第6話 襲い来るは黒き心。
―――――ノルウェー上空、高度8000にて。
「いやぁ、しっかし寒いな。日本とは大違いだ。今すぐ帰って寝たいね。」
「閣下…。ここに来ると仰ったのはそもそも閣下です。」
「分かっているさ。冗談だよ冗談。まったく、荒波君は相変わらずお堅いなぁ……。ドイツでも上手くやれてるのかね?その敬語も止めたらどうだ?」
閣下と呼ばれた18くらいの年齢に見える青年は、肩を竦めて荒波と呼んだ男に言う。
荒波は頭痛でもするのか、頭を押さえながらそれに応じる。
「はぁ……、あなたに心配されなくても大丈夫です。それに、敬語は辞めません。というか、こんな所に来る前にやる事がたくさんあるでしょう?閣下自身が戦闘に参加するわけでも無いのですから、部下に任せておけば良いのです。」
「いや?ここで起こる戦闘は何事よりも優先される。それこそ、書類仕事などは部下達に任せておけば良い。それに、私も戦闘に参加するさ。その為にここに来たのだからな。」
「はっ……?正気ですか!?閣下自らが戦闘に加わるなど……!?」
「ん?あぁ、そうか、君は知らないのか。確かに、君が私のもとで働いていた頃は戦闘に参加していなかったからな。知らぬのも無理はない。」
突如、荒波は背中がゾクリとし、寒気を感じた。見ると、彼は獰猛な笑みを浮かべており、その瞳は金色に輝き、右の白目は赤く、血のように赤く染まっている。
「では、よく見ておけ。君を、君達を率いるリーダーの力というものを、な。」
閣下と呼ばれた男は、眼下で移動している白華の増援部隊を、まるで獲物を見つけた狩人のように睨みつけ、笑った。
―――――ノルウェーの雪山にて。
「燃え尽きなさい!」
瑠璃奈は燃え盛る剣を敵の心臓に突き刺し、炎で全身を燃やしつくす。
戦闘が始まってから3分が経過。増援到着まであと2分。
当初は絶望的と思われたが、かなり善戦できている。
(結構ギリギリだけど、二人だけでもなんとかなりそうね……。)
枝音は、まるで素人とは思えない程の戦闘能力を発揮していた。
戦闘経験は、まだ2、3回ほどしか無かったはず。
天才と言う言葉は、あぁいった人物を指すのだろうか?
戦いの天才というのはあまり嬉しくは無いだろうが、役に立たないよりかはいいだろう。
しかし、瑠璃奈は大事なことに気づいていなかった。
自分が当たり前のようにやっていることだからこそ、それに気づけていない。
つい最近までただの一般人だった枝音が、当たり前のように人を殺して、普通の精神状態でいられる事の異常性に。
その後も順調に敵の数を減らしていき、増援が来るまでに倒せるのでは?と思った時だった。
そう、丁度、半分ほど敵を倒した時、異変が起きた。
敵が急に攻撃してこなくなったのである。取り囲むようにして、こちらを見ているだけで、防御はするが、攻撃はしてこない。
困惑して枝音の方を見れば、枝音は戦闘中だと言うのに明後日の方向を見ていた。
「………?なんか来る。何……?」
枝音がそう言った時、司令部から切羽詰まったような声で通信が入ってくる。
「こちら司令部からスノウホワイトへ!!今すぐにその戦闘区域より離脱せよ!繰り返す!今すぐに離脱せよ!!!」
「今すぐ離脱?どういう事よ?」
「そちらに向かっている小隊規模の敵がいるんだが、ライブラリで照合した所、14年前のある戦闘データの反応と一致した!」
ハァ、ハァ、と息を切らしながら空墨中佐は続ける。
「敵は夜花の総帥、終焉王、黒音。7年前、たった一人で天の刹の基地を壊滅させた男だ!!!既に増援部隊はそいつに壊滅させられている!!」
