第12話 裏切りの王
「ふむ、空墨くん。これはどういう事かね?」
「見た通りです。司令官殿。」
「私にはそんな物騒な物を突きつけられる心当たりは無いのだが?」
司令室には夢羽以外の全員が拘束され、椅子に座る夢羽には四方から銃口を向けられている。
そして、夢羽の正面にいる空墨も、拳銃を夢羽の額に突きつけて、見下ろしている。
「ご冗談を、こちらの資料、全て見せてもらいましたよ。」
空墨が夢羽が白華を裏切っていた証拠となる資料を全て机の上にバサバサと放り投げる。
「敵である黒音との繋がり……これだけでも相当なものですが、さらにこの戦争自体が茶番とは……。どうするおつもりなのですか?」
沈黙が、しばらくの間続く。
焦らされた空墨は、その沈黙に耐えかねてさらに質問を重ねようとするが、ため息でそれを遮られる。
「どうもこうも……全ては、必要な事だよ。」
「何?」
「この戦争で、全ての国は、街は、人は、世界は奈落へ落ちる。そして滅びに瀕し、足並みの揃った人類はひとつに纏まり、新たな道を歩み始めるだろう。」
「……そんな平和を享受しろと?」
「君たち人類に拒否権はない。拒否するとすれば、世界と心中する事になるだけだ。人類統一はあくまでも過程に過ぎんよ 。目指すは、その先だ。」
「………あなた方は何が目的なんです?奈落とは、神狩り戦争とはなんなのですか!?」
「全ての真実はここにある。ここの地下にな。」
「深界迷宮……ですか?」
「そうだ。世界の真実、その全てはそこにある。」
「では、枝音くん……あの子は一体何者なんですか?あなた方はあの子を使って何を企んでいるんです?」
「彼女は我々の女王だ。世界の王、万物の根源たる者達の、その片割れだよ。」
「これ以上は、まだ言うべき時ではない。では、俺には仕事があるのでな。これで失礼させてもらう。」
「待てっ!まだ話は終わっていない!」
「いや、終わりだ。水姫、来い。」
天井をぶち破って水姫が落ちてくる。
その姿は既に水鬼姫のものであり、完全な戦闘態勢だ。
「水姫大佐……やはり貴女もですか!一体何故!?」
空墨の叫びに、水姫は無表情のまま、淡々と答えを返す。
「……帰る。………あるべき魂の器へと、帰る。それだけ。」
「貴女の友達への思いは、枝音くんや瑠璃奈くんへの友情は嘘だったんですか!?」
その言葉に、水姫が少しだけ眉を顰めたのを空墨は見逃さなかった。やはり、彼女は友達を裏切っていた事に後ろめたい気持ちがあるのだ。
ならば、ここまで水姫を動かす理由はなんだ?
「……あの時から2万7000年、私達はこの時が来るのを待っていた。」
「2万7000年、またその数字ですか。神狩り戦争で一体何があったと言うのですか!?」
「………無知は罪。知らなかったは許されない。知らないのは貴方が知ろうとしないからだ。」
突然、この場にいる誰のものでもない声が響く。
聞いたことの無い……いや、1度だけある。
そこに居たのは、空間転移で現れたアンラ・マンユだった。
「罪を贖え、罰を受けよ。」
「アンラ・マンユ!?何故ここに……ぐぁっ!?」
『罪と罰』、その攻撃はマユの声を聞くことで発動する。
全ての生きとし生けるものの悪性に関連して攻撃できるアンラ・マンユの力は強力極まりない。
しかも、発動条件も声を聞く、霧を吸い込む、目を見る、触れるなど、簡単なものだ。
「出迎えご苦労さん、マユ。」
「地下でラストが準備を進めています。あと数分で姫が天界より帰還し、深界迷宮とアンティオキアを接続。世界の書き換えを開始する予定です。」
「………まて、敵だ。いや、元味方の現敵と言った方が正しいか?」
総司令室の入口に、スーツと妙なヘルメットを装着し、風変わりな装備をしている人間が中隊規模でいる。
しかも、あのスーツとヘルメットは座標認識阻害の効果があるようで、拒絶の能力が使えない。
さらに、マユの悪神としての力も、敵を敵として認識せねば効果が発動しないので、認識阻害の効果が付与されているあのスーツの前で無意味だ。
「拒絶と巨悪神対策か。水姫、何とかできるか?」
「あのスーツは空気中の水分を遮断しています。生体干渉は不可能です。やるなら、物理攻撃になるかと。」
「ほう、完璧に対策されてるな。じゃあ、あの風変わりな銃の方はどうなのか、試してみようか。………デザイア。」
捻れたような形をした剣を夢羽が取り出し、戦闘態勢に入った瞬間、何かが投げ込まれた。
手榴弾かとおもい、咄嗟に拒絶の力で消し飛ばそうと考えたが、同時に閃光手榴弾も投げ込まれる。
(クソ……完全に対策されきってるな、こりゃ。)
空墨も馬鹿ではないという事か、と夢羽は自分の考えの甘さを痛感する。少しばかり、空墨の事を過小評価していたようだ。
「………にしても、なんだ、こりゃ?」
「これはっ………!」
「どうした水姫?」
「能力をかなり弱体化させられました。水鬼姫が発動できません。」
「………なんだと?」
原鬼姫の能力が発動出来ないとはどういうことか。
どうやって対策をされている?
