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第95話 「天国と地獄」

 これですべてが終わった。

 教団の中心人物であるイーバは、口をふさいで命令できないようにしてギルドに放り込んだし、他の幹部連中もイーバに洗脳させて、牢屋に幽閉した。

 洗脳といっても初期段階の洗脳だからあとで解けてしまったが、両手足を完ぺきに拘束しているので、牢屋から出てくることはない。

 騒ぎはするだろうが、そんなことは俺の知ったこっちゃない。

 いざって時に使えればどんな精神状態でも構わない。むしろ、自我を失わせると作戦に支障をきたしそうだから、洗脳をしてはいけないと言った方が正しいか。


 さらに教団にとらわれていた人間だが、残念なことに300人は殺されていた。

 生き残っていた人間もいるにはいるが、その数は100にも満たず、しかも教団のおもちゃにされていたようで、心身ともにズタボロだ。

 基本的にクズな俺だが、さすがにあの光景には心を痛めた。

 もしもソウラとアカネを連れてきていたら、トラウマ確実だったろうな。

 本当に、連れてこなくてよかった。


 他には、レイト率いるヴァテックスもナナの回復魔法で傷は完ぺきに癒え、レイトの洗脳も解いたから戦力的にはかなり心強いし、さらには不死身のヒカリがいる。

 どんな原理で不死身なのかは知らんが、レイトを抑え込めるだけの実力があるから、そこはどうでもいいや。

 シャドウも冒険者としては非常に強い部類に入るし、戦力についてはこれで十分かもしれない。

 うん、きちんと全部終わっている。


「さてと、これで全部終わったし、モンスターが襲ってくるまでは休憩だな」


「いいんですか? モンスターが襲ってきたときのために、何かしとかないと」


「準備はもう進めてる。あとは待つだけだ」


「……マサトさんがそう言うのであれば、平気でしょうね」


 俺の評価は随分と高いんだな。

 詳しい説明をしてないのに、俺ならと納得してくれる。嬉しいが、プレッシャーも半端ではないな。

 この先からは俺が何かするわけではないんだけど。


「ま、あとはなるようになるさ」


 失敗したら失敗したでそれまでだが、出来ることなら成功はさせたい。まだマキナに告白してないし。

 俺のために、俺の欲望のために、モンスター襲来を防ぎたい。そしてあわよくば、マキナと付き合いたい。

 煩悩にまみれた俺だが、人間なんて所詮そんなもんだ。

 好きな人のために生き、好きな人のために行動する。

 非常に自己中心的だが、それでこそ人間だ。

 決して自分のことを正当化しようとしているわけではない。


「まあこれからのことは一旦置いといて、さっさと帰って、アカネたちを安心させてやるか」


 危険な場所に潜り込んだ俺とナナの事を、2人は心配しているはずだ。

 早いとこ元気な顔を見せて、安心させてやらねばならない。


 と、そんなことを考えて家に着いたのだが、あることが頭をよぎった。俺、みんなに何をさせられるんだろう。

 アカネとソウラの二人は留守番させる代わりに、ナナは危険な場所に行くから、そんな理由で俺は皆の言うことを聞くことになった。

 俺だけ何の報酬もないことに不満は多少あるが、それでも3人に命令される内容を考える方が不安だ。

 アカネは一緒に遊んでとかそんなところだろうが、ナナとソウラは何を命令するか。

 特にソウラ、あいつは謙虚さの欠片もない奴だからな、どんな無茶ぶりをしてくるか分かったもんじゃない。


「マサトさん、入らないんですか?」


 ドアの前で立ち往生する俺にナナが聞いてくる。

 ナナを含めた3人に何を命令されるか、それを危惧しているともいえない。

 俺は意を決してドアを開いた。

 するとそこには、


「おかえりなさいませ。ごしゅじんさま……にゃん」


 フリフリのメイド服を着て、猫耳カチューシャをつけたアカネが、両腕で猫マネをして立っていた。

 …………エクセレント。


「ア、アカネちゃん、そのお洋服、どうしたの?」


「ソウラお姉ちゃんが、お父さんとナナお姉ちゃんはつかれてかえってくるから、ごほうししてあげなさいって」


 ソウラの仕業か。

 まったく、あの女は…………グッジョブ!

 俺は平静を装いながら、内心では親指をグッと立てていた。


「きょうはアカネが、お父さんのためにがんばる……にゃん」


 にゃんと語尾をつける度に、猫マネを繰り返すアカネ。

 ヤバイ、俺の中の変な衝動が抑えられない。

 今にもアカネを抱きしめてしまいそうなそんな衝動が……いやダメだ。抑えるんだ俺。冷静に、心を落ち着かせて。

 はい深呼吸。スー……ハー……。


「せいいっぱい、ごほうしする……にゃん」


「アカネエエエ! 可愛いぞ! マジで可愛いぞ! アカネこそ天使だああああああああ!」


 俺はあふれ出る衝動を抑えられず、アカネを力の限り抱きしめた。

 反則だ。元々超絶最高にグレートに可愛いアカネに、メイド服に猫耳だと?

 可愛くないわけがない!


「奉仕なんかいい! アカネは一生俺に傍にいてくれ! それだけで俺は満足だ!」


「お、お父さん、ちょっとくるしい」


 とはいいつつも、若干うれしさを見せるアカネ。

 そうだ、これは何のいかがわしいこともない。父親と娘のスキンシップ、なんと健全な行いであろうか。

 溢れ出る衝動を抑える必要などなかったのだ。俺はアカネを思う存分かわいがる、それは義務だ。

 天使を愛でないなど、男の所業にあらず!


