花嫁動乱編 第Ⅵ話 人を捨て去る物
「お前さんが回収したHFの解析結果、もうでたぞい。」
「………んぁ?ウィルか?お前はアメリカの第2研にいってたんじゃ?」
アメリカ、その単語を言うのも久しぶりだな、と黒音は思う。
最後の戦いからもう5年経っている。
人類の失われていた生存圏は徐々に回復し、復興が進むにつれ、国家の機能が回復、各都市は併合して国と呼べるものに戻り始めている。
例えば、新ワンシントンや新ニューヨークなどの各都市は併合され、ちゃんとした国家としてのアメリカに戻りつつある。
他の国々……日本も、土地がほとんど回復した為に新東京から日本という名前に戻したし、ドイツやフランス、ロシアやポーランドなど、様々な国が新〇〇という名前から元の国名に戻りつつある。
未だに取り戻せていない生存圏はあるが、それでも荒廃したあの世界からここまでの復興は目を見張るものがある。
「ついこの間帰ってきたんじゃ。何せ、花嫁のティアラなる面妖なモノが見つかったと聞いてな。」
ウィルは何万年も生きてる、サイボーグみたいな存在の天才でかつ天災的なマッドサイエンティストだ。
神狩り戦争時にて、人類側で数々の兵器やシステムを作り上げた史上最高の天才。
そして、黒音の神狩り戦争時からの知り合いでもある。
こいつが何万年も生きている理由は、こいつが最後に俺と研究していたモノの結果でもある。
人造人間。
いわゆる、ホムンクルスの製造だ。
枝音の完全な蘇生を望む俺が手を出したもので、人間のあらゆる組織を人工的なもので置き換えればどうなるのか?という非常に倫理観に欠ける実験である。
その結果は失敗だったわけだが、ウィルは体の6割ほどを人工的なものに置き換え、更には機械化して延命している。
見た目はジジイだが、その気になれば普通の若い肉体にも変えられるはずだ。
「残念だったな、花嫁のティアラは奪われた。……で、敵のHFの解析内容は?」
「うむ、既存のものとあまり変わらんよ。じゃが、おかしなシステムが組み込まれておる。」
そう言って、タブレットを渡してくる。
そこには、演算システムの1部の内容と、コクピット内にある謎の機器が表示されている。
「………これは?」
「おそらく、神経接続システムじゃ。」
「………まさか。」
その一言だけで、黒音はこの機体のコンセプトを把握する。
神経接続、それが出来るのであれば、考えただけで機体を制御できるばかりか、今まで実質的には不可能だったより細かく、人間くさい動きも可能となるということだ。
「じゃ、考えるだけで機体を制御出来ると?」
「その通り。そして、最も恐ろしいシステムが組み込まれておる。」
「…………?」
「獣化……とでも呼ぶべきかの。可変システムを応用したもの……だと思われる。」
ウィルがタブレットを操作すると、新しい内容が表示される。
そこには、正気を疑うようなシステムの内容が書かれていた。
「可変システムの応用……ドールの擬似異能力システムを移植した……HFでの能力の使用?………いや、違う。ドールの根幹……擬似魂の移植……HFに……人の。まさか。これは。」
読み上げていくにつれ、恐ろしい事実が浮き彫りになってくる。
およそ普通の人間ならば、考えもしないような、馬鹿げた代物だ。
「人の、人をHFに呑み込ませるのか!?」
「そうじゃ。」
神経接続をしたHFは、人と同期して動くようになる。
つまり、操縦者の思うがままに、細かい挙動が全て行えるようになる。
だが、逆をいえば、神経接続をされてしまっているのだ。
当然、ナノカーボンを使ったHFの擬似神経を通して、HFが食らった損傷が痛覚としてパイロットにもダイレクトにフィードバックされる。
それだけでも恐ろしい事実だが、最も恐ろしいのはこの獣化のシステム。
人の思うがままにHFが動くのならば、そしてHFの損傷や動きがパイロットにフィードバックされるのならば。
HFの形が人型ではなくなれば、パイロットはどうなる?
四足歩行型に変形したHFは、その形をダイレクトにパイロットに伝える。
自分の肉体と、HFの形との齟齬はパイロットに大きなダメージを与える。
だが、それだけでは済まない。
そこで用いられるのが、ドールの擬似魂のシステムだ。
ドールは擬似的に作られた魂を入れることでロボットでありながら異能力を発現している。
なら、HFにも魂を入れることが出来るのではないか?
