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クリア済みゲームを今度はリアルで救う  作者: エスト
第六章 モンスターとの戦争
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第99話 「開戦の狼煙」

 ついに人類への侵略と俺の殺害予告が宣言されてから1ヶ月が経過した。

 街は静まり返り、一般人は家の中で戦いの行く末をじっと待っている。

 冒険者たちは今日という日をを最後にしないために、重装備に身を包んで街を取り囲むような陣形を組み待機する。平均レベルはおよそ50、とある事情により強い冒険者は殺されたことにより少し低めだが、俺よりも何倍も強い奴らだ。安心感がある。

 それに、俺たちには奥の手がある。それが俺の目の前で拘束されている犯罪者たち。


「さてと。そろそろ準備するか」


「な、何をする気だ!?」


 俺の目の前で恐怖に染め上がった表情を見せ、冷や汗をダラダラと流すイーバ。

 自分の今までしてきたことを省み、殺されても不思議ではないと分かっているのだろう。


「安心しろ。うまくいけば死なない」


 作戦がうまくいけばこいつらは無傷でこの戦いを終えることが出来る。血を流すこともなく、悠然と今日という日を過ごすだろう。

 その結果、こいつらはこの街をすくった英雄だ。誇りを持ち、胸を張って生きることが出来る。

 牢屋の中でな。


「い、いやだ! 私は死にたくない!」


「だーかーらー、うまくいけば死なないっつーの。大体、もしもうまくいかなかったら俺たちも死ぬんだから最善はつくす」


「き、危険なことには変わりないのだろ!? だったらいやだ!」


 こいつ、自分の立場分かっているのか?

 今までさんざん人の命をおもちゃのように扱ってきたくせに、いざ自分が危険な目にあうと情けなく泣き叫ぶ。

 反吐が出る。

 この戦いが終わったら戦果を挙げても死刑でいいんじゃないか?


「いやだいやだいやだいやだ————!」


「うるさい」


「ゴフッ!」


 叫び散らすイーバの腹部に思いっきりナイフの柄を突き立てる。

 レベル的には俺はイーバの足元にも及ばないが、みぞおちを狙えば大抵悶絶させることが出来る。

 あと金的とケツ穴だな。ここはどんな奴にもダメージを与えることが出来る。


「次叫んでみろ。殺す」


 ナイフの刃をイーバの喉元に突き立て脅しを入れる。喉からは血が一滴、ツーっと流れ落ちる。

 それを見たイーバは恐怖で叫びそうになるのを必死でこらえ、歯を食いしばる。


「これも今までの報いだと考えろ。生きているだけでラッキーだって思えるだろ?」


「……はい」


 一気に意気消沈したイーバが静かに頷く。殺されても文句が言えない状況、生きながらえさせてもらっているだけでも相当な温情だということはこいつも理解している。

 もはや、自分に選択肢はないと、こいつは観念した。


「そんじゃま、イルクの水を飲んでもらおうか」


 俺はカードから約100㏄入る筒を取り出す。片手だとやりにくいな。

 それを見たイーバは、観念したはずの表情をゆがめ、再び叫びにも似た苦情を入れる。


「ま、待ってくれ! まさか、それを私に飲ませる気か!?」


「イエスだ。これが俺の考えた作戦。ドーピングしたお前らで敵を殲滅する。イルクの水を使えば魔力は無尽蔵に湧く。しかも威力は増大する。大規模戦闘でこれ以上うってつけの道具はないだろ?」


