花嫁動乱篇 第IV話 空に舞う。
「なんであんたまで乗ってんのよ。」
「それは先程説明し、了承も得たはずですが?この機体……フレメアの特徴は聞きました。あなたの能力とこの機体に応用するのなら、僕の『維持』の能力は役に立つはずです。」
「それはさっきも聞いたわよ。そういう事じゃなくて……いや、もういいわ………。」
はぁ、と瑠璃奈が嘆息する。
着いてくる、と言われた時には、何を言ってるんだ、という思いだった。
理論だてて着いてくることのメリットを淡々と挙げられた為に仕方なくコクピット内に入れているものの、正直着いてこさせたいとは思わない。
なぜ、そう思ったのか、と瑠璃奈は自問自答する。
それは、おそらく、過去を語る時の、あの顔が悲しそうだったからなのだろう。
「………『フレメア』でます。」
淡々と報告だけをし、空に上がる。
今回の敵はかなりの高度にいる為、敵が高度を下げてこない限り現状の飛翔システムでのHFでは長時間は相手が出来ない。
こちらも飛翔戦艦を出すという手もあるが、『ネメアの衣』が敵にいる以上、『ネメアの衣』よりも足の遅い飛翔戦艦ではただの的だ。
だが、超高高度でも飛行出来る試作の飛翔システムを装備した黒音の『レルヒェ』と瑠璃奈の『フレメア』ならば超高高度でも問題なく長時間戦うことが出来る。
「ターゲットロックオン………ファイア。」
まず1発目、かなり大型のエネルギー砲を降下してくるHFの群れにむけて放つ。
既に黒音は上空で戦闘しているようで、それに巻き込まれたと思われる壊れた機体が上から落ちてきている。
敵の弾幕を避けるため、ランダムな軌道を描きながら瑠璃奈は黒音が戦っている戦場にまでたどり着く。
黒音は『ネメアの衣』と戦うのに忙しく、飛翔戦艦にまで構っている余裕はないようだ。
なので、瑠璃奈はまず飛翔戦艦から叩くことにする。
「ちっ、そうはさせてくれないみたいね………!」
飛翔戦艦と瑠璃奈との間に、ビームが割り込んでくる。
考えるまでもなく、『ネメアの衣』から放たれたものだ。
黒音が苦戦しているということは、相手は『ネメアの衣』を相当使いこなしているということになる。
一体、何者なのか。
『瑠璃奈、相手の能力は不明だが、何者なのかはだいたい読めた。』
「へぇ?何者なの?」
『おそらく【黒薔薇】だ。』
「…………それは。」
黒薔薇。それは黒音の細胞や感情、あるいは冴詠の欠片を使うことによって生み出される黒音の能力の劣化コピーの力を持つもの達の総称。
積極的に人に害をなす黒薔薇は全員処理されてるし、無理やり黒薔薇にされた被害者のような者たちは全員保護されているため、『ネメアの衣』を使っているのが黒薔薇となると、ますます裏で誰が手を引いているのか気になる所だ。
「性能は?」
『IIには劣るが無印より性能がある。IIIと言うべきか………いや、でも機体コンセプトが少し違うからな。仮称とした、type・BLACKとよぶか。』
「で?B型を倒す手段は?」
『バリアの隙間だ。やつは空間歪曲結界ではなく、断絶結界の方を使ってる。障壁を貼れる場所には、限りがある。狙うとすればそこだ。』
そこを狙ったところで、当たるとは言っていないが――――と言う言外の意もきちんと汲み取りつつ、瑠璃奈は『ネメアの衣』に接近を試みる。
「なるほどっ!」
敵のミサイル攻撃による迎撃を回避しつつ、瑠璃奈は数発、特殊弾頭を発射する。
当然それは敵の迎撃ミサイルによって阻まれるが、しかし敵のネメアの衣が不自然な動きを始める。
特殊弾頭の効果だ。
瑠璃奈の使う特殊弾頭は、半径数メートル以内のエネルギーの流れを暴走させることが出来る。
「くらえっ!」
先程特殊弾頭を放った辺りに向けて、高出力兵器を放つ。
これで2発目、あと4発。
特殊弾頭の効果は、その場にそこまで長時間残留する訳では無いが、それでも数秒くらいなら効果は、残留する。
特殊弾頭の効果の通り、エネルギーが暴走したビームはネメアの衣の近くで不可思議な起動をとりつつ、拡散する。
チッ―――――と相手のパイロットが舌打ちする幻聴が聞こえ、『ネメアの衣』はそのランダムに拡散されたビームをかいくぐりながら避ける。
見たところ、従来のネメアの衣よりも機動性は高くなさそうだ。
