花嫁動乱編 第Ⅹ話 飛んで火に入る夏の虫
――――――――ルーマニア仮説基地にて
「作戦開始1時間前です。」
「カルパティア山脈、及びドナウ川周辺域の配置、完了しました。」
部下たちの報告を聞きながら、黒音はじっと待つ。
白華本部から通信がもたらされるのを。
そして、敵が自らの思い通りに動く事を。
「各員、別命あるまでそのまま待機。」
(………さぁ、まだか?)
――――――――――白華本部にて。
「時空ミライ、だな?」
「あの、えっと………?」
「ついてきてもらう。」
黒服の、かなりの銃装備の男たちがミライの自室に侵入してきていた。
オドオドとするミライの腕を無理やり引っ張って、黒服の襲撃者達はミライを連れ去ろうとする。
と、そこでいきなり背後から銃撃を浴びせられ、黒服の1人が血を吹いて倒れる。
「何!?」
「そこまでよ。」
突然背後から声が聞こえ、襲撃者達は振り返る。
現れたのは、瑠璃奈だった。
「なっ、貴様は今はルーマニアにいるはず……!?」
「フェイクよ。」
つまり、掴まされた情報はウソ。
白華と夜花の目がカルパティア山脈に釘付けになっていると思い込まさせて、まんまと懐のうちに敵を誘い込んだのだ。
「あなた達なら、もっと詳しい情報を知ってそうね?あ、口封じは無駄よ。今この場所は能力の干渉を受け付けなくしてあるわ。」
さすがに体内に毒か爆弾でも仕込まれていたら対処出来ないが、死んでしまってま脳組織がまるごと残っていればその手の能力者によって記憶を読み取れる。
(時間さえ稼げれば…………。)
「時間稼ぎなら無駄よ。」
まるで心の中を読んだかのような瑠璃奈の発言に、襲撃者は冷や汗をかく。
「もうすぐ、ここにあんた達が総攻撃を仕掛けに来るのは知ってる。そのどさくさに紛れてミライを連れ去る魂胆も明らかよ。観念なさい。あんた達は手のひらの上で踊らされていたの。」
瑠璃奈以外にも多数の人間がその場に現れ、次々と襲撃者達を取り押さえていく。
そう、これが黒音から説明されていた事。
わざと本部を手薄にし、ミライの警護も最低限にする。
そうすることで敵は好機だと思い込んで必ず攻めてくる。
「は、はは……逆だよ。」
「逆?」
「引っ掛けられたのはお前らさ。俺達もそんなに馬鹿じゃねぇ………これが罠かも知れねぇってことはきちんと踏まえている。」
嫌な予感がして、瑠璃奈が話を詳しく聞き出そうとする。
襲撃者の男は、捕まったことで観念したのか、あるいは何かしら考えがあるのかぽつぽつと話し始める。
「は、今更何をしても無駄たから言っとくが、同時作戦ってやつさぁ。特に、カルパティア山脈を攻略するとなれば諸外国の兵士たちからの協力を受け入れざるを得ない、なら、ネズミの何匹かは簡単に潜り込める。」
「数人程度で何か出来るとでも?」
「は………ははっ、数人?いんや、ルーマニア仮説基地の連中は全員さ!」
全員、その数字を聞いて、瑠璃奈は耳を疑う。
いや、簡単に信じてる必要は無い。こちらを貶めようとしてる可能性も否定しきれない。
「読心系の能力者を読んできて。魔術師でも構わないわ。直ぐに確認をとること、後はルーマニア仮説基地に連絡!」
「………連絡が取れません!」
「なっ……そんな!?」
―――――ルーマニア仮説基地
「へぇ?これはこれは………。」
今現在、ルーマニア仮説基地は制圧されていた。
特に司令部。ここは黒音以外の全員が敵だったようで、黒音は全員から銃を向けられている。
「この場の能力は無効化されています。黒音総帥、いくら貴方でもどうすることも出来ない。」
「それは俺のことをなめすぎてるだろう?能力がないぐらいで、お前らに対するハンデになると?」
「なりえますよ。貴方に暴れられては、さすがに我々も損害を意識しなくてはいけません。が、我々が全滅するその前にあなたを討ち取れる。」
「よしんば討ち取れなくても、この場所をまるごと何かで吹き飛ばせばいい……か?」
「よくお分かりで、今現在、ここを陽電子砲が狙ってます。水平線の向こうからの陽電子砲による狙撃、あなた方夜花が昔とった手段です。」
陽電子砲が狙っている。
その発言が真実だとすれば、大規模な組織が動いているということだ。
ならば、どこから狙われているのかは容易く絞りこめる。
陽電子砲なんておいそれと簡単に出せるものでは無いからだ。
「しかし、まさか白華にこんな愚か者が居るとは思いもしなかったがな。」
「それは浅慮というもの、夜花に恨みを抱いているものはそう少なくはありません。我々はこの時をずっと待ち続けてました。」
今回の一連の事件、『京都』と『天ノ刹』が関わってきている、等と言っているが、実際は白華内の反乱だ。
だが、枝音達に勘づかれずにここまでの準備をしていたということから、『天ノ刹』や『京都』の連中も本当に関わっているのだろう。
