第ⅩIII話 空虚
「僕の名はラカ。『空虚』のラカさ。そう、お前が言った、ウロと似たようなもんだと言うのはある意味では正しい。あれと僕は、同じ目的のために作られたからな。」
「その、『空虚』ってのは?」
「僕達の本質だよ。『虚無』、『空虚』、『虚構』、『虚言』、『虚心』、『虚数』、『盈虚』、『虚歌』、『虚実』ってね。」
随分とペラペラと話してくれるんだな、と黒音は訝しげに思いながらその作られた目的とやらを聞く。
「で、作られた目的ってのは?」
「それに関して、僕は何も語るつもりはないよ。ただまぁ、目的はひとつさ。力を手に入れ、世界の呪縛から開放されること。ようは、我が身可愛さだよ。まぁ、ウロは違ったみたいだけどね。あいつは何だか倒錯してたっぽいし。」
その言葉が真実ならば、花嫁のティアラはこいつの力を何らかの方法で強化できるのか。
ペラペラと喋る軽い口をもう少し開けさせておきたかったが、これ以上お喋りをする気はラカにはないらしい。
「問答はこのくらいでいいだろう?どうせ死ぬ君たちだ。聞かせる意味は無いな。」
「へぇ?よく吠えるもんだ。」
弱い犬ほど、という言葉を言外に滲ませて、黒音が挑発を返す。
こちらは黒音と枝音、他にもラストやダレスやワース、水姫と夢羽、瑠璃奈、灰空がいる。
対するのはラカと京都と天の刹の残党ども。
先に動いたのは、枝音だった。
「最近活躍してない気がするからね。」
そんなことを言いながら、枝音は一瞬にして距離を詰める。
ウェンディングドレスだというのに、そうとは感じさせないくらいの動きでラカに攻撃を加える。
まずは小手調べ。天葵を具現化し、刀の残像が残るほどに素早い突きを放つ。
それを少し体を逸らしただけでゆうゆうと回避し、ラカは右手を枝音の方に向け、そしてグッと拳を握る。
「ごぽっ………!?」
突然、枝音が口から血を吐き出し、堪らず距離をとる。
傍目には何をされたのか分からないが、黒音の眼にはハッキリと何をされたかうつっていた。
「中身を消されたのか?」
「心臓と、左肺、肝臓とかが一気にもってかれた。たぶん、そういう能力。」
「『空虚』から考えると、ものの中身を空っぽにする能力って事か。地味だが厄介だな。」
会話をしているうちに、枝音は内臓系の再生を終える。
右手を前に出したことから、その動作で対象を決定づけていると見える。そして、拳を握ったことからそれが発動する合図か。
腕が起点となるならばまず腕を潰せばいい。
ラカの腕の周りを起点として、セメントを生成して固める。
だが、ラカの能力なのか固められたセメントは直ぐにボロボロに崩れてしまう。
「能力の発動に動作は必要なさそう?」
「腕を起点とすると精度があがるのか、あるいは直接触れているものには動作を必要としないかのどちらかだろうな。」
黒音の推測になるほどと相槌をうち、枝音が能力を最大に切り替える。
出し惜しみは無し、ここで一気にカタをつける。
それに対し、ラカは口を大きく開く。
その喉奥に青い稲妻が光るのを見て、黒音が咄嗟に『夕焼けの空』を使う。
「―――――――――!」
放たれた咆哮が、文字通り雷光となって辺りに響く。
青白い稲妻が地面を焼き焦がし、敵を焼き切らんと殺到する。
「ちっ、なんだそりゃ。つくづくバケモンだな。」
「僕はウロと違って人間をベースにしていないんだ。人の姿をかたどってはいるけどね。」
そう言うと、今度は右腕が弾けた。
弾けた肉片が形を変え、それぞれ独立して枝音達を遅いにかかる。
「クソ、何が『僕は人間ですよ?』だ。肉体からして人間とはかけ離れてるじゃねぇか!」
黒音と枝音が必死に避けている間も『空虚』の力は働いている。
が、当のラカはなにかおかしな事でもあったのか、しきりに首を傾げている。
「空間制御が働かない?」
「それは既に超えた壁、対策はしやすい。」
枝音が、そう言って不敵に笑う。
空間制御、その能力で最も使いやすく、かつ汎用性が高いのは瞬間移動だ。
