第13話 反転する盤上
「――――――っ!?」
凄まじい爆音が鳴り響き、思わず枝音が振り返る。
空気を震わせるほどのその爆発は、新東京都市の中央で起きていた。
あの位置には、本部があったはず。
いったい、何が起きたというのか………?
「………………っ!」
辺りの空気が一変したことに、枝音は気がついた。
黒く淀んだ雰囲気が一気に膨れ上がった。
見れば、敵の数が明らかに増えている。
だが、攻める気配は無い。
何かが、おかしい。
ふと、ぞわりと強大な気配を、近くに感じた。
近くに来るまで、感じ取れなかった。
こんなにも、強大な反応を示しているのにも関わらず。
「………………っ!そこか!」
突然、背後に現れた気配に向かって剣を突き出す。
ずぷりと、肉を貫いて骨を断ち切る感触が、妙にいつもより生々しく感じられた。
枝音の普通の景色を映し出す右の目が、敵の姿を捉えようとする。
だが、心がそれを強く拒否する。
見るな、と。
敵の姿を捉えるな。それをすれば、お前は戦えなくなる。
見るな、見るな。敵の正体を暴くな。
このまま刀を反して心臓を破壊しろ。
1寸たりとも隙を見せるな。
それでも、抗えないほどに、その思考に背反する別の意思が、敵の姿をハッキリと捉えようとする。
その顔を自分は知っている。
その姿を自分は知っている。
3年前に見てから、まるっきり行方を掴めなかったがために、もう会う事はないのだろうと、泣き続けたあの日の夜を思い出す。
それでも自分は未来のために、たった1人でも、いつか来る未来のために戦うんだと決めた、アンティオキアから脱出したその日の夜。
だけど、今それを再び見ることが出来ることに喜んでいる自分
が居る。
もう敵の正体はわかり切っている。
でも、それを見てしまえば、自分は戦えない。
見て、確信してしまえば、もうそれを敵だとは思えない。
それでも、抗えない意思が、その姿を見て、捉える。
「――――――っ。………水姫。」
その姿を見て、動揺する。
刀を持った手が震える。
無機質や目が、酷いくらいにこの状況を物語っている。
彼女は敵で、話し合える雰囲気ではない。
だけど、友達でもおり、かつて仲間でもあった彼女を殺すことなど、自分には到底……………
ぐしゃり、と唐突に妙な音が鳴り響いた。
まるで、骨を砕いて肉がひしゃげるような、水っぽい音が。
「この瞬間を、待っていた。」
声が、割り込んだ。
枝音が、違和感を感じて自分の体を見る。
「…………え、あ?」
胸の中央から、血塗れの腕が突き出ていた。
黒い影と目玉模様が、その腕から枝音の全身を侵食していく。
(…………ウロ!)
その存在と、それがここにいることの意味に枝音が気づいた時には、もう何もかもは遅かった。
「は、はは、ふは、ははははは!!」
哄笑が闇の中から響き渡る。
黒い影がウロと枝音の2人の全身を包み込み、黒い球体の真ん中にはひとつの目がギョロりと見開いた。
「あぁ、最高の気分だ。」
黒い影の中から現れた枝音は、その姿を大きく変えていた。
まず髪の毛。色は白みがかった薄い水色から完全な白髪へ。
そして髪型はツーサイドアップからポニーテールのように髪の毛の1部を頭の後ろで括り、残りはだらりと流してある。
髪飾りは目玉模様のものへと変わり、衣服も白や青を基調としたものから、黒やマゼンダ色を基調としたものへ。
瞳はマゼンダ色に妖しく輝き、右の目は重瞳となってひとつの眼球に2つの瞳がある。
左目の目元には涙のような黒い影があり、頬や首には赤黒いアザがある。
「うん?あの変な装備は外れてしまったのか………まぁいいか。」
見れば、FAはバラバラと外れて海中へと落ちて言ってしまっている。
枝音用に設計されているため、姿さえも変質した枝音を枝音と認識しなくなって自動的に装備が解除されたようだ。
まぁ、あんなのはあってもなくても変わらないが。
