第6話 影の心。
2話分のストックが切れたので次からは書き上がり次第投稿します!
「グォオオオオアアア!!」
クロノスが大声をあげる。
その肌を震わせる程の叫び声も、この戦闘中でもう聞き慣れた。
奴が能力を行使する前は、必ず叫び声を上げる。
が、今度は時間操作はおこらなかった。
「なんだありゃ?」
「クロノスの形状が…………?」
バキバキッと骨格ごとクロノスの姿が変化していく。
2対の背ビレの手前に、さらにもう2対の何かが生えてくるようだ。
それは、まるで小さな翼のようで、さらにそれがどんどんと大きくなっていく。
「形状変化?そんな能力が奴にあるなんて知らんぞ?」
「あれは………翼?」
「何?………それは不味いな。お前ら伏せろ。」
翼はまずい。奴の時間操作能力と魔眼、それらを上空で発動されれば、勝ち目は一気に低くなる。
切り札はあるが、ここで使う訳には行かない。
せめて、光の巨人を倒すまでは切り札を切ることは許されない。
なので、空に飛ばれる前に奴を地に叩き落とす。
「起動せよ、アガートラーム。」
インレのその言葉と同時に、彼の右腕がガシャガシャと金属音をたてて変形し始める。
そして、インレがどのルーンかは分からないが、ルーン魔術で空に浮かびあがる。
(…………あの腕、義手?)
ネアが、その腕の異様さに気づく。
バチバチとスパークが、彼の右腕から発せられる。
次第にスパークが大きくなり、そるは大きな稲妻となって周囲に鳴り響く。
これだけでもかなりの威力だが、こんなのは余波に過ぎない。
「かつてゼウスの力と同等とされた神、その腕の力を見せてやろう。」
周囲の地面や木々を破壊しながら、稲妻がインレの周囲で輪を作り始め、3つの円が回転し始める。
そして、一際大きく光ったその瞬間、この世の音とは思えぬ雷鳴と共に、全てを貫く雷がクロノスに直撃する。
強大な光とエネルギーの奔流と化した雷はクロノスのその巨大な背中を、生えかけていた翼諸共消し飛ばし、さらに周囲の地面も焼き焦がしていく。
地面に大きなクレーターがひとつ出来上がり、その中にクロノスが叩きつけられる。
さらに、いくつもの小さなクレーターがその周囲に次々と生み出されていくその光景は、圧倒的だった。
「初めて使用したが、出力はまぁまぁだな。」
「今のが、最大火力って奴?」
「いや、違う。さっきのはまだ実戦用に調整してなかったから、今の攻撃でぶっ壊れた。2撃目は撃てない。」
インレのその銀色の右腕はバチバチとスパークをたてており、どこか動かしづらそうにしている。
「だが、撃った甲斐はあったな。俺の右腕は使いもんにならなくなっちまったが、やつに大きな隙がうまれた。今のうちに奴の魔素を削りきる。」
「OK!」「りょーかい。」
「ガァァァァアアアア!!!」
「このタイミングっ!!」
枝音がクロノスが時間を操作するタイミングに合わせて、能力を発動する。
ゆっくりの時の中でも自由に動く……どころかクロノスより高速で動けるようにする。
それに、今ので時間に関することがだいたい感じ取れた。
次からは、もっと上手くやれる。
「死んで?」
枝音が周囲にに剣や弓、槍、銃、ミサイルから野戦砲など様々な物を生み出して、その全てをクロノスに向ける。
「ギィイイイイァァァアア!!!」
再び、クロノスが時間操作能力を発動し始める。
硬直時間はなし、連続で使用してくる。
「っ!?連続で発動出来たのか?ネア!」
枝音は能力の反動で硬直時間が生まれてしまっている。
数秒で解除されるものだとしても、今この時に限ってそれは致命的な隙だ。
だから、この中で今すぐに行動に移せる人間は一人しかいない。
「…………取り憑け。」
限界まで発動する事を渋っていたものの、ここでやらなかった時の方が後々後悔する、そんな気がして、ネアは能力を発動する。
影を己の身体と同一化させる。
身体強化の倍率は5~6倍と一気に跳ね上がり、再生能力や処理能力なども格段にあがる。
だが、制御しきれない事だけが唯一の欠点だった。
たださえ普段、これでもかと言うほど囁いてくる悪魔の声が、脳の処理が追いつかずに意識を手放しかねないほどの量の怨嗟の声を叫ぶのだ。
影の、私の能力の中にいる意識、それが何もかもを呪ってしまえと叫ぶ。