「………っ!?枝音、撤退よ!……ちょっと、聞いてる?枝音!?」
枝音は、相変わらず空のある1点を見つめていた。
(………来ない。明らかにこっちの方から何かが近づいてくる感覚があったのに。)
そう気配がした方を見て訝しんでいると突如、背中がゾクリとした。急いで振り帰ると刀が自分に振り下ろされるのが見え、それを剣で受け止める。
強い、どんな敵だ?と鍔迫り合っている間、敵の姿をあらためて確認する。
見ると、その敵の顔が見覚えのあるもので、枝音は驚愕と共に叫ぶ。
「なっ!?雅音……!!!なんで……!!」
「久しぶりだなぁ?随分人間らしくなったそうじゃあないか。枝音!!」
数回、剣が交差するが、それで分かる。相手の方が圧倒的に強い。このままでは押し負ける。
雅音の剣を受け止める度、ビリビリと手が痺れる。
かなり強く握りしめていないと、剣を手放してしまいそうだ。
「くっ、天葵!もっと力を!!!」
『もう充分やってる!これ以上は君の精神が持たないぞ!?』
「構わない!」
莫大な力がさらに供給されるが、頭がガンガンする。左目も沸騰しそうなほど痛い。
「暴走覚悟か。いいだろう、面白い。」
「雅音……!なんであんたが生きてるの!?死んだはずじゃなかったの!?」
「懐かしい名前で呼ぶんだな。今は黒音で通していてね。黒音って呼んでくれ。」
と、そこで生き残っていた天の刹の兵士が5人、黒音に攻撃を仕掛けようとする。が、
「おいおい、再会を喜びあってる所だ。邪魔するなよ。」
黒音から細長い影が伸び、地面から突き出る。その影が敵の心臓を、それぞれ的確に貫く。
それで、敵5人を全員倒した。一人で、一瞬にして、5人。
「ごめん!枝音!」
枝音の知り合いだかなんだか知らないけれど、こいつは危険過ぎる。それに夜花の総帥で、明らかに私達の敵。撤退しようにもそうやすやすと見逃してはくれないだろう。
殺らなければ殺られる。
今のうちに倒しておかなければ。
そう思って、黒音の首を切り飛ばす。
が、
「ははは、いきなり首を狙うとは、容赦無いな。」
ブシュウウと飛び散っている黒音の赤い血飛沫が、だんだんと黒くなっていく。
ゾル、と血が蠢き始め、何本もの血の触手ができ、鞭のように攻撃し始める。
「何よ、それっ!!!」
なんとか剣でさばき切る。と、いつの間にか黒音は頭が再生しており、こちらの目の前まで接近していた。
一瞬にして、左腕を切り飛ばされる。が、刺し違えるようにして黒音の左腕も切り飛ばす。
(腕をくっつけるには左腕を回収しなきゃいけないけれど、そんな暇はないわね……。)
だが、それは相手も同じはず。
と、思ったが黒音は腕を回収してくっつけずとも左腕を再生させている。そう言えば、切り落としたはずの頭もいつの間にか再生していた。
「頭を切り飛ばしても死なないし、勝手に腕が生えてくるなんて、まるで化物ね……!」
「ははっ、よく言われるさ。だけど、切断面をくっつければ切り落とされた腕がすぐ治る君も、人間と呼べるのかな?」
さっきまで正面にいたはずなのに、背後から声が聞こえてくる。急いで振り返るが、黒音の剣を受け止める事が出来ずに、右腕も切り飛ばされる。黒音のもつ黒い刀が、私の心臓に突き刺さろうとして、
「瑠璃奈っ!!雅音!おまえぇぇえ!!!」
枝音が激昂する。
白い翼が2本、背中から生え、青白い燐光を纏わせながら、凄まじい速度で瑠璃奈を庇うように黒音に突っ込んでいく。
対して黒音はバキバキバキと黒い翼を2本生やし、それを迎え撃つ。
ガガガガガッ!!!!と衝撃を撒き散らしながら二人は戦う。
(あれが、夜花の頂点に立つ実力。九心王の一人……!)
