第19話 この世は尽く思い通りにならず、幾万年もの執念さえも届きはしない。
「黒音……。」
夢羽は、崩れ落ちるアンティオキアと深界迷宮を繋ぐ塔を登っていた。
本来ならば、ここには黒音がいるべきだった。
だが、彼は断言していた。
きっと、自分は枝音に倒される、と。
そして、彼は戦いが終わった後のことを自分に託した。
だから、彼の代わりに今、自分がここにいる。
この世の全ての真実を知っているのは、今は彼だけだろう。
だから、自分も黒音に関することで知らない事は多い。
『水姫の魂を元の肉体に返す。』という自分の目的でさえ霞むような目的を、願いを彼は持っているのだろう。
それとも、何の変哲もない、ちっぽけな、それでいてとても美しい願いなのか。
突如、人の気配がして、夢羽は身構える。
こんな所にただの人がいるわけが無い。
ならば、ここに居るのは普通ではないモノと言うことになる。
「いやぁ、そんなに怖がらないで貰いたいなぁ。拒絶の王くん。」
真横に、ソレはいた。
いや、気づいた時にはそこにはいなかった。
気配すらも消えていた。
確かに今、真横にいたはずなのに。
いつの間に現われ、消えたのか。
全くわからなかった。
「出てこい……!何者だ、貴様は………!!」
「僕かい?僕はねぇ、君のひとつ上だよ。」
今度は、顔が視界いっぱいに広がるほど目の前に現れた。
わけが、わからない。一体どのような能力を使えば、そんなことが可能になるというのか。
瞬間移動……では無さそうだ。
魔力の動きが、見えなかった。
瞬間移動ほどの魔法となれば、多大な魔力を消費するはず。
だから、瞬間移動魔法ではないとおもうのだが………。
だめだ、わからない。
それに、こうも消えてり現れたりされては、位置が把握できない。
位置が把握できないと言うことは、拒絶の力が使えない。
「ふふ、僕のことが分からないかい?まぁ、そうだろうね。一つ下の君では、僕の能力は認識出来ない。」
一つ下、その言葉の意味がどういう意味を持つのか考え、あることに気づく。
まさか、9心王の序列…………?
「自己紹介でもしようか。コレは、9心王の序列第三位、普遍王。世界のあらゆる影響を受けず、全てものの基準となる存在だよ。」
己を指さしてソレは自己紹介をした。
9心王序列第3位。
聞いたことはあるが、見たことは無い。
確か、能力はあらゆる現象、能力に干渉されないというものだったはずだ。
それは、重力の影響も、光の影響も、時空間の影響すらも受け付けないということだ。
だから、この世の理とはまた別の場所にある深界迷宮に常にいるという話だった。
確かに、この塔はアンティオキアに接続させるために深界迷宮から伸びたものだから、この塔の中に序列3位がいてもおかしくはない。
だが、今見えると言うことは、光の影響を受けているということ。
オンオフができる能力とは聞いていなかったのだが………。
それに、気になるのはやつの言い方だ。
コレは…………?
「そして、ボクは終わった世界の残滓、キミら全ての生命に対する憎悪によって生まれた存在だよ。人間は邪神などと呼んでいたし、終焉の王はボクの事を『虚無』と呼んでいたね。」
「虚無だと……?だとすると、貴様のその身体はまさか………!?」
「そうだよ。憑依した、あるいは乗っ取ったとでも言うのかな?この世界に繋ぎ止める為の器がなければ、力をまともに扱えないとは、かなり厄介だけどね。」
身体を、奪った。
なるほどそれで世界に対する融通が効くようになったのか。
それに、9心王に対する能力の枷も黒音の手によって緩められている。
あらゆる干渉を受け付けない……そんな能力が、自由に扱えるとなると不味い。
「ただ、アイツらのせいでこの身体では十分に力を発揮できなくてね?困ってるんだ。」
……アイツらとは誰のことだ?
黒音、ミア…………それ以外にも、いるのだろうか。
「君がミルに頼まれた事の内容は分かっている。この塔を破壊し尽くす事だろう?……なるほど彼は凄まじいね。さすが2万年前、ボクを封印しただけの事はある。」
封印だと?
どういう事だ?
奴は、ミアの肉体を乗っ取った際に、ミアと共に滅ぼされたはずだ。
「あの馬鹿な連中はボクを封印しただけで満足した間抜けだけど、黒音は違った。ボクはワザと封印され、器の復活と己の力の回復を図っていた。」
あの連中……、それに封印。
なるほど、自分にはまだ知らない事が多いようだ。
黒音の奴は、一体何をどこまで教えていて、何を隠してやがる?
