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第97話 「胸騒ぎ」

「うーん、気持ちいいね。生きてるって素晴らしい!」


 食中毒から見事に回復した俺は、体が健康であることの喜びに感動していた。

 腹痛が治っただけだというのに、なんと清々しいことか。

 これからはたとえ大切な仲間の頼みとはいえ絶対にNOと言える人間になろう。

 そうしないと俺の身がもたない。


「マサトさん、元気になってくれてとてもうれしいです」


「おお。ナナも元気になってよかったな」


 食中毒が治るまでに要した時間、ナナは1週間、俺は10日だ。医者の見立てよりも3日も遅かった。

 おかげで10日間も女の子2人に、3日間は女の子3人に介抱されるという、男としてはかなり優遇された10日間だった。

 これでマキナがいたら最高だったんだがな。


「そういや、ソウラたちとの約束があったな。何でも言うこと聞くって。何かしてほしいことあるか?」


「そうだな、色々とあるが、モンスター襲来が迫っているのだ。遊んでいる場合でもなかろう」


「別に、時間まで俺たちにやれることはないぞ?」


「だとしても、気を引き締めなければいかん!」


 ……こんなに真面目な奴だったかな?

 ああそうだ、戦いに関してはこいつは割と真面目にやるっけ。


「ナナとアカネは? 教団から金をパクッたから、何でも買ってやれるぞ」


「……そんなことしてたんですか」


 ナナがため息をつきながら呆れる。

 別にいいだろ? だって姑息な手を使って稼いだ金だ。ほんの少しぐらいパクっても誰も文句は言わないはずだ。

 だいたい、俺はあの戦いにおいて何の報酬ももらってないんだ。少しぐらい甘い汁をすすっても別にいいじゃないか。

 と、ナナはそれで納得したりはしなかった。たとえ悪者から得た金とはいえ強奪は強奪。お金を巻き上げられた人たち、そしてその親族に返すべきだと、少し説教をくらった。

 臨時収入が手に入ったというのに……はあ。


 そして、俺は手に入れた金を返すためにギルドに来た。

 俺がギルドに入ると、一人の女性が俺の顔を見て、


「ゲッ!」


 と、あからさまに不快感をあらわにした声を出して、汚いものでも見るかのような顔をした。

 なんでこんな顔されるんだ、と思ったが、その答えはすぐに出た。


「受付嬢さんじゃないっすか。久しぶりー」


「お知り合いなんですか?」


「ああ、カンドの街に行った時、この人に回復してもら――」


 と言いかけたところで、受付嬢が俺の口を慌てて塞いだ。


「ちょっと、他の人にばれたらどうすんのよ! 私は面倒ごとはごめんなの!」


 ヒソヒソと、それでいて迫力のこもった口調で俺に言い聞かせる。

 そんな光景をナナとソウラは仲が良いとでも思っているのか、嫉妬めいた視線を俺に向ける。


「マサトさん、この人がマキナって人ですか?」


「ちげえよ。この人はただの受付嬢。世話にはなったが、お前たちが思ってるようなことはないよ」


 そう言ったところで、受付嬢はナナ達を見やった後、キョロキョロと視線を動かし、俺の方に視線を向けなおした。


「あの女はいないのね」


「ああ、マキナはここにはいないよ。俺も探してるんだけど――なんか知らない?」


「知らないし、知ってたとしてもあんたみたいな腐った男に話すことはないわ」


 ひどい言われようだな。別に、女の子に頼ってちょっとばかり脅しただけじゃないか。

 …………クズだな。


「まったく、こんな男をこっちの世界によこすなんて、神はやっぱりどうしようもない愚か者ね」


「ん? 俺が別の世界から来たって知ってるのか?」


「ここの受付に聞いたのよ」


 ああ、なるほど。あの人には俺のことは全部伝わっているから、そこ経由で伝わっても別に不思議ではない。

