第98話 「決戦前夜」
ついにモンスター達が侵略宣言をしてから29日が経った。敵の言った通りなら、明日に数え切れない量のモンスターがこの街を襲いに来るはずだ。
ギルドにいる人間はみな沈黙し、貧乏ゆすりをしながら落ち着きのない行動を繰り返す。
無理もない。明日で俺たちの生死が決まるのだ。
勝てば生き残り、負ければ死ぬ。言葉だけで聞けば冒険者の日常と大差ないが、今回は規模が違う。
自らの失敗で街の人間、みんなが死ぬ可能性があるのだ。
この状況で落ち着いた行動をしろという方が無理がある。
だがそんな状況でも、みんなの気持ちを引っ張ろうと、一人の男が立ちあがる。
「みんな、明日はいよいよ決戦の日だ」
こんな状況でもレイトだけはいつも通りを保っている。さすがは仲間から英雄視される最強の冒険者だ。負けて死ぬなどと思ってもいないのだろう。
「不安なのはわかる。勇気を持てないのも分かる。明日の戦いが今までとは比べ物にならないものだということも分かっている。だけど、安心してほしい」
安心してほしい、か。こんな状況では無理難題だが、さすがにレイトの言葉、沈黙し続けている冒険者たちにもほんの少しだが希望の灯がともっているように見える。
俺もレイトなら何とかするんじゃないかという、根拠のない希望がほんの少しだが見えてきた。
しかし、その希望はすぐに驚愕にかわる。
「マサト君に秘策があるらしい。敵を一掃する、究極の秘策が!」
この場にいるすべての人間の視線が俺に集中する。
俺は数秒硬直し、再びこの場に沈黙が訪れる。
あの野郎、このタイミングで言うか!?
「マサト君、作戦が……あるんだよね?」
何の反応も示さない俺に、レイトは不安そうな面持ちで聞いてきた。
俺はため息をつきながら、しょうがなくそれにこたえる。
「まあ……一応あるよ」
「「「おおおおおおお!」」」
全ての冒険者が歓声を上げ、大気が震えあがる感覚がした。
みんなの信じるレイトが、レイトの信じる俺が、作戦があるといったことに希望を感じたのだろう。
「じゃあマサト君、その作戦をみんなに伝えておくれ!」
…………しょうがないか。
俺は深いため息をつきながら、話し始める。
「まずレイト、お前はカンドの街で待機だ」
「ぼ、僕一人かい? それはなんで?」
「別に一人じゃなくても、仲間を連れて行きたきゃ行けばいい。目的を達成してくれればな」
「目的?」
「レイトには敵の大将を打ち倒してもらう。相手の数は膨大だ。それを指揮するための大将がいるのは間違いない。侵略宣言をした女が言っていた、10の幹部のうちの一体がな」
「それを、僕に倒せと?」
「その通り。それを倒せば敵は退散するかもしれないし、しなくてもただの烏合の衆になったモンスターを倒すのはそう難しいことじゃない」
「なるほど。よし、じゃあランスたちを連れてすぐにカンドの街に向かうよ」
レイトはそこまで聞いた時点でこの場から離れた。
本当ならもう少し問答を繰り返したのちにレイトにはカンドの街に向かってもらおうと思っていたのだが、何ともお手軽な奴だ。
肝心の烏合の衆となったモンスターの倒し方を聞かないとは。
俺はレイトが完全にこの場から離れたのを確認してから、冒険者たちに向き直って説明を続ける。
「作戦の続きを言うぞ。敵の大将はレイトに全部任せる。あいつの力なら、多少てこずったとしても成し遂げてくれるだろう。俺たちの役割は、この街に襲いかかってくる雑魚モンスターの殲滅だ」
「どうやって殲滅するんだよ? いくら雑魚って言ってもかなりの数がいるだろうし、中には手ごわい奴もいるかもだろ?」
「そこはあれだ。この街にいるレベル100の冒険者に頑張ってもらう」
「レベル100って……そんな奴がいたとしても数人だろ」
「それがそうでもない。お前らも覚えているだろ? レイ教の奴らを」
レイ教という名を出した時点でこの場がざわつき始める。
「あんな奴ら、俺たちに手を貸すとも思えないんだが?」
「へいきへいき。あいつらの意思なんか関係ないんだから」
「? それはどういうことだ?」
「まずあいつらを縛り付けて身動き取れないようにする。この時、レイ教の奴らの手のひらは前を向かせておく。そして奴らに大量のイルクの水を飲ませ、それで終了。な? 何とかなりそうだろ?」
俺がそう問いかけると、周囲の人間はヒソヒソと話し始めた。
その大半が軽蔑の顔を浮かべながら話し合っており、時折その目が俺へと向けられる。
「なあマサト、もしもレイ教みたいな奴らが現れなかったらどうしたんだ? お前、結構前から作戦については考えついてたよな?」
痛いところを突かれた。
冒険者の中には俺がレイトに作戦があるという旨の話を聞かれていたみたいだ。
そいつはこの作戦の肝の部分を普通のやつにやらせると、そう考えている。
