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第94話 「すべてが終わった」

 時を遡ること数十秒、ヒカリとレイトは地味な攻防を続けている。

 つま先で向う脛を蹴ったり、膝で腹を狙ったり、時折ずつきをしたりと、まるで子供の喧嘩のような攻防だ。

 レイトはどうにか腕を使おうと、足で攻撃しながらもヒカリの拘束を解こうと躍起になっている。

 だがヒカリの拘束は相当なもので、レイトですら簡単には振りほどけない。

 そんな動作を行っている中、振りほどく中で一瞬、手の力が緩んだのか、レイトの持っていた剣は手から離れた。

 レイトの元から離れた剣は宙を舞い、きれいな弧を描いてくるくると回りながら上昇、そして下降する。

 その着地点にあったのが、イーバの頭だ。


「ホガッ!」


 かくして、偶然の一撃によって教団の中心人物、イーバは倒されたのであった。


「……こんなんでいいのか?」


 あまりにもあっけなさすぎる結末に、なんというか、消化不良に陥った。

 これですべてが解決したと言ってもいい。だけどさ、これで終わっていいのかね。

 世界さん、もう少し肯定の仕方を考えてもらえませんかね。


「ま、とりあえず拘束だな」


 俺は前もって準備していたロープを使い、イーバをぐるぐる巻きにして拘束する。

 たとえレベル100といえども、これだけ入念に縛り上げればそうそう抜け出すこともない。

 が、念には念を入れて、骨を砕いとこ。


 俺はナイフの手を使って、イーバの腕や足をガンガン殴りまくって、骨を粉砕する。

 気絶しているだけあって力が入っていないのか、俺の攻撃でも十分にダメージを与えることが出来た。


「ぐぐっ……!」


 痛みで目が覚めたのか、イーバが苦痛に満ちた声をあげる。


「こ、こんなことをして、あとでどうなるか……!」


 縛り上げられながらも、俺のことを恨めしそうに睨みつけるイーバ。

 俺の性格を考え、自分が殺されないと高をくくっているらしい。

 ま、その考えは正しい。正直ぶっ殺したい気持ちがあるが、それでも俺は人を殺すなんてマネはしない。

 というか、こいつは利用価値がある。


「レイト君! 今すぐこいつを殺しなさい! 今すぐ!」


 指示を出すも、ヒカリに拘束されているレイトは俺を殺す行動がとれない。

 無論、ヒカリの拘束を解いて俺へと攻撃しようとはしている。


「無駄だぜ。レイトは完全に抑えている。死にたくなかったら、俺の言うことを聞け」


「ふ、ふん。あなたにそんな度胸があるわけが――――ギャアアアア!」


 俺はイーバの折れた手足を、ナイフでツンツンと突いた。

 何の変哲もない行為だが、骨が砕けているイーバにとってたかがこんな攻撃でも耐えがたい苦痛なのだ。


「俺は確かにお前を殺したくはない。だけどな、それは痛めつけないわけじゃないんだぞ」


 とイーバに言うも、自分の叫び声で俺の声などまるで届いていない。

 少しやり過ぎたかな。


「おい、黙れよ。また突っついちゃうぞ」


 イーバの耳に口を近づけ、叫び声にかき消されないように言い聞かせる。

 するとイーバは声を押し殺すように、口を閉じた。

 まだ叫び足りないようで、思いっきり歯を食いしばっている。


「いいか、俺の言うことをよく聞けよ。じゃないと、死ねない苦痛を味わわせるからな」


 これは俺の経験則だが、死ぬほどの苦痛を味わう時、人は死を望むようになってしまう。

 グレムウルフと戦った時、俺は何回か死の苦痛を味わい、精神が崩壊しかけた。

 ナナのおかげでなんとかギリギリのところで正気でいられたが、一歩間違えばこうして普通に話すことさえままならない、廃人の人生を送っていたことは間違いない。

 そういう自覚があるから、拷問の恐ろしさというものも重々承知しているつもりだ。


「んじゃあまずは、レイトの洗脳を解いてもらおうか」


「……無理だ。洗脳は解除できない。本当だ! 初期段階なら自然に消えるが、レイト君にかけた洗脳はすでに末期、もはや解除は出来ない!」


 うーん、それは困ったな。

 こんな状態でうそを言うとは思えないし、洗脳は解けないものとみて間違いはなさそうだ。

 となると、ここでレイトを殺すしか安全を確保する方法はないな。


「も、もうレイト君にひどいことを命令しない! だからもう、やめてくれ!」


 信用度皆無だ。絶対にこいつはその場しのぎで言っているだけで、見逃した瞬間また敵に戻る。

 そうなったらまた同じことの繰り返しだ。

 どうにか何とかする方法はないかなあ……。


「なあ、お前の命令、口頭でしかできないのか?」


「は、はい。私の言葉でしか指示は出来ず、文字による命令などは出来なません」


「つーことは、口で言ったことは全部指示になるわけか。じゃあさ、レイトにこう命令してくれよ。もう命令を聞くなって」


「なっ……!? い、いや、そんなことをしても無意味だろうし、なによりレイト君の頭が保たないかも。矛盾した命令をすれば脳がショートする可能性も。だからそんな命令はしない方が……」