「だけど、彼はそれを分かっていた。分かっていて、今まで見過ごしていた。そして、最悪なタイミングで封印を解いた、つまり、ボクはミルに最悪のタイミングで表舞台に引き釣りだされたわけだ。これは参ったね。」
………自分では、話の内容がまるで理解できない。
だが、そんな事よりも気になることがある。
俺にとって重要なのは、こいつが俺の憎悪の対象なのかそうでないのか。
それに、こいつの言っていることが本当だとは限らない。
「…………お前が虚無ということは、邪神教のてっぺんはてめぇってことでいいんだな……?」
「おお、怖い怖い………。ボクとやる気かい?」
「うるせぇよ。黙って………死ね。」
夢羽が殺気を向けると、『虚無』もまた、殺気を放つ。
「あは、殺すよ?」
紅くが輝く重瞳の瞳がこちらを妖しく見つめる。
「拒絶する!」
「遅いよ。」
拒絶の能力を発動させるが、対照となる虚無の姿はどこにもない。
いや、背後から声が聞こえた。
左胸のあたりが熱い。
目線だけで自分の左胸を見ると、人の手のようなものが突き出ていた。
その手のひらの中には、ドクドクと脈打つ心臓が握られている。
「君程度の実力で、ボクに勝てるわけがないだろ?」
グジュッと肉と血がかき混ざる音を立てながら、虚無は夢羽から腕を引き抜く。
なんの能力を使われたのか分からなかった。
気づいた時には、既にやられていた。
表情を驚愕に染めながら、夢羽は崩れ落ちていく。
が、虚無の血塗れの腕をつかみ、何とか立ち上がる。
「俺が………拒絶し、たのは………、て、めぇじゃ、ねぇ……。」
息も絶え絶えに、言葉を紡ぐ。
虚無は夢羽がなんの事を言っているか分からなかったようだが、その意味に気づくと、不快げに顔を顰める。
「この塔を支える為のバランサーとなる制御装置。そいつをやがったな?」
苛立ちを抑えられないように、虚無の表情がだんだんと歪んでいく。
「これで塔が崩れる事は確定か、クソが。……おい、てめぇ…俺のストレス発散に付き合ってもらうか………?」
崩れ落ちる塔の中、地獄は続く――――――
――――――――――――
「右翼に被弾!右舷副砲大破!」「主砲2番、3番中破!」「艦尾にミサイル直撃!航行能力さらに低下!」「ノワールとの距離15000!」
「古木森さん、これでは艦が持ちません!!早く崩壊式エネルギー砲の使用許可を………!」
「だめだ、限界まで惹き付けなければあたらない。」
元より、こちらよりも船員も装備もあちらの方が上なのだ。
ならば、唯一勝っている動力路の出力、これを生かした戦闘スタイルをとるしかない。
すなわち、艦首崩壊式エネルギー砲を用いた一撃必殺。
だが、相手にもこの作戦はバレているはずだ。
こちらのとれる選択肢などそう多くはないのだから、その中で我々がとる行動など容易に想像がつくだろう。
だから、予想していても回避不可能な距離とタイミングで放つ。
「ノワールとの距離12000!!」「我が艦の被害、さらに増大!!」「飛行システムがもう持ちません!」
「ノワールとの距離、10000!!」「これ以上の損害は無視できません!無理です!!」
まだだ………まだ…………。
その時、モニターの中心に、ノワールの中でも1番目立つ3連装の巨大な砲塔、零式超電磁加速砲が、こちらを捉えるのが見えた。
「飛行システム出力最大、艦の高度をできるだけ上げろ!!」
ガクンっ!と急な上昇に対する衝撃が艦全体に伝わる。
直撃すれば中破以上の損害は免れない3発の攻撃が、ブランシュの艦底を削りとっていく。
直撃こそしなかったものの、艦底が削られる衝撃が艦橋を震わせる。
電磁加速砲はかわせた、だがそれだけだ。
続いて放たれたエネルギー貫通弾を避ける事は叶わず、艦尾の航行システムと艦左翼に直撃する。
「艦尾航行システム及び左翼に直撃!!」「航行システムに甚大な損害を受けました!!航行システムが次々とダウンして行きます!」
「飛行システムダウン!!予備システムに切り替えます!」
「いや、その必要はない。」
「………はっ?」
「今だ。艦首崩壊式エネルギー砲展開、ノワールに向けて照準せよ。」
船員達の顔が正気を疑うような表情に変わる。
自分でもこんな事を言われたら気でと狂ったのか、と思うだろう。
だが、この時がチャンスだ。
よもや、飛行システムがダウンしているのに、崩壊式エネルギー砲を撃ってくるとは思いもすまい。
「高度が落ちても問題ないように高度は上げておいただろう?確実に当てるには今しかチャンスはない、艦首崩壊式エネルギー砲を展開し、発射と同時に航行システムを予備のものに切り替えろ!!」
「「「りょ、了解っ!!」」」
返事と共に、船員達が一斉に作業を開始する。
ほんと、優秀な人達だと思う。
「艦首崩壊式エネルギー砲、展開完了しました!いつでも撃てます!!」
本当に優秀だ。仕事が早い。
おそらく、どのタイミングで言われても直ぐに展開出来るようにしていたのだろう。
思わず、口元が綻ぶ。
「よし、撃………「艦長!ノワールの空間断絶障壁が解除されて行きます!!これは………っ!?ノワールも艦首崩壊式エネルギー砲を展開し始めました!!」
悲鳴のようなオペレーターの報告が耳をつんざく。
崩壊式エネルギー砲を展開?このタイミングで?