だが、枝音はこれを封殺している。
どうやってか、それは単純。
敵が今の位置から別の位置に瞬間的に移動するというのなら、その元の位置を瞬間移動した敵の位置に持っていけばいい。
つまり、
「あんたが動く度に世界そのものを動かせばあんたは動いたことにはならない。」
「なんだそれ。地軸とかはガン無視かい?」
「余計なお世話よ!」
枝音が剣や銃を大量に生成し、ラカに向かって放つがどれもラカに到達する前に崩れてしまう。
恐らく、極限まで中身を空っぽにされた銃弾が風圧に耐えきれずに自壊したものと思われる。
「僕の方の獲物も見せようかな?」
そう言いながら、ラカは2丁の拳銃を具現化させる。
放たれた銃弾は、不規則な起動を描きながら枝音に殺到する。
「何よその銃!」
明らかに物理法則を無視した動きに枝音が泣き言を言うが、銃弾に穿たれた地面に大きな穴が空く。
「…………銃弾にも効果があるっぽいな?」
「なにそれ最悪!」
「最悪で結構。そのまま死ね。」
連続で放たれた銃弾か、その銃口が全く見当違いの方向に向いているにも関わらず不規則な起動を描きながら黒音と枝音に殺到する。
それだけでなく、ふたたび開かれた口から青白い稲妻が迸る。
「クソ、黒音、今援護を」
「お前の相手は俺たちだ。」
そう言って、京都や天の刹の残党達がワースやダレス達の前に立ち塞がる。
ワース達………特にダレスは能力者に対してほぼ一対一で戦わなければならないが、敵の親玉……ラカは1人で何人も相手にできる。
さすがに黒音と枝音を前にして他を襲う余裕はなさそうだが、余計なことをされると面倒なことこの上ない。
「枝音、この場所を隔離しろ!」
「クリエイション・ワールド!」
途端、黒音と枝音、ラカの3人が隔離されてこの場から消える。
枝音が創造した別の空間に移動したのだ。
移動した先は、廃墟となった世界だった。
枝音だけならば普通に草木が生い茂り、なおかつ綺麗な街並みを創造出来るのだが、ここは心象世界のようなものなので、黒音がいるとどうしても退廃的な要素が含まれてしまう。
だが、壊れたビルなどの建物に草木が巻きついているこの光景は、ある意味では美しいのかもしれない。
「隔離空間、か。面倒だね。」
「仕切り直しよ。」
そう言って、枝音が切り込みにかかる。
「夜、星々が流す悲しみの涙。月より滴る煌めきの雫。夜空に零れて天を潤す!月よ泣け、星よ流せ!」
黒音の言葉と共に天が夜色に染まり、星が降り注ぐ。
「時よ止まれ。汝は美しい。」
その瞬間、周囲一帯の全てが静止した。
無論、黒音と枝音は時間停止も対策済みだ。
「予習はバッチリってね。」
「つか、なんだそりゃ?ファウストか?」
見た感じ、遠距離攻撃は時間が停止するまでに約2秒かかる。
時間停止の対策をしてある黒音や枝音達の体から離れて2秒経つと静止してまうようだ。
「基本的にゃ、近接攻撃か。」
枝音が直接切りかかるが、手応えがない。
作用反作用が働いていない。
「空虚の応用!?」
エネルギーないしは作用する力を無いものにされたか。
だとするならば、あれは想像以上に厄介だ。
だが、無くなったのならば作ればいい。
物理法則を鼻で笑うのは、何しもラカだけじゃない。
「結局、大規模な能力の応酬は無意味、か。」
ここまで高位の能力者で、かつお互いの実力がほぼほぼ同じの者同士で戦うと、強力な能力を大きな事に使うのは好きが大きくなるし、無駄になる。
故に、ほの強力な能力をどれだけ繊細かつ巧みに使えるのか、という所に焦点が当てられる訳だが………。
「ここは空虚だ。」
ビシッ――――と空間に亀裂が入り、ガラスのように次々と砕け散っていく。
「隔離空間が崩壊していく………?」
「ちっ、現実世界に出るぞ。」
先程までとは場所が異なり、ここは山奥のどこかのようだ。
ラカは引き裂くような笑みを浮かべながら立っており、黒音と枝音は有利な空間から逃げられた事に舌打ちする。
「さて、また仕切り直しだよ。」