第93話 「不測の事態」
この目の前にいる忌むべき存在、人の皮を被った化け物を倒す最大の壁、それはレイトだ。
いくら洗脳され戦闘力が低下しているとはいえ、レベルが俺たち4人を合計しても全然届かないほどの差がある。
この差をどう埋めるか、それがこの勝負を左右する。
「シャドウ、本当にレイトをヒカリちゃんに任せてもいいのか?」
「うん。安心して。ヒカリは絶対に負けることはない」
なぜだろう。圧倒的なステータス差があるのは確かなのに、なぜか説得力がある。
あのレイトを、たった一人の女の子に任せることに、納得してしまう自分がいる。
「まあ見ているといいよ。ヒカリ、敵の力を考えると僕はいない方が良い。少しの間、1人でいてもらうよ」
「大丈夫よシャドウ。1人でも2人、それが私たちでしょう」
「そうだったねヒカリ。じゃあ、がんばってね」
そう言うとシャドウの体が、ヒカリの影の中へと吸い込まれるように移動し、体全体がヒカリの影の中へと完全に消えた。
初めてシャドウと会った時とは真逆、影から現れるのではなく、影の中へと入っていった。
これにはさすがのイーバも驚きを隠せていない。
というか、洗脳されてるレイト以外、俺とナナも驚いている。
「さあ、行くわよレイトさん。盛大に楽しみましょう」
ゴスロリ衣装をヒラヒラと舞わせながら、ヒカリは優雅にレイトの前へと移動する。
「レイト君、あのお嬢さんを倒しなさい」
「了解」
イーバに命令されたレイトが、剣を片手にヒカリに近づく。
2人の距離が3mもなくなった時、レイトは急加速した。
剣を振り、ヒカリの首を容赦なくはねてきた。
「ヒカリちゃん!」
俺が叫ぶのと同時に、ヒカリの首が真っ二つに裂かれた。
あれほど自信満々に挑んでおきながら、一瞬のうちにレイトに葬られた。
「……そんな」
ナナが悲壮に満ちた声でつぶやく。
ヒカリとシャドウは、俺たちの中でも最大の戦力。それを早々に失ったことへの悲しみか。
それとも知人が死んだことへの悲しみか。
どちらにせよ、俺たちにとってはとてつもない絶望だ。
「あらあら、ずいぶんと強いわね、レイトさん。また腕を上げたんじゃないの?」
「…………フェッ!?」
地面に転がるヒカリの頭が、しゃべった。
これは、さきほどとは別の意味で衝撃的な光景だ。
ヒカリの頭は確かに胴体と二つに分かれている。死んでなければおかしい状態だ。
それなのに、首を刎ねられたことなどまるで問題ないかのように口を開いたのだ。
「ちょっと待っててくださいね。今くっつけるから」
首から上がないヒカリの胴体が、頭を求めて動き出した。
ヒカリの頭を拾い上げ、自分の首にそっと置く。
見ると、ヒカリの首は切り傷すらなく、綺麗にくっついた。
「いや待てい!」
「あら、何か?」
「何か? じゃねえよ! 何それ!?」
俺はヒカリの首を指さしてそう聞いた。
だがそれに対しヒカリは首をかしげながらこう答える。
「シャドウが言っていたでしょ。私は負けないって」
確かに言ってたが、これは予想外だろ。
だってふつう考えるか? 首を刎ねられても生きてるって。
どうやら化け物はこっちにもいたみたいだな。
「レイトは任せてもよさそうだし、こっちはイーバだな。見たところ他の取り巻きはいないようだな。レイト1人おいて、安心したか?」
「ぐぐっ、レイト君! そちらの女性ではなく、先にマサト君を始末しなさい!」
「了解」
レイトはすぐさま俺の方を向き、移動を開始しようとした、が、
「どこに行くの?」
ヒカリはレイトの腕を掴み、動きを止めた。
そしてヒカリの腕は、レイトの腕をからめとるようにグニャグニャと動き、拘束した。
まるで蛇のようにヒカリの腕は動き、次いでもう片方の腕をからめとる。
これでレイトの両腕による攻撃は完全に封じた。
「もっと私と遊びましょう。腕が使えないから、足技対決ね」
