第9話 滅びの音。
「………当初の予定通り、ジブラルタル要塞はこの戦いで陥落するでしょう。それと、ボスポラス海峡沿岸要塞の消滅は奴らにとって、かなりの痛手だったようで、次の攻勢にはかなり時間を要すると思われます。」
「ふむ。例のリングも使っているようだし、あちらは順調そうだ。」
玉座に座り、部下達の報告を頬杖をつきながら黒音は思案する。
「戦場にて沢山の人が死に絶え、未だ回収しきれていない魂が大量に宙に浮かんでいる。奈落の結界維持能力はほぼ限界を迎えており、アイアコスの鍵は我が手中にある、そして天界の鍵ももうすぐ手に入る……。条件は揃った。」
黒音が椅子から立ち上がる。
「……マユ。」
「はっ、こちらに。」
名前を呼ばれたマユが、そっと黒音の近くに近づき、頭を下げる。
「『空間転移』」
マユが『空間転移』を使用し、小さなブラックホールのような『門』へと黒音とマユは足を踏み入れる。
そして、移動し終えた黒音達がいたのは、巨大な地下空間だった。
長い階段をゆっくりと下っていき、その途中で、上を見上げる。
「ふむ……、地上の崩壊ももうすぐだな。……時は近い。これからが本番だ。次こそは、必ず………。」
カツ、カツ、カツ………と祭壇の近くまでゆっくりと近づく。
「次こそは必ず、奴を殺してみせる。」
祭壇の前に立ち、黒音は自分の親指を薄く切って、祭壇の上の杯に自分の血を数滴垂らす。
「……夢の終わりをここで見よう。祈りの果てを共に見よう。」
しみじみと、感傷深げにその言葉を紡いでいく。
「終わりの先にあるものを。貴女が示したその未来を。貴女と共に見に行こう……。」
「これは、あなたと共に見た景色………。」
その言葉がつむぎ終わった瞬間。
ゴゴゴゴ………!!!と、地面が振動し始め、地下空間が崩れ始める。
そして、祭壇の中心から黒い穴が現れ始める。
黒音が使ったのは、黒音の扱う魔術の中でも最高の物、空間歪曲術式だ。
そもそも、時間や空間を扱う魔術なんてものは存在しない。
ソレは、魔術なんて枠組みには収まらず、『魔法』としてしか存在しないはずだった。
そして、空間制御魔法が扱えるのは呪王ただ1人。
だが、黒音はそれを魔術として体系化し、編み出したのだ。
あまりにも魔力消費量も多大な上に、長い詠唱が必要、さらには発動までに少しのラグがあるなど、およそ戦闘向きではない。
だが、黒音のその魔術は空間制御魔法とは少しだけ違うため、呪王でもたまに使う時がある。
空間制御魔法は字面の通り、空間を制御して、様々な効果を生み出す魔法だ。
例えば、瞬間移動することも出来るし、相手の攻撃を別の場所に飛ばしたり、2つの空間を繋げることで空間移動と似たような事も出来る。
黒音のソレは、空間の圧縮と膨張、そして空間同士の繋がりを無くす、というもの。
ある空間と空間の間を消す事で、空間の繋がりを消す。
そして、今、奈落の底の世界と、地上の世界との繋がりを消す、そのとっかかりを作った。
死神達の使う魂回収システムに罠を仕掛けて動作を重くし、魂の回収を滞らせることで冥界と現実世界との間に些細な歪みを生み出す。
そして、その小さな歪みを介して、空間の繋がりを消して、現実世界側と奈落側から同時に、既に維持能力が弱まり始めていた結界に圧力をかける。
そしてさらに、奈落側の『柱』を無理矢理起動させ、奈落の世界を天界へと無理矢理繋げようとする。
これらの負荷によって耐えきれなくなった結界は崩壊、世界は、奈落へと落ちる。
だが、まだ完全に沈みはしない。
これはまだ、その前段階なのだから。
「術式効果増加装置の効力は予定通りです。奈落の結界を維持する世界の空間機能の消失、停止を確認。世界中にある全ての『柱』の起動を確認しました。」
