第Ⅱ話 花嫁動乱編 地の底からもたらされたもの。
「黒音が襲撃を受けた??」
朝、起きると同時に聞いた報告に、枝音が驚く。
黒音はこの世界でもトップの存在、そして、黒音が率いるのは世界そのものと思ってもいいくらいだ。
そんな物に喧嘩を売るような馬鹿は、一体どこの誰だというのか。
「えぇ、そして1番問題なのが襲撃方法です。敵は能力無効化装置を使用し、飛翔戦艦や所属不明のHFを持ち出した上、挙句の果てに『ネメアの衣』まで出てきたと………」
「ちょ、ちょっとまって!?」
次々と報告される情報に、枝音が戸惑う。
テロリストどころの話ではない、どこかの巨大組織並の装備を準備できる敵とは、一体何なのか。
「なので、本日の予定は全てキャンセルし、その件に関する会談を行うことになっています。」
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「『花嫁のティアラ』ねぇ…………?」
集められたのは、ダレス、夢羽、水姫、瑠璃奈、枝音、黒音、古木森、夜姫奈の8人だ。
それぞれが、黒音の説明を受けて何とも言えない顔をしている。
「内容は眉唾だが、敵が狙うに値する何かがあると言っていいだろう。それに………面白い者を見つけた。入ってきていいぞ。」
そう言って、入ってきたのは少年だった。
「発掘されたコールドスリープ装置に眠っていた少年だ。聞いて驚くなよ?」
コールドスリープ装置に眠っていた、と言うだけでかなり驚くべきことなのだが、黒音が言うからにはそれ以上に驚くことがいるようだ。
「ええと、僕は人類解放軍南部方面軍第017調査隊所属、時秋ミライ少尉です!」
その言語と話の内容を聞いて、1番驚いたのは枝音とダレスだ。
そして、黒音以外の他のメンバーは聞いたこともない言語なのに言っている事が分かる、ということに驚いていた。
「なっ!?その言語は、共通言語………!?」
「というか、人類解放軍!?」
「な?驚いただろ?」
黒音は平然としているが、枝音とダレスはそうはいかない。
というか、ダレスがここまで焦る姿などそうそう見られるものでは無い。
「え、えぇと……?」
少年は困惑しているが、黒音が勝手に話を進める。
「んで、俺たちの自己紹介だがな。まぁ、お前に分かりやすく言うと、元人類解放軍中央軍所属、天織クロヤだ。」
「……えーと、同じく元人類解放軍中央軍所属 白咲コハク。 」
「……元人類解放軍参謀本部所属 灰色 ハイカ」
終焉に至る前の世界の記憶が残っている黒音、枝音、ダレスの3人が、前の世界での所属と名前を言う。
それを聞いて、今度は少年が驚愕する。
「え、えぇっ!?中央軍に参謀本部………って、天織大将に白咲大将、灰色中将!!??」
前の世界においてダレスはともかく、黒音や枝音は常に前線にいたのにも関わらず大将などという地位にいたのは、当時の戦争状態の特殊さ故であるが、それはまた別の話である。
卒倒しそうになっている少年を置いておいて、まずは何が何だか分からなくなっている瑠璃奈達の方に先に黒音が説明をする。
「とりあえ、時秋くんにも分かるように説明する訳だが、疑問は飲み込んで一通り聞いてもらいたい。まず、この世界は2回目の世界、つまり、1度終わったあとに再創造された世界だ。」
1度終わった、と言う単語にミライは酷く反応したが、一通り聞いてもらいたいと言われた言葉のとおりぐっと疑問を飲み込む。
「そして、再創造される前の世界において、俺たちは人類解放軍を結成し、世界の意志ともよべる存在、『イデア』と戦っていた訳だ。」
そこからはどういう物語か知ってるだろ?と黒音は周囲を見渡す。
それぞれが頷くのをみて、黒音は今度は少年……時秋ミライの方を見て、説明を始める。
「お前が今思っている通りだ。俺たちはイデアを倒すことには成功したが、終焉を止めることは出来なかった。」
「…………それは、知っているのです。」
「………?」
「僕は、僕達107調査隊はあることを調べていました。それは『祠』についてです。」