 含み笑いを見せると、イーバは顔面蒼白になった。普段偉そうだった奴がこういう態度になると気持ちいいな。

 ヤバイ、変な方向に目覚めそう。


「た、頼む! それだけはやめてくれ! そんな量を飲まされたら、狂ってしまう!」


「却下。これを飲まなきゃお前は死刑になるだけだ」


「お願いだ! これからあなたのために馬車馬のように働く! だから……!」


「だったらこれを飲め。死ぬか飲むか、二つに一つだ」


「くっ……! 飲まん! そんなものを飲んでたまるか!」


 イーバは口を思いっきり閉じてイルクの水を飲むことを拒否する。無理やり開けようにもレベル100の本気だ。俺程度の力でこじ開けることなど不可能だ。

 だがまあ、そんなことする必要もない。


「飲んだ方がよかったと、後悔するぞ」


 俺はイルクの水が入った筒を地面に置き、ポケットからある物を取り出す。注射器だ。

 神によりこの世界に持ってきてもらい、この世界で量産した俺の世界にある医療道具。

 これを使い、イルクの水をイーバ、及びレイ教徒全員の体内に直接注入する。

 素人の扱いだから血管以外に水を注入してしまうかもしれないが、それはご愛敬ということで。


 俺は注射器にイルクの水を投入、針をイーバの腕に沿って構える。

 イーバは口を思いっきり閉じながら、これから行われることを想像し、恐怖する。

 この見た目だ。何をするかある程度予想もつくというもの。


「よーく考えておけ。敵が来た時、飲むか刺されるか、よーくな」


 注射器の先端をイーバから遠ざける。

 敵はまだ来る気配はない。今こいつにイルクの水を注入してもこの地を無駄に焼け野原にするだけだ。

 どうせ焼け野原にはなるだろうが、被害はなるべく少ない方が良い。


(おい神、聞こえるか?)


(ヤッホー、みんな大好き神様だよ!)


(敵はいつ来る?)


(…………あと1時間ほどです)


 ハイテンション自己紹介をスルーされて落ち込む様子をうかがわせる神だが、そんなものに構っている余裕はない。あと1時間で俺たちが死ぬか生きるかが決まるのだ。いちいち馬鹿に反応していたら身がもたない。


「それに、叫び声でうるさいしな」


 街を取り囲むように打ち込んだレイ教徒全員の叫び声が聞こえてくる。それほどまでに嫌な物なのか、イルクの水というものは。

 ライのやつは俺に勝つためにこんな物を使った、というかシーラに使わされたんだよな。改めてあの女が恐ろしく思える。今までのゲームでの表情を見なければ、俺はあの女に心底恐怖していただろう。

 そういやナナは、こんな危険なものを俺のために使ったんだよな。なんつうか。嬉しい。

 二度とあんな馬鹿な真似はしないでほしいとは思うが、それでも俺のためにあそこまでしてくれたのは、正直嬉しさはある。

 やはり、俺の仲間たちは優しい人の集まりだな。

 俺みたいなクズにはもったいないくらいの良い奴らだ。

 この前だって……。


 などと、仲間たちのいいところを無数に思い浮かべていかに自分が恵まれているかを考えていると、あっという間に時間は経過した。

 まだ敵は見えないが、神によるとあとほんの少しでこの街に襲い来るらしい。

 レイトなんかはすでに敵との交戦を始めていると。


「さて、イーバ、結論は出たかよ? 飲むか刺されるか、どっちが良い?」


「どっちも嫌だ! 頼む、普通に戦うからそれで許してくれ。そんなものを使わなくても私はレベル100だ。そんじょそこらの冒険者よりも役に立つぞ」


「却下。レベル100っつっても、敵の数は多すぎる。リンチされて終わりだ」


 まったく往生際が悪いにもほどがある。レベル100がいて勝てるのなら、俺たちはこんなにも慌ててない。ただ問題なく敵を排除するだけだ。

 それをこいつは分かっているだろうに。


「ま、なんにせよ決定だ。お前の体に直接流し込むことがな」


 俺はイルクの水がたっぷり入った注射器の先端をイーバの眼前で見せつける。キラリと光る先端を見たイーバは、恐怖で引きつった表情を浮かべ、なおも懇願し続ける。

 しかしそんなものを俺が聞くはずもなく、情け容赦なくイーバの血管に注射針を差し込む。

 親指に力を込め、少しずつ、少しずつイーバの体内にイルクの水が入っていき、注射器の中の水が少なくなるごとに、イーバの目が虚ろになり、腕から力がなくなっていくのが見て取れる。

 ……大丈夫だよな?