九心王。あらゆる何かの一つの事象を極めきったモノ達の呼称。この世のバケモノどもの集い。
あらゆる人間の死、魂を管理する屍魂王
あらゆる現象を拒絶、否定する拒絶王
あらゆる魔術、呪術、妖術と言ったものを極めきった呪王
あらゆるものを支配し、思い通りに操る支配王
あらゆるものの限界を知り、暇と退屈を持て余した暇屈王
あらゆる知識を得て、新たな知を求め続ける知識王
あらゆるものの干渉を受けず、世界の基準となる普遍王
あらゆるものを終わらせ、終焉へと導く終焉王
あらゆるものを生み出し、創造する創造王
それらの1角を担っているのだ。普通な訳が無い。
だがそれ以上に驚きなのが、ギリギリとはいえそれと張り合っている枝音である。
もしかしたら、自分よりも強いのではないか?とすら思う。
そう思うと、ゾッとする。なんの訓練もなく、戦闘経験もほとんど無い人間が、たまたま拾った武器で強くなり、九心王ともなんとかやり会える実力を持てる、それだけの力を与えることのできる遺物の力の恐ろしさに。
いや、この場合、遺物が凄いのか、それとも……。
(枝音……、あんたいったい、何者………?)
――――――――――――
「らぁぁあッ!!!」
水平に刀を一閃する。が、黒音は最小限の動作だけで、それを躱す。いくら攻撃しても、黒音は最小限の動きだけで避けてしまう。
まるで、相手の行動をあらかじめ把握しているみたいに。
未来予知?とも思うが、違う。これは、予知していると言うよりかは、予測していると言った方が正しい。
それに、気になることもある。雅音……、黒音の使う力。あれはどこか、自分の使っているものと似ている気がする。同じでは無いが、似ている。
なら、こっちも似たような事も出来るんじゃないか?と、思う。
(例えば……あの目、赤い白目に金色の瞳。あれが未来予測に関係あるのなら……。)
体中に行き渡っている力を少しだけ、左目に集中させる。
すると、敵の動きがゆっくりに見え始め、周囲の環境の情報等も把握できるようになる。
「おっ?」
より無駄の無い動きでの的確な攻撃に、黒音が少し驚いた声を出す。
が、まだまだ届かない。相手の方が扱いなれている。それに、そろそろタイムリミットが近づいてきてしまっている。
(まだだッ!!!まだ足りない!もっと!もっともっと!!)
『もう君の感情が尽きかけている!これ以上は危険だ!!』
(それでもっ!!)
自分の中が空っぽになるのを感じつつも、さらに力を引き出そうとする。
すると、枝音の顔に、黒い模様がうっすらと浮かんで来る。
黒音はそれを見て、少し焦ったように言う。
「む、タイムリミットだな。遊びはここまでだ。」
一瞬にして黒音の姿が掻き消え、背後に気配を感じると共に、枝音の両腕と翼が切り飛ばされ、脇腹を刀で刺される。
ほとんど動けなくなり、首筋に何かを注射される。
一気に力が抜け、自分の中に何かが戻ってくるような感じがすると共に、意識が薄れていく。
一人の男がいつの間にか黒音の後ろに現れ、言う。
「閣下、天使が活動を開始しました。」
「わかっている。総員、戦闘態勢だ。」
そう黒音が言った瞬間、さらに10人、黒音の背後に突然現れる。
「では、諸君。少しあの天使を叩き潰して、元の場所に戻してやろうじゃあないか。」
天の刹の実験施設から地上へと出てきている天使の姿が見える。
そして、天の刹の兵士がざっと、200ほどこちらに戦闘態勢で向かって来ている。
黒音は嬉しそうにそれを見て、笑みを浮かべながら、口を開く。
「さぁ、諸君。戦争の始まりだ。」
どうも、今回の戦闘描写が若干稚拙な文になってしまった感が拭えないどこ黒です。
最近、雪の日が多いですね。雪の日に雪だるまなりなんなりを作るのは冬の醍醐味なので、1回ぐらいは降ってほしいと思ってましたが、ここまで振り続けるとちょっとアレですね。路面凍結しますし。
ところで、いろいろごちゃごちゃしてきたので、組織やら登場人物をここらで活動報告の所にでもまとめようかな、と思います。見たらちょっとわかりやすくなるんじゃないかなぁ……。少しだけ、これから出てくる登場人物も紹介します。
後、いつものように、おかしな点等ありましたら教えてください。
ところで、伏線ばら撒くのって結構難しいですね。はたして回収しきれるのか。