それは当たっているし、軽蔑されることだということも自覚している。
だが予想通りのことだ。納得するかはわからないが、一応言い分を用意してきている。
「レイ教じゃなくても犯罪者はいるだろ? そいつらにでもやらせようと思っていたよ」
嘘だ。犯罪者を使うよりもレベルの高い冒険者を使う方が得策、いざとなったら何の罪もない普通のやつにこの作戦を強要させる気でいた。
まあ、結果誰もやらなかったとしたら諦めて逃げる準備を進めていたけどな。
そう、俺はクズです。
「そうか、ならいいんだ」
こんなクズの俺の言うことにきちんと納得してくれることに、良心が少し痛む。
だがそんな痛みはほんの数秒、すぐに忘れて次の話に移行する。
「当日はほとんどレイ教の奴らを酷使するが、お前らの役目がまるっきりないわけじゃない。取りこぼすモンスターもいるだろうし、魔法を打たせる際の照準もここにいる奴らにやってもらう。失敗は許されない。覚悟しておけ」
すべて言い終え、俺はこの場を出る。作戦はこいつらに伝えた。俺の役目はもうほとんどない。
あるとすれば最後に一つ、レイ教の奴らにイルクの水を服用させることだ。
まあこんなこと、他の奴らにやらせてもいいことだ。だが、もしもイーバの洗脳にかかってしまったら大惨事になりかねない。
これは俺かナナ、シャドウの妹のヒカリちゃんにしかできないことだ。
……意外といるな。
ギルドを出ると、昼間だというのに人っ子一人いない。店も全てしまっている。
まあ、明日は自分たちの命がかかっているという状態だ。しかも何かの役に立つということもない。
家の中でこもって最後の時を家族と過ごすぐらいしか、やることもないんだろう。
俺も、もしも家族がこの世界にいれば、冒険者に何かならずに父親母親の脛をかじって最後の時までニートしてただろうな。
そう考えると、神に殺されてこの世界に転生したことは良い事のような気がするな。
(その通り、僕は神様だからね。人のためになることしかしないわけだよ)
「黙ってろバカミ」
(…………シュン)
何の前触れもなく自画自賛をする神にバカミといったら、わざとらしく落ち込んだ時の擬音を口に出した。
まったく、俺の考え事すら筒抜けって、プライバシーも何もあったもんじゃない。
もう死んでも生き返るかどうかわからないこんな状況じゃ、神が俺のことをずっと監視していることの意味がない。
いっそもう一生、神はこの世界に接触できないようにした方がいいんじゃないか?
神への不信感を募らせながら、俺はソウラの家へと向かう。
シーラは結局逃げるという選択肢をしなかった。
それがどういう考えによるものなのかはわからないが、最終的にこの街にとどまっていることの方が良しと判断したのだろう。
それはある種の希望でもある。あれほどの悪辣さを持つ女がそう判断したのだとしたら、人間側にとってプラスであることは間違い……。
「マサト君、チェスしましょ。あ、それとも以前教えてもらったしょーぎというものにしましょうか?」
……プラス、だよな。
家に入るや否や、シーラはチェス盤を持って子供の様な無邪気な笑顔を浮かべていた。
これは何か考えのあるような顔じゃない。ただ純粋に今を楽しもうというそれだ。
もっとも、他に何か考えはあるのかもしれないが。
「ああ、最後になるかもしれないし、別にいいぞ」
「覚えていますか? 今までの対戦成績は全くの五分と五分、今日が最後の日なら、どちらが優れているかは今回の勝負で決まります」
挑戦的な笑みを浮かべるシーラ。
色々と考えの読めないこいつであるが、今は気持ちが分かる。
ゲーマーとして、白黒つけなければ納得いかない、ということだ。
明日の前哨戦としては中々に骨のある戦いになるな。というか俺にとって、こっちの方が心躍る重要な戦いである。
だってそうだろ? 血なまぐさい戦争よりも、ゲームの方がいいに決まってる。
死ぬまでこいつとゲームし続けた方が、楽しい人生だと思う。
……だけど、やらなきゃいけないんだよな。頑張らなきゃ、ナナ達の3人も危険にさらされることになるんだし。
「マサト君、はやくしましょう。私たちには時間が限られているのだから」
俺を急かすシーラは早く勝負がしたくてうずうずしている。
こういう様子を見てみると、普通の女の子っぽくて少しドキッと来るな。
30後半のオバハンは対象外だけど。
「今、何か失礼なことを考えませんでしたか?」
「別に」
悪魔的直観を働かせるシーラをけん制しつつ、作戦を考える。明日の作戦じゃない。シーラとの勝負のだ。
今までの戦いを思い出し、どのように攻めることが効率的かを普段使わない頭を必死に働かせて思考を巡らせる。
これはシーラとの優劣を決める最後の勝負。
決して負けるわけにはいかない!
「負けました」
意気込んで臨んだ勝負は俺の負けで終わった。
第五章はおわりです。




