第11話 氷は溶け、赤き炎は黒と共に。
――――――海上、コクネとネアの戦場にて。
「ネアは、いつも笑ってるんだ!その笑顔で、いつもみんなを励ましてくれる!!実験場でも、そうやってみんなを励ましてくれたんだ!!」
子供のように喚き散らしながら、わけもわからぬままコクネは氷の剣を振り回し、氷の弾丸を雨のようにネアに向かって飛ばす。
それらを避けながら、ネアはコクネの話をきちんと聞いている。
「それがレミ・ネアリーなのね?」
「そうだ!偽物のお前なんかに、分かるものか!!」
怒りに任せて振るう剣は力は強いが、ただそれだけだ。
簡単にいなして、ネアも少し反撃する。
「私は偽物でもなんでもない。ネアっていうただの1個人。決してレミ・ネアリーでは無い。」
「うるさいいいい!!」
コクネの周囲に氷が針山のように展開され、360度全方向に向かって放たれる。
それらを影で防御したり影で撃ち落としたりしながらネアは対処する。
「本当は、ボクが先に実験対象になるはずだったんだ!それを………ネアが前に進み出て、いつものように笑って………大丈夫だって、でも!!」
巨大な氷の山が形成され、ネアを氷漬けにせんと迫る。
それを影の翼で空に飛んでやり過ごし、ひとつ羽ばたいてコクネに接近する。
「ネアは成果を出してしまった!これ以上ないほどの!!だからボク達への実験は後回しになった!!」
氷の障壁を何枚も展開し、接近を阻止するが生成される度に影をまとった腕で破壊していく。
「ネアの実験結果を元にしてボクらは実験体として成功してしまった!だけど、ボクらには黒薔薇としての価値しかなくて、ヤツらの求める成果は出なかった!!」
地面からネアの影が飛び出してくコクネに攻撃する。
影をかわしながら、コクネは氷を手裏剣のようにして投げつける。
「だけど、ネアの細胞からキミが出来てしまった!アイツらの求める能力を生み出したキミは、ネアのクローンだ!!」
それらを叩き落としながら、ネアは足に影を纏わせて一気に力強く跳躍する。
空中から影を伸ばして走るコクネを追いかけるように地面を破壊していく。
「その成功体のオリジナルであるネアはさらに実験されることになって!!いつかボクが助けてやるって、そう言ったのに!いつかここから逃げ出そうって、いつかその日が来るって、言ったのに!!ボクには、何の力もなくて!!」
ネアの着地する瞬間を狙うかのように、着地点から氷の槍が飛び出してくる。
咄嗟に影を背後の地面に突き刺し、そちらに引っ張られることでなんとか避ける。
「だから、ボクは強くなる!強くなるしかないんだ!!強くならなきゃ…………!!」
だんだんと氷弾の数が減っていき、コクネの力も弱々しくなっていく。
顔を蝕んでいた黒い影がだんだんとひいていき、目の色も普通のそれへと変わっていく。
周囲の氷が溶け始め、黒い雪はとうの昔に止んでいた。
「それなら、貴女は充分に強い。もう充分すぎるほどに苦しんだ。次に目が覚めた時は助けに行きなよ、あなたが!」
黒い影によって肥大した拳を握りしめ、思い切りコクネを殴りつける。
冗談のようにコクネの体が吹き飛ばされ、勢いを止めることなく氷柱を何本も砕き、崩れかけている氷城の中心部の柱に叩きつけられてようやく止まる。
気絶したのか、コクネに動きはない。
「ゆっくり寝てなさい。あなたにはまだ、考える時間が沢山あるんだから。今だけでも、良い夢を。」
―――――――――――――
「ずっと、さよーなら!じゃあね!!」
瑠璃奈はなすすべもなく、亡者の群れの中へと落ちていく。
着地点すらないこの群れの中に落ちてしまえば最後、まともに地面に足を付けることすら叶わずに亡者どもにもまれて消えていくだろう。
しかし、亡者どもの腕が瑠璃奈の体を掴んだ瞬間、瑠璃奈が何かしらを思い切り投げつけた。
「何しても無駄だって。無駄な足掻き、しょーもないの。」
そう言ってニヤニヤと笑っていたイザナミだが、次の瞬間には目を見開くことになる。
亡者が、消えたのだ。
「…………は?」
亡者共の群れの中に、空白が生まれる。
その隙間に綺麗に着地し、さらに何かしらを次々と投げつける。
すると、冗談ののように亡者どもが、いや、八雷神でさえ消えていく。
「何が………何を!?」
虫食いのようにひしめき合っていた亡者の群れに、次々と空白の空間が生まれていくのを見ながらイザナミは叫ぶ。
足元に転がってきたそれを見れば、桃の果実だった。
「…………ただの桃?」
いや、普通の桃では無さそうだ。
何かしらの効果が付与してある。
そう言えば、はるか昔、神話の時代にて、イザナギはどうやって八雷神と亡者をやり過ごしたのだったか。
確か、黄泉比良坂の近くに生えていた桃の木から、桃を投げつけて亡者を撃退したはずだ。
「まさか、でも、そんな…………!」
このまはまではまずい。
単純な炎の火力では瑠璃奈の方が上で、亡者共による物量がなければ自分の方が不利になる。
「…………………っ!!」
亡者共を退けたことで出来た隙間をかいくぐって、いつの間にか瑠璃奈が近くまで接近してきていた。
「ぐ、我が怨恨…………っ!」
「遅い。」
瑠璃奈が剣を振り抜き、イザナミの左腕が切り落とされる。
瑠璃奈の持つ剣は、今まで瑠璃奈が使っていた炎剣やレーヴァテインとは全く違う形状だった。
「ぐっ…………っ!?なぜ、なぜ再生しない………?」
切られた左腕が、再生しない。
そんなことはありえない。
イザナミを殺せるのはガクツチの炎のみ、それ以外でイザナミを倒す逸話など無いはず。
そして、今の自分はその炎を逆に扱えるようになっている。
弱点など無いはずだ。
…………あの剣は、見たことがある。
あれを自分は知っている。
アレは、確かイザナギが持っていた剣。
十拳剣、天之尾羽張。
だが、アレは『しりへで』やカグツチを退けたり殺したりする逸話はあっても、イザナミに関することは…………
カグツチ、まさか。
イザナミとしての性質が変化し、カグツチの炎の性質を手に入れた自分は、まさか、カグツチとしての性質も合わせ持っている………?