「食らい尽くせ!!ヴァナルガンド!」
空墨が魔法陣から狼の使い魔を3匹召喚する。
ヴァナルガンド、またの名をフェンリル。
北欧の主神を喰らい、噛み殺した獣が夢羽に襲いかかる。
「……やってくれたな。空墨!」
マユの攻撃がきいていたと思っていたが、演技だったか。
「仮にも白華の中でも最強に位置する人達とやりおうと言うのですから、これぐらいの準備は当然ですともっ!!」
召喚されたヴァナルガンドをデザイアで対処していく。
ヴァナルガンド自体に認識阻害能力が備わっており、拒絶の力は使えない。
さらに、他にも何らかの術式の類を使って強化されている。
「ふむ。だが、俺の能力が拒絶だけだと思ったのは大間違いだったな。」
「何を…………っ!?」
何を言っているのか、そう言おうとして、空墨の顔が驚愕にそまる。
何故なら、夢羽のその右目の白目が、赤く染まって、瞳は金色に輝いているのだから。
「あなたも、その力を持っているのですか……。」
『書き直し』の劣化版、冴詠の能力を受け継いだ者。
世界の負を担う者達。
それらのことを空墨は過去の資料から出てきた単語から、『黒薔薇』とよんでいる。
「黒音から能力を受け継いだのですか?」
『黒薔薇』となるには様々な条件がいるが、特に必要なのは『冴詠』から能力のもととなる負の感情を分けてもらうことだ。
感情を分けてもらう他にも、『黒薔薇』の細胞を移植することで能力が発現したという例もある。
『冴詠』とは『世界の右目』を人間が模倣し、作り上げた武器だ。
だから、『世界の右目』の劣化版といえる事が出来るようになるが、どんな事が出来るのかは人それぞれだ。
『黒薔薇』となった者にはある特徴がでる。
そのひとつが、目の前の右目の色だ。
白目は紅く染まり、瞳は金色に輝く。
そして、負の感情が他の通常の人間より異様に強い。
常に憎悪や嫉妬、悲しみなどの感情に囚われている。
『黒薔薇』は他の『黒薔薇』の体組織を移植するか、冴詠から感情を分けてもらうという比較的簡単に発現しやすいのに、その数が少ないのは負の感情の強大さに精神と肉体がもたないからだ。
黒音と繋がりがあるあなたは、冴詠から感情を分けてもらったのか?と問う空墨に、夢羽は予想外の答えをかえす。
「いいや、俺はちょっと特殊でね。天然なんだ。」
「………天然?」
空墨が、疑問に首を傾げる。
すると、夢羽は自分の変容した右目を指さして、さらに詳しく説明する。
「あぁ、自然に産まれた『黒薔薇』なんだよ。」
「自然に産まれた……?聞いた事もありませんが?」
「そりゃあ、そうだろう。俺しか居ないからな。……他の『黒薔薇』と違う点は、扱う力がほとんど冴詠のそれと同じということかな?」
「ほとんど、同じ?」
「黒音の奴は『右目』と能力が被っている上に『右目』の方が高位の能力のために『冴詠』の能力が発現していない。」
確かに、『冴詠』はあくまで人間が世界の力を模倣した物だ。
元々『世界の右目』を持つ黒音には、冴詠の力は発現しなかった。
「だが、冴詠の能力は消えちまった訳じゃあない。なら、どこへ行ったんだって話だろ?」
「まさか!いや、もしそうだとしても、原理が分からない。」
「原理ねぇ……。私は別世界の神だから、かな。」
「別世界の、神………?」
その言葉の意味を理解しようとするが、今はそれよりも目の前の敵を何とかせねば、と思考を切り替える。
その時、遠くの方に、ミサイルなどによる爆発をよけ、アンカーや影をギリギリのところでかわしながらこちらへ近づいてくる瑠璃奈の姿が見えた。
「空墨大佐っ!!」
「なっ!瑠璃奈くん、どうしてここに……!?」
瑠璃奈が空墨の隣まで来ると、夢羽の斜め上に、黒音を肩部装甲の上に乗せた『月光』がすうっと降りてくる。
「夢羽、姫が来た。取り掛かるぞ。」
「いよいよか。」
「全術式発動。ラスト、取り掛かれ。」
黒音の周囲に魔法陣がいくつも展開され、バチバチと黒い稲妻が放電される。
見るからに異常な程のエネルギーの奔流は地上を侵食していき、まるで奈落のように黒く地上が染っていく。
そして、黒音のいる中心から巨大な十字架が出現する。
「はは、はははは!迷宮の門よ、開け!」
地上が崩れ落ち、
深界迷宮の扉が、開かれる。
召喚魔術
召喚陣より、使い魔を召喚することが可能。
召喚される使い魔は術者の力量による。
神話の生物から、そこら辺の獣まで召喚が可能だが、神話級の生物を使い魔にできることなどほとんど無い。
この時、使い魔は魔力で肉体を形成しており、術者の魔力がつきるか、術者が死ぬ、または召喚陣を破壊することで消すことが可能。
使い魔を身体の維持が不可能な程に破壊することでも倒すことができる。
ちなみに、黒音の使い魔であるウロボロスは召喚魔術で召喚されている訳では無い。