第――話 残されたもの。
2035年の冬。
人類の英雄たちはここに帰還した。
そして、彼らは人類復興を手助けする組織の、その頂点の椅子に収まって――――――
――――――――――
「で、詳しい話だけれど。」
瑠璃奈が黒音と枝音に質問する。
ここは元は客室のようで、話し合うための机と椅子が用意されている。
瑠璃奈が枝音と黒音の対面する形で椅子に座っている。
その周りには、ダレスやレルヴァ、リリィに舞鬼、灰空や雷狐など各々が好き勝手に椅子をどこかから持ってきて座っている。
「詳しい話ならしただろ?火星にいたんだって。」
「そういう事じゃないわよ。」
はぁ、と瑠璃奈は黒音の答えにため息を吐く。
枝音は近くの机に置かれていたお菓子を頬張っている。
それを見てさらにゲンナリとした顔をしつつ瑠璃奈は再度聞く。
「あの戦いのことよ。ウロはどうなったのか、とか。あの虹の光はなんなのか、とか。」
「虹の光は俺にもわからん。推察することは出来るが、枝音の方が理解しているだろ。なんたって、あの光を呼び起こしたのは枝音なんだし。」
もしゃもしゃと相変わらずお菓子を食っている枝音からお菓子の箱を取りあけつつ、瑠璃奈は質問する。
「で?どうなのよ。」
「んー、なんだろうね。」
その言葉に、瑠璃奈は頭が痛くなり、他のメンバーも椅子から転げ落ちそうになる。
その様子を見て、枝音は慌てて取り直しつつ
「いや、言葉で簡単に表せるものじゃないと思うよ。あれは。」
あの虹色の光は、過去、未来、現在、その全てにおける人々の想いだ。
そして、人々の希望、絶望、正と負、その全てを超越した、人の祈りだ。
人々の、明日を願う、祈りの光。
「そういうものなんだって、思うしかないと思うよ。あれはあらゆる人々が見たそれであり、あらゆる人々の感じたそれでもある無限の可能性だから。」
何やら要領を得ない、抽象的な話のようだ。
恐らく、枝音の言う通りそういうものなんだろう。
抽象的にしか語れないそれなのだ。
「じゃあ、ウロはどうなったのよ。倒したの?」
「いや、ウロは生きてるぞ。」
「……………は?」
「だから生きてるって。」
瑠璃奈が、とても滑稽な表情になる。
あんぐりとあけた口が塞がらないようだ。
そさて、それは話を聞いていた他のメンバーも同様だ。
いやまぁ、それもそうか。
人類全ての共通の敵、世界にとって倒すべき存在が生きていると言われれば、そうなるか。
「まぁ、ウロと言っていいのかどうかは甚だ疑問だがな。記憶と人格は引き継いでいるものの、魂も肉体も、もはやただの人間になったからな。」
そう言って、黒音は立ち上がる。
その動作に、瑠璃奈は疑問符を浮かべる。
「どれ、実際ウロの所に行こうか。どこか普通の人間らしく、働いてるだろ。」
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「で、なんなんですかね、これ。」
マゼンタ色というちょっと変わった目の色をした眼帯の少年が、呆れたように瑠璃奈達御一行を見てため息を吐く。
黒音はお店の店長らしき女性と話をしていた。
「突然お邪魔してすみませんね。」
「いえいえ、彼の古い友人なら無下にも出来ませんもの。フィルさん、今日はもう上がっていいですよ。」
そう言って、店長らしき女性は奥に入っていった。
ほんとすみません、とフィルと呼ばれた少年が頭を下げつつ、黒音の方に向き合う。
「とりあえず、ここではなんだから落ち着いて話せるとこにでも行こうか。」
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「しっかし、お前が『花屋』とはな?」
「笑わないでよ。似合わないのは僕も分かってる。」
「名前も変えたの?」
「そうだよ。僕はもう、うつろじゃない。何も無い虚構なんかじゃ、無いからね。」
黒音と枝音が普通に少年と話をしている。
