第29話 Nothingness・World
意識が最初に戻ったとき、枝音は自分の体を第三者として見ているような気分だった。
そして、目に見える景色から、周囲の今の状況がだいたい把握出来た。
馬鹿だ、と最初に思った。
自分1人を助けるために、こんなにボロボロになって、ここまで心を削って。
大馬鹿だ。救いようがないくらいのバカだ。
こんな戦い方を見てたらすぐに分かる。
こいつは死ぬ気なんだ。
終焉がない世界、不条理な終わりのない世界、バッドエンドがない世界を実現するために、こいつは死ぬつもりだ。
本当に馬鹿だ。
私にとって、そんな世界は救いようのない世界だというのに。
自分に何ができるかは分からない。
もしかしたら、出来ることなんてないのかもしれない。
それでも、私は何とかしたい。
世界なんかどうでもいい。
そんなことよりも、大事なことがあるから。
自分は黒音に、充分救われた。
そして、今でも救われ続けている。
なら、今度は私の番だ。
一方的なものなんて許さない。
何がなんでも、今度は私の番だ。私が救う。
(終わりなんてものに………『世界』に囚われたあんたを、今度は私が救ってやる!)
その行為を『救う』というのかは分からない。
「起きたら1発、引っぱたいてやる………!」
そう言って、枝音はウロの精神に干渉し始める。
――――――――――――
「がぁっ!?キッ、サマァァァアア!!」
「…………?何が……。」
突然、ウロの様子が大きく変わる。
ウロは自分の体が壊れるのも厭わずに、無理やり刺さった白い刀を引き抜いて、距離を摂る。
(いや、まさか…………!)
その可能性に、黒音が至る。
たが、もしそうだとしたら…………!
「クソ、大人しく……してるわけないでしょ!」
「…………枝音っ!?」
ウロの声が、一瞬だけだがブレた。
それは確かに、枝音の声だった。
「黒音!あんたこのバカ!体取り戻したら1発殴ってやるから、覚悟しときなさい!」
「なんで!?」
心当たりが思いつかない黒音が困惑する。
そんなことに気づかないなんて、と枝音は苦笑する。
「あんた、ウロと相打ちになろうとしてたでしょ。気づかないわけが無いんだから。」
「………………。」
黒音が、言葉に詰まる。
なるほど、これなら殴られても仕方ないのかもしれない。
でも、世界のためを思うのなら………
「あんたは世界に囚われすぎ。自分が終焉だからって、何もあんたが消える必要はないの!どうにかする方法なんて、これから考えて行けばいいんだから!」
これから。
その言葉に、黒音は目を見開いた。
自分に、これからなんてあるのか。
いや、あるのだろう。少なくとも彼女は、そう考えている。
…………終焉に、囚われている。
そう言われて、確かに、と思った。
自分の考えはは、安直なものだったかもしれない。
「そんなことよりまずはこいつっ……よっ!さっさと、出ていきなさい!………お前こそ、大人しく寝てろ………!!」
枝音が、1人で器用に会話をする。
なにも知らない人が傍目から見るとひじょーに残念な方のように見えるが、彼女らは必死である。
「この…………っ!フフ、ハハハハ!!」
ウロが、何かに気づいて突如笑い出す。
ついに気でも狂ったか、と一瞬思うがそうでは無いことは明白。
タイミング的に考えて、ウロの準備していた何か、ウロが待っていた何かが完了したのだろう。
「この肉体にはもう用はない。完成したからね。僕の完全な肉体が。」
黒音が何かに気づいて天井を見上げる。
そこには、巨大な目玉模様があったはずだが……。
その瞳の中心部分から、通常の人型の何かと、巨大な何かが出てきている。
「僕の力を存分に発揮するための器さ!!」
そう言った直後、枝音の体がドサリと崩れ落ちる。
白い光が枝音を覆い、その光が収まると禍々しい姿から一変、いつも通りの姿の枝音が現れた。
「枝音!?」
「いつつ………あれ?戻ってる。」
枝音が自分の体の調子を確かめて、驚く。
自分の体が思い通りに動くし、変な気分にもならない。
「無事なんだな!?本当に良かった……。」
「だけど、なんか安心してる場合じゃないっぽいけど?」
頭上から降臨する禍々しい気配に、枝音が息を飲む。
全長30メートルはあるその巨体の、頭と思しき部分の上に180cm程の禍々しい人型が浮かんでいる。
「あぁ、よく馴染む。素晴らしい。」
恐らく、アレがウロの新しい姿、といった所か。
だが、だとすれば後ろのアレはなんだ?
