第26話 己が為の戦い
「ディストピア・オブ・ヴァルハラ。」
「がっ!?」
リリィが己の腕を切り飛ばすと、レイリの腕も切り飛ばされた。今は、再生能力を駆使してやっとのこと立てている状態だ。
そもそも、レイリ1人でどうこうなるような相手では無いのだ。
攻撃は必中、心臓を破壊しない限り必ず再生する高い再生能力。
本人自身に高い戦闘能力がないのがまだ救いか。
だが、その狙撃力もかなりのものだし、何よりも『アリア』が厄介だ。
空間座標を起点とした爆発は脅威だし、レイリには黒音や枝音のような目がないからいつ攻撃されるかも分からない。
それでも、リリィをなんとかするのは自分なんだと、半ばヤケでここに来た訳だが…………。
(結局、黒音が言ってたことの意味も分からなかったな………。)
為す術もなくボコボコにされているレイリは、つい先日言われたことを思い出していた。
――――――――――
「………話って何だ……何ですか?」
「あぁ、話しにくいのならば敬語でなくとも構わんよ。何しろついこの間までは敵同士だったんだからな。ここは君と私の2人だけだ。体面を取り繕う必要は無い。」
「とはいえ、ララヴィア討伐までは一緒に戦った仲だが。」と、黒音は肩をすくめる。
「………いえ、お構いなく。」
何となく、この話し方の方がいい気がした。
他のみんなと同じようにタメ口で離すのは、躊躇われた。
………かつて共に戦っていたとはいえ、特殊な状況だった。
今は距離を置いた方がいい気がする。
「そうか。ならいい。それで、本題だが………リリィと戦うんだったな?」
やはりその話か、とレイリは思った。
リリィの能力は強力、彼女がいるかいないかで戦況は大きく変わってしまう程だ。
そんな彼女に、どこにでもいるような能力と加護しか持たない自分が適うはずもない。
そう言いたいのだろうとレイリは考えていた。
「自分では役不足だと言うのは分かります。ですが俺はっ!!」
レイリが何処か焦ったように言うと、黒音に唐突に指さしされ、言葉を遮られる。
その指をずいっと顔の近くまで近づけ、黒音は言う。
「力不足、だ。言葉の誤用には気をつけたまえ。それとも?誤用では無く本気で言ってるのか?」
「えっ、あっ…………。」
そういえば、『役不足』はよく意味を勘違いして使われる、という話だったか。
確かに、今の場合なら正しくは『力不足』だ。
でも、今それを指摘するか?
「………落ち着いたか?」
「あっ…………あぁ。」
言われてみれば確かに、少し冷静ではなかったかも知れない。
言われてはじめて気付かされた。
リリィの事で頭がいっぱいいっぱいになって、何処か焦っていたようだ。
「別に、俺はそこに関してはなんとも言わん。気持ちはよく分かる。それに、これはお前の役目だ。」
意外だった。
リリィの能力は非常に強力、それが敵にいるとなれば、黒音たちとしてはどうしてもそれを排除するなりなんなり、何とかしたいだろう。
だから、俺を説得して増援を寄越すなり、あるいは俺の代わりに別の誰かを宛てがうものだと思っていた。
「俺から言うのはこれだけだ。…………意思を、意味を、履き違えるなよ。」
「………どういう意味、ですか?」
「それは自分で考えてこそ意味がある。かつても俺は、お前と同じ状況に立たされた。今もほとんど同じ状況だが、違うのはあの頃の俺は弱くて、そして強すぎだ。今は色んな意味で強くなったし、弱くなった、という所くらいか。」
その意味はよく分からなかったが、黒音が何かしらのアドバイスのようなものをしてくれている、ということはわかった。
とはいえ、意味を履き違えるな、とはどういう事だろうか?
「まぁ、それいいか。とりあえず、俺は昔、お前と同じ状況になった。俺は、そこである選択を強いられた。そして俺は選んだ。」
「それは……………」
黒音が遠い昔、選択を余儀なくされた………俺と同じ状況になった時と言うのは、確か。
「きちんと、選ぶ事だ。いや、良く考えることだ。そして、意味を履き違えるな。勘違いをするな。彼女を守るとは、どういう事なのかを。」
―――――――――――――
(クソ、選択ってなんだ。何を選べばいい!?何を考えろってんだ!)
レイリは抵抗することも出来ずに一方的に攻撃を受け続けている。
避けることも、防ぐこともかなわない。
当然だ。繰り返しになるが、レイリ如きでは、どうしようもないからだ。
普通の能力者で、特別な何かがある訳でもない。
相手が普通の能力者なら何とかなっただろう。
再生能力が追いつかないほどの攻撃を加え、戦闘不能にすればいいからだ。
だが、リリィの再生能力は凄まじい。
何しろ、心臓を破壊しない限りは………蘇生、できる………
(…………まさか。)
リリィの再生能力。
その唯一の弱点。
心臓の破壊。
それをすれば、リリィは止められる。
だが、永遠に止まることになってしまうが。
『………選べ。』
黒音の言葉が思い返される。
それは、つまり、
(リリィを殺すのか、殺さないのか、選べって事か……!?)
