第15話 諦められないものがあるから。
「敵戦力とこちらの戦力を把握し直す。残ったメンバーの点呼は終わっているな?」
「ある程度資料にまとめ終わっています。それと、半分はデータ化が済んでます。こちらを。」
そう言って、USBメモリを渡してくる。
とても優秀だ。
自分の部下に欲しいくらいでもある。
「アンティオキアにいたメンバーは全員残ったのが幸いだったな。」
結界のおかげか、空中展開都市アンティオキアにいたメンバーは全員が洗脳の効果を免れている。
しかし、それでも圧倒的な戦力差は覆らない。
「敵はどうなっている?」
「敵戦力は新東京都市にて展開しています。第2司令所を重要拠点にしているようですが………空中に、妙なものが。扉……でしょうか?」
観測された映像を、中央のモニターに映し出す。
それを見て、ダレスが推測を口にする。
「世界の根幹へ接続するための扉か?」
「あぁ、かつて俺たちが……イデアとの最終決戦を繰り広げた所と、多分同じだろう。」
ダレスの推測に、黒音が相槌を打つ。
世界の根幹、1番世界に近いと呼ばれるその場所で、奴は世界を虚無に呑み込むつもりなのだろう。
「これなら、奴と1対1で戦えるな………。なら、作戦内容は単純だ。この扉に向かって一直線に突き進む。一点突破だ。」
「新東京都市の結界は?この扉自体も、結界のようだけど。」
「ネメアの衣IIはまだ壊れてなかっただろう?補給も終わっているはずだ。」
「霊壊式を連射でぶち込めって?そこまで精度のいい狙撃は出来ないわよ?元々近距離専門なんだし。」
「黒瑠璃に頼ればなんとかなる。それに憤怒の目もあるだろ?」
瑠璃奈が、しかしそれでも不満そうな顔をする。
まぁ、理由は分かっているが。
「…………水姫は、」
「あぁ。お前が相手をしてくれ。いや、するべきだ。」
瑠璃奈の役割は、ネメアの衣IIで敵結界を破壊すると共に敵の陣に穴を開けて道を作ることだ。
そして、そのあとは水姫の相手もしなければならない。
だから、瑠璃奈は結界の破壊が完了したとしても倒れる事は許されない。
「で、レイリの相手は当然リリィだろ?羅鳴は舞鬼、ネアは……」
と、次々と洗脳された人間と敵の勢力、自分たちの残存戦力が書かれたリストを見ながら役割を割り当てていく。
おそらく、そう上手くは行かないだろうが誰かが抑えておかないとまずい連中は沢山いる。
空間に作用する能力や範囲攻撃が出来るやつは尚更だ。
しかし、ひとつ妙に違和感があった。
このリスト、何かが足りないような気がする。
まぁ、それは後で考える、まずは目先の事からだ。
「んで、黒音のクローンだが………。」
「その役目、俺がやろう。」
ダレスが1歩前に進み出て、志願する。
「…………大丈夫なのか?」
「ふん、俺の強さはよく知っているはずだが?」
「なら、こいつを持ってけ。」
そう言って、黒音が手のひらサイズの小さな鉄の棒のようなものを投げ渡してくる。
それを片手でキャッチし、確認する。
「寸鉄だ。武術で戦うお前にはちょうどいいだろう?邪魔にならない。」
「………妙な仕掛けとかして無いだろうな?」
「安心しろ、ただの鉄だ。ちょっとばかし壊れにくくはあるがな。」
お前のちょっとばかしはオクタニトロキュバンとかで発破しても壊れない程だろうが、とダレスは心の中でツッコミを入れる。
オクタニトロキュバン、一応、現代に置いて最大の威力を誇る火薬だ。2033年の化学力なら、簡単に量産できる。
まぁ、その量産するための設備を整えられるかといえば、今の世界情勢を見れば否と言えるが。
「問題はマユとかだな。」
「それに、これだけあてがってもやはり混戦は避けられないだろう。しかも、こちらの数が圧倒的に少なすぎる。やはりそれぞれあてがうのは意味が無いのでは?」
「だが、範囲攻撃などが出来るやつは誰かが抑えて置かねば被害が凄まじい事になる。特にリリィや水姫はそうだし、舞鬼だってそうだ。」
羅鳴が舞鬼が?と言うような不思議な顔をしているが、恐らく舞鬼は相当強いと黒音は踏んでいる。
中にいる鬼、茨木童子だが、アレは恐らく本来の力を使ってはいない。
というか、使えない。