(………双児宮ジェミニや過去に戦った月の神とやらと似たようなもんか。)
小さい人型が本体で、上半身しかない巨人が仮染めの肉体、と言ったところか。
巨体の方と、小さい方……つまり本体とリンクしているのだろう。
見た目がほぼほぼ同じだ。
本体は見た目が禍々しいことを除けば普通の人型だが、目玉模様の翼が背中から生え、空中に浮かぶ左右6本の腕を周囲に侍らせている。
6本の腕はそれぞれ独立に動くようだ。
「単純に考えりゃ手数の増加だが………やつの手数が増えるとなるとゾッとするな。」
「でもその分こちらは2人、2対1でどこまでやれるのか、見せてもらおうじゃない。」
枝音と黒音はウロから視線を外すことなく、油断なく観察する。
肉体が変わった以上、その能力も大幅に変化しているとみていいだろう。
とはいえ、今までの力が使えなくなったとは思いにくい。
「で?やつの能力は?」
「さっきまでは時空間の操作だった。今は変わってるかもしれない。」
「なるほど。ちなみに時空間操作ってのはどれくらいの範囲で?」
「無制限だ。」
よほど驚いたのだろうか。
それを聞いた枝音が、ウロから視線を外して黒音の方を見る。
その表情はたいへん面白おかしなものだ。
「………へっ?」
「無制限、文字通りの時空間操作、含意は多い。完全になんでもありだ。好き放題、やりたい放題だな。」
なんじゃそりゃ、と言いながら枝音は視線を戻す。
相変わらず、禍々しい姿だ。
そして、滲み出るおぞましいエネルギーも底が計り知れない。
「フフ………体が軽い。試してみようか。」
そう言って、ウロが手のひらをこちらに向け勢いよく手をにぎりしめる。
背中にゾワリと悪寒が走り、黒音と枝音がそれぞれ別方向に飛び跳ねて避ける。
その直後、枝音と黒音の居た空間が、握りつぶされたかのように歪んだ。
しかも、その空間は真っ黒な穴がぽっかりと会いたかのようになってしまっている。
「なに今の!?」
「空間そのものが削り取られた………いや、消失したんだ。あの部分に触れるなよ。何が起こるか俺にも分からん。」
ただ、ウロが行動を起こしてから避けることはできるようだ。
それならば、何とかなる。
しかし、それだけとは思えない。
「あの巨体の方。アレ役割は?」
「………世界を滅ぼすための媒体だろ。もうじき、ここも崩れ落ちる。世界の中心で何をするのかと思えばなるほど、ここは工場か。」
ウロとの戦闘で、この空間はほとんど持ちそうにない。
まぁ、あれだけ空間そのものを、しかも余波だけで破壊するような攻撃を両者ともに放っていたのだ。
それも当然とは言える。
奴が地上世界にでたら何をするか、決まってる。
世界の破壊だ。
しかも、今度は元には戻らない。
「やつを地上に出さないようにする……のはもう無理か?」
「簡単。別の空間を作ればいい。」
枝音がそう言うと、崩壊しかけていた場所から一変。
まるでそこに街が突然現れたかのように、どこかの都市の風景に切り替わる。
「やはり、尽く邪魔をしてくれるね………。君たちはやはり、僕が虚無の彼方へと消し去ったやる必要がありそうだ。」
「はん、やれるものなら……」
「やってみろ、という話よ。」