第6話 心、奏でて。
「さぁ!諸君!!戦争の時間だァ!」
雅音が、眼下に集まった夜花のメンバー、その中でも特にヤバい奴らに向かって演説を始める。
「狂人共、良い知らせだ。お巫山戯は終わりだ。そして、今まで誰も見たことがないような戦争の始まりだ。6万年待った末に、ついに私の願いへの門が開く時が来た!」
「人を殺し、化物を殺し、神さえ殺さんとし、あまつさえ己さえも殺す狂人共は、何処にある!?」
「「「己だ!己が身のうちにあり!」」」
闘争を、戦争を、己の身が朽ち果てるまで敵を殺し続けろ。
己が殺されるために、敵を屠るのだ。
「宜しい、諸君が好きなものはなんだァ?」
「「「死、死だ!全てを覆い尽くす死の海だ!!」」」
「諸君が産み出すものはなんだァ!?」
「「「死、死だ!天まで届く死の山だ!」」」
「諸君、何を望む?」
「死を!全てを、己すらも飲み干す死を!」
「諸君、何故望む?」
「「「無論、己が死のために!」」」
「いいだろう諸君。私が、諸君等に死地を与えてやろう。我らは狂人だからな。」
「そう我ら狂人なれば、死を渇望する亡者なり!!」
そうだ、我々は死を渇望する亡者だ。狂人だ。
もはや人と呼んでいいのか分からないようなナニカだ。
何もかもが我々には無い。もはや死以外に希望はない。
だが、ただ死ぬのではダメだ。それでは、行けないのだ。
我々という存在は誰かに倒された、というそれが必要なのだ。
「そうだ。諸君等は死を渇望する亡者共だ。死に飢えた亡者共だ。」
「故に、俺のために死ね。」
あぁ、なんて素晴らしい事なのだろうか。
やはり、この人について来て良かった。我々の望みは、すぐそこだ。
誰も理解などしてくれないと思っていた。
我々という人の世から弾き出され、押しつぶされ、人の道を外れた我々を理解しうるものなどいないと。
だが、なんと幸せな事だろうか。
この人は、我々を理解してくれている。
願わくば、この人の願いが叶い、そして、この人が救われて欲しい。
そうあらん事を。
――――――――――――
「いいんですか?会いにいかなくて。」
遠くから雅音の演説を見ていた枝音は、突然話しかけられたことに驚きつつも、声の主が灰空だということに気づき、気を取り直して答える。
「………うん。今は会わない方がいいと思うの。たぶん、あいつもそれを分かってると思う。」
過去の事を少し知り、枝音は黒音にどう接すればいいのかよく分からなくなっていた。
だから、気持ちが整理できるまで合わないつもりだ。
「そうですかね?私的には、別に会っても構わないと思いますし、たぶん、あちらから来ますよ?」
「それは止めて貰いたいわね……。それにしても、凄まじい盛り上がり様ね。ほんと、狂ってる。」
「彼らは、そうある事を望みましたから。」
灰空は、死に場所を得て、今まさに死地へと赴かんとしている仲間たちを見つめている。
だが、その瞳は悲しんだりはしていない。むしろ、羨ましそうだ。
「なるほどね。あの言葉の意味、ここに来てようやくわかった。」
「あの言葉?」
「ここにいる皆は、あいつに恩義を感じてあいつについていってるって話。」
そう、ここにいる人間は、必ずどこか普通の人とズレているのだ。それは、性格だったり、能力だったり、姿だったり、そのズレ方は様々だ。
だが、そのズレは、社会から爪弾きにされると言うことは容易に想像できる。
いや、あるいは弾き出されたからズレてしまったのかもしれないが、いずれにせよ、彼らがどこかズレている事には変わりない。
そして自分も、常人とは違う感情の在り方を他人から気味悪がられていたのだ。
あいつは、そんな彼らに居場所を与えたのだろう。
それは、生きるための場所であったり、死ぬための場所であったり、様々だろう。
だが、世界から弾き出された彼らは、自分達に居場所が与えられた時、どう思ったのだろうか。
その時、ヴァイオリンとピアノの音が耳に流れ込んできた。
「これは……ヴァイオリン・ソナタ第9番、クロイツェル第一楽章?」
「おや、よくお分かりで。」
灰空がいかにも意外だ、と言った顔で枝音を見てくる。
なんとも失礼なやつだ。
「意外かも知れないけど、これでも色んなことは一通りやってたんだよ?ピアノやヴァイオリン、ギターとかも引けるし。」
それにしても綺麗な音色だ。
いや、決して素直で美しい音色という訳では無い。
綺麗なのに綺麗では無い。そんな変わった音色だ。
何かを呪うかのように力強く、殺意の篭ったような引き方をしている。そこから奏られる音は、何かを呪っているかのようだ。
だが、演奏が下手な訳でもない、寧ろプロのレベルだ。
そして、純粋なまでのその感情が伺えるその音色はある意味では美しく、綺麗であるとも思える。
つい、誰が引いているのか気になって枝音は2階から1階を見下ろしてみた。
「ところで、誰が引いているのか………し……ら…………。」
黒音だった。
え、ヴァイオリンとピアノどっちを引いてるのが黒音かって?