「くっ、いつかやろうとは思っていましたが、アカネちゃんに先を越されるとは」


 ナナが爪を噛みながら悔しそうにつぶやく。

 ナナの猫耳メイド服か、それもあり……というか、最高すぎる。

 ああヤバイ、妄想が止まらない。まさにヘブン、ヘブン状態だ。

 目の前には超絶プリティなアカネが、脳内にはハイパー可愛いナナが、もはや俺に理性などほんの残りかす程度にしか残っていない。

 が、そんな本能剥き出しの俺を現実に戻す衝撃な存在が、俺に近づいてきている。


「おおマサト、帰ってきたか!」


 玄関で大騒ぎしている俺の元に、これまたメイド服姿のソウラがやってきた。

 さすがに猫耳はつけておらず、普通のカチューシャだが。


「疲れているだろう。夕食の用意は出来ているぞ」


 ソウラはフライパンを掲げながらそう言った。

 その時、俺は見逃さなかった。フライパンに、異様な黒い物体がこびりついていることに。


「アカネ、部屋に行って遊ぼうか」


「ちょっと待て、夕食が先だろう」


 アカネを連れて部屋に戻ろうとする俺を、ソウラが制止する。

 正直いやな予感しかしない。


「なあ、ソウラが作ったのか?」


「アカネと一緒にな」


 不安が倍増したよ!

 アカネはウルトラ可愛い、だが、まだ子供だ。

 ソウラに料理が出来るとは思えないし、子供のアカネが作った料理となると……。


 もはや俺の中のアカネの可愛さによる感動が薄れつつあった。


「料理など初めてしたが、存外に楽しいものだな」


 …………急転直下、天国から地獄。

 そんなことを思いながら、地獄と思わしき食卓へと足を運ぶ。

 いや待つんだ俺、ポジティブに考えろ。

 俺が今までに口に入れた中で最高にまずかったもの、それ以上の品は出てこない。

 そうさ、仮にも人間が人間のために作ったもの。まずいことはあっても、人体に害があるわけがない。

 多少コゲていたりしても、料理に関してそれはご愛敬、許せる範囲だ。

 それに、なんかのテレビで聞いたことがある。

 焦げを食うとガンになるといっても、丸焦げのサンマ何百匹を食うとなるというもので、コゲているだけなら害はないはず。


「さあマサト、たんと食すが良い」


 食卓に並べられ、俺が食うよう言われたそれは、黒い何か、としか言いようがなかった。

 魚の形も肉の形も野菜の形もしていない、まさに謎の物体だ。


「ん? ナナの方は俺のと違う……というか全然マシ……」


「マサトは将来私の夫となる男だ。レシピ通りに作った無難な料理より、私独自の料理を食べてもらいたいと思ってな」


 それ料理下手が最初に陥るトラップだよ!

 ナナに作られたレシピ通りの料理でさえ、俺のより大分マシとはいえ、ひっじょーにまずそうだ。

 それなのに自分独自って、地雷の予感しかしないよ。

 というかこの料理が核兵器だよ!


「どうしたマサト? 遠慮せずに食べろ」


 遠慮したい。というか御免被りたい。

 なんだって、俺がこんな仕打ちを受けなければならない。

 教団と戦い、称賛されてもいいはずだ。それなのに、どうしてこんなことに。

 ソウラもアカネも、そんな期待のまなざしを向けないでくれ。

 そんな目で見られたら……俺は……。


「上等だ! 食ってやらあああ!」


 俺は謎の黒い物体をを、思いっきりかきこんだ。

 味覚を作用させるな。

 不味いと思う前に、飲み干してしまえ。

 それが俺にできる唯一の……。

 だがそんなことが出来るはずもなく、きちんと俺の舌は味覚を感じてしまう。


「うっ……!」


 馬鹿な。

 これは、この味は!?

 なぜ、こんな場所でこの味に出会う。

 俺が今まで食べた中で最もまずかったもの。

 それがなぜ、今ここで再現されている!


 モンスターの血の味が!


 瞬間に、俺の数多あるトラウマの中で、比較的上位に当たるトラウマがフラッシュバックして、胃の中のものを吐き出しそうになった。

 が、不幸中の幸いか、今日はすでに胃の中のものをぶちまけている。

 教団の地下にあった死体置き場で、俺は吐瀉物をまき散らした。

 それゆえに、なんとかギリギリのところでソウラとアカネの料理を吐き出さないことが可能になった。


「お父さん、おいしくなかった?」


 食べることを中断し、口を押えた俺にアカネが不安そうに聞いてきた。

 ぶっちゃけ、くそ不味いよ。

 2人の作ったものでなけりゃ、吐き出して、皿の上に残った物もごみ箱に捨ててやりたいほどだ。

 だけどさ…………そんなことできるわけないだろ!


「だい……じょうぶ。おいしい……」


 途切れ途切れだが、なんとか言葉を絞り出す。

 それだけでなく、この世で最もまずいと思った物と同格の料理を、黙々と口に運ぶ。

 もはや俺の意識は薄れ、本能のみで動いている。

 良かった。こんな地獄から逃げ出したいという気持ちより、アカネたちのことを大事に思う心の方が、俺の中では強かったんだ。

 そんなことを思いながら、俺はこの謎の物体をすべて食べ終え、気を失った。


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