第19話 そして今へ。
雷狐を仲間へ加え、黒音は夜花の設立を目標として動き出す。
雷狐は黒音の姿が女や男やコロコロと変わるのを見ても、あまり驚かなかった。
狐にはよくある事だから、見た目が変わるのは普通らしい。
――――既にウロに干渉された人間たちが『教団』と呼ばれる組織を作っていた。
それらが、外国で何かをしているとの情報を長崎で得た黒音は、日本を雷狐に任せて現地へ赴く。
そこで、アフラ・マズダとアンラ・マンユに関する実験について知る。
そして、村から追放されたアンラ・マンユを保護する事となる。
アフラ・マズダに関してはすでに詳細が不明となっており、まだ組織力の無い黒音では捜索と救出は困難であったため、とりあえずアンラ・マンユのみを日本に連れ帰る。
同時期、日本では愚痴を言いつつ放浪していた雷狐が、九尾と出会う。
幕末では新撰組と一悶着あったりしつつ、なんとか新政府設立のどさくさに紛れて夜花という組織の設立を政府に認めさせた。
しばらく時は進み、第1次世界大戦において、黒音がドイツでアリスと呼ばれる天才技術者兼発明家の存在を知る。
彼女はすでにオーパーツとも呼べる程の技術の設計をし始めており、黒音がそれを知って彼女を勧誘する。
後ほど、アリスが過去の神狩り戦争における天才技術者ウィルの子孫であることを知る。
第2次世界大戦が始まるさいに、夜花は組織の本部を日本からイギリスへと移す。
その際に、連合国側と交渉することによって、夜花を戦後日本でも活動できるようにする。
しばらくして奈落が出現し、第三次世界大戦が起こる。
そして、2028年に、夜花と『教団』から名を変えた『天ノ刹』が大規模な戦闘を巻き起こす。
結果は、夜花の大敗だった。
『天ノ刹』はワルキューレとよばれる肉人形を生み出しており、遺物が使える量産型の戦闘用人型生物として大量生産していた。
遺物契約者や能力者はもとまと数が少なく、どれほど頑張っても数百万人もの人間は集められない。
それを覆されたがために、黒音は負けた。
ーーーーそして、また時を戻す。
3回目の世界では、アリスの協力も得て、神狩り戦争の時代にあった戦闘用アンドロイドやHFの技術を応用して、人型自律兵器『ドール』の開発を行う。
そして、負ける。
どれほど頑張っても、枝音を守りきれないからだ。
―――――4回目
次は枝音自身を強化することを考える。
枝音自身に力をつけてもらい、それが結果的に枝音の身を守ることに繋がると考えた。
しかしダメだった。
ウロは奈落の結果に仕掛けを施しており、崩落と同時に地表全てがウロに一気に侵食されるように手を施していたのだった。
――――5回目
わざと奈落の崩壊を早めることで、ウロの企みを潰すことには成功した。
奈落の底でコソコソと何か出来ないように表舞台に引きずり出すことで、その活動をある程度収める事ができるのも分かった。
しかし、またもや失敗する。
誰も彼もが、弱すぎるのだ。
『天ノ刹』が明確な敵になるのはもう全てが手遅れになった頃だ。
それまで、奴らは大規模な戦闘行為をあまり引き起こさない。
故に、実戦経験が足りなくなる。
―――――――6回目
実戦経験や練度、人手不足を解消することを模索していた黒音は九心王達と頻繁に接するようになる。
拒絶王の目的を知り、取引することで協力も得た。
そして他のそれぞれの王にも取引を持ちかけ、協力を得る。
しかし、人手不足は解消できても練度不足はやはり解消出来なかった。
――――――7回目
連合国側と取引を行い、戦後日本に新たな組織を置く事を認めさせる。
白華と呼ばれるその組織は、拒絶王たる夢羽を筆頭とし、夜花と対立するためだけに作られた。
実戦経験を積ませるためだけに、殺し合いの戦闘を味方同士で行わせる。