両方だよ両方。
影で擬似的な腕を作ってヴァイオリンを引き、普通の腕でピアノを奏でる。
ある意味シュールではあるが……。
こちらに気づいた黒音がニヤリと笑って、ヴァイオリンをこちらに物凄い速度で真っ直ぐ投げてくる。
楽器をなんてふうに扱うんだ、こいつは。
それを枝音がキャッチしたのを見ると、黒音は降りてこいと手招きしてくる。
仕方ないので、階段を使わずに飛び降りて下に降りる。
「俺がピアノやるから、お前がヴァイオリンやってくれ。逆でもいいけど。」
「………はぁ。で?何引けばいいの?」
「序奏とロンド・カプリチオーソだ。引けるか?」
ニヤリと笑いながら、黒音は問いかける。
はぁ、とため息を吐きながらしかたないか、と枝音はヴァイオリンを引く準備を始める。
「タイミング合わせてね。」
黒音が引くピアノは何かを呪うかのような雰囲気を放ち、逆に枝音の引くヴァイオリンは何かを救うかのような雰囲気を放つ。
真逆の印象が聴いてとれる2人による演奏は、だが1つの美しさを醸し出していた。
パーティで騒いでいる人達はみな、口や手を、足を止め、その演奏に浸っている。
演奏が終わり、枝音が久しぶりに楽しめた余韻に浸っていると、声がかけられる。
「枝音様、後2時間で、出発の時間です。そろそろ出立の支度をなされては?」
枝音に専属で付けられた侍女が、枝音を迎えに来る。
ちなみに、敬語はいいと何回も言っているのだが、何故か頑なに敬語をやめない。
ていうか、今更タメ口になったらそれはそれで気味が悪いかもしれない。
でも、様付けだけはやめてもらいたい。
「おっけ。ありがとね。」
「じゃあな、枝音。天界までよろ。」
「………ここで私が引き返してもいいのよ?あんな意地悪な嘘ついて。あの嘘のせいで私、心折れかけたんだけど。」
「あの程度で折れてるようじゃまだまだだな。」
黒音のその物言いに枝音は不服そうに頬を膨らます。
それを見て、黒音は肩をすくめる。
「だが、覚悟はしておけよ?いつか、現実になる時が来る。戦争で仲間が死なないなんて事は、ほとんどない。」
「そのほとんどない方になってやるから余計なお世話よ。」
キョトンとした顔になった黒音を置いて、枝音はクルリを背を向け、自室に向かって歩き始める。
ハッハッハ!と高らかに笑う黒音の声が、後ろから聞こえてきたが、無視だ無視。
―――――――――――
「後30分で、姫が天界へと出立します。」
「白華との接触までの予想時間まで、あと1時間ちょっと程です。」
「新ソ連の1部のミサイル発射施設に動きがあります。恐らく、核兵器かと。」
「ん、また面倒なもんを持ってきたな。核分裂反応停止装置でも撃ち込んでやれ。後、適当な場所に衛生ビーム砲を撃ち込んどけ。」
「他の国も、この空中要塞を排除する方針のようです。」
「動きのあった国から、全ての軍事施設に何かしらの攻撃を加えろ。それで大人しくなるならよし、それでも大人しくならないなら首都を焼き払え。」
どうせこの戦いが終われば我々が勝とうが負けようがどちらにせよ、世界は崩壊する。
国や土地なんて無駄な物に変わる。
邪魔されても対した被害は受けないが、そんなのに逐一対応しているだけ損だ。
と、そこで警報がけたたましく鳴り響く。
空中要塞の警戒網が何かしらの敵意を感知したという事だ。
「何事だ?」
「敵の大型戦艦を多数確認!!空中要塞の真下です!!既に、ミサイルの発射を確認しています!」
「真下だと?哨戒班は何をしていた!?」
空中要塞都市アンティオキアには、多数の哨戒班と警備用ロボットがいたはずだ。
だが、そのどれにも感知されずに、アンティオキアの真下に現れるなどの、普通ではありえない。
しかも、アンティオキアの警戒網ですら、真下に敵が出現するまでは感知できなかった。
「敵大型戦艦、さらに反応増大!!これは………!光学迷彩を広範囲に展開している模様!!」
「なんだと………?」
光学迷彩は確かに既存の技術だが、あれは暗殺用だったはずだ。けして、艦隊全てにかけられるものでは無い。
だが、現にそれが行われている。
「やってくれたな……白華!!」
「空間歪曲結界に異常!!展開が解除されていきます!!」
「何……?どういう事だ?」
「周囲の環境変化が異常な速度でおこなわれています!演算が追いつきません!」「アンティオキアの中央システムに外部からのアクセスを確認!!ハッキングを受けています!」「空間歪曲結界、再展開可能まで、最低でも後5分!!」