 あの受付の人にも口止めしてないしな。というか言っても信じないだろうし。


「それと、ここの受付があなたのことを探してたわよ」


「ん、分かった」


 受付嬢の言う通り、俺はこの街の受付の人のところまで向かう。

 俺を探しているとは、どういう要件だろうか。

 考えられるのは教団のこれからの処遇、もしくはモンスター襲来の対策についてのことか。


「マサト様、教団の処遇、そしてモンスター対策についてなのですが」


 やっぱりか。ここまで予想通り過ぎると逆に笑えてくるな。

 あとどうでもいいことだが、この人は俺に対して丁寧に接してくれるから安心するなあ。


「それについては考えてある。とりあえず教団の連中は俺の言ったように拘束しているか?」


「は、はい。鉄の棒に体をくくりつけて、両腕は突き出すようにして拘束。右腕は露出してあります」


「うん、OK。あとはモンスターが予告した日の前日に、教団連中をくくりつけた鉄棒を指定した場所に打ち込んどいてくれ」


「それは構いませんが、いったいどういった作戦なんですか?」


「……言ってもいいけど、レイトには内緒にしててくれるか?」


「え、ええ、分かりました」


 俺は受付の人の耳に口を寄せ、対モンスター用の作戦を伝える。

 単純にして効果的、偶然にもその作戦を担ってくれる人材が数多く現れたことも功を奏し、受付の人は俺の作戦に驚き半分、感心半分といった感じで感想を言う。


「……すごい発想ですね。確かにそれなら、襲い来るモンスターを殲滅できるかもしれません。ですが、どうしてレイトさんには教えないんですか?」


「いくら犯罪者っつっても、こんな作戦実行させることをあいつが許すとは思えないからな」


「なるほど。ですが、作戦当日にはバレてしまうのでは?」


「それも大丈夫。手は考えてある」


 レイトはそんなに頭がよくないし、レイトの仲間の、エルじい、だったか? あいつは俺の作戦に肯定的だから、ほぼ100%の確率でうまくいくはずだ。


「それでは幽閉中の教団幹部はあなたの考えた作戦で使うとしましょう」


「おう、ありがとよ」


 これでまた一人協力者が出来た。

 最終的には全員にこの作戦は公表することになるが、いかんせん人権を無視したやり方だ。公表するまでにこの作戦を肯定してくれる人間が出てきてくれるのは嬉しい。

 まあ、作戦に使われるのは教団幹部という、人々の恨みの対象、こんなことをしなくてもみんな受け入れてくれるだろうが。


「マサトさん、今日来た要件は話さないんですか?」


 ナナがジト目で聞いてきた。

 そんな目で見られなくても、分かってるよ。


「あの……これ、教団からパクった金です」


 俺は恐る恐る受付の人にカードの所持金欄を見せる。

 もしかしたら軽蔑されるかもしれないな、と思っていたが、予想に反し、あっけらかんとした感じで対応された。


「ああ、そうだったんですか。ではこちらの機械にお金を入れてください」


 受付の人は自身のカードからまあまあ大きな機械を取り出した。

 機械には数字が記されていて、見た事もないような大金が書かれている。

 一、十、百、千、万……数えてみると、軽く億は超えている。ギルドなのだからそれ相応の金額を有しているとは思っていたが、まさかこれほどとは。

 この機械に入っている金を根こそぎ奪い取りたい、そんなよこしまな感情が一瞬だが芽生えた。

 惜しい。こんなに金があるなら、教団の金を返さなくてもいいじゃないか。

 そんな自分勝手な考えをしながらも、横にナナがいる手前、返さなくてはならない。

 俺は苦渋の思いで、教団からパクった金を機械にいれる。


「はい、入金を確認しました」


 俺のカードの所持金欄が一気に激減する。普通に生活する分には困らないが、何とも心もとない金額だ。

 こうなったら、モンスター襲来を防いだ功績を残して思いっきり金をぶんどってやる!

