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第92話 「化け物」

 歩くこと10分ほど、ようやく最奥まで到着した。


「長かったね。でも、ここが最後だ。気を引き締めていくよ」


 シャドウに言われるまでもなく、臨戦態勢はばっちりだ。

 この先何が起きようとも、動じずにいる自信はある。


「まずヒカリが先頭、次に僕、その次にマサト君。ナナさんは回復役だから、傷つかないように最後尾だ。」


 シャドウに言われた通り、俺たちは順番に並ぶ。

 この先にはレベル100はあるだろう冒険者に、レイトがいる。

 普通ならこんな布陣、あっという間にやられてしまうだろう。

 だが、俺にはスキルがあり、シャドウにも何か策があるらしい。

 たった4人といえども、俺たちにも十分勝機はある。


「それじゃあヒカリ、ドアを開けておくれ」


「ええ、分かったわシャドウ」


 ヒカリがドアを開けようと、目の前に立った。

 何度か深呼吸してヒカリは、


「ていっ!」


 ドアを蹴破った。

 優雅さのかけらもないその行いに、俺とナナは目をまん丸くして驚愕する。

 普段の動作とは比べ物にならないほどに荒々しい。


「さ、いきましょ」


「相変わらずヒカリは可愛いな」


 今の行動について何も疑問を持たないどころか可愛いと言い放つシャドウは、ヒカリの後ろにピッタリと付いて部屋の中へと入っていく。

 呆然とそれを見つめながらも、俺とナナは少し遅れて部屋の中に入る。

 この時点でもうぐだぐだだな。勝てる気なくなっちゃったよ。


「ふっふっふ、待っていましたよ」


 部屋に入るとイーバが、高級そうな椅子にふんぞり返って偉そうにしている。

 普段来ている服よりも豪華で、両手に宝石の指輪なんかはめて、悪趣味な格好で俺たちを出迎える。

 本人は威厳たっぷりなつもりなんだろうが、さきほどのヒカリのインパクトが強すぎて何も入ってこない。


「マサト君が来るとは思っていたが、シャドウ君まで来て――――」


「ファイア!」


 イーバが言い終わる前に、俺は魔法を放った。


「のわああああああああ!」


 イーバが奇妙な声をあげながら椅子から飛び降りた。

 地面をゴロゴロと転がり、椅子から5mほど離れた位置にまで移動する。


「ハアッ、ハアッ、ちょっと、まだ話していたでしょうが!」


「やるぞナナ。ファイア!」


「はい! エルフレイム!」


「僕も加勢するよ。ダークレイン!」


 イーバに向かって俺たちの魔法が向かう。

 俺の魔法はナナの魔法に衝突して消えたが、問題ないほどの威力を誇っている。

 シャドウの放った魔法、ダークレインは、槍のような形をした黒い塊がいくつも出現し、まさに槍の雨といった攻撃だ。


「ちょちょちょ、レイト君! 助けなさい!」


「了解」


 イーバに容赦なく向かう攻撃を、どこからともなくレイトが出現し、すべてを剣一つで薙ぎ払ってしまった。

 俺の攻撃はともかく、ナナとシャドウの魔法はそれなりの威力があると思ったのだが。


「ふー、不意打ちとは卑怯ですねえ。ですが、レイト君がいる限り、もうあなたたちに勝ち目はありませんよ」


 傍らにレイトを立たせ、余裕を取り戻したイーバがいやらしい笑みを浮かべながらそう言う。


「おいレイト、イーバを倒せ!」


