第12話 茨は白く崩れゆく。
捉えたと思っていた心臓、だが、それを貫いた時の手応えの違和感に首をかしげ、まさかと思い至る。
目の前のローザがただの茨になり、背後に気配を感じとる。
「捉えたっ!」
「しまった!?」
背後を振り返ると、バラバラの茨が一人の人間の肉体を上半身だけ形成していた。
そして、茨でできた歪な腕が、枝音の身体を貫いた。
いや、すり抜けた。
「……………は?」
その不可解な現象に、ローザは思わず声を漏らす。
枝音の姿は掻き消え、周囲には誰もいない。
なにがおこったのか?
そう考えるローザの耳に、声が聞こえてきた。
「朝焼けの空、四方展開。」
いつの間にか、周囲は障壁で囲まれていた。
結界、そう思って周囲を見渡すと、枝音が左手を握りしめた状態でこちらに腕を伸ばしているのが見えた。
絶対防御能力である『朝焼けの空』を結界として相手を閉じこめるように応用したものだ。
そして、先程枝音の姿が掻き消えたのは、虚像だったからだ。
枝音が能力で生み出した分身、虚像。
ローザが茨で虚像を作っていたように、枝音もまたその力で光などを操作して虚像を作り出していた。
「白陽!!」
結界の中に白い球状の炎が生まれ、それは肥大化する。
そう、それは白き太陽。
真っ白に燃え上がる擬似太陽が、膨れ上がってローザの全身を尽く焼き尽くす。
「馬鹿なっ………こんなっ!!」
ローザが、消えゆく体でなお枝音を睨みつけ、呪詛を吐く。
「おのれ!!おのれおのれぇ!!許さぬ………!!許さぬ!!」
「さっさと死んで。」
無慈悲な宣告を突きつけ、枝音はさらに火力を高める。
白い極光に呑まれたローザは、茨の1本も残さずに消えていった。
――――――――――――――――
「イザナミ、ローザの討伐完了を確認、コクネア・ヴィンゼルの確保も完了を確認しました。」
「敵の勢い、だんだん弱まっていきます。」
「上陸した敵の殲滅、完了しました。」
本来は嬉しいはずのそれを聞きながらも、黒音は険しい表情をする。
(うまく事が運びすぎているな………。)
こういう時は、何かしらよからぬ事が起きる前兆だ。
気にしすぎだ、とか考えすぎだ、と思われるかもしれないが、そもそもウロの姿がまだ確認できていないのも怪しい。
黒薔薇はまだまだ沢山いるし、分からないことも多い。
敵艦隊は半数を撃沈または大破させているが、敵艦隊が引く気配はない。
枝音にぶつける戦力も、足止めにもならないようなものばかり。
敵の狙いはいったいなんだ?
なぜこんな、逐次戦力投入みたいな愚行をおかしている?
「……………ダレス。」
「呼んだか?」
少し離れたところで、部隊の統率と細まかな指示をだしているダレスに、黒音は話しかける。
「あぁ。………ノウもここにきてくれ。後、空墨もだ。」
さらに別の役割を担当させていた2人も近くに呼び寄せる。
「とりあえず聞くが……敵の狙い、なんだと思う?」
その質問に、空墨が眉を顰める。
「情報量が少なすぎる。敵の狙いを断定するのは難しいと思うが?」
「予測だけでもいい。」
経験則から言って、こういう時は分からないからと予想を後回しにしてしまうのは良くない。
ある程度、何が起こるかをぼんやりと想像しておいた方が、いざその時になった際に、対応する早さが変わってくるからだ。
「……………時間稼ぎ、だな。」
ダレスが、必死に考えて、あるひとつの予測を立てる。
「………なんの?」
「何かの準備を終えるためのだろう?何か、まではさすがに分からないさ。」
なるほど時間稼ぎ。
それはありうる。
ならばこの戦力の逐次投入も分からなくはない。
本命は別にある。
この状況で時間稼ぎをするとしたら、何を待っているのか。
自分たちが持っている情報だけで予測を立てるなら……
「冥界を制圧し終えるのを、待っている可能性が高いな。」
ちまちまと戦力を小出しにして、我々をここに押さえ付けておく。
連絡が取れないから冥界側の状況も分からないし、冥界に行く手段画乏しい現状では、そう簡単に使者も送れはしない。
だから、冥界側のことは後回しにしがちになってしまう。
先に冥界を片付けるなら、2方面同時戦闘もしなくていいし、こちらは敵の位置を完全には把握出来ていないのだから敵はどんな攻め方だってできる。
「だが、きっとそれだけではあるまい。」
「あぁ、今は冥界と連絡をとることを優先する。門を開く準備をしろ!!」
冥界に行く手段は限られている。
空間を移動する能力を持たぬ限りは、このアイアコスの鍵で冥界の門を開く他移動手段はない。
しかし、1度開けてしまうと、冥界の座標をしっているものならば誰でも行き来が可能となるため、今までは使っていたかったが…………。
いや、待て。
なぜ、その思考に至らなかった?
どうやって、アイツらは冥界に兵を送っている?
ウロの空間制御能力か?だが、それではおかしい。
やつの力でそれなりの数の兵を送るにしても、一人一人をいちいち、ちまちまと送らなければならない。
ならば、冥界が襲撃を受けているということ自体がブラフなのか?既に襲撃を受けていると思わせて、俺たちが冥界の扉を開く時を待っているのか。
それはありうるが、可能性としては低いと考える。
なぜなら、あまり意味が無いからだ。
それだと結局は2正面作戦を行うことになるし、ここまで回りくどいことをする必要が無い。
なら、冥界に兵は送っている。
そもそも、向こうから使者が一切来ていない事からも、それは伺える。
なら、では、いったい何をして………?
―――――――っ!?
「……………ちっ!!」
唐突に黒音がアリアドネを引き抜き、真後ろの壁に向かって発砲する。
しかし、弾丸が途中で掻き消えた。
「クソがっ……!」
左手にサブマシンガンを構え、弾丸をばらまくがそれらも全て消えてしまう。
「黒音!何がっ…………!?」
「総員待避!!今すぐここから離れろっ!!」
目の前に明らかに何かがいる。
姿は見えない、だが、右眼にはハッキリと移っている。
存在自体が消えているという事実が見えている。
見えないということが見えている。
そして、存在が消える、そんなことができるのは…………!
「もう、遅い。」
そんな声と共に1人の男が姿を現す。
「くそっ………拒絶の…………!!」
黒音が叫ぶと同時、男はその真っ赤な右目をこちらに向け、黒い稲妻を纏わせながら、こう言い放った。
「―――――拒絶する。」