多分、完全に鬼化すると暴走するなりなんなりするのだろう。
しかも、やつの契約している遺物は『髭切』だ。
茨木童子とはとことん相性が悪い。故に力を出せない。
だが、逆をいえばそのふたつが上手く噛み合えば弱点がほぼ無くなるという事だ。
しかも、やつは空間置換能力を持っている。
それだけでも厄介と言えるし、あまり侮っては行けない。
「俺のクローンはどうせ雑魚だ。たぶんすぐ死ぬだろう。」
ダレスが言う。
確かにダレスの能力はあまり戦闘には向いていない。
強力な能力者でもあてがっておけば、容易くひき殺せる。
「というか、能力のトリガーとなってるやつらを殺せば、正気に戻せるんじゃねぇの?」
ラストのその発言に、黒音とダレスが目を見開く。
なるほど、その手があったか。
「………とすれば、夜花と死神共は解放できる。問題は白華だが。」
「殺せばいいって訳にも行かねぇか。偽モンじゃなくて本物の夢羽だもんな。」
「それに、黒音やダレスを倒すところまで行き着けるかどうかも別だ。しかも、そいつらを倒せば洗脳を解除できるって言うのも賭けになる。」
戦に賭け事は付き物だが、策はいくつも用意しておきたい。
と、そこで外にいた白華の兵士のひとりがドアをノックしてきた。
入るよう促すと、通信機器のひとつを持ってきていた。
「通信です!何重にも暗号化されていて……発信源も不明です。」
「ふむ………まぁ繋げ。」
ここに来て、敵からの通信と言う事は無いだろう。
誰からだろうか。
『ザ…ザ……こ、r……う…』
「聞き取れんぞ?」
「回線そのものに何か仕掛けをしてるからじゃないか?よほど慎重だな………。」
『ザ……ノイ、ズが………hどす……る。なんと…………いの?………ザザ………。そ、うそう……んな……感じで……。』
だんだんとノイズが薄れていき、相手の声が鮮明に聞こえ始める。
そして、相手の声の正体に気づいた瞬間、黒音はあのリストの違和感の正体に気づく。
『こちら、赤目の森…えっと、夜姫奈だけど、聞こえる?アンティオキアだよね?えっ、違った?なんとか言ってよ、おーい。』
…………。
とりあえず、誰かなんか言えよ、と思うが言葉が出ない。
返事をする前に夜姫奈の独り言が多すぎる。
『えー、黒音の馬鹿とかいるでしょ?』
「………お前が憎んで仕方の無かった黒音だが?」
『おっ、繋がったじゃーん。てか、今そんな話するぅ?』
一応、夜姫奈の両親のことなどは、詳しい話をする事で決着はついている。
まぁ、ラストの方はまだだが。
今更お前の義理の父親だとは言い難いものがあるのだろう。
まぁ、ティア本人は薄々勘づいてきているようだが。
「で?なんの用だ。」
『いや、まぁ現在赤目の森はそれぞれのメンバーの能力で敵要塞内に侵入してやり過ごしてる訳なんだけど、実験体にされてる人達、解放できるよ。協力してくれるって。』
「………………!ほんとうか!?」
それがほんとだとすれば、戦力をある程度増やすことが出来る。
1人でも多く欲しい今ならば、朗報に違いない。
それに、敵要塞内ということは、旧東京湾にいるということ。
あちら側の結界は壊れていて機能していないはずだし、我々陸地側と海側からの挟み撃ちに出来る。
『それで、一応今んとこ把握出来てきる人達なんだけど、まずはえーっと………レミ・ネアリー?あれ?同姓同名かな……?』
夜姫奈は今のネアとレミ・ネアリーが別人だという事を聞いていない……というか、ほとんどのメンバーが知らないことだ。
周知させている時間は無かったし、別にいいとネアが言っていたので、知っているのはホントに十数人程だけだ。
『んで、アフラ・マズダでしょ?他にもラーに、クリフォト?に、サンジェルマン?変な名前ね。後はエイミーとかイサニア、……って、これ名前言ってもわかんないか。』
なんか妙な名前がいくつか混じった気がする。
てか、サンジェルマンお前なんでそんなとこにいるんだよ、と呆れたため息が出る。
「で、聞きたいことがひとつある。アフラ・マズダの能力だ。一体どんな力だ?」
そう、気になるのはそれだ。
もし、今自分が想像している通りの能力ならば、マユにも対抗できるし、もしかしたら………!