南部方面に、謎の『祠』が発見された。
その報告を受け、南部方面軍は調査隊を派遣した。
その時は、最終決戦ということもあり、主戦場となっていた西部方面以外の軍も『マモノ』共と激線を繰り広げていた。
そんな最中で発見されたそれに、南部方面軍は構う余裕などなかったが、もしかしたらそれは『マモノ』の『巢』かもしれない。
そう考えた南部方面軍の上層部はすぐに調査隊を派遣した。
そのうちの1人が時秋ミライ。彼は無能力者だったが、高い戦闘力を誇っていたため、こういった調査隊にうってつけだった。
そして、その調査中に決着がついた。
結果は黒音達、人類解放軍の勝利であり、そして敗北でもあった。
イデアは倒せたが、終焉は発動してしまった。
そんな中、ミライ達調査隊にも異変が起こる。
『祠』の中にいた『ソレ』が、目を覚ましたのだ。
「その獣は終焉の王と対峙し、痛手をくらいました。しかし、最期の最期でソレは逃げた。そう、僕らと共に。」
その獣は時空を超えて逃げた。
その周囲にいたもの全てを巻き込んで。
時間を超え、その『災厄の獣』は『この世界』、つまり再創造された世界にたどり着いた。
しかし、その世界は滅茶苦茶だった。
神が、人が、化物が、あらゆる生物が互いに殺しあう最悪の世界だった。
「神狩り戦争…………。」
誰かが、ボソリと呟いた。
神狩り戦争にて、世界が混乱に陥っている最中にやってきた獣は時空を超えた事による力の消費が激しく、長い眠りにつく。
そして、少なく生き残った彼らにとって、この地獄のような世界は生きることが難しい代物だった。
そして、無能力者だったミライに、始めて能力が発現する。
「僕の能力は、維持。そして、隊長の能力は保存、他の隊員達の能力も停滞などで、それらを掛け合わせることにより、コールドスリープが成しえました。」
保存や停滞といった能力は、確かに強くはあるがそこまで強力出ない限り戦闘には使いづらい。
攻撃隊でなく調査隊にいたのだからそう言った攻撃系統では無い能力者がいるのは当たり前だし、そして、この事態においてはそれが僥倖だった。
「僕は、皆さんに伝えるため、ここまで眠り続けてきました。………まさか、大将殿がいらっしゃるとは、思いもしませんでしたが。」
「……それで、ここまで生き延びたお前は、我々に何を教えてくれる?」
「………花嫁のティアラとその性質について、です。」
「性質、だと?」
「えぇ、花嫁のティアラはこの世界のものではありません。僕らと共にこの世界に来た技術です。その性質は、あらゆる知性なき獣を、従えることが出来る……そう、この世界に蔓延るケモノ達さえ。」
その言葉に、黒音達が目を見開く。
ケモノ達すら、従えることが出来る。
それは、非常に………。
「不味くない?」
「まずいな。」
「えぇと、皆さん……?」
黒音達の様子に、ミライが戸惑う。
「そのティアラ、絶対渡しちゃいけないような奴らに奪われたんだが。」
「あ、それは大丈夫です。『花嫁のティアラ』はある特定の条件下でしか起動しないので。」
「特定の条件下?どんな?」
「それは……まだ、言えません。」
「ま、そりゃそうか。」
元上官とはいえ、あまりお互いを知りもしない間柄だ。
黒音たちがティアラを善意的に使う人達だと判断できるわけが無い。
むしろ、そういった誰に教えるべきか、という判断ができる所は良い点だ。
しかし、その答え方だと知っているが言わない、という事だ。
拷問なり能力で洗脳なり、無理やり聞き出す方法はいくらでもあるのに、なんて不用心な答え方なんだ、と黒音は考える。
いや、そもそもこいつは本当のことをきちんと話していないだろう。
開示してもいい情報だけを考えて渡しているのだ。
「なるほどねぇ………。じゃ、奴らはまた俺らを襲いに来るだろ。」
「今のとこ、ティアラの使い方はミライくんしか知らないわけだしね。」
「今日はもう遅いし、ミライくんも休むといいよ。あ、明日から街の案内とかするから……えーと、瑠璃奈、よろしく。」
「えっ、私?」