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私はトルマリン学院の女子寮に戻ってきていた。普通の生徒は玄関から入るが、私の場合は誰にも見つからないように裏口から入る。これは別にわがままを言った訳ではなく、私を見たくない寮監や生徒からのクレームの結果だ。


裏口を入ってすぐにボロボロな木の扉があり、それを開くと地下へ続く階段がある。そこを下っていけば私の部屋だ。地下の独房よりも粗末で薄暗い部屋だが明かりもベッドもある。誰からも見つからないという事は誰からも傷つけられないという事。多少見栄えは悪いが、もはやここだけが私の安息地だった。


レオはあのままで大丈夫かしら?あれでは王になった時に大変ね。


私は先程の事を思い出してため息をつく。レオが最近素っ気ないとは思っていたが、まさか見え見えの演技に騙されているとは知らなかった。こんなに分かりやすい嘘と悪意も見抜けないようでは、この先が不安だ。まぁ、私には関係ないけれど。


それにしても私はこれからどうなるのでしょう?私がもしエマ側にいたら、婚約破棄させただけでは物足りない。レオを怒らせるために用意した偽の事件の話を使って、私を学院から追放させるくらいはするだろう。


あのエマって人ならやるわね。可愛い顔から滲み出た悪臭は性根の悪さ故だと考えられる。それなら私を追い詰めるだけでなく、崖から突き落とさないと気が済まない。


家に帰らされるのかなぁ。私はドレスを脱いでベッドに横たわった。


アリア・レインローズという名前は私にとって一番不要なものである。レインローズ侯爵家と言えば名門中の名門で、誇り高く格式高い貴族の華だった。その名は生れながらにして与えられた名誉であり、勲章であり、責任である。それを喜びこそすれ疎ましく思う者などいない。…私以外は。


レインローズ家と言っても知っているのは離れにある別邸だけであり、本邸どころか家族の顔すら思い出せない。不満に感じていたのは最初だけで、今では特に何の感慨も感想もないのだ。家族は知らなくても怯えた何人かのメイドだけで十分だったし、私も大抵の事は一人でできる。


生活自体はここと大して変わらないわよね。もう、衣食住さえあれば何でも良いわ。私は諦めたように苦笑を漏らして、微睡みの中へ落ちていった。


目を覚ましたのは朝だった。階段の前に置いてあるパンとスープは冷めていて、お世辞にも美味しそうとは言えない。しかし毎日三食ご飯を用意してくれるのだ。ありがたいと思うべきなのだろう。


私はご飯を取りに行き、そこでトレーに乗せられた紙に気付く。メモ用紙と言っていいそれを手に取り、そこに書かれた内容を見て思わず吹き出してしまった。曰く、『エマ・フィリッポス等への嫌がらせ、その他数々の犯罪行為についての処分を審議中である。沙汰があるまで部屋から出ない事』。


思った通りだ。どうせ明日には退学処分が下り、学校側も持て余していた私をお払い箱にする。まとめる荷物もないからすぐに追い出されて家に戻され、そこからは多分ずっと一人で息を潜めながら暮らしていく。きっと誰にも見つからないうちに死んでいくのだろう。


これ、生きているって言えるのかしら?私は純然たる疑問を頭に浮かべた。しかしその答えが分かりきっていたとしても、私にはどうする事もできない。それに命を粗末にする気はないのだ。よって死ぬという選択肢も選べない。


私が何をしたというのだろうか。私は黒い髪に赤い瞳を持った普通の人。少し魔法が得意というだけの普通の人なのである。なのになぜ誰も私を見てくれないのだろうか。


自分を哀れむつもりはない。だが私の人生を楽しいものだとは思えるはずもない。


「まぁ、どうでも良いわね」


私は運んだ食事を食べながらぼそりと呟く。長年にわたり孤独だったため独り言を言う癖がついてしまった。令嬢らしくないそれを何とか直そうとしていたが徒労になってしまったようだ。


ーーーーー


次の日の朝になり、私は少し予想外の出来事に驚いた。またメモで処分を伝えてくるのかと思っていたが、学院の役員らしき人物が訪れたのだ。生贄にされてしまったのね。可哀想に、震えているわ。


「どうしたの?」

「あ、アリア・レインローズ様に、し、処分を…」

「えぇ、それで?」

「審議の結果、た、退学処分に、なりました」

「そう」

「そ、そして、レインローズ家から、アリア様の新しいご婚約について、報告がありました」


え?今なんて?


この人、新しい婚約って言った?いやいや、まさか!私が婚約破棄されたのは一昨日よ?そんなすぐに縁談が来る訳ないわ。


「お相手は、え、エドガー・ラズワルド公爵です…」

「そんな!」

「レインローズ侯爵様から、家に帰還する事なく、ラズワルド公爵家に行くように、と…」


嘘でしょう!?エドガー・ラズワルドと言ったら、噂に疎い私でさえも知る最低最悪の人物だ。


彼は35歳にもなって未だ独身であり、公爵家当主という肩書きはあるがその全ての実務を弟に押し付ける怠け者。その他にも色々な噂があるが、何よりも一番の特徴は彼が人狼だという事だ。


人狼。


姿形は一般的な人間だが、何らかの要因で狼に変化する。その力は絶大で全ての魔法を撥ね付け、鋭い牙と爪で防御できないくらい強力な攻撃を食らわせる。ただ狼になったら理性がなくなり、人間だった記憶もなくなる。故に誰にでも襲いかかる獣。故に残虐さの象徴。


どうでも良いとは思っていたけど、まさかこんな展開になるとは!…私の人生終わったわね。


私は額に手を当てて長い息を吐いた。

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