花嫁動乱編 第Ⅸ話 それは真なりや?
「カルパティア山脈ぅ?」
瑠璃奈が黒音と枝音に報告すると、すっごく嫌そうな顔でそう返された。
それはもう、全力で聞き間違いであることを祈っている様子だ。
「えぇ、そう言ってたわ……。」
「はー、もう一度招集だ。会議会議。あとミライも呼んでくれ。」
――――――――――――
「はい。『祠』があるのは今のカルパティア山脈です。」
ミライ本人からの言葉を聞いて、黒音達が共通して思ったことを、ワースが代弁してくれた。
「………まじで?…………まじかぁ……………。」
どこか達観したような、諦観したような雰囲気を醸し出しながら、会議が始まる。
「カルパティア山脈攻略作戦はかねてよりの提案だったな?ルーマニアとポーランド、ウクライナ、ロシアで議題になってたはずだ。」
「だが、彼らにそこまでの戦力はあるまい?ドニエプルラインの戦いで、ポーランドとロシアは甚大な被害を被ったはずだ。武器のレンドリースをしていたドイツも多少なりとも被害を食らっていたしな。」
「土地的な被害を除けばどこも同じだろう?義勇軍の派兵はどの国も行ってるわけだからな。」
「1番人的被害を食らっているのは我々なんだがな。」
「しかし死傷者で言えば一般兵の方が多いですよ。やはり再生能力の有無は生存能力に直結しますし。」
うーん、とそれぞれが頭を悩ませる。
珍しく会議らしい会議をしている黒音達に、瑠璃奈は少し関心する。
しばらくして、ダレスが口を開いた。
「ネメアの衣、作るか?」
「本気か!?コストがかかりすぎるだろ?」
「鬼札はあって損はないだろう?『祠』とやらをどうするにせよ、ツチグモに『ネメアの衣』を当たらせるのは良策だと思うがな。それに、敵はケモノだけではないんだぞ?」
「そう、問題はそこだ。花嫁のティアラだけが問題なら事態はもっと簡単なんだがな。」
「攻略作戦中に暴れられては被害がどれ程のものになるか分からんぞ?」
「そうか………それだ!」
「「「は?」」」
突然の黒音の言葉に、皆が首を傾げる。
何かを思いついたようだが、
「カルパティア山脈攻略作戦、GOサインをだす。」
「…………何か策があるんだな?『ネメアの衣』は?」
「それは……残念だが今回はパスだ。作ってる時間が無い。だが、対ネメアの衣用の兵器は作らねばならん。」
「作戦決行日は?」
「1ヶ月後だ。」
そのあまりにも早すぎる決行日に、それぞれが怪訝な表情を浮かべる。
「馬鹿な。早すぎるぞ。せめて3ヶ月はいる。」
「本格的に攻めるわけじゃない。元々ある程度は用意できてるんだろう?それに、実際の戦闘員は我々だけだ。あちらさんの準備期間も踏まえて、時期的にもそれくらいがいいだろう。」
「何?お前、何と戦うつもり…………まさか?」
「そうだ。カルパティア山脈攻略作戦は決行するが、我々が攻めるのはカルパティア山脈ではない。一芝居うつ。」
一芝居、その単語から黒音の意図を正確に把握し、各々が動き出す。
会議は終了、急に全員が電話を手に取り、走り書きでメモをしながら慌ただしく動き出すのをみて、ミライは困惑する。
「ポーランド、ロシア、ルーマニア、ウクライナ各政府に通達しろ。あと、情報工作もな?イギリス、フランス各政府に通達だ。」
―――――――――約1ヶ月後
「これは………!!」
古来より日本を裏から牛耳っていた組織、『京都』残党の諜報員である男は、たった今、重大な秘密を手に入れていた。
(これなら、『天の刹』の連中を出し抜けるかもしれない。)
それだけでなく、他の諜報員どもよりとより良い待遇を貰えるだろう。それだけの重大な情報だった。
「はい、そこまでー。」
発砲音が2発鳴り響き、両足を撃たれた男が苦悶の声を上げる。
「おーい、黒音。7人目だぞ。」
「お、生きて捕まえたか。すまんな。1人か2人でいいかと思ったんだが、思った以上に壊れるのが早い。」
撃ったのは雷狐で、その後ろの方から黒音が出てくる。
「ぐっ………このっ。ぎゃっ!?」
男が何かしらの動きを見せるが、その前に手の甲をふみ砕く。