「中央システムにアクセスだと?そんな事、可能なはずが………。」
いや、一つだけ心当たりがある。
全ての機械、全ての兵器を思うがままに操る能力。
だが、それはありえないはずだった。
なぜなら、やつは自分の能力に気づいていない。
能力の意識的な使用には程遠いはずだった。
「まさか、夢羽、ヤツめ……!」
奴が、この短期間で『暴食』の権能を使えるようにしたか、あるいは元々使えていたのを今まで封印していたかのどちらかだろう。
だとすると、『暴食』の能力が働いている事になる。
いや、恐らくそれだけではないだろう。
諸外国と連携して、ハッキングを仕掛けて来ている。
しかも、暴食の能力も恐らく何かしらの技術で力を増幅されている。
周囲の急激な環境変化にも心当たりがある。
恐らく、大量のナノマシン。
先程のミサイルに搭載されていたのだろう。
空間歪曲結界は、周囲の環境に合わせて常に演算し続けなければいけない。
少しでも演算が追いつかなくなれば空間の歪みが薄れ、最終的には結界自体が崩壊する。
「第12防壁を突破されました!左翼片側の兵装の6割が乗っ取られます!!」
「ダミーと防壁を可能な限り展開しろ!それでも持って数分だろう。機械操作系の能力者を全て集めてこれの対処に回せ!」
「環境変化の異常速度が収まりました、空間歪曲結界、再展開します!」
「………まて、まだ結界を展開するな。」
「どうしてです?」
「環境変化がここで突然止まるのはおかしい。考えられるのは………。」
内部の潜入に成功したか、空間歪曲結界を展開する際に何かしら発動する罠を仕掛けたか、あるいはその両方か。
それを聞いた部下達は、すぐさま要塞内の敵の確認と、周囲に罠がない確認し始める。
と、そこでさらに警報が立て続けに鳴り響く。
「主要動力路の出力低下を確認!高度が落ちます!!」
「左側のエンジンの八割の停止を確認!」「ハッキングが再開されました!!敵は第18防壁を突破、ダミーを全て回避していきます!!」
「ダメです!高度を維持出来ません!着水します!」
「…………っ!そのための真下の戦艦共と、結界の解除か!」
恐らく、敵は戦艦から直接乗り込んでくる。
非常に不味い。
乗り込まれる程度は大したことない。結界の解除に関しても、それが無くてはならないという訳では無い。
別に防御手段など他に予備もあるし、ミサイルなどは全て迎撃可能だ。
だが、何よりも不味いのは、枝音の天界へ赴くための儀式を邪魔されること。
ズゥン!という大質量の物が水に落ちる音と共に、衝撃による揺れが起きる。
どうやら、海に着水したようだ。
「ちっ、天界への門を今すぐ開けろ!!予定を早める!」
「了解!……姫に連絡を取れ!出発を早める!」「第13区画に侵入者を確認!!」「海中に潜水艦12隻を確認、迎撃します。」「上空にミサイルを多数確認!迎撃システムを起動します!」「逆探知に成功しました、アクセスポイントは第7区画の地下3階、メインケーブルからです!!」
「第13区画の隔壁を全て閉鎖しろ。第7区画に中隊を送れ。」
「術式の発動を確認、天界への扉が開かれます。」
「よし、枝音を天界へと出立させろ。その後、『扉』を最高位の防御結界で封鎖する!」
――――――――――
「枝音様、こちらです。」
「何が起こってるの?」
枝音は、自室で待機していたのだが、警報音を聞いて外に飛び出ていた。
さっきから揺れが酷く、周囲の人達がが慌ただしく動き回り、騒がしい。
「敵が来ます。枝音様が白華側なのは重々承知ですが……今は貴女の為にも、『眼』の回収が最優先です。」
敵……というと白華か。
ということは瑠璃奈とかも来るんだろうか?
「………わかった。天界への扉のところまで、案内して。」
「こちらです、お早く。」
はい、どうもどこ黒です。
今回、音楽要素を取り入れてみました。
教師、異世界召喚など、どんどん色んな要素を詰め込んでカオスにしてやるぜ……!
というのはさておき、前回より少し時間が経ちました6話です。
空間歪曲結界は空間を歪めて防御し、攻撃時は空間を一瞬だけ元に戻す必要があり、さらに周囲の環境状態は常に変化しているため、それに対応できるようにかなりの演算速度が必要とします。
ゆえに、急激な環境変化に弱いです。
空間断絶結界はただ空間と空間の間を切り離しているだけなのそこまでの演算速度は必要ありません。
その代わり、360度周囲に展開できない、相手の弾も防げるがこちらからの攻撃も防がれる、などの弱点があります。
では、またこんど〜