第4話 白は空の上に
「………作戦開始らしいわ。各部隊、降下開始。」
むすーっとした表情で、命令を下す枝音。
彼女が今いるのは、宇宙だ。
宇宙で、後ろにある複数のコンテナと共に浮かんでいる。
そして、枝音の言葉と同時にコンテナのハッチが開かれていく。
その中には、『ドール』たちが入っていた。
ドール達は一斉に起動すると、それぞれ大気圏への突入を開始する。
「で、私はまだこんな所で待機なの?」
いかにも嫌そうな表情で枝音が通信機に呼びかける。
北欧とかで寒いとかなんとか言ってたら、寒いとかそういう次元じゃないところに来てしまった感じがする。
『お前はそこでドール三体と一緒に宇宙ステーションと地上の監視だ。』
「監視って言ってもなぁ………。」
枝音が周囲に引き連れているドールは再生金属を使用した個体だ。
血栓が始まる直前に、枝音はドールを引き連れてこっそりと宇宙へと移動しており、宇宙からの指揮と敵宇宙ステーションの監視を命じられていた。
『奴らは混戦になることを狙っているはずだ。そして、それは俺達もそうだ。これがただの防衛戦なら混戦は望ましくないが、そうでは無いからな。』
問題はどのタイミンクで混戦にし、そしてどちらが有利になるか、だ。
ウロや黒薔薇の位置は未だに確認できていないし、敵がどれだけの戦力を持っているのかも確認できていない。
とはいえ、宇宙では特に動きが無いのが現状だ。
ここから地上は見えることには見えるが、雲とかに邪魔されてなかなか見づらい。
まぁ、雲ぐらいなら透かして見ることはできるが。
だが、その程度なら監視衛星でも可能なはずだ。
だから、わざわざ枝音が監視する必要もない気がする。
敵宇宙ステーションだって、特に動きは無い。
いや、どうやら少しだけ下に移動したようだが、重力に引かれたのだろうか?
………いや、まて。
「重力に引かれてるのに、なんで軌道修正しないの?」
考えられる可能性はひとつ。
軌道修正する必要が、ない。
つまり、このまま宇宙ステーションごと大気圏に突入する。
「緊急連絡!!敵宇宙要塞の移動を確認!このまま地上に降下すると思われる!!」
『何?……なるほど、枝音は敵宇宙要塞に攻撃を仕掛けろ。少しでも、落下点をずらせ。』
「了解!」
新しくなったflexible・Armorを起動し、枝音も移動を開始する。
前回、(黒音はそうでは無いと言っているが)枝音用に設計されていたflexible・Armorはダイバースーツなどのように体にピッタリと張り付き、顔以外の全身を覆うタイプのものだった。
だが、今回は下半身がスカートタイプだったり、上着が普通のコートのようだったりと、かなりファッション性を重視したデザインとなっている。
枝音的にはこちらの方が落ち着くし、動きやすいため気に入っている。
『こちら黒音。第3監視衛星で映像を捉えた。今、落下予想地点を割り出し中…………ポイントf-12、第1防壁内と予想。行けるか?』
「まずいわね………落下は阻止できそうにないけど、何とかして落下点はずらしてみる。」
『頼んだ。』
脚部のスラスターと背面のスラスターを全開にし、一気に加速する。
「天葵、敵宇宙ステーションの移動用スラスターの位置を割り出して。」
すると、しばらくしてから敵宇宙要塞のスラスターの位置だけが赤く表示されるようになる。
恐らく、網膜に何かしているのだろう。
さらに、枝音の目が周囲の環境の情報、及び敵宇宙要塞の予想落下軌道を描いていて映し出す。
敵要塞が、枝音の接近に気づいたのか、防衛システムを起動し、攻撃し始める。
それらを交わしつつ、ルークスの照準を定めて3発、エネルギー弾を放つ。
「空間断絶結界!!厄介ね………!」
近づいて結界をまず破壊する必要がある。
弾幕を避けつつ、左眼を使って、結界内の敵要塞に爆発物を大量に生成していく。
こういう時、右眼だと便利なんだろうなぁと思いつつも、起爆。
次々と適要塞の主要と思われる部分を破壊していくと、結界の力が弱まり始める。
そのまま外部からも何回か攻撃を行うと、結界に穴が開いた。
「スラスターを破壊するよりも、動力路を叩いた方が早そうね…………。」
今度は、各エネルギーの流れから、動力路を探し出していく。
すると、幾つか割り出せた。
「ひとつでも破壊できれば上々ね。」
中から大量に現れた宇宙服をきた『天ノ刹』の人造人間『ワルキューレ』達を見ながら、枝音は呟く。
人造人間『ワルキューレ』
戦闘用に開発されたホムンクルスである。
まるでアンドロイドかのような人間味のなさと機械的な性格を持つ存在であり、当然、量産型の異物を扱うことが出来る。
しかも、『ドール』と違うのは肉体は人間のそれとあまり変わらないため再生能力が使用できる。
ドールは再生金属を使用しなければ再生できず、しかもその再生金属もそこまで量産できていないため、再生能力という点では『ワルキューレ』の方に部がある。
とはいえ、『ワルキューレ』のベースは生身の人間なので、極地における任務に向いていなかったりする。
そのため、この宇宙での戦闘でも宇宙服を着る必要がある。
「蹴散らせてもらう。」
背面の翼のようなスラスターから、遠隔操作攻撃ユニット……つまりはビットを複数展開し、オールレンジ攻撃を行う。
複数人を同時に相手取りながら、余裕の表情で枝音は敵要塞へとさらに接近する。
そして、入口らしき所へと辿り着いた瞬間―――――
「――――時は凍結する。」
(しまっ…………!?)
