第96話 「殺し合い」
「うぅ~……苦しいよぉ……」
俺は今、食中毒を起こしてベッドで寝込んでいる。
ソウラとアカネの作った料理、それを残らず完食したことにより、俺の腹の中は強烈な化学反応を起こした。
しかもモンスターの血を飲んだ時と違い、吐き出さずに腹にとどめたから、この苦しみは長いこと続く。
そしてこの状態を引き起こした当の本人たちはというと、
「まったく、拾い食いでもしたのか?」
「お父さん、だいじょうぶ?」
自分たちが原因などとはつゆとも思っていない。
そりゃあ、あれをおいしいと言って無理やり詰め込んだのは俺さ。だけどあの見た目だぜ?
さすがに問題があると思うだろ。
「なあソウラ……お前の料理、味見とかしてなかったか?」
不意に気になったので、苦しみを押しのけてソウラにそう問いかけた。
「ん? また食べたいのか? だが今は駄目だ。お前は病人なのだから、しばらく普通の食事は控えるんだ」
お前の料理も普通の食事じゃないんだがな。
本当に自分の料理は問題ないと思っているらしい。
ある意味凄いが、ちゃんと質問に答えてもらいたい。
「あのね、チビちゃんはおいしそうにたべてたよ」
質問に答えないソウラの代わりに、アカネが答えた。
「チビちゃんて、誰?」
「お前が連れてきたあのドラゴンだ」
ああ、あれか。こいつら、いつの間に名前なんか付けたんだ?
それにあいつは俺が連れてきたんじゃなくて、勝手についてきたんだけどな。
「本当に気持ちよく食べるものでな、あれからチビの食事は私が作っているんだ」
「ああ……そう……」
モンスターならあれをおいしいと感じていても不思議ではない。
何といってもモンスターの血の味と大差ないのだ。モンスターがそれを食べても、共食いみたいなものであいつらは慣れたもんなのだろう。
俺は人間だけどな!
モンスターがうまそうに食べたからって、人間がそうとは限らないだろ。というか、実際くそ不味かった。
「マサトはしばらく安静にしていろ。チビの世話は私がやっておこう」
そんなもの頼んだ覚えはねえよ。
というかチビのせいで俺がこうなったようなもんだ。あいつがソウラとアカネのメシを食っても問題がなかったせいで、俺はこんな状態になったんだ。
あの野郎、俺にはちっとも懐かないし、こんな目にまで合わせやがって、隙を見て俺の経験値にでもしてやろうか。
「あーあ、モンスターが来るって時に……いつごろ治るのかね」
「医者によると1週間もすれば治るらしいから、安静にな」
くそ、ナナの回復魔法が使えばすぐにこんな腹痛、治ると思ったんだがな。
ナナの話によると、病気などは回復魔法で治せないらしい。
回復魔法は生命を活発にさせる効果がある。
今の俺に回復魔法をかければ、体内に潜む細菌も活発になり、余計に症状は悪化するそうだ。
そしてそのナナはというと、
「うぅ……」
俺と同様、寝込んでいた。
俺よりは症状は軽いものの、ナナもソウラの作った料理を食した犠牲者なのだ。
恋敵であるソウラの作った料理だとしても、そこは心根の優しいナナ、まずいと言わずに完食した。
そして俺と同じようにぶっ倒れた。
「では私はチビの食事でも作ってこよう。アカネはマサトたちを見ててくれ」
「うん」
そう言って、ソウラはこの部屋から出て行った。
もうあんな劇物、作り出さないでほしい。
人類のために、あの兵器を作り出してはいけない。
だが、今の俺にはソウラを止める力はない。
あの悪魔の腕は、またしても作り出してしまうのだ。
「今度から、NOと言える人間になろう」
ベッドの上で苦しみに悶えながら、俺はそう決意した。
俺が腹痛で苦しんでいる時、モンスターは着実にタストの街を侵略する準備を進めていた。
モンスターだけが存在する城、その名はゴエティア。
かつてグラシャ=ラボラスが拠点としていた根城で、今この時に数多くのモンスターが集まっていた。
「フフフフ、戦力は十分すぎるほどにある。あなたたち、準備は出来た?」
そこにいるのは人類に侵略宣言をした女性、そしてその配下であろう人の形によく似た獣の顔をしたモンスターが二体。
