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「アリア、君がそんなに醜い人だとは思わなかったよ」
色とりどりのドレスを着た麗しい令嬢たちと、その手を優しく取るパートナーの令息たち。光輝く照明を受けた大理石の広間は黄金の煌めきに包まれている。しかし夢のようなそこで起こっているのは、私にとっては悪夢だと信じたくなる現実であった。
今日は幸せな舞踏会…のはずだったのに。
王立魔法学院、通称「トルマリン学院」は卒業式の日に盛大なパーティーを開く。元々この学院に入学してくる生徒たちは将来の王国を担う大貴族の子供。だから舞踏会には慣れているのだが、それでも眼を見張るほどに豪華絢爛であった。
この日を楽しみにしている生徒は数多くいて、実は私もその一人だ。去年は色々な事情があり出られなかったけど、二年生になった今年は私の婚約者である第一王子の計らいもあり、出られる事になっていた。舞踏会に参加するのも初めてみたいなものだったし、それが噂に聞く卒業パーティーなら心が躍るのも当然である。
そう、「今までは」だが。
私は感情抑制の結晶たる愛想笑いを浮かべ、不思議そうに首を傾げてみせた。しかし目の前にいる婚約者レオ・カーネリオンは不快そうに顔を歪め、隣の男爵令嬢エマ・フィリッポスを守るように抱き寄せる。
どういう事か、なんて聞かなくても分かる。エマの勝ち誇った笑み、周りを取り囲む楽しげな観衆、色濃い侮蔑を宿すレオの瞳。
嵌められたんだわ。私はすぐに合点がいった。
正義感の強い彼が「醜い」と罵る行為など間違ってもやらないもの。きっとレオにある事ない事吹き込んで、私を陥れたんだわ。レオの隣にいるエマを筆頭に皆で協力したのね。
かなり時間をかけて丁寧に計画を進めたのだろう。レオは説得しても聞き入れてくれそうな雰囲気ではなく、もう関係を立て直す事は不可能だと悟った。
結局全てなくなってしまったわね。
私は何となしに髪に触れた。このカーネリオン王国において最も嫌われるもの、それは人狼と魔女だ。どちらも童話の中の悪役だが、子供の頃から聞かされたせいか皆が恐れて嫌っている。
そして私が持つ漆黒の髪と緋色の瞳は、魔女の特徴だった。さらに、生まれた時から異様に魔法能力が高いという事も良くなかった。そのせいで伝説の魔女を彷彿とさせてしまったのだ。
人狼が現実にいて人に害を及ぼしている事もあり、私は魔女の生き写しだと信じられた。そんな私がどんな扱いを受けたのか、もはや語るまでもない。
しかし、私からしてみれば「勝手な妄想も大概にして」というだけだ。ただ生まれ持ったもののせいで拒絶され、軽蔑され、否定される。実の親からも愛されず、誰の目にも映らないように隔離されて過ごす。そんな日々を強要され、そんな日々が皆の平穏のためだと聞かされる。
だがこんな荒んだ人生を送ってきた私が、それでも荒まずにいられたのはレオがいたからだった。私に初めて同情してくれ、私に初めて微笑んでくれ、私を初めて選んでくれた。それがどれだけの救いだったか分からない。
だから彼のために努力した。「血の滲むような」なんて生易しい形容に聞こえるほど、彼の隣に立てる人になるよう頑張った。ずっと一緒にいたかったし、ずっと認めていて欲しかったのだ。
だけど無駄だったみたい。
私は自嘲の笑顔を浮かべて、依然優雅なままの声色で聞く。長年にわたり虐げられてきたのだ。今更裏切り一つで泣き喚きはしない。…とてつもなく悲しいけれど。
「どういう事ですか?」
「まだしらを切るのか!お前はやはりエマや皆の言っていた通り、醜く卑しい人物のようだ!」
「仰っている意味が分かりませんわ」
「くっ!…信じたくはなかったが、俺はお前に騙されていたんだな。今だに自分の罪を認めない女だとは思ってもなかった。見破れなかった自分が恥ずかしい」
「いいえ、殿下。殿下が悪い訳ではございません!悪いのは全てあの魔女です!」
レオは沈痛な表情で頭を抱え、エマが彼の頬にそっと手を置く。彼らは愛を交わすかのように見つめ合うと、観衆たちは吐息を漏らして祝福する。
私を断罪するなら最後まで真面目にやってもらいたい。今やるべきなのは恋愛劇ではなくて悪役成敗じゃないのかしら?
「あの、私を信じてくださらないのは分かりました。それで私を罵って終わりですか?他にご用件はございますか?」
私は悪役らしく二人のイチャイチャを切り裂いて話を戻す。どうせ、彼の言う事は分かっている。婚約者である私の前でラブシーンを見せてくるのだ。もうアレしかない。
「あぁ、お前とは婚約を破棄する!そしてお前の正体を果敢にも教えてくれ、俺を支え導いてくれたエマと婚約する!」
やっぱりそうきたわね。エマとの婚約まで一緒とは少し予想外だけど、早いか遅いかの違いだものね。
キラキラした晴れやかなレオも、わざとらしく涙ぐむエマも、安っぽく驚いて歓喜する皆も。私にはどうでも良い。
私を魔女としておきながら、私が怒ったら魔女の力を使うとは考えない蒙昧さ。自分より下の存在である私をひたすら貶めようとする愚劣さ。こんな事になっても冷めている自分の冷血さ。それらを反吐が出るほど嫌っているのに、何だか反論する気力も湧かない。
もう、いいや。疲れてしまった。
私はゆっくり瞬きをした。あんなに好きだったのに簡単に手放せる自分に呆れながら、「さようなら」と彼に向かって微笑む。
これから自分がどうなるのかなんて分からない。でも早く一人になりたかった。私は静まり返る会場を抜けて帰路についた。…帰る場所なんてありはしないのに。