 新たに戦う理由を見つけ、俺のモチベーションは上がっていった。


「それでマサトさん、これからどうしますか?」


「そうだな、家帰って寝よ」


「…………」


 モチベーションが上がったからって、やれることが増えるわけではない。俺がやれることはない、というか、作戦を考えた時点で俺のやることはほぼない。

 やることと言えばレイトを口八丁手八丁でこの街から追い出し、他のみんなに作戦を伝えること、それだけだ。

 まあそれでも、強いてやることがあるならば、体力温存だ。

 だぁらそんな目で見ないでくださいナナさん。


「つーわけで、帰ろ――ん?」


 ギルドから出て行くとき、ふと目に留まった人間がいた。

 あれは――確かホームレスだった少年だ。

 相変わらずボロ布に身を包んでいるが、その表情は以前見たよりかは幾分、晴れやかなものに見える。

 俺が神をそそのかしてカードをやったが、どうたらいい方向に働いたようだ。

 良かった良かった…………。


「ん?」


 よく見てみると、何か違和感が……そうだ、アナがいないんだ。

 先日、あの少年たちに食事を届けに行ったきり、俺たちのとこに来ることはなかった。

 てっきり仲直りしたと思っていたんだが。


「おいそこの……えーっと、ルークだったか?」


 ホームレスの少年、ルークは、俺の声に反応して振り返り、あからさまに嫌そうな顔をした。

 俺なんでこんなに嫌われてるんだろう?


「なんだよおっさん。俺に何か用かよ?」


 おっさんって、このクソガキ…………いや、今は怒りを抑えよう。

 俺は一度深呼吸して心を落ち着かせ、ルークにこう問うた。


「アナはどうしたんだ?」


「……そんな奴知らねえよ」


 ルークは俺の質問にそう答えて、そっぽを向いた。

 口調からは嫌悪感がひしひしと伝わってくる。それは俺に対してのみではなく、アナに対する嫌悪感にも思えた。


「知らないってなんだよ。お前の仲間だろ?」


「ふん、あんな奴、仲間でも何でもねえよ」


 少年はなおも不機嫌な様子でそう語る。

 どういうことだ? アナはこいつらに食事を届けに行ってやったりと、歩み寄ろうとしたはずだ。

 そもそも、どうしてアナは仲間外れにされたのか。

 あの子は優しい子だ。めったなことでもなければ人から嫌われるなんてことにはならない。


「俺はもう行くから。もう話しかけんなよ。おっさん」


 そう言って、ルークは仲間を連れてギルドから出て行った。

 最後までおっさん呼ばわりするクソガキの脳天にげんこつの一発でも食らわせてやりたくなったが、とりあえずそれは後回しだ。


「…………ナナ、予定変更だ。アナを探しに行く」


「はい、了解です。マサトさんはやっぱり優しい人ですね」


 ナナにそう言われ、背中のあたりがむずがゆくなった。

 ストレートに優しいといわれるのは、どうも苦手だ。褒められ慣れてないんだろう。

 嫌な性質になったもんだ。

 そう思いながら、俺はアナを探すために、スキルを使う。


「俺は求める。アナの邂逅を…………ん?」


「どうかしましたか?」


「あ、ああ。ちょっと……」


「もしかして、スキルが発動しなかったんですか!?」


 ナナが青い顔になってそう聞いてきた。

 スキルが発動しないイコール、アナは死んでいるという可能性が非常に高くなるからだ。

 だがスキルは問題なく発動した。

 発動したのだが、不可思議なことが起こった。


「範囲内にいないんだ。見えた答えは、街の外に出て行って、そこから先は見えなかった」


「街の外? 何でそんなところに?」


 何でと言われても、見当がつかない。現在、街の外に行っても何もない。

 本当の本当に、モンスターの一匹もいない状態だ。街の外に行っても何もできることはないはずだ。


「でもまあ、とりあえず街の外に行って探してみる」


「そうですね。モンスターがいないといっても何があるか分かりませんし、速めに連れ戻した方が良いでしょう」


 そして俺たちはアナを探しに街の外に出たのだが、アナを見つけることは出来なかった。

 それこそ1日中、真っ暗になるまでずっと探し続けていたのだが見つからなかった。

 あの子は賢い方だから無茶なことはしないと思うが、妙な胸騒ぎがする。

 何もないといいが。

久しぶりですいません。これからは頑張ります。

どうかご容赦ください。

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