そう言って、ヒカリは至近距離にいるレイトの腹を、思いっきり膝で攻撃した。
あ、パンツ見えた。白か。
「ぐっ……!」
洗脳されていたレイトが、初めて表情を表に出した。
口から汚いよだれをつーっと出しながら、苦悶の表情を浮かべる。
よし、これでレイトのことは気にせず、イーバとの戦闘に集中できるぞ。
「……レイト君は完全に封じられてしまいましたが、私があなたごときに負けるはずもありません。なぜなら私も、レベル100ですからね!」
イーバが悪趣味な服を脱ぎ棄て、肉体を露わにした。
顔面から推測される年齢からはかけ離れた、あまりにも筋骨隆々な体に、俺たちは息をのんだ。
「はっはっは! 私程度なら倒せると思っていたのでしょうが、そうはいきませんよ!」
イーバは自分の筋肉を見せつけるように、ボディビルのようなポーズを次々と連発する。
その光景は見ていて気持ちのいいものではなく、正直キモイ。
そんなことは置いといて、頭を切り替えよう。
ルール設定だ。
俺の勝利条件は、イーバを倒すことはもちろん、相討ちなんかで俺が死なないこと、ナナが無傷なこと。
これと、イーバを殺さないことを頭に入れて、スキルを発動する。
「俺は求める。勝利を」
大雑把なルール設定をして、今の状況をゲームだと仮定してスキルを発動する。
これにより、複数個の条件を持つ答えを求めるようにした、俺のスキルの裏技だ。
スキルは問題なく発動し、凍結された時の中で唯一幻影が動き出す。
幻影の取った行動は、至ってシンプルだった。
数十秒の間だけ回避行動をとり、そして攻撃行動をして、幻影が消える。
本当にこれで良いのかと思いたくなるほどの単純すぎる行動だ。
「まあ俺にはこれしかないからな」
今だボディビルポーズを取り続けるイーバの行動は完全無視、俺は何も考えずに示された道をなぞるだけ。
それだけでこの世界は俺を肯定する。
今のレイトと違ってイーバには感情が、思考能力がある。負ける要素は一切ない。
「いくぞ!」
俺は幻影が示した通り、カードからナイフを取り出して突進する。
それに反応し、イーバはウザったいポーズをやめ、ファイティングポーズをとる。
キモイ見た目に反し、隙は無い。
素人の俺目線だが。
「ハッハー! あなたの攻撃なんか止まって見えますよ!」
イーバは即座に俺の懐に入り、強烈なボディブローを放つ。
が、俺は身を屈ませてその攻撃を難なく回避する。
そのことにイーバは若干の驚きを見せるも、すぐさま次の攻撃に移行する。
蹴りを入れ、拳を振るい、時折ずつきというとんでも攻撃までしてくる。
普通の状態なら予測できないその攻撃をくらっていただろう。
というか、普通の攻撃さえ目で追いきれてないからくらうんだけどな。
普通の状態なら。
「くっ、なかなかやりますね。ですが、避けているだけでは倒せませんよ」
心配すんな。あと十数秒後にお前を倒す。
あと少しだけ、幻影の示した動きをするだけで、俺の勝利は確定する。
これは絶対の運命だ。
抗えるものなど存在しない…………はず。
「いい加減喰らいなさい!」
イーバが大ぶりな攻撃を繰り出した。
今だ!
俺はナイフの柄をイーバな頭めがけて振り回した。
この攻撃で、イーバは倒され気絶する。
そう、なるはずだった。
「おっと」
イーバは難なく俺の攻撃を避けた。
本来ならこの攻撃で終わるはずだった。イーバは避けられるはずもないのだ。
スキルが、幻影が示したのだ。それなのに、それなのになぜ?
頭の中が疑問で埋め尽くされている時、イーバは俺への攻撃を再開する。
終わった。
一瞬の油断。今から回避行動をとっても間に合わない。
これで、俺の戦闘は終わりか。
何とも呆気ない、俺らしい終わりだったな。
「これで終わり――――ホガッ!」
突如、イーバがアホな声をあげて、ふらふらとした足取りで後ろに下がる。
そして、意識を失いその場に倒れ込んだ。
「…………どゆこと?」