 俺はレイトがまだ、すべての人間の言うことを聞く洗脳であると思い、指示を出す。

 うまくいけばレイトがすぐにイーバを倒し、なにもかもが完了するのだが、


「…………」


 俺の指示は無視し、レイトはその場をピクリとも動かない。


「ふっふっふ、無駄ですよ。レイト君は完ぺきな洗脳にかかっている。ソウラさんの時のようなことはもう起きません」


 くそ、まだできる時間だと思っていたが、あの男、俺に嘘をつきやがったのか。

 もうレイトは俺の、というか誰の言うことも聞かず、イーバの言うことしか聞かない。

 こうなったらシャドウの策にゆだねるしかないな。


「シャドウ、レイトは任せていいんだよな!?」


「うん。ヒカリ、出番だよ」


「ええ」


 ヒカリが満を持してレイトの前に立ちはだかる。

 が、イーバはまだレイトに指示を出そうとはしない。


「君たち、私がなぜ、こんなことをするのだと思いますか?」


 突然イーバは俺たちに問いかける。

 だがその答えなど俺たちは持ち合わせていない。

 あんなクズの考えることなど、分かるはずもない。


「ふむ、分からないと言った顔をしてますね。うーん、おかしいですね。ここに来る途中、ラッツの部屋は寄らなかったんですか?」


「……ラッツってのは、あのデブのことか?」


「なんだ、ちゃんと会っているではないですか。ラッツは殺したんですよね?」


 こいつ、あのデブの仲間じゃないのか? なのに殺すのが当然みたいなことを言いやがって。


「その反応を見ると、殺さなかったようですね。私の考えを知ってもらおうと、わざわざ中途半端な力を持った人間を配置したんですが、あなたはずいぶんと甘いみたいですね」


 なんだと? あの男は、殺される前提で置いていたというのか?

 何の意味があってそんなことを。

 こいつの言ってることがすべて真実だとしたら、あいつを殺した時にすべてが分かるみたいだが。


「どうです? 今ここで戦いを始める前に、お話でも」


 レイトを味方に付けている余裕だろうか、イーバは自分が負けるなんか微塵も思っていないようだ。

 まあ、俺も勝てるなんて微塵も思っていないんだけどな。

 そろそろスキル使った方がいいかな?


「マサト君、どうする?」


「聞いといて損はないだろ」


「うん。イーバ、お前のたくらみ、話してみろ!」


 どうでもいいことだが、シャドウはイーバに対しては口調が少し乱暴になるな。

 まあ過去が過去だけに、しょうがないが。


「ええ、話してあげますよ。私たちが冒険者を集めていたのは非常にシンプルです。戦力増強ですよ」


「……信じられるかよ」


 戦力増強なのだとしたら洗脳するはずだ。それなのに、こいつは冒険者をほとんど殺したと神は言っていた。それでは戦力増強どころか戦力が激減する。

 矛盾している。


「だったらこの地下室にあった、あの死体置き場はなんだ! ただ遊んでいただけじゃねえのか!」


「ああ、あそこを見たんですか。それは、研究ですよ」


「研究?」


「ええそうです。みなさんは不思議に思いませんでしたか? なぜモンスターを倒せばレベルが上がるのかを」


「それは……確かに不思議ではあるけど……」


 この世界をゲームで経験してきた俺、そして元々レベルという概念がある中で育ってきたこの世界の住人、レベルというものが存在し、それがモンスターを倒すことで上がることを、不思議ではあるが疑問には思っていなかった。


