第13話 森の中で。
「………最悪だ。」
「具体的にどう最悪なの?」
シオンの溜息に、枝音が疑問を持つ。
見た目はただの森なのだから、何がどう危険なのかあまり実感できないのかもしれない。
負の感情が無いのだから、なおさらだろう。
「まず、この森は出口がない。」
「ふむふむ。確かに面倒そう。」
「森が完全に形成される前ならまだ脱出出来なくはなかったんだがな………。」
「でも、これでツクモガミからは逃げれたよね?」
「ある意味ではツクモガミよりも最悪かもしれんけどな。」
そう言って、シオンはため息を吐く。
ツクモガミなら逃げ続ければ言いだけだが、霧ノ森は逃げても逃げても出口がない。
しかもこの森は常に移動するから、仮に脱出出来たとしてもどこに放り出されるか分かったものじゃない。
「なにこれ?」
枝音が、ひらひらと目の前に落ちてきた何かを見て声を発する。
紙切れのようなもので、何か呪文のような物が書かれている。
「………これは、御札?」
「いや、それは呪符…………!!!」
呪符の存在を確認すると同時に、何がしかの存在をシオンが感知した瞬間、バラバラバラバラッ!!!と大量の呪符が空を舞った。
「こんな所に人がいるなんて珍しいわね。何者かしら?」
フードを深く被った、口調からして女性と思われる人物が突如、何も無かった所に大量に舞う呪符と共に現れた。
認識阻害の効果が強くかかっているのか、顔どころか姿もぼやけてまともに認識できない。
体型や身長すら、曖昧にしかわからない。
「………それはこちらのセリフだ。お前は何者だ?」
「そう簡単に明かすつもりなら、こんなに厳重に正体を隠そうとはしてないわ。」
「………そうだろうな。じゃあ、別の聞き方をしてやろう。」
シオンの纏う雰囲気が変わる。
より、敵意を剥き出しにしたものへと。
「9人の世界に君臨する王の1人、呪王がここで何をしていて、なんの用があって話しかけてきた?」
「…………いかにも。」
そう言って、シオンに呪王と呼ばれた女性はフードを脱ぐ。
未だにしっかりと認識できないが、長髪で片目を隠した女の顔がそこにはあった。
「私は九心王が序列第7位、呪王の名を冠する者だが………どうして分かった?」
「何を言ってるんだ。公言しているだろう?」
「何?」
「それだけ、自分はただの人間ではありません、この世の王として相応しい力を持っている化け物と呼ぶのも生ぬるい存在です、と言う雰囲気を出していたら嫌でもわかるさ。」
「……へぇ?あんた、名は?」
「シオンだ。」
「聞いたことないわね。」
「有名じゃないからな。」
「ウソ、主神オーディンともあろう存在が、有名じゃないわけ無いじゃない。」
「へぇ?どうやってオーディンだと?」
「ルーン魔術の臭いがぷんぷんするし、それに、自分はオーディンですって雰囲気を出されていちゃあね?」
「はっ………まぁ、そんなことはどうでもいいか。さっきの質問に答えろ。」
「答える義理はないのだけれど………まぁいいわ。私は今はこの森の研究をしているの。」
霧ノ森の研究。
確かに、魔導を極める彼女には有益な事だろう。
この森は出口がない事や、どんな危険があるか分からない、という事を除けば魔導の研究場所としては最適だ。
「てことは脱出方法を知ってたりするか?出口とか。」
「出口は知らないけど、脱出する方法ならあるわね。」
「なるほど、教えて貰っていいか?」
「何故?」
「教えてくれたら、こっちもルーン魔術の失伝した技術を教えたのに………」
「是非とも教えさせてください。そして教えてくださいお願いします。」
手のひらが回りすぎて暴風が発生しそうな勢いだ。
現に、どういう方法を使っているのか、呪王の手のひらはクルクルと回転している。物理的に。
「呪王って、全ての魔導を極めた人なんでしょ?ルーン魔術とか、別に教えてもらわなくたっていいんじゃ?」
「それがそういう訳でもないのよ。いくら魔導を極めたと言っても、失われた技法まで極められたわけじゃないもの。触り程度しかわからないわ。」
「失われた技法を触り程度でも知ってる時点でおかしいんだけどな。」
「とりあえず!いろいろ教えて!!」
――――――――――――――
「とりあえず、これぐらいかな?」
「こんな組み合わせがあったのね……!てか、こんな種類のルーンがあるなんて知らなかったわ!ありがとう!」
「どいたま。んで、見返りの脱出方法なんだが。」
「あぁ、えーと、脱出には転移魔法陣を使うわけなんだけど、転移先の場所に指定とかってある?」
「ん、ドイツだ。ドイツの東の方、夜花の第17結界外基地。そこの近くの山に転移するようにしてくれ。起動は俺の任意でだ。」