瑠璃奈達は置いてけぼりを食らったままだ。
「えっと………どちら様?」
「うん?こいつがウロだぞ。元だけどな。」
黒音が適当に言って、フィルが皆に挨拶をする。
「今はフィルって言います。よろしくお願いします。」
「え、ぇ、え、え、ウロって、え、この子が?マジで?」
「まじで。」
とはいえ、まさか花屋で働いているとは思ってもなかったがな、と黒音は肩をすくめる。
「人間として生活してもう1年だ。あの娘にひきとってもらって、こんな風に野垂れ死にすることも無く無難に生きている。」
随分丸くなったな、と黒音は感じた。
人として生活して1年、花屋で働いていることもそうだが、この1年で色々あったのだろう。
「で?皆さん揃って、僕を処刑しにでも来たか?」
「そんなことはしやしないさ。枝音が決めた事だしな。」
「うん、君には人として過ごして貰うんだって、決めたもの。」
瑠璃奈達は聞きたいこと、言いたいことが沢山あったが、ここは黙っている。
なんとなく、割り込んではいけないとおもったからだ。
世界の命運を分ける戦いを繰り広げた、その3人の会話だ。
「それで、なにをしにきたのさ。」
「なんでもないさ。ただ、様子を見に来ただけ。それだけの事だ。」
「それは……いや、そうか。」
それっきり、何も喋らなくなった。
ただただ、静寂の時間が過ぎていく。
「…………ありがとう。」
「………ん?」
ウロ、いや……フィルとなった少年が、黒音と枝音に礼を言う。
その意図がイマイチ分からなくて、枝音達は首を傾げる。
「僕をただのひとにしてくれた事だよ。………おかげで色んなことがわかった。………世界はまだまだ、終わってなんか無いんだって。」
「そうか。そりゃあ」
「良かったね。」
良かった、と。
ウロがそう思えるようになってよかったと、本当に心の底からそう思う枝音を見て、フィルは苦笑する。
「………2つほど、僕から言いたいことがある。」
「………?」
フィルの神妙な顔つきに、全員が息を飲む。
なにを話そうと言うのか。
「ひとつ、天使に偽装された人工神が、居たね?」
「あぁ。懐かしいな。」
かなり前の出来事だ。
確か、枝音が白華に入りたての頃の話。
「あれだけどね。あれは、僕が命令してやった事じゃない。」
その言葉に、黒音の顔つきもまた変わる。
「………確かに、あれは誰の思惑にも合致しない物だった。そして、その割には大胆かつ意図の分からない実験だったが………。」
「アレには、何かしらの……誰かしらの思惑があった。僕は命じていないし、幹部連中の暴走でもない。そして、ただの一般兵にあんな大それた実験ができるはずもない。」
だとすれば、誰の。
そう思案する黒音だが、もうひとつのほうを先に聞くことにした。
「もうひとつとは?」
「この世界の危機は、恐らくまだ去っていない。」
その言葉に、この場の空気に緊張が走る。
「それは、どういう意味だ?」
「この世界の地上にある危機は去った。だが、この世界その物が晒されている危機はまだ去っていない……はずだ。これは、僕がこの世界を虚無に沈めようとしていた理由の一つでもある。」
何か、重大な事実がここに明かされようとしている。
だが、口ぶりからしてウロ自身もよく分かってはいないのか。
「ご存知、僕は世界そのものだった存在だ。だからこそ、わかるものがあり、感じるものがあった。………そもそも終焉とは、僕が作り出したものじゃない。」
「………え?」
「あれは、与えられたものなんだ。世界に対して、与えられたものだ。終焉と創造とは、どれかの意図でもってこの世界に持ち込まれたものなんだ。」
「当時、今みたいな細かい思考を持たないぼく………つまり『世界』には与えられたそれはまるで奇跡のように思えた。滅びゆく世界をリセットできると、やりなおせると、そんな奇跡が目の前に転がり込んできたかのようだった。」