 ガタガタと御託を並べているが、レイトの洗脳を万が一にでも解除してしまいたくなんだろう。

 そうすれば自身の最高戦力を失い、一気に立場が逆転されるからな。というかもはや何も出来ない状況にあるというのに、まだ何かしようというのか。


「いいから命令しろ」


「……取引しましょう。他の洗脳した人間を、モンスター襲来に備えてあなたの私兵として使わせてあげます。だから、だからレイト君だけは!」


「見苦しんだよ。どうせレイトの洗脳が解けなきゃあいつを殺す。そんなことはしたくないが、それしか方法がないからな」


「だ、だけど……」


「いいからやれ。お前はもう終わりなんだよ」


「……レイト君、もう、私の命令を聞くな」


 観念したイーバが、レイトに命令をした。

 自身の命令を絶対に聞く存在に、自身の命令を聞くなという矛盾した命令を。

 これが成功すればすべて解決する。

 レイトも、他の洗脳された冒険者も正気を取り戻す。

 イーバ直属の、スキル以外で洗脳した奴らはどうしようもないだろうが、スキルで洗脳された人間さえ解放できれば、万事オッケーだ。


「ぐっ……ぐおおおお……!」


 レイトがうめき声を上げ始めた。

 頭を上下に揺らしながら、その場で暴れようと体を動かそうとする。だがヒカリの拘束で、その動きは完全に制御されている。

 うーん、これは失敗だろうか?


「ぐあああああああああ!」


 レイトの苦しみがどんどん増加しているような気がする。

 やはり矛盾した命令を与えることは強引すぎたか。

 そういや、機械だってこういう無茶な命令をしたらショートして動きが止まるな。

 このままレイトが死んじまったら、俺がヴァテックスの奴らにぶっ殺されるかもな。


「おいレイト! 頼むから死ぬな!」


 レイトが死ねば、再び俺は世界の敵となるかもしれない。

 元凶はイーバといえど、俺の判断でレイトが死ぬようなものだから……いや、全部イーバのせいにすりゃいいか。

 ナナもシャドウも同意してくれるだろう。ヒカリは口を滑らしそうだが。


「…………」


 レイトのうめき声が消えた。

 さっきまであんなに暴れていたのに、動きを止めて、急に静かになった。

 一応立ってはいるが、正気であるかどうかが怪しい。

 廃人になっているんじゃ……。


「うう……僕は、一体……君は、ヒカリちゃん?」


「あら、正気に戻ったのね」


 よしっ、正気だ!

 ヒカリのことを名前で呼んだし、これはもう確実に洗脳が解け、正気に戻っている。

 これでイーバの洗脳は100%役に立たない。


「くそっ、どうして! どうしてお前たちには洗脳が効かないんだ!」


「ああ? ずいぶんと見苦しいと思っていたら、そんなことしようとしてたのか?」


 まったく往生際の悪い奴だ。

 そんなことをしても、俺とナナは効かないというのに。

 ん? そういやなんでヒカリには効かないんだろうか?

 不死身だったり洗脳が効かなかったりで、何とも不思議だ。


「そんじゃイーバ、お前にはまだ仕事が残っているからな」


「ほ、他の奴らの洗脳も解けと言うのだろう? 分かっている」


「ああ、それもあるけど、それとは別。教団の幹部連中はさ、洗脳してないんだろ?」


「そ、それがどうした?」


「そいつらを洗脳しろ」


「な、何だと!?」


「出来るよな? というかやらないとまた痛めつけるぞ」


「わ、分かりました! やります!」


 これで問題はあらかた解決した。

 教団の非人道的下衆な行いをやめさせることが出来るし、俺のモンスター襲来用に備えたこいつらよりは幾分マシの、非人道的作戦の人員を確保することが出来た。


「ああそれと……おい神、聞こえるか!」


 最終仕上げが残っている。

 俺の作戦を完ぺきなものにするための、最後の仕事が。

 まあ、これは俺というよりも他の奴に頑張ってもらうんだけどな。


「マサト君、やったね。これで君は英雄だ」


「んなもん興味ねえよ。それより、転送してほしいもんがあるんだ」


「拷問道具?」


「ちげえよ。お前は俺のことをどんな奴だと思ってるんだ」


 俺ってそんなに外道に見えるかな。実際、イーバの骨を砕いたけどさ。

 今後はもう少し、自分の行動を考えてみるか。


「それで、なにを転送してほしいんだい?」


「ああ、注射器だよ」


「注射器?」


「いいから早く送れ。早く」


「はいはいっと」


 適当な声を出して、俺の手元が光だした。

 いつもの転送時の現象だ。

 光が消えると、俺の手元に注射器が転送された。

 よし、あとはこれを鍛冶屋の人間にでも量産してもらえれば完璧だ。


「い、今の声は?」


「神だよ。お前らが崇めるな」


「か、神だと!? そんなものがいるわけ……」


 教団幹部の言葉とは思えないな。

 やはりこいつにとって神とは、自分の欲望を満たすための道具でしかなかったか。


「ま、お前の信仰心なんかどうでもいい」


 人間性がどうしようもないクズがどんな価値観を持っていても俺にはどうでもいい。

 むしろ、クズの方が助かる。

 これからこいつにさせることを考えるとな。


「最悪、壊れるかもだけど、お前のやったことを考えるとな」


「ひっ……!?」


 本当に、こいつがクズで助かった。

 どんなことをしても良心の呵責が最小限で済む。

 ……俺も大概だな。


この章の山場は超えました。次からは更新ペースが落ちるかも。

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