「了解、人数は?」
「余裕を持って8人ほどで。」
「了解。」
言われた通りの効果を発動できる魔術陣を、呪王が紙にすらすらと描いて創りだしていく。
呪王のもつ能力、新しい魔術の創造だ。
「出来た。」
「よし。あと、もう一個創って欲しいんだが………。その転移した山からその基地のど真ん中に転移するようにしてくれ。」
「お安い御用よ。いろいろ教えてくれたしね。こんなのを創るだけでお礼になるならいくらでも創ってあげるわ。」
「たくさんは要らないけどな。それに、ルーン魔術は俺に扱える唯一の魔術とも言えるしな。」
「あれ?能力者……それも神器保有者ともなれば基礎的な魔術は使えるはずだけど?」
「無理だ。俺の魔道能力は全てあるひとつの魔術を行使するためだけに割り当てられている。それしか使えないんだ。」
彼の魔導領域はそのひとつの魔術式を構築、行使するためだけに割り当てられているのだそうだ。
魔導領域とは、魔法、魔術、などと言った魔導を扱うための魂のある領域のことだ。
その領域の在り方によって、扱える魔術や魔法の質や強大さ、構築出来る式の複雑さ……などなど、いわゆる才能が決まるわけだ。
だが、それにしてもおかしい。
確かに、魔導に才能の無い普通の人間は魔術は使えない。魔導領域が無いに等しいからだ。
だが、どんな人間であっても遺物によって魂を変質させ、能力者になったのならば魔導領域が拡張され、最低でも基礎的な魔術は行使できるようになるはずだ。
曰く、シオンはかなり特殊なんだそうだ。
魔法陣をその場で描いて媒介にするか、他人の作った術式に魔力を通して魔術を発動することは可能らしいのだが、彼自身が式を構築して発動することは出来ないらしい。
ちなみに、ルーン魔術だけはオーディンの能力のひとつとして普通に発動出来るのだそうだ。
「へぇ、変わってるのね。ちなみに、どんな魔術が使えるのかしら?」
「…………あぁ、それは…………っと、来たな。」
「やっと合流出来た!!」
ハァハァ、と息を荒くしながらやってきたのは、瑠璃奈達御一行、瑠璃奈と一緒にいたのはネアだけだったはずだが、途中で合流したのか全員揃っている。
「必死に逃げてたらNO.Ⅵに取り込まれるし、最悪!!で?どうすんのって………そちらの方は?」
瑠璃奈が呪王を見て、訪ねる。
「初めまして。殺雪と言います。」
「………せつ?珍しい名前ね。でも、どこかで聞いたような………。」
「九心王、序列第7位呪王。」
思い出そうと唸っている瑠璃奈に、シオンが答えをボソッと告げる。
「あ!確かに同じ名前!凄い偶然……ね……?………偶然よね?」
「残念だが、本人だ。」
「本人です。」
「は!?え?ええぇえぇぇ!!?」
驚く瑠璃奈に、シオンがざっくりと経緯を説明する。
「実は、かくかくしかじか」
「…………はぁ。」
呆れたように、瑠璃奈がシオンと殺雪を見る。
ルーン魔術の教えを乞う九心王というイメージがわかないのだろう。
確かに、九心王にそんな常識人のような行動をする人間は居ないと言っても過言ではない。
「とりあえず、脱出するために転移する。みんな大丈夫か?」
「「問題ない(わ)(よ)。」」
「OK!んじゃま、魔力を通して、発動っと!じゃあな、殺雪。」
「ん、じゃあね。また会う事を願いましょう。」
「ん、後、最後に一つだけ教えてやる。――――――――――だ。」
シオンが何かを口にする。
声は聞こえて来なかったが、唇の動きで何を言っているのかはわかる。
「…………………は?それって…………!!」
それを聞いた殺雪が驚きに目を見開く。
詳しく問いただす前に、シオン達は転移して消えていってしまった。
1人残った殺雪は、先程の言葉を考える。
「最後の言葉……………。」
見間違いだろうか?いや、そんなはずはない。
彼は、明らかにこう言っていた。
『俺が唯一扱える魔術は、【空間の拡張と縮小】だ。』
空間の拡張と縮小。
空間制御魔法はあるが、それを扱えるのは九心王である私だけ。
魔術にはそもそも空間を操るものなんて無いに等しい。
だが、ひとつだけ、魔術の中に空間に作用する物がある。
それが、詠唱魔術である空間拡縮魔術。
魔術戦においては何の役にも立たない詠唱魔術。
だが、詠唱を行うというデメリットがあっても、空間を制御出来るという事のメリットはかなり大きい。
しかし、その魔術は2人しか扱えず、また2人しか知らない。
1人は、私。
もう1人は、この魔術を創った本人。
その人物は―――――――。
呪王が都合よく来て脱出。
ご都合展開に見えるかもしれませんが、実際その通りです。
しかし、今後の展開をスムーズに行うために必要だったんだ、と割り切ってください、はい。