、悪態もつかなかった。そんな人にはなかなか出会えないもの!あなたは面白みがないなんて言うけど、十分奥深くて可愛い方よ?」
「…私、褒められたのですか?私で良いのですか?」
「そうよ、リリスが良いの」
私がゆっくりと頷くと彼女は泣きそうな表情になる。眉を八の字に曲げて唇を噛み、拳に一層強い力が入った。手が痛くないのか心配だったが、それを聞く前にリリスが顔を上げる。
「…私の忠誠は生涯エドガー様とアリア様だけのもの。どこまでもお二人と共にあり、命をかけて剣となり盾となる事を誓います」
「え、どうしたの?」
「ただの儀式です。私は騎士の家の出なので、主人を決めた時はこうするのです」
「それって、こんなに簡単に決めて良いの?そして私で良いの?もっと考えた方が…」
「いえ、良いのです!私が決めた事、ですから。アリア様はエドガー様にふさわしいお方です。美しく聡明で慈悲深い」
これ、本当に私の事言っているの?私の背後霊の話とかではないのよね?
私は少し照れ臭い思いで彼女の言葉を聞いていた。自分の事をそんな風に思った事もないし、今でもこの評価は過剰すぎて受け入れられない。でも、それでも嬉しい。
あ、そうか。これが嬉しいって感覚だったっけ。レオが初めて教えてくれ、彼が奪い取った感情。私はそれを二度と得る事はないと思っていたが、もうこんなにも自然に芽生え始めている。薄情なほど早い変化だ。もう人は信用しないって思ったのに、早くも揺らいでいる。
…けど、私は魔女なのだ。
実際には魔女ではないがそんな事は関係ない。皆がそう定義すればそれが真実になる。誰かを信用して裏切られるのは、初対面の人に嫌われるのより辛い。それこそ心を抉られるような痛みだ。
こんな日々、続く訳ないわ。あまり期待しないようにしなくては。…もう裏切られるのは嫌だもの。