「私たちはなぜモンスターを倒せばレベルが上がるのか、それを研究して効率のいいレベル上げを目指していたんですよ」


 なるほど、それだけを聞けば至極真っ当な研究だ。

 だがそんなまともな研究であるはずもない。あの死体置き場が研究に関係しているのだ。人の道を外れたものであるのは明白。


「それで、結局レベルが上がる謎は解けませんでした。それどころか、研究途中、もう一つ疑問が湧き出てしまいました」


 イーバは深いため息を出し、非常に残念だ、という雰囲気を醸し出している。

 だが、そのあとに「ですが」と加えて、歪んだ笑みを浮かべこう言った。


「それが思いもがけず効率のいいレベル上げが出来るようになりましてね。私の周りの人間だけなら十分強化できたんですよ」


「……そんな方法、あるのかよ」


 レベル100にするのはゲームでも苦労したことなのだ。

 それを効率よく生み出すなど、あるはずもない。それなのに、こいつはそれを見つけたと言っているのだ。

 それはどれほどの希望と、絶望が含まれているのか。


「答えを言いましょう。私たちが疑問に思ったこと、それはなぜモンスターなのか、ということです」


 イーバは答えを言うといったが、シャドウもヒカリもナナも、首を傾げ分からないと言った表情だ。

 だが、俺には一つの仮説が立った。

 今までのこと、教団が冒険者を攫い殺したこと、イーバがラッツを、中途半端な力を持った冒険者を殺させようとしたこと、そして今言った、なぜモンスターなのかという疑問。

 すべてのピースが最悪な形で組み合わされていく。


「お前は……人を殺したのか?」


「……ふふふふ、気付きましたか。そこそこ頭は回るようですね」


「ど、どういうことですかマサトさん?」


「こいつらが、人の皮を被った化け物だってことだ!」


 決してやってはいけないことだ。絶対に、どんな理由があったとしても、踏み越えてはいけない領域だ。

 いくらその先に崇高な目的があろうとも、どんな人間にもそれをやる権利も資格も持っていない。

 人としての在り方を捨てる、最大の禁忌だ。


「そのことを、思いついちまったのはしょうがない。だけどな、それを実行しちゃいけないって……そうは思わなかったのか!?」


「別に」


 俺の必至の問いかけに対し、何ともそっけない返答をしたイーバ。

 この男は、自分のやっていることを悪いと思っていないのか?

 人が持つ、最低限の良心さえ持っていないというのか?


「どういうことだマサト君。人を殺したというのは?」


「……こいつらの疑問、なぜモンスターなのかってのは、言い換えれば、人を殺してもレベルが上がるんじゃないかってものだ」


「なっ!?」


「こいつらはその疑問を解消しようとしやがった。そして自分たちの疑問が確信に変わり、そこで打ち止めにするどころか、これ幸いと思いやがったんだ」


 なんで、こいつらはこんなことをして平然としていられるんだ。

 俺は、殺したいと思っていた人間すら、1発2発殴っただけで不快になったというのに。

 こいつらはもはや、人ではない。

 化け物だ。


「だけど、まだ分からないことがある。なんで、そんなことをする必要がある? お前には洗脳のスキルがあるんだ! 強い冒険者を殺して取り巻きを強くするよりも、攫った冒険者を洗脳しちまえば、戦力は増強するだろうが!」


「ふむ、もっともな疑問です。その答えは簡単、ただ洗脳するだけでは弱くなるからです」


「……なんだと?」


「私の洗脳の欠点、それは対象の思考能力を奪ってしまうことにあるのです。そうすることによって複雑な行動が出来なくなり、戦闘力は低下してしまうのが弱点なわけです」


「……じゃあ、お前の周りの人間は洗脳してないっていうのか? 考えられねえな。お前みたいな人間が、自分の周りの人間を洗脳しないなんて」


「洗脳はしています。というより、教育ですね。この私が手ずから、幼少の時から特別な教育を施し、思考能力を持ったまま、私の言うことをきく私兵を育て上げたのですよ」


 聞けば聞くほどイーバという人間が嫌いになってくる。

 自分の保身のために、誰かの人生を何のためらいもなく消し去ることのできる、この男を。


「ちなみに、レイト君はその失敗作ですよ。この私がスキルを見出し、特別に幾人もの人間を差し出したというのに、まったく迷惑な男ですよ。まあ、私のスキルによる洗脳で戦闘能力は下がりましたが、ここへ戻ってきたのだから良しとしましょう」


 ……レイトも、この男に人生を狂わされていたのか。

 レベル672、この大きすぎる力の裏に、そんな過去を持っていたなんて。

 きっとレイトは、何人も何人もその手で人を殺した。いや、殺させられたのだ。

 それはどれだけつらいことだ。レイトが今まで笑顔でいられたことすら、壮絶なことのようにすら思える。


「とまあ、これがあなた方の疑問に対する答えです。満足できましたか?」


「……………………」


 満足か。確かに俺たちの疑問は解消された。

 だが、その代わりに不快感が膨れ上がった。

 俺はこの男が、心の底から嫌いだ。人としての在り方を捨てた、この化け物が、俺は大嫌いだ!


「お前をぶっ倒す!」


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