「……?2発撃った割には、なんか安定してるわね?」
「あ、それは僕が『維持』してるからです。本来なら、とっくの昔にエラーが発生してますよ。」
ミライは調査部隊だったため、HFについてはそこまで詳しくはないが、前の世界でもこれに酷似したものはあった。
前の世界でもそんなに触れる機会は多くなかったが、それでも今この機体がどれだけ無茶をしているのか、くらいはわかる。
「ふーん……なら、7発行けそうね。」
そう言いながら、瑠璃奈は更に機体の出力を高める。
「ちょ、これ以上出力を上げると……!」
僕でも維持しきれませんよ、という言葉を遮って、瑠璃奈は機体の出力をいじり始める。
敵のネメアの衣に次々と特殊弾頭を放ちながら、接近する。
敵の銃弾の雨をかいくぐり、肉薄した所で、敵の空間断絶結界に阻まれる。
「黒音っ!」
『了解。』
瑠璃奈が高エネルギー砲を連続で放ち、複数枚貼られた障壁を次々と破壊していく。
その真横に、黒音の『レルヒェ』が全速力で突っ込んでくる。
『銃剣』を障壁にねじ込み、無理やり破壊する。
しかし、まだ最後の1枚が残ってる。
「7発目っ!」
瑠璃奈が7発目の高エネルギー砲を放ち、最後の障壁が破壊される。
機体は既にいくつかエラーを吐き出しており、これ以上無茶をすればいつ落ちてもおかしくは無い。
そして、敵も馬鹿ではない。
最後の障壁を破壊した瞬間、敵の攻撃が殺到する。
『別に能力が無効化されてる訳じゃない。能力で防がれるということを失念していたな?無効化し忘れたのか?マヌケ。』
黒音がそう言うと、大きな障壁が全面に貼られ、敵の攻撃を全て防ぐ。
『夕焼けの空』、黒音がもつ、最高位の防御能力だ。
当然、敵は能力無効化をし忘れている訳では無い。
能力無効化は、敵味方問わずに能力を消してしまうため、味方の能力者の価値もなくしてしまうという欠点があった。
そのため、能力者も戦う今回の戦闘では、能力無効化を発動できない。
『ネメアの衣II』だけは搭乗者のみ能力無効化から逃れられるような仕掛けを施してあったが、そんなのは例外も例外だ。
広い戦場で、ピンポイントで味方のみ影響を受けないようにするなんてことは不可能だ。
『左右腰部脚部保護装甲パージ、両脚部補助動力炉、投棄。』
繋ぎっぱなしの通信から、黒音のそんな声が聞こえてくる。
その意図を察した瑠璃奈は機体を前進させる。
直後、投棄された補助動力炉が爆散し、爆煙が視界を覆う。
「ミライ、爆煙をそのまま『維持』して!」
「了解です!」
『維持』された爆煙はそのまま吹き散らされることなく、敵の視界を覆う。
炎もそのまま維持されているため、サーモグラフィーでこちらを確認することも難しいだろう。
敵が手当り次第にうってくるが、それは悪手。
自ら、自分の位置を教えているようなものだ。
「くらえぇええ!」
煙幕の中から飛び出した『フレメア』が『ネメアの衣』に取り付く。
至近距離から攻撃を叩き込もうとして、しかし、突如状況は変化する。
「………っ!?」
「装甲を、パージしたんですか!?」
ミライが叫んだ通り、敵は装甲をパージし、無理やりフレメアを引き剥がした。
そして、崩れ落ちる『ネメアの衣』の中身から見たことも無いHFが出てくる。
そして、勢いよくパージされた敵の装甲の破片を一気に身に受けたフレメアは、深刻なエラーを吐き出す。
アラートが鳴り響き、画面に次々とエラーを示すウィンドウが表示される。
【WARNING】
『Sephirothic tree Furnace:【overload impossible】』
『HEAT EXHAUST EQUIPMENT:【ERROR】』
『FREMEA:condition=【Danger】』
「くそ、機体がっ!」
今まで無茶な出力を出していた反動がここできた。
動力炉が悲鳴をあげ、飛翔システムの出力が落ちていく。
『なるほど、そういう事か!その機体のコンセプトは……!』
黒音が何かに気づいたようだが、瑠璃奈はそんなことを聞いている余裕はない。
すぐにでも、この機体は落ちる。
『瑠璃奈、空中戦はもういい。地上部隊の援護に回れ。』
「了解!あんたは?」
『補助動力炉を投棄したから長時間の空中戦は無理だ。敵戦艦にちょっかいをかけてから俺もそちらに向かう。』
「了解!」