まさか……読まれていたとでも言うのか?
だとすれば、なんと言う――――。
「構うな!!出力80%で、それ以外は航行システムに回せ!………うてぇええ!」
カッ!と一瞬だけモニターが光で染まり、何も見えなくなるが直ぐに光量補正がかかって視界がクリアになる。
対するノワールも、ほとんど同時のタイミングで崩壊式エネルギー砲をこちらに放ってきており、光と光が衝突して拮抗状態に持ち込まれる。
「飛行システム予備に切り替え完了!!全システム、一時的に復旧します!再ダウンまで230秒!!」
「全速前進!!敵に向かって突っ込め!!!」
光の奔流の中心に向かって、艦を全力で進めていく。
敵からすれば、自殺行為にしか見えないだろう。
そして、ふいに光の奔流が収まる。
双方とも一時的なエネルギー切れ。
だが、こちらは出力最大で放っていない分、推進力に余力がある。
クールタイムを無視しているため、動力路にかなりの負荷をかけているが、このままではどの道おじゃんになるのだ、どうせなら徹底的に使い潰してやる。
「高度をあげろ!!」
ブランシュの高度を上げ、今だクールタイムが続いている敵戦艦の上をとる。
が、動けないのは艦だけで、砲の旋回はできる。
敵の主砲が、次々とこちらの艦底に狙いを定める。
「艦首を下方にむけ、垂直落下!!」
これで被弾率が格段に下がるはずだ。
そして、同時にこちらの主砲の攻撃可能範囲内に敵が入る事になる。
「全砲門開け!!敵戦艦ノワールに向け、うてぇええっ!!」
ブランシュの生き残っている砲塔から砲弾が勢いよく放たれ、敵艦両翼、及び艦橋周辺から甲板に直撃する。
だが、相手も主砲の照準は既にこちらに合わされており、ブランシュの甲板に砲弾が何発か直撃する。
「飛行システム、完全にダウン!!予備ももう動きません!」「敵艦に中破以上の損害を確認!!古木森さん、やりましたよ!!」「崩壊式エンジンの出力低下!!全兵装破損、メインシステム応答無し!」「動力路、完全に動作停止。全システム沈黙!!」「このままでは墜落します!!」
「動力路に信号を送り続けるんだ。メインシステムからサブシステムに動作を全て切りかえて、反重力システムを動かせとは言わないが、スラスターだけでも動かせるようにしろ!着水時の衝撃さえ凌げれば後はどうなっても構わない!」
「「「了解!!」」」
――――――――――――
「なぁ、おい。王さんや。」
「ん、なんだ?お前の方から話しかけてきたのはだいぶ久しぶりだな?」
「いや、そろそろ教えて貰えるかなと思ってさ。結局、ミルの目的はなんなのさ。」
「そりゃ、簡単な事さ。ミア……今は枝音か。彼女を殺す事だよ。」
「そりゃ意外だな、あんなに執着してるのにか?」
「あぁ、そのままの意味じゃないよ。それに彼女の目的は彼のソレを超えている。まぁ、彼の記憶は朧気だし、ここまで止まりなのは仕方ないのかもしれんが。」
「ふーん、よく分からねぇな。じゃあ、アンタの目的はなんなんだ?」
「えー、教えたくないね。」
「おいおいマジかよ。俺は6万年もこんな所に閉じ込められて退屈してんだ。もうそろそろ教えてくれても良いだろうがよ。」
「君はほとんど寝てるだけじゃないか…………、まぁいいや。俺の目的は彼女とほとんど同じさ。ひとつ違うのは、彼女は皆と生きるために、俺は別れを告げるために……ってとこかな。」
「…………なんだそりゃ。」
はいはいはーい、どこ黒でーす。
書くタイミングというか、入れる場所がなかったのでカットしてしまいましたが、枝音はちゃんとアンティオキアから救出されてます。
崩壊するアンティオキアから空中に投げ出されたところを、夜姫奈がキャッチしました。
しかし、意識不明の重体です。
ちなみに、黒音は行方不明です。
では、また今度ー