【許すな】【許さない】【許せるものか】【呪え】【奪え】【壊せ】【殺せ】【愛したかった】【愛していたかった】【裏切られた】【悲しい】【許せない】【愛されたかった】【死にたい】【死にたくない】【殺したい】【死んでしまえ】【殺したくない】【なんで?】【忘れたい】【忘れたくない】【どうして?】【いつだって信じてたのに】【いつだって信じていられたのに】【なんで?】【生きたい】【死にたくない】【どうして?】【なんでみんな私をおいていくの?】【憎め】【嫌い】【おいてかないで】【嫌い】【死ね】【何もかも】【壊せ】【有象無象】【森羅万象】【恨め】【全て死ね】【怨め】【壊れろ】【壊せ】【許すな】【許さない】【許せない】【殺せ】【殺せ】【死ね】【死ね】【死ね】【死にたい】
「ぐぅうっ、あぁぁあっ!!!」
言葉の波に、心が弾け飛びそうだ。
何もかもを呪うその言葉が、感情が、私の頭に鳴り響いてやまない。
黒い声が、暗い感情が、私の全身を影のように包み込んで離さない。
【憎いでしょ?】
【憎いよね?】
【全てが。】
【でも、】
【大丈夫。】
【壊そう。】
【全てを。】
声が、私の体を動かす。
意識が、深い海の底に沈んでいくようだ。
どこまでも、どこまでも。
人の深い憎悪の海底に、底のない深海へと沈んでいく。
もう、自分の身体がどうなっているのかも分からない。
今回は、いつもと違う。
ここまでの感情の暴風は初めてだ。
いつもなら―――――といっても、4、5回しかこの能力は発動したことは無いが――――――それでもいつもはここまで酷いものでは無かった。
今回は、いつもの何倍も、憎悪の声が、彼女の囁きが鮮明に聞こえてくる。
いつの間にか、意識の底に着いたようだった。
暗い、昏いその海底に、彼女が現れる。
いつものように、顔は見えない。
だけど、今日はその姿がいつも以上に鮮明に見える。
彼女は、わたしの真正面に立って、話しかけてくる。
【また来ちゃったんだ?】
「……………。」
【全てが、憎いんでしょう?】
「………違う。」
否定の言葉と同時に、目の前の女性の姿がより鮮明になっていく。
【違わない。貴女は憎んでる、全てを。】
「違う!」
正面の闇に包まれた顔が、だんだんと薄くなっていく。
今にも、素顔が見えそうだ。
【全てを壊したいって望んでる。この力をふるえる事に歓喜している。この力で全てを壊すことを渇望している。】
「違うっ!!!」
【違わない。ほら、だって現に……】
その女性の顔がさらに明らかになって行く。
だけど、それは見てはいけないと本能が叫びを上げている。
「いや、やめて………」
見るな、見るな、と本能が訴えかけてくるが、それでも何故か目線を逸らせない。
だんだんと影が薄れていき、闇のベールの中から現れたその顔は
「現に私、笑ってるでしょう?」
そこには、凶悪な笑みを浮かべる、私の顔があった。
―――――――――――――――
「アアァァァァァァァァ!!!!」
ネアが影に包まれ、悲鳴を上げる。
ゆっくりの時の中でも普通に動けるようで、クロノスに向かって影で攻撃し始める。
だが、それは理性によるものではなく、ただ単に目の前にクロノスがいたから攻撃したようだ。
「グォァァァァァア!!!」
いくつもの鋭利な影がクロノスに突き刺さり、爆ぜる。
さらにネア自身もクロノスに取り付いて近接攻撃を仕掛ける。
「ん、枝音。」
インレがその光景を眺めつつ、枝音に近づいてくる。
流れ弾が近くで爆ぜ、爆風と爆煙、そして舞い上がった雪が枝音とシオンの姿を隠す。
「とにかく、作戦通りだな。」
「理性がないようだけど、ネアは大丈夫なの?」
字面では心配しているようだが、何の心もこもっていない声で枝音が聞いてくる。
心配や不安といった感情は、彼女には無い。
「ん、問題無いだろ。仮にも適性はあったんだ。欠片程度で折れたりせんだろ。」
こちらもまた、何の心もこもってない声で応える。
「あいつがクロノスに攻撃しているうちに、俺は切り札を切る準備をする。」
「じゃあ、私は支援する。近づいたらネアに攻撃されそうだし。」
「お仲間の支援は望めそうか?」
「あの距離だし、1、2発ぐらいしか無理なんじゃない?正直、そこまで期待してない。」
「そか。」
インレは空中へと移動して準備を始める。
枝音は、そのまま地上に残り、ネアへの攻撃支援を行う。
「武器創造」
『書き刻む』で武器を作成。
生み出したのは狙撃銃と弾丸。
ネアにはあてないようにして、それでも寸分違わずクロノスの頭部に狙いを定め、撃ち抜く。
「グォァァァァァア!!!」
弾丸が爆発し、その小さな物体から引き起こされたとは思えないほどの爆発を巻き起こす。
次々と連射していき、クロノスに攻撃を加えていく。
「a――――――――――!!!!」
声にならない叫び声をネアが上げながら、クロノスに攻撃を仕掛ける。
対するクロノスも、うっとおしいとばかりにネアを吹き飛ばそうと体を捻らせ、大きく動かす。
―――――――戦いは、まだ終わりを見せない。