『んーとね、慈愛の笑みって言って、魂……?とか、精神に干渉するレベルでの回復が出来るらしいよ、後は……照らし出すことができる……?よくわかんないや。』
まぁそこら辺は詳しく調べないと分からないだろうが、重要なのはそこでは無い。
魂や精神に干渉できる、それはつまり。
「洗脳は解けるし、マユの罪の宣告も治せる………!」
『あーでもなんか、ウロの洗脳に関しては相手が油断している状態でなおかつ直接触れなきゃいけないらしいよ。』
しかし、唯一ウロの洗脳が解ける手段であるとして、ずっと厳重に収容され続けていたらしい。
そうなると、放置されている現状がよく分からないが………いや、もはや関係ないのだろう。
あくまでも洗脳による戦力などはただの足止め用。
枝音の肉体さえあれば、やつを止められるものなどそう多くはない。
それに、この条件ならば洗脳を解除するのにも時間がかかる。
ちまちまと洗脳を解除しているうちに世界を滅ぼせると、そういうことなんだろう。
だがまぁ、アフラ・マズダ。いないよりは何倍もマシだ。
「レミ・ネアリーには抑制剤をぶち込んどいて、まぁ、封印術式なりなんなりかけておいてやってくれ。」
『ん、分かった。で、私たちはどうすれば?』
「明日午前0:00に作戦を開始するから、同時刻に要塞内を引っ掻き回しつつ、新東京都市を攻めろ。」
『OK、んじゃあとは………そこにラスト、いるでしょ。』
「…………あぁ。」
だいたい何を言われるのかを察したラストが、苦々しい顔つきで返事をする。
『最後の戦いってやつになるから、だってさ。なんか言ってやれよ、お父さん?』
「ちっ………。」
余計なことを、とラストが舌打ちする。
他の9心王のメンバーはニヤニヤしながらそれを見ている。
恥ずかしがって照れるラストなど、そうそう見れるものでは無いからだ。
『薄々勘づいてはいたし、その首の鍵のことも気になってはいた。今まではあえて聞かなかったけど………お父さん、だよね?』
「………義理の、だがな。」
『………言いたいことや、聞きたいことは沢山ある。だけど、今は。』
「…………生きて帰ってこい。そしたら、色々と話してやる。」
『通信終了。』
一方的に切られた。
切れた通信をぼんやりと見ながら、ダレスがため息を吐く。
「はっ、年頃の娘だな。随分苦労しそうじゃないか、えぇ?お父さんや。」
「ぶち殺すぞてめぇ………。」
そんなやり取りをしつつも、黒音がひとつ咳払いをして、メンバーの全員を見る。
そして、通信でアンティオキア全体に向けて言葉を放つ。
「作戦は明日午前0:00に行う。かつての仲間を殺すことになるが………やれるか?」
全員が、無言で頷いて肯定の意を示す。
―――――――やらなければ、殺られる。
単純な世界だ。
そして、これは世界のための戦いでもあり、己自身のための戦いでもあり、誰かを救うための戦いでもある。
誰を殺そうが、誰を救おうが誰も何も文句は言わない。
もし自分の大切な人が殺されたとしても、それは自分の力不足。理不尽なのは元からだ。
それに抗えないヤツは消えゆくのみ。
力不足を嘆く暇があれば、何かを憂う暇があれば、戦ってただ駆け抜けろ。
戦え。
世界を救うなんてちっぽけな理由ではなく、己のエゴのために。
戦え、戦え、戦え。
戦わなければ意味が無い。
戦わなければ救えない。
戦わなければ手に入らない。
戦わなければ守れない。
戦うからこそ人は美しい。
戦った先に勝利を求め、戦った先の結果を求めるからこそ人は人足り得る。
己の全てをかけ、全霊を込めて戦い抜け。
零れ落ちる雫のように、ただただ儚く戦い抜け。
「我らが望む未来をその手に掴むため、我等は再び立ち上がる。かくして未来は見えなくなり、運命はここに砕かれた。」
―――――さぁ、決戦だ。