そう、肉体に齟齬があるというのなら、それを無くせばいい。
結果として、パイロットの魂はHFと同化する。
当然、そんなことをすればパイロットは正気を保ってなど居られない。
そこで、HFに組み込まれた殺戮マシーンとしてのAIが、パイロットの意識の変わりを務める。
パイロットは擬似魂の代わりとして、そして、機体に送られてくる情報処理のシステムの為だけに使い潰される。
「………これを使えば、10分だけならば本来の性能から大きく飛躍した性能を得られる。たが、これはあまりにも。」
「………考えたやつの頭の中身を解剖してみたいな。マッドと名高いお前でもドン引きするレベルか。」
「お前さんらにゃマッドだの狂人だの色々ふざけたことを言われとるがな。ワシだって鬼畜じゃあない。ここまであからさまなものは作らんわい。」
「………ほー?」
「………これっぽっちも信じておらんな?言うとくが、作るものの狂気さで言えばお前さんも大概じゃからな?」
その言葉に、黒音は口笛を吹いてあからさまに誤魔化す。
その姿にウィルは呆れながら、タブレット端末を操作する。
「んで、ネメアの衣の方じゃが……こっちは芳しくなくてな。」
「そちらは考察が済んでる。回収したパーツの解析は?」
「一応はしてある。だが、こんな破片ではわかる物も分からんわい。」
「上出来だ。あとの報告は会議室で行うから、ネメアの衣についた気になるなら来るといい。お前の孫は?」
「アリスか。やつは今ロシアの第3研にいるぞ。こんな面白い物に関われんとは、可哀想じゃの。」
ホッホと笑うウィルを見て、『面白い』という本音が漏れてるぞ、と黒音は呆れる。
アリスはウィルの子孫で、孫というには些か歳が離れすぎているが、まぁ孫みたいなものだ。
「しかし、お前に子孫がいるとはな?しかも直系だろ?よく結婚出来たな。」
「なんじゃ、お前さん知らんかったのか。」
「そりゃあまぁ、俺は数千年は閉じこもって研究だったし……それ以外はずっと旅だった。お前が未だにしぶとく生きてるって知ったのは夜花を作ってからだし、アリスはお前についてよく知らなかったからな。」
妻はどうしたんだ?とは聞かない。
聞かない方がいいだろう。
ここにいないという事はそういうことだろうし、そうするに当たって彼らには色々あったんだろう。
「とりあえず、会議室だ。15分後に開くから、興味があるなら来るといい。………おい、そこの君!15分後に会議を開くから、連絡の放送をしといてくれ。」
―――――――
「以上が、今回の敵HFの特異性だ。今回は『獣化』は使われなかったが、使われたら少しばかり面倒だ。気をつけるように。」
「………これは。」
「そんな……ひどい。」
敵HFの異常性を聞いて、各々が嫌悪の意を示す。
それが当然の反応だ。
人間の魂を弄り回し、兵器として、道具として使い潰すなど。
到底、許されることでは無い。
「まぁ、酷いとは思うがな。だが、俺も人間の魂を弄ってた側の人間だ。そこまで言える権利はないだろうよ。」
ミアの蘇生のために、どれほどの実験を繰り返してきたか……と黒音は自嘲する。
こいつら程酷い事をやった覚えはないが……いや、同じだろう。
リアは、その実験のせいで死ぬ事になったんだから。
その自虐的な笑みに、枝音は叱責する。
「違う。」
「枝音……?」
「黒音は、違う。あんたは人の事を考えてる。人の気持ちを、きちんと思いやれる。あんな奴らとは、違う。」
「…………そうか?」
「自分を否定しないで。黒音の悪い癖よ。あんたのおかげで、アミちゃん達はいるんだから。それにリアの事ならもう大丈夫。あの子は、皆と笑えてるよ。ちゃんと。」
「そうか………そうかもな。ありがとう。」
「どういたしまして!」
どこか誇らしげに胸を張る枝音に黒音は苦笑しながら、説明を続ける。
「んで、ここからは俺が考察した敵『ネメアの衣』についてだ。」
そう言って、黒音が黒板にチョークで文字を書いていく。
ちなみに、電子化が進んだこの時代でなぜ黒板なのかというと、黒音が黒板を使いたい気分だったからだ。
幾つかある他の会議室は、電子黒板やホワイトボード、電子モニター等いろいろ種類がある。
「HFとドールを大量に組み込んだ、一般的な処理能力でも大幅な情報負荷がかかる機体を制御出来るようにする機体?語呂悪くない?」
「まぁ、今回のHFの特性から、考察にある程度修正を入れるはめになったが……概ねこれであってるだろう。語呂はきにすんな、分かりやすいだろ?」
ネメアの衣は、パイロットにかかる情報処理の負荷があまりにも大きすぎる。
そのため、ドールを用いて情報処理の負担を軽減しようとしているらしいのだ。
更には、HF。
本来の『ネメアの衣』は能力者の能力補助の役目を務めるFAの分類だが、この『ネメアの衣』はHFの追加兵装という役割のようだ。
「まぁ、なんだろうな……HFにここまで大幅な追加兵装を付けるなんて考えは無かった……というか、やろうとしなかった、だな。まぁ、Over・Weapon……OWと名付けようか。」
そこから更に、『獣化』を使ったもっと驚異的なまでの火力を保持したOWへの以降という考えも交えつつ、黒音は説明を補足していく。
「だから、おそらく今回の『ネメアの衣』はただの試作機……実験用みたいなものだろう。俺の予想では、HFを合計8体使用した物が製造可能と見る。」
「なぜ8体なんだ?」
「そこまでが限界なんだ。現状の重力制御システムや、飛翔システム、そして炉から供給されるエネルギーなど、まぁ色々だね。それらを考慮した結果、8機までの搭載が限界だ。」
だが、と黒音は悪い笑みを浮かべる。
そして、会議に同席していたウィルもまた、モノクルを不気味に光らせる。
これはまずい、と他の面々が察する。
「瑠璃奈。」
「え、はい。私?」
「『ネメアの衣』に乗ってるものとして、これは駄目だよなぁ……?」
「はい?」
「ここまで喧嘩を売られちゃあ、オリジナルの『ネメアの衣』のパイロットととして、黙ってはおけんよなぁ?」
「えーと、あの。」
「ウィルぅ……これはいけないよなぁ?」
「そうじゃな。技術者として、こんなふうに喧嘩を売られてはなぁ。」
「という訳で、俺たちは『ネメアの衣III』の建造に取り掛かる。しばらく顔を見せないから………」
「「「ダメに決まってるだろ(でしょ)!?」」」
黒音とウィルの企みは、簡単に拒否された。