「ミル、キミはよく僕の先を越して、僕の尽くを邪魔してくれたね?………でも、これは読めてたのかい?」
変わり果てた枝音……いや、ウロが答えは来ないと分かりつつも誰もいない空間に向かって、1人問いかける。
「まだまだ、絶望はここからだよ。やっと冥界が落とせたんだ。」
思いのほか、冥界の攻略に時間がかかってしまったし、こちら側の損害も大きかった。
まぁ、イザナミやコクネアは死ぬと思っていたが。
「さぁ、置いで、黒音。そして拒絶の子。」
ウロが、黒音のクローンと夢羽を近くに呼ぶ。
彼らの頭上に、目玉模様が、浮かび上がる。
「さぁ、ボクの声を聞いてもらおうか!」
――――――――――――――――
「……………何が起こって………っ!?」
瑠璃奈が、困惑のあまり立ちすくむ。
突然、色んな人間の頭上に目玉模様が浮かび上がり始めたかと思ったら、味方同士で攻撃し始めたのだ。
夜花も、白華も関係なく、全員が仲間割れを起こしている。
しかも、突然。
先程まで隣で戦ってたやつが、横からいきなり剣を降ってくる。
「くっ、落ち着きなさい!」
それを受け止め、腹部を蹴り飛ばして距離をとる。
突然の裏切り行為、しかもそれは、夜花の人間がより多く裏切っているようだ。
とはいえ、このタイミングで裏切る意味などあるわけが無い。
これは一体、どういう事なのか………?
瑠璃奈が思案していると、すぐ近くの地面の下がボコボコと盛り上がり、中から人が出てきた。
「クソがっ!やられた………!!」
黒音が、怒りの形相で忌々しげに言葉を吐き捨てる。
握りしめた拳からは、血がしたたり落ちている。
「黒音!あんたこれは一体どういう状況なの!?」
「瑠璃奈か、お前は大丈夫そうだな?ということは洗脳されているやつとされてないやつがいるのか………なるほど、そういう事か。だから、俺のクローンを作ったんだな?」
黒音が、ウロの意図に気づくがもう遅い。
何もかもは、もう手遅れだ。
また時を戻すのか、それでも、あるいは、まだ…………!
「アンティオキア、応答しろ!」
『………ザザっ………こちらアンティオキア、これは一体何が起きているのですか??』
「アンティオキアを新東京都市から移動させろ。移動ポイントはbー2だ!そこに着地しろ!説明は後だ!」
『わ、分かりました!』
慌てたような返事を聞く前に、黒音は通信を切った。
そして、瑠璃奈に話しかけて撤退の準備を始める。
「瑠璃奈、とにかく説明は後だ。撤退するぞ。」
「撤退?」
「あぁそうだ。俺たちに勝ち目はない。負けたんだ。…………総員に伝達!正気を保ってるやつは撤退!アンティオキアまで下がれ!」
だが、この状況では何人が生き残れるかわかったものでは無い。
向こうは殺す気で来るが、こちらは元々味方を相手にするということもあり、指揮はガタ落ちだ。
かなり一方的にやられる戦いも、少なくはないだろう。
しかも、何より最悪なのは
「汝の罪を告げる。」
その声が、どこからともなく聞こえてくる。
アンラ・マンユの『罪の宣告』。
声を聞いたものは、発狂する能力。
「全員、耳を塞げ!!」
通信用術式で全員に伝達する。
だが、咄嗟に反応できたやつはいったい何人いるだろうか?
「………繰り返す、総員撤退!B-2ポイントのアンティオキアまで後退せよ!繰り返す!!総員撤退!」
主人公退場(白目)
はいどーもー、どこ黒ですー。
え?主人公は黒音じゃなかったのかって?
またまたぁ、枝音に決まってるじゃないですかー待遇があれですけど。
主人公兼ヒロインだからいろいろと仕方がないんですぅー。どうしても黒音の方が主人公っぽくなっちゃうんですー。
とはいえ、最終章も折り返し地点に入ってきました!
あともう少し、頑張りまーす。
んでもって、最後の戦闘シーンは全力を尽くして文章量マシマシで頑張りまっす……。