その狂った発想は、しかし効果を発揮した。
だが、ウロはあの手この手で枝音に取り憑こうと画策する。
―――――その後も、何度も失敗を繰り返し続けた。
――――――――そして12回目。
ふと、黒音は、ずっと逃げてきていたことを、一つだけやろうと決意した。
それは、自分の役目だと分かっていた。
誰も彼女にしてあげれなかったそれは、自分の役目だ。
だが、自分は彼女を殺した身だ。
彼女も、自分のことなど覚えてはいない。
今さら、どんな顔をして会いに行けばいいのか。
こんな自分なんかより、その役目にもっと相応しい人がいるはずだ。
ずっとそうやって、逃げてきた。
でも、誰も彼女にそれを言ってあげられなかった。
そりゃそうだろう。
ソレがわかるのは、1度そうなった事のある人間だけだ。
正の感情しか持ちえない彼女に声をかけてやれるのは、負の感情しか持ちえなかった自分の役目だ。
でも、今さら、どうして、どんな――――――――
「よぉ、なんか元気無さそうだな?」
「………そんなことは無いけれど、誰?」
教室の角で、1人の黒い少年が、白い少女に話しかけた。
「あぁ、俺はく………その、雅音って言うんだ。」
黒音、と名乗ろうとして、だが前この名は裏の世界で名が知られすぎている。
今はまだ、そこまで彼女を巻き込みたくはない。
その時期ではない。
だが、ミルなんて名乗った所で、どうするというのか。
だから、学校用に作った偽名である雅音と名乗った。
「そ、私は枝音。よろしく。」
と、素っ気ない態度をとる枝音に、黒音は言う。
素っ気ないフリする、彼女に言ってやる。
誰も傷つけまいと、自分が傷つかまいと、唯一もつその正の感情を押し殺し、無表情でいる彼女に、黒音は言う。
「あー、そか。じゃ、とりあえずその変な演技、やめたら?」
「……………え?」
「なんで感情が無い振りなんかしてるんだって、言ってるんだ。」
心底驚いた顔をする枝音の瞳を見据えて、黒音は言う。
―――――――――――――
しばらくして、2人は仲良くなった。
少なくとも、軽口を言い合えるくらいには。
しかし、枝音はまだ、どこか感情を押し殺していた。
きっと、怖いんだろう。
今までそうであったように、きっと正の感情しか無い自分が、いつか気味悪がられるのでは無いか、と怖がっている。
でも、黒音も、いつまでも枝音と居られる訳では無い。
学校生活をいつまでも送れるわけではない。
だから最後に、
「…………枝音。俺は、」
あの日、自分が彼女に言われたことを。
「お前が別に正の感情しか持てない人間でも。」
あの日、その言葉でどれほど自分が救われたか。
「俺は、お前のその笑顔が好きだから。だから、自分を嫌わなくていい。お前は、」
次に会う時には、もっと生き生きとした彼女が見たいから。
こんなふうに塞ぎ込んでいるのは、見たくないから。
「唯一無二の人間なんだから。必要な存在だから。」
無価値なんかじゃない。代替品なんかじゃない。
彼女は枝音で、ミアじゃないけれど。
ミアの魂を持っているけど、それでも彼女は枝音だ。
それでも、
「だから、笑ってくれ。お前が笑顔でいると、嬉しい。」
「……………え、あ………」
涙が、彼女の頬を伝う。
そして、精一杯笑って、
「ありがとね。」
その姿が、遠い昔の、どこかの誰かに見えて。
そうだ。
これだ。
これを、………この、これを、これが見たかった。
この為だけに、生きてきた。
「………あれ?なんであんたが泣いてんの?」
枝音が、不思議そうに首を傾げる。
それはもう枝音だった。
ミアの面影なんて、見当たらない。
いや、確かに姿はよく似ている。
だけど、ミアじゃない。
でも、それでも。
あの笑顔が見れたから。
そして、またあの笑顔が見れるように。
「なんでもない。………そう、なんでもないさ。」