「終焉とは、世界なんかでは無い、もっと違う何か、あらゆる全てを凌駕する何者かの意図によって生まれたものだ。」
世界に終焉と創造を与え、何かをなそうとする意思が、そこにはあったとウロは語る。
「その『先』が僕にはまるで分からなかった。終焉を使い、『ソレ』がなにをなそうとしているのかも。1度終焉を迎え、消えるはずだった僕は『何故か』個としての人格はを与えられた。そして、だからこそ、垣間見た。」
世界の行く末を。
滅びゆく世界。
全ての虚無虚構、無となった空間で、最期の一瞬、彼は見た。
「それが何かはわからなかったけど、僕はそれが、その先がとても恐ろしく見えた。」
だから、そんな恐ろしい未来を見るくらいなら、この世界全てを虚無の底に沈めようとそう思ったらしい。
「そもそも、僕がこの世界に存在している事がおかしいんだ。『創造』によって世界は9つにわかたれ、ユグドラシルも起動した。無いはずの平行世界が生まれ、収束するはずの『創造』が拡散されてい」
「その『先』が僕にはまるで分からなかった。終焉を使い、『ソレ』がなにをなそうとしているのかも。1度終焉を迎え、消えるはずだった僕は『何故か』個としての人格はを与えられた。そして、だからこそ、垣間見た。」
世界の行く末を。
滅びゆく世界で。
全ての虚無虚構、無となった空間で、最期の一瞬、彼は見た。
「それが何かはわからなかったけど、僕はそれが、その先がとても恐ろしく見えた。」
「だから、世界を虚無に落とそうとしたのか?」
「………そうだ。この世界から終焉という絶望自体は無くなったのかもしれない。でも、残った問題は、ある。」
無の空間にあった、なにか。
そのなにか、がなんなのか、は分からないが、いつか必ずそれは障害となって目の前にあらわれるに違いない。
「ねぇ、今………」
ズレなかった?と、枝音が聞く。
それに、黒音は首を傾げる。
「……?どうした?」
「いや……なんでもない。」
何か違和感が拭えない。
何かがズレた……いや、ブレた気がする。
とはいえ、黒音が気づいてないんだから、きっと気の所為だろう。
そう思って、枝音は気にしないことにした。
「……まだまだ残る謎は多いって事か。」
「そういう事になる。僕から言えるのはこのくらいだ。」
この世界には、分からないことが多い。
なぜ生まれたのか、なぜそうあるのか、分からないことだらけだ。
だけど、それらには意味がある。
それでも、それが分からなくても問題無いからこそ知らなくて言い訳だ。
だが、それが障害となるというのなら、知らない訳には行かない。
「『異世界』の存在に関する実験や考察もあるし、復興以外にも問題は山積みだ。帰ったら、人工神のときの事とか終焉と創造に関して詳しく調査しなけりゃならんな。……またな、フィル。」
「じゃ、またね〜。」
そう言って、黒音たちは帰っていった。
また、か。とフィルは感慨深く思う。
人としての生活は、さほど悪くは無い。
明日が見えない恐怖も、未来が分からない不安も、全部まとめて一興か、とフィルは苦笑する。
帰ったら花屋の店長が待ってる。
今日の晩飯はなんだろうか、と考えてフィルはふと笑いが込み上げてきた。
帰る場所が、あるのだ。
自分みたいな奴でも、待ってくれる人がいるのだ。
この世界も、捨てたもんじゃなかったな、とフィルは満足気に笑った。
アフターストーリー的なものです!
どうも久しぶりですどこ黒です。
続編的な異世界編の小説もかなり書き進んだので、息抜きがてらに書こうと思ってたこと書きました!
最終回したのに謎が深まるっていうね。
9つの世界、平行世界が生まれた理由、ユグドラシル、拡散される創造、等々の謎
ただまぁ、この謎は続編どんどんやっていったらいつか解けますとも。えぇ、たぶん。
(というか解けないとまずい。)
まぁ、話もこれくらいにして、ではまた。
次回会う時は異世界編的な小説を投稿した時になりますね。
ではさようなら。