 直接水を注入することにいまさらながら不安を覚え、親指にかける力をほんの少し緩める。

 だがその不安はすぐにかき消され、イーバが奇声とも言える奇妙な声を張り上げる。


「キィィィエエエエエエエエエエ!」


 …………明らかに狂ってますわー。

 さっきまで力を失っていた眼は血走り、レベル100の太くたくましい腕からは血管が気持ち悪いぐらい浮き出ている。

 それから数十秒、妙な奇声を張り上げ続けるイーバが、突如として目の前に魔法を打ち込む。


「グエル・マー・フレイム!」


 唱えた直後、目の前の平原の一部が焼け野原と化した。広範囲にわたる炎の渦が巻きあがり、草木を燃え上がらせる。

 さすがレベル100、イルクの水を使ったナナの時よりも凄まじい威力を誇っている。

 と感心していると、水平線の向こう側、遥か彼方の遠方より、小さな点が無数に見えた。

 その点は徐々に大きさを持ち、やがて明確な形が分かるようになるまで近づいてきた。

 モンスターの大群だ。

 初心者冒険者でも倒せそうなモンスターから、中堅冒険者でもてこずりそうなモンスターまで、古今東西、あらゆる種類のモンスターがこのタストの街めがけて疾走する。

 すべて、俺の記憶にあるゲームのモンスターと同じ見た目だ。

 その壮観なさまを見ていると、自分たちの状況など頭の片隅に追いやられ、感動する俺がいる。

 あれほど長い時間を費やしたゲームのモンスター達が、俺の目の前で徒党を組んで争いに来た。

 ゲーマーとして、この光景は素直にすごいと思う。

 ほら、感極まって体が震え、少し涙を出しそうに……。


「なに感動してるんですかマサトさん!? ほら、空からも来てるんですよ! 警戒を怠ってはいけません!」


 傍らでずっと沈黙して待機していたナナが、呆然とモンスター達を見つめる俺を見て、呆れ半分、怒り半分といった感じで注意する。

 おっと、いけないいけない。写メでも撮りたい光景だが、敵はこの街を、特に俺のことを無残に殺しに来ているんだ。ボーっとしていい状況ではない。


「さてと、この大砲の照準でも合わせるか」


 イーバを括りつけた棒は、この世界に存在する特別な素材で作ったもの。思いっきり力をこめれば俺でも折れ曲がる軟性をもった不思議素材だ。それでいて叩けば鉄のように硬く感じる。

 最初はイーバが抜け出せるんじゃないかと不安に思ったりもしたが、不自由な体勢、しかもある程度体を痛めつけていたから抜け出すことなど不可能だった。

 イルクの水を使って狂っている今でさえも、イーバの力ではこの棒はビクともしない。

 とりあえず俺はイーバの手が上を向くように体勢を変えさせる。

 大空を羽ばたくモンスターはそのほとんどがレベル50を超えてから戦う存在。スキルを持たない俺であれば、一瞬でやられていたこと間違いない。だが俺にはこれがある。

 大砲イーバが!


「イグナ・フィーア!」


 イーバの手から無数の火球が空を飛ぶドラゴンたちに向かう。

 ドラゴンは翼を羽ばたかせ、器用にその火球を避けて行くも、1発の火球は1匹のドラゴンを捉え、命中した。


『ギュウウアアアアアア!』


 火球をモロに受けたドラゴンは、自身の体長5メートルを超える体を覆うほどの煙に纏われながら、断末魔のような声をあげて地面に落ちていく。

 それが開戦の狼煙になったのか、周囲からも無数の攻撃が繰り広げられた。

 ついに、モンスターと人間との、全面戦争が始まった。


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