だとするならば、カグツチを殺したあの剣は、自分に対して最大限の力を発揮する。
「あんたが勝利を確信し、油断しきったその瞬間を待っていた!」
そう言って、瑠璃奈が今度は大量の呪符をばら撒き始める。
瑠璃奈が呪符を扱えるなどという事を、自分は知らない。
使えるのなら、今までも使った来ているはずだ。
「この短期間でものにするの、だいぶ苦労したんだから………!!」
除霊や封魔の呪符を大量にばら撒き、黄泉の国を制圧していく。
なるほど確かに亡者共はこういうのに弱い。
イザナミの能力によって生み出されてるとはいえ、ヤツらには特別なんの力もないのだから。
しかし、この惨状が認められるかどうかは別だった。
「ふざけるな、ふざけるなぁぁあ!!」
イザナミが激昂する。
蒼い炎が瑠璃奈に襲いかかるが、炎は瑠璃奈を綺麗に避けて後ろへと流れていく。
「馬鹿なっ!?なんで……………!!」
普段の余裕そうな喋り方も忘れて、思わず叫ぶ。
瑠璃奈の周囲には、火除けの呪符が大量に浮かび上がっていた。
瑠璃奈が使う呪符は9心王たる殺雪が作った特注品、その一つ一つが強力な効果を発揮する。
さらに、火を扱う能力者である瑠璃奈が火に関する札を使えばその効果はさらに高まる。
「爆裂!」
呪符がイザナミの足元に張り付き、爆発する。
イザナミの体勢が崩れ、よろけた所にさらに連続して爆裂符を起爆させる。
「ちぃいっ!」
さらに大きく、醜い異形の亡者を何匹も召喚するが、時間稼ぎにもならずに倒される。
崩れた体勢を立て直すことが出来ず、イザナミは歯がくだけんばかりの力で忌々しげに歯を食いしばる。
目の前には、十拳剣を振りかぶる瑠璃奈がいて、
だが、
「最後の最後で油断したねぇ!」
瑠璃奈の背後にいつの間にやら現れていた骸の化物が、瑠璃奈の手に持つ十拳剣を掴んでいた。
瑠璃奈は両手で剣を振り上げていた状態、なら今の瑠璃奈の胴体は無防備、がら空きだった。
体勢を立て直したイザナミが、不敵に笑いながら蒼き炎を纏った腕を瑠璃奈に向かって突き出す。
だが、瑠璃奈は十拳剣をするりと手放した。
最初から、そうするつもりだったかのように自然な動作、否、最初からそうするつもりだったのだろう。
そして、黒と赤が入り交じった炎が、瑠璃奈の手のひらで燃え上がる。
「最後のトドメは、この力で殺ると決めていた。」
そう、借り物の呪符でも、つい最近手に入れた十拳剣でもなく、長年使ってきた自分の力でトドメを刺すとずっと前から決めていたのだ。
「てめぇは、塵のひとつも残さねぇ!」
黒瑠璃の人格と、瑠璃奈の人格のふたつが混ざりながら言い放つ。
そして、イザナミの胸の中央、心の臓腑に炎を纏った掌を叩きつける。
「黒陽炎剣!!」
黒瑠璃の力と、自身が昔から持っていた力のふたつを用いた複合攻撃。
イザナミの体中から真っ赤に燃え上がる炎剣が幾つも突き出し、それぞれが黒い眩きを放って球状に膨張、爆発する。
黒と赤の2色に彩られた歪な太陽が、イザナミの肉体を消し飛ばして周囲の地形何もかもを飲み込んでいった―――――――