モンスター二体は、複雑な面持ちで女に確認する。
「準備は出来ましたが……本当にやるんですか?」
「ええ、もちろんよ。それが私たちが勝つために必要な手段よ」
「しかしだからといって、仲間を殺すなど……」
「ただ殺すんじゃないわ。殺し合わせるの。生き残ったモンスターは塔の主として残し、他のモンスターをタストに放つ。それが私たちの作戦よ」
女は冷酷に部下に言い放った。
この城の中には1000を超えるモンスターが存在し、城の外にも入りきれなかったモンスターが何万、何十万と存在する。
そのすべてが女の無情な作戦の糧となる。
「知っているでしょう、私の力。こうする方が私たちの勝率は上がるの。ゼパルから聞かなかった?」
「聞きましたが、やはり可哀想というかなんというか……」
「アハハ! モンスターも情に厚いのね、新しい発見だわ! でもそんなもの無意味よ。これから起こるのは戦争、仲間への情といえど捨てるべきものよ」
女はモンスターを束ねる幹部でありながら、それに対する情は一切ないと、そう言っているようなものだ。
事実、この女がやろうとしていることは仲間を仲間とも思わない外道な行い。
モンスターですら恐怖を覚える化け物の所業だ。
「それじゃあ早くモンスター同士の殺し合いを始めなさい。死体は城の外に出も放っておきなさい。あとで私が使えるようにしておくから」
そう言い放ち、女はこの場を部下に任せて自室へと戻っていった。
女がこの部屋からいなくなり、自分たちの声が聞こえないぐらい離れたのを確認すると、部下の二体は口々に不満を言い募る。
「あのくそ女、イカレテやがる!」
「まったくだ。あんな女を幹部にするとは、ベレト様は何を考えているのか」
「ああ、確かベレト様が推薦したんだっけな。ベレト様みたいな温厚な方が、どうしてあんな非道な人間を幹部にしたのか」
「さあな、私たちは知能があると言っても幹部連中に比べたらゴミみたいなものだ、考えても無駄だろう」
「……しかし幹部の命令といえど、こいつらに殺し合いをさせるのか」
「さすがに、心が痛むな」
二体は城下にいる数多くのモンスターを見下ろしながら、そうつぶやいた。
さきほど女が驚いていたように、モンスターはモンスター同士で情に厚い。
死体を共食いしたりはする。生き抜くために、仕方なく殺しもするし、縄張り争いで死闘を演じることも何回もあった。
モンスター同士でありながらでも、仕方なく戦うことなど日常茶飯事の事だ。
二体はこれも戦争に勝つための布石、そのことを頭では理解できている。それでも、割り切ることは出来ない。
自分たちは今から、ここにいる何も知らない、知能を有しないモンスター達に強制的に殺し合いをさせる。
戦争に勝つためとはいえこの行いは二体にとって、いや、モンスター達にとっても心苦しいものなのだ。
「……おい、そろそろ命令しないと、時間が無くなるぞ」
「分かってる…………お前が命令しないか?」
「いやいや、そこはお前に譲るよ」
「いやいやいや、幹部直々の命令を聞く名誉を、親友のお前に譲ってやろう」
「いやいやいやいや、今まで真面目に取り組んできたお前こそ、名誉を得るべきだ」
「…………ジャンケンするか?」
「そうだな」
「最初はグーからだ」
「ばか、俺が人型なのは体だけで、手はグーが出せない仕様なんだよ。最初はヒーからだ」
「ちっ、さすがに乗らないか。じゃあいくぞ、最初はヒー、ジャンケンポン!」
「……俺はヒー、お前はフー……俺の勝ちだな」
よく分からないモンスター流ジャンケンのすえ、城下にいるモンスター達に殺し合いをさせる者が決まった。
ジャンケンに負けたモンスターは深いため息をつきつつも、すべてのモンスターにこう命令した。
「お前たち、その場にいる同胞をすべて殺せ! 目の前にいるモンスターを一匹残らず殺すのだ!」
そう命令した瞬間、モンスターは視界に存在するモンスター全てを襲い始めた。
一心不乱に、自分の意思など存在しないのではと思うほどの、凄惨な殺し合いだった。