「へぇ………なら、もうひとついいか?」
「なんでしょう?」
「何故俺を生かす?このまま撃ち殺してしまった方がお前らにとっては嬉しいだろう?」
「そこは上の問題でしてね。我々のスポンサーがそれをお望みなんですよ。」
「スポンサー?」
「そこに関して伝えるつもりはありませんが、そうですね……The darkest place is under the candlestickって奴ですよ。」
最も暗いのはろうそく立ての下………つまりは灯台もと暗しという意味の英文に、黒音が眉をひそめる。
「へぇ?なら、A fox is not taken twice in the same snareって言葉を送ってやろう。今の状況とは少し意味が異なってくるがな。」
狐は同じ罠には二度とかからない………1度成功したからと言ってもう一度成功するとは限らない、物事はそんなに上手いこと思い通りにはならないという言葉に、今度は反乱者側の男が眉をひそめる。
「ほらよ。」
懐から突然携帯電話を放り投げてきた黒音に、反乱者の男は顔をしかめる。
「携帯電話、ですか?いつの間に………いや、どこにかけてたんです?」
反乱者の男は、これは黒音がかけた相手によってはスポンサーの言っていた『司令部を制圧することでカルパティア山脈攻略の流れを操作する』と言ったことは難しくなりそうだ、と思って携帯の画面に目を逸らした。
そして、男はそのビデオ通話に表示されている顔を見て驚く。
「なっ!?馬鹿な………」
その声に釣られて他の反乱者達も携帯電話に目がいってしまった瞬間、黒音が大きく動く。
まずはめのまえにいた男の頭を掴み、足を引っ掛けて後頭部から地面に叩きつける。
銃を奪って発砲、5人ほど頭から赤い花びらを散らして絶命、ジャムったのか弾がそれ以上出なくなったので拳銃を捨てる。
状況に認識が追いついた他のメンバーがアサルトライフルを発砲。しかし、黒音が服の裾から何かを落とす。
閃光手榴弾、強力な光に視界を奪われ、反乱者達が混乱する。
「馬鹿なっ………」
これだけ至近距離で閃光弾を使えば黒音本人も視界が見えなくなっているはずだが、本人は何事もないかのように次々と敵を屠っていく。
「ぐ……あなたは………!」
最初に頭から叩きつけられた男が、意識が戻ったのか黒音に疑問を投げかける。
そう、男が携帯電話のビデオ通話画面に見た顔は、黒音の姿だったからだ。
もしアレが本物ならば、この黒音は一体。
「今この場の能力を無効化?無駄だ。俺は無能力者だからな。関係ない。」
そう言って変装を解くと、現れたのはダレスの姿だった。
その姿を見て、男がうめき声のように呟く。
「9心王……序列9位………。」
「よせよせ。もう魔眼の力も失ったから、屍魂王としての権能も残ってはいまい。これではとても王とは呼べんよ。」
変装の為にいやいや使っていた義眼と右腕の義手を外して放り投げ、男に近づく。
「いいんですか?こんなことをして。」
「陽電子砲か?それならとっくに無力化されてるさ。」
黒音にかけていた電話は、敵が何を使うかわからなかったため、それを知らせるものだった。
詳しく説明すると、敵が能力無効化を使ってここを占拠し、何かしらの手段で周囲一体吹き飛ばすだろうという所までは予測できていた。
だが、陽電子砲を使うのか、衛生砲を使うのか、ミサイルなのか、爆弾なのか、吹き飛ばす手段が不明だったため、それを阻止するためには何を使うのかを聞き出す必要があった。
「手段が何か分かれば場所を割り出して阻止するのは容易い。」
「我々が裏切っていることまで、読んでいたと……?」
「当たり前だ。本人から聞いた方が早いか?」
そう言ってダレスは携帯の通話をスピーカーモードに切り替える。
『あ、あー。聞こえてるっぽいな?お前らが裏切っていることに気づいた理由か?それは、外から入ってきたネズミが少ないからだ。』
どういう意味だ?と反乱者の男は痛む頭で考える。
分からないのか?と言ったふうに黒音は男を見下し、話を続ける。
『正確には、潜り込んできたスパイと、捕まえたスパイの数が一致しなかった。ここ最近で潜り込んできたのは8人、そして今回捕まえたのは17人だった。おかしいよなぁ?』
これが意味するのは、内通者が存在していたという事実だ。
つまりは裏切り者。
だが、潜入したスパイの数を正確に把握しているという事実に、男は驚愕する。
「そんな、何故8人だと……。」
「そこは俺たちのことをバカにしすぎだろ?これでも世界を牛耳ってんだ。」
読心系の能力者に、感情を色で視認できる人間など沢山いる。
無論魔術や別の異能で対抗できるが、それそれはそれで、常に異能や魔術を発動しているなど逆に怪しい。
周囲に一切気付かれずに対抗するなど、絶対に無理とは言わないがほとんど不可能だ。
「さて、この際だ。お掃除開始だな。」