「………世界は奈落に落ち、本当の姿を表す、か。」
「………閣下。」
「やはり、あの世界は嫌いだ。……だが、そう思えるくらいには、好きだったんだろうな、あんな日々も。」
そうどこか違う場所を見るかのような黒音の姿に、マユはもどかしい気持ちを抑えきれない。
私の言葉は、届かない。
彼には、返しきれない恩がある。
彼に対する忠誠心もそうだ。
本当は救ってあげたい。私が救われたように。
相容れなかった私達に希望を見出し、存在する意味すら無かった私でも、誰かのためになれると言ってくれた、だから。
泥沼のように沈んでいく彼の心を、助けてあげたい。
力になってあげたい。
だけど、私の言葉では、私の手は、彼には届かない。
誰もが、彼を理解できない。
誰にも、彼は理解されない。
「マユ、戻るぞ。まだまだ、全ては始まったばかりだ。」
「はい……。」
だから、私は、彼を見てる事しかできない。
――――――――――ジブラルタル沿岸要塞
「一体何が……!!?」
枝音は、未だに灰空と戦闘状態にあった。
ゴゴゴゴ……!と大きく地面は揺れ、不穏な空気が当たりを漂っている。
「始まりましたか。」
「一体何を……!」
「これは、滅亡への音ですよ。そして、始まりの音でもある。」
灰空が、意味深そうに言う。
その様子に、枝音は訝しげな目を灰空に向ける。
「まだまだ、これは始まる前です。何もかもが手遅れになる前に、あなた方も準備をしておくといい。」
「何をすればいいって言うのよ。」
「ふむ、あなた方にアドバイスする義理は無いんですけどね。まぁ、あなたに一言いうならば………。」
充分にもったいぶってから、灰空は言葉を続ける。
「敵味方の区別ははっきりつける事だ。万物を拒絶し、否定する王、彼をあまり信用しない方がいい。」
そう言って、灰空は撤退するような素振りを見せる。
だが、彼の右足には未だ鎖が巻きついたままだ。外させるつもりは無いし、逃がすつもりも無い。
「逃げれると思ってるの?」
「逃げれますよ。」
ザシュッ!と自分の足を切り飛ばして、即座に血を止める。
そして、灰空自身は鎖の巻きついている自分の足をその場に置いて、宙に消える。
「なっ!?」
枝音は、灰空が消えたであろう場所に慌てて銃弾を放つが、なんの手応えも感じない。既に逃げられたようだ。
片足だと言うのになんて逃げ足の早い。
「まさか、自分の足を切断するとはね……。」
灰空の再生能力は私や黒音ほど高くはみえなかったので、自分の足を切断してまで鎖から逃れるとは思わなかった。
だから、鎖が破壊されることだけに集中していたため、思いがけないその行動に驚いている間に、まんまと逃げられてしまった。
腕の良い治療師でもいるのだろうか?と考えていると、揺れが少しづつ収まって来たことを感じる。
「枝音!」
瑠璃奈が、天井に空いた穴から半壊した建物の中に入ってくる。
「瑠璃奈、外の敵は?」
「それが、遺物保有者も他の奴らも、あの揺れがおきるととも逃げてったのよね。」
何でも、しつこいぐらいに鬱陶しい攻撃を繰り返した奴らが、揺れが起きた途端に引き返して逃げていったらしい。
一体、外では何が起きているというのか。
「どうしよ。一旦、前線基地まで戻る?」
「いや、前線にいる部隊が制圧しにここに来るはずだから、それまでここで待ってよっか。残党がいないかとか、罠がないか調べないと行けないし。」
「りょーかい。」
はい、どーも。どこ黒ですー。
数週間ほど温めて置いたこの話もついに出す時が来てしまったようです。
ちなみに、温めておいた理由は特にないです。
別段、この話に気合い入れて書いた訳でもないので、はい。
では、また今度~