時間が停止し、枝音の動きがピタリと止まる。
やらかした、と枝音は思った。
事象に関する改変能力がない枝音は、時間が止められる前に時を止められても問題ないようにしておかなければならない。
確かに、時間を止められてからでも対処できることはできるが、ワンテンポ遅れてしまう。
だから、このような不意打ちに気をつけるよう散々言われてきたし、自分でも気をつけていたのだが………
(完全にやらかした。時間停止前に聞いた言葉から、敵はコクネ、時間を凍結させたものと思われる………ならば。)
加速の懐中時計のレプリカを生成する。
レプリカでは、1秒ちょっとしか動けないが、その間に別の方法で動けるようにする。
コクネが時間を停止できるのは4秒だけ、何かされる前に何とかする。
現時点で1秒経過。
コクネの位置は少し移動している。
いや、コクネだけじゃない。
移動しているのは、宇宙要塞もだ。
(要塞だけ凍ってないの!?まずいっ!)
すぐさま時を加速させ、数秒だけでも動けるようにする。
コクネの姿は見当たらないが、とはいえどこかにいるのは事実。
最大限警戒しつつも、残された時間で手当り次第にありったけの攻撃を行う。
(…………クソ、完全な軌道変更は不可能か!)
再び体が動かなくなり、心の中で悪態をつく。
壊れた結界を再展開されていき、宇宙要塞が大気圏への突入を開始する。
時間停止が解除され、枝音が動けるようになる。
だが、枝音も大気圏の突入には集中して能力を使う必要がある。
それが出来なければ、塵みたいに燃えてしまう。
だから、大気圏に入ってしまえば手出しはできないし、大気圏内に入ってからなにかしてもほとんど軌道修正は不可能だ。
「最、大、出、力!!」
再展開されていく結界の、まだ覆われていない部分へ向かって、ルークスの照準を向ける。
全力で放たれた閃光が、敵宇宙要塞を貫く。
天葵による敵宇宙要塞の予測軌道と、落下予想地点に修正が入る。新落下予想地点は第3防壁の近く。
あまりずらせはしなかったものの、新東京への直撃コースは免れた。
しかし、あれが第3防壁に墜落すれば海上は完全に混乱、空中部隊も混戦になるだろう。
その事に舌打ちしつつも、枝音は大気圏への突入していく。
―――――――――――――――
「敵宇宙要塞、軌道変更。新落下予想地点は、ポイントL-13、第3防壁付近です!」
「海上部隊は第1防壁まで下がれ。第3防壁内の戦闘員は全員待避、空中部隊も陣形を維持したまま引き下がらせろ。」
既に地上からのカメラでも捉えられるくらいに地上に接近してきている空中要塞を見ながら、黒音は内心舌打ちする。
しかし、枝音が軌道をこれだけしかずらせなかったとは、一体何が…………?
『ザ……ザザ………ッ………こちら枝音……ザ……今、成層圏に入った。報告、敵要塞にコクネの存在を感知。』
「ふむ………コクネ、か。」
コクネを宇宙要塞に配置する。その意図はなんだ?
確認できたのはコクネだけらしいが、まさか単独で配置させられていたのか?
しかし、コクネを配置するなら、海の上の方が………
いや、なるほど。そういうことか。
「沈めないようにするんだな?」
という事は、やはり敵はこちらの罠をそういうふうに考えている。
ならば、こちらはこちらで事を進めるだけだ。
「空中要塞アンティオキアに通達。海上都市上空への移動準備を開始せよ。」
落下予想まで残り2分という数字を、黒音は睨みつける――――