だが、そんなことをしてしまえば、『リリィを守る。』という己の意思は、その意味は…………
『意思を、意味を履き違えるな。勘違いするな。』
またしても、黒音の言葉が思い返される。
『リリィを守る。』その意味とは。
そうだ、その意味は。
…………彼女の意志を、守ることだ。
気づいて、しまった。
気づかれされた。
なるほど、それならば確かにこれは俺の役目だ。
リリィを守るということは、その肉体を、器を守ることなんかじゃない。
彼女の意志を、魂を守ること。
だから、ならば、
「俺は、リリィ、お前を守るために、お前を殺す。」
なるほど、それしかないのだ。
リリィはその再生能力の高さのあまり、殺す以外の選択肢が存在しない。
なら、殺すのは誰だ?俺だ。
選べとは、そういう事だ。
意味を履き違えるな、勘違いするなとは、そういう事だ。
守るということは、救うという事とは別で。
今この場においては、全てはどうしようもなくて。
「俺は、選ぶ。」
彼女のために強くあることを選んだから。
結局はこれが誤りであったとしても。
「うぉおおおおおおおおおおッッ!!」
銃をその手に取り、ただ一直線に駆け抜ける。
ただの猪突猛進、特攻。
無意味な行為かもしれない。
自ら殺してくれといっているようなものだ。
それでも、それでも、駆け抜ける。
「我が手にもどれ、アリア。爆裂。」
ふと、男の声が聞こえた。
リリィとレイリの間に爆発が突如生み出され、2人が勢いよく吹き飛ばされる。
「何が………。」
「死に急ぐなよ。若僧。強いのは結構だが、強すぎるのも考えものだな。」
「あんたは………」
確か、ワース、という名前だったはずだ。
何しに来たんだ、と言ったようにレイリかワースを睨みつける。
ここは墓場だ。自分とリリィの墓場、それを邪魔するというのなら………
「そう睨むな。黒音に何を言われたかは知らんが、頭があまりにも固すぎる。言うなれば視野狭窄だな。」
「どういう意味ですか?」
「そのままの意味だ。なぜ殺す事だけに執着する?」
「それは………でも殺さなければ……」
レイリが戸惑うのを見て、ワースはため息を吐く。
「はぁ、いいか?そこの嬢ちゃんは他の能力者の連中みたいに本人に高い身体能力があるんだとか、凄まじい防御方法を持ってるだとかじゃないだろ?なら封印術式とか、能力無効化装置だとか、封印結界の釘とか、色々あるだろう?」
「あ………」
「どうせ黒音に選択しろ、だとか、『守る』の意味を間違えるなとか色々試すような事を言われたんだろうが…………」
あいつの事だ。
こんな状況でもレイリのことを試しているのだろう。
「あいつが言ったのは最悪の状況だ。あらゆる手を尽くして、それでもダメだった時だ。それに、守る意味を履き違えるな、というのはなにもお前一人で守らなくてもいいということだ。」
まあ、わざわざ分かりにくく言うのはあいつの悪い癖だな、とワースはさらにため息を吐く。
「お前は自分で抱え込みすぎだ。若さだな。自分でやらなければ、という思いが先行しすぎたのだろう?時には何かに頼ることが必要だ。それが分からないとは………ま、黒音風に言うなら人間ではない。人失格、だな。」
そう言いながらも、ワースは奇妙なナイフをひとつ出して、ひょいっと投げて寄越す。
慌ててそれをレイリが受け取る。
「そら、能力無効化が付与されたナイフだ。そいつを突き立てたら、リリィは戦闘不能、拘束も楽になるだろうよ。………お前がやるんだろう?」
受け取ったナイフを見ながら、レイリは大きく頷いた。
――――――――新東京都市、予備司令部内
「ウロ様は戦闘状態に入りましたか。」
天ノ刹の幹部の、1人の男がそう言いながら司令部内を歩く。
背後には、雷狐や夜姫奈、ティアなどがいる。
司令部内には、他にもたくさんの天ノ刹の連中がいた。
「ふむ、かなりの数を都市内に引き込めたな?」
「えぇ、あとは予定通り、自爆するだけです。」
「クク……ウロ様に栄光あれ。」
「ウロ様に栄光あれ。」
男は部下が差し出した自爆スイッチのボタンを押そうとするが………
「はい残念でした………っと。」
雷狐が突然その男の頭を掴み、全身を電気で黒焦げにする。
悲鳴をあげることもかなわずに人としての原型を失った男を見て、司令部内の人間たちが敵意を露わにする。
「貴様っ!ウロ様に洗脳されていたはずでは………っ!」
「あ〜?あんなチンケなもんで俺の精神を支配できるわきゃねーだろ。ブラフだよブラフ。」
「ま、私らもそうだよねぇ。消しとべ。」
バチィッ、と夜姫奈から黒い稲津が弾け、それに触れたあらゆる物が消し飛んでいく。
ティアが能力を発動し、その両腕が異形のものへと変化、敵を切り刻ん見ながら舞い踊る。
「制圧完了、だな?」
雷狐が、血塗れの敵の死骸しかない司令室の中で、ニヤリと笑う。