〜白の覚醒〜
リーシャ・メイデルは困惑していた。先程まで自分が置かれていた状況を考えれば現状は想像もつかない事だった。人語を喋る魔族に蹴飛ばされ宙を舞っていたのだ。半ば死を覚悟し目を瞑っていたが痛みは襲ってはこなかった。代わりにやってきたのは、暖かな抱擁感だった。太陽のような暖かな優しさ。目を瞑っているのになぜか眩しい明るさ。これはポチではない。ポチならば先程の戦闘で魔力を消耗し元の姿に戻っているはずだからだ。では、なぜ?その答えを求め、重い瞼を開いた。
『ごめんね』
瞼を開けば見知った顔がこちらに向かって申し訳なさそうな顔していた。なぜ謝るのか?この少年に責はないはずだ。むしろ自分が守らなければならないはずの人間なのに。なぜ謝るのか。なぜ悲しそうな顔をするのか。この少年は出会ったのは数時間前だが妙に親近感が湧き、以前から、いやもっと前から知っていたような気がしていた。普通ならば警戒心の塊のようなポチが全く反応しなかったのだから不思議な人間だとは最初から思っていた。だがなぜ死の瀬戸際にいた自分の目の前にいるのか。なぜか涙がこみ上げてくる。胸の中にあった恐怖心が崩れ去った音がどこかで聞こえた。泣き崩れた。声にならない声で泣いた。そんな泣いている少年は言った
『ちょっと待っててね。終わらせてくるから』
泣き顔で少年の背中を見つめた。少年の背中は逞しく先程までの姿はまるでなかった。純白の全身鎧に身を包み、金の刺繍の入った純白のマントを風で靡かせ、まるで自分が昔に聞いた御伽噺に出てくる白の勇者のような風貌だった。神々しい光を放ち踏みしめる足には電光が迸る。まるで神の怒りが顕現しているかの如く。
『貴様、なにものだ?我の前に立つとは愚かな人間よ』
魔族が光一に向かって威圧するが
『これから土に還る者に名乗る名はないよ。さぁ、始めようか』
光一は魔族の問いを切って捨てる。
『人間風情が嘗めおって!!我を愚弄した事、後悔し死に晒せ!!!』
魔族が左拳に黒いおどみのようなものを纏わせ殴り掛かってくる。だがギリギリで光一は躱していく。否、ギリギリで躱す余裕があるようだ。
魔族は、最初こそ余裕をこいていたがいくら拳を振るおうと蹴りをかまそうと槍を振り回しても当たらず、表情は焦りに駆られていた。人間はちょこまかと避けるだけで反撃すらしてこない。まるで遊ばれているようで怒りが込み上げてくる。そんな時、人間が腰から剣を出した。だが刀身はない。さすがの魔族も笑みが零れた。
「フッ。貴様、そんな物で我を倒せるはずがあるまい。いよいよ頭までイカらたらしいな!!滑稽よ!!ハッハッハ!」
魔族が高笑いを上げているが光一は目もくれず集中していた。剣に精神を集中させる。光一が握っている剣の柄が光を収束させ、瞬く間に純白の光の刃が姿を現わす。
この剣がこの世界で古の白の勇者が使っていたとされる聖剣エクスカリバーである事は今はまだ誰も知るよしはない。
「さぁ終わりにしよう」
魔族は先程までの高笑いを止め目の前にいる人間を凝視していた。この見た目に覚えがあったからだ。白の鎧に白の剣。まさしくそれだったからだ。
「貴様ぁ、忌々しき白の勇者だったのかぁっ!!」
「さぁ、俺にもわからないよ。どうでもいいしね。そんな事。」
光一が言葉を発しそして一閃。光の刃が魔族を横一文字に切り裂く。聖剣に切られた魔族は一言も発する事なく灰になった。
兎に角、魔族との戦いを終えた光一は武装を解きリーシャの元へ向かった。
「終わったぜ?リーシャ。大丈夫か?」
リーシャは目を点にして地べたに座りこんでいた。あの強大な魔族を一撃で葬ったのだ。無理もないだろう。それが先程まで記憶喪失だった人間なのだから尚の事混乱は加速するだろう。
「コ、コウイチ?コウイチなの?ねぇ?」
「あ、あぁ俺だけど?」
「なんなのよあれっ!!意味がわからないわ!!まるで白の勇者じゃないの!!あなた何者なのっ?記憶喪失は嘘だったの?あんなに強いのに隠していたの?あなたの目的はなんなのよっ!!」
リーシャは混乱が限界に達したようで顔を真っ赤にしながらぷりぷり怒っていた。
「そんなに怒らないでくれよ。それじゃあ可愛い顔が台無しだ。その質問に対しては後で話すよ。まずは怪我の手当てをしに町に行こう」
そんな事を言ってリーシャを横抱きに抱えお姫様抱っこのような形になって下山しようとする光一だが
「ちょっ!!!ちょっと!!!やめて!降ろして!!やだ!やだ!やだ!離して〜〜〜〜」
リーシャが顔を真っ赤にさせて目元に涙を溜めながら暴れて訴えてくるが怪我人の力なんてたかが知れている。
「文句ならあとで腐るほど聞いてやるから今は大人しくしててくれっ!!」
そう言うとリーシャは涙で顔をくしゃくしゃにして小声でもう、お嫁にいけないわ。とかなんとか呟いている気がするが気のせいである。
下山しながらも抱えている女の子の文句や質問やらなんやらで疲れきってげっそりした光一が夜通し歩いて山の麓の町サグタリアを目前に朝日が顔を出して来ていた。異世界に来て2日目の朝を迎えた光一は、「この世界も悪くないのかもしれないな」と、心の中で呟くのだった。