恐らく懐から拳銃でも抜こうとしたのだろうが、そんなのは無意味だ。
「達磨にしていいぞ。暴れられると面倒だ。脳が残っていて、最低限の生命活動ができればそれでいい。」
「それは結構だが、あっちにも1人逃げたぞ?いいのか?」
「あぁ、そっちには九尾が行ってる。上手くやってくれる手筈だ。」
「………へぇ、なるほど?だいたいお前さんの考えてる事が読めたぜ。」
さっすが1000年は軽く生きてる妖狐だ、と黒音が茶化し雷狐がお前の方がよっぽど狐だぞ、と言い返す。
「ま、上手いこと逃げてくれるだろうさ。さぁさ、作戦までもうすぐだ。後は敵がどう動くか、ということだけだ。」
「後はミライくん、か?」
「そうだ。上手いこと瑠璃奈に懐いてくれれば、最良の結果だな?」
「はっ、馬に蹴られてしまえ。」
人の心を誘導するような黒音のやり口に、雷狐は
「はっ、現状だと、ミライが俺たちに心を開いてもらうしかないだろ?その役目として瑠璃奈は最適だ。何せ、ミライの脳をいじくる訳には行かんのだからな。」
「瑠璃奈が男関係で悩んでるのを知ってて言ってるのか?」
「それこそ心配無用だろ。瑠璃奈の事だ、そこら辺から突然男を引っ捕まえてくるさ。」
「それ、言ってること失礼だぞ。」
「………むぅ、それなら、雷狐、お前はどうなんだ?」
「なぁ、黒音………おかしくないか?」
「何がだ。」
「なぜ、そこまで拘る?」
「何に?」
「結婚にだ。」
言われで少し考え、そして黒音はハッとする。
確かに、おかしい。いや、雑談などで婚約の話が出てくるのは何も不自然ではない。そういうこともあるだろう。
だが、いついかなる時も無意識下で頭の隅っこで結婚について考えを巡らせているのは、どう考えても不自然だ。
それは、ほんとに小さな、些細な異変だった。
だから、誰も気づかない。
ほんとにしょうもないことだからこそ、思考が誘導されているということに気づけない。
「いつからだ?いつから………?」
いや、むしろ何故雷狐は気づけた?
考えられるのは、『花嫁のティアラ』の知覚の有無。
「………人格の切り替えでは……無理か、記憶を持っているからか。」
黒音は平行世界の全ての自分を取り込み、度重なる実験を自分に行った上、長い年月を生きてきた代償として人格がめちゃくちゃになってはいるが、正確には多重人格とは違う。
思考や性格などが変わるだけで、記憶はどの人格も共有して保持しているのだ。
だから、『花嫁のティアラ』を知覚している時点でその影響から逃れられない。
「…………大丈夫か?」
「今のところ、別に大した影響は出ていないな。だが、気になることが幾つか出来た。」
「それは?」
「作戦は俺なしでも問題ないだろう?俺はしばらく『クロノフィリア迷宮図書』に潜る。」
「それは構わないが………黒音、思ったより少ない。」
「何が?」
「入ってきたネズミがだ。」
「………なるほど?」
短く告げられた言葉のその意味を正確に把握し、黒音は作戦に修正を加える。
(ダレスにも一役かってもらうか。)
黒音がそう考えているうちに、雷狐は気絶した襲撃者を引きづって去っていく。
それを見送りながら、黒音は『花嫁のティアラ』について考えを巡らせる。
もし本当に思考を誘導されているとして、どうして『結婚』という方向性なのか?
考えられるものとしては、儀式的な意味合い。
その中でも結婚というもので1番特徴的なのは『誓いのキス』だが、しかしこのような結婚式の形式は『花嫁のティアラ』が作られた頃にはなかったはずだし、結婚式はそれぞれの文化によって多様な形式を持つため、儀式的なものが行われるとは考えにくい。
いや、これが『前の世界』から持ち出されたものならばその可能性も無くはない、か。
いや、なら前の世界のいつの時代に『花嫁のティアラ』は作られたんだ?
「…………いや、そもそも、なんで…………。」
ある可能性を思いついて、そして、気づく。
なんで今までその可能性に行き当たらなかったのか、と。
だが、そうだとするならば。
(突拍子もない考えだが、こっちの方が筋が通る。なら、それが真実かどうかを後は確かめるだけ。)