第91話 「すべきこと」
歩き始めて何分経っただろうか。
歩けど歩けど景色は変わらず、時折、個室がいくつか見えるだけ。
不自然なほどに静かな時間が続く。
ここではヴァテックスが戦いに来たはずなのに、人の気配すら一切しないのはさすがにおかしい。
むしろ警戒を強めるはずだ。
どうも嫌な予感がする。
「なあシャドウ。敵の戦力って、どれくらいか分かるか?」
「確か、レベル100近い冒険者だけでも30人ぐらいはいたと思うよ」
ならなおさらこの状況はおかしい。
それほどまでに戦力が整っているのに、見張りの一人もいないなんてどうかしているとしか言いようがない。
「おい、絶対に罠だろ」
「……そうだろうね。だけど、進むしかできないから」
シャドウの言う通り、今の俺たちにはこの一本道をただアホみたいに進むだけしかできない。
不安しか残らない、なんの考えもないただの進行だ。
「ん? あの部屋から、声が聞こえてこないかい?」
シャドウが立ち止まり、とある部屋を指さした。
耳を澄ましてみると、確かに人の声らしきものが聞こえる。
壁が厚いのか、その声は本当にわずかに聞こえる程度のものだが、確かに聞こえる。
「生きてる人間がいるならちょうどいい。話でも聞こう」
この部屋にいる人間が教団関係者なら暴力でも何でも使って情報を集めることが出来る。
そうでなく、この教団にさらわれた人間だとしても、そんな人間を解放できればいくらか気分がいいし、ほんの少しでも情報が得られるかもしれない。
が、さきほどの部屋のように、人には見せられない光景がある可能性も高い。
その時は、酷だがナナに見せ、回復してもらうしかない。
「じゃあ、開けるよ」
シャドウは部屋の扉に手をかけ、ゆっくりと引いた。
その中から、壁によって聞こえずらかった声が、鮮明に聞こえた。
「ギャアアアアアアアアア!」
叫び声が俺の耳をつんざく。
断末魔にも似た、ひどく聞き心地の悪い叫び声だ。
「誰だ!?」
部屋の中には、2人の人間がいた。
一人は叫び声を上げている少年。天井から鎖が伸びており、吊り下げられている。
もう一人は、手にナイフを携えた、肥え太っている人間。
何が起こっているかは一目瞭然だ。
「き、貴様ら、昨日の奴らの仲間か!?」
男はナイフをこちらに向け、威嚇する。
だが手は小刻みに震え、明らかに恐怖している。
そんな男にシャドウはゆっくりと歩み寄る。
自分に向けられているナイフなどまるで問題がないと言う風に、着実に近づく。
「く、来るな! 私はこれでも、レベル50だぞ! 殺されたくなければ……!」
残念。シャドウのレベルは92だ。お前なんかじゃ刃が立たない。
「く、くらえええええ!」
男はシャドウに突進し、ナイフを突き立てようとする。
が、そんな直線的な攻撃にシャドウが遅れを取るはずもなく、その攻撃をさっと避けて、足を引っかけた。
「うおっ……!」
足を引っかけられて、男は盛大に転んだ。その拍子に、手に持っていたナイフが俺の足元へと転がってきた。
そのナイフを俺は拾い上げ、地べたに付している男に近づく。
そして、ナイフの刃を男の顔面にそっと向ける。
「ひっ……!」
目の前にナイフを突きつけられ、男が恐怖の声を出す。
起き上がろうとするも、シャドウが素早く抑え込み、身動き一つ取れない状態になる。
「た、助けてくれ! い、命だけは!」
男は目から涙を流しながら、みっともない命乞いをする。さきほどまで身動き取れない少年をいたぶっていたというのに、心底胸糞悪い。
性根が悪すぎる。
こんな、こんなクソみたいな奴らに、何の罪もない人間が何人も殺されたのか。さすがに腹が立ってくるな。
「死にたくなけりゃ質問に答えろ。他の教団の人間はどこだ?」
「ほ、他の奴らなら普段は飲みに行ってて、ここにはいない。本当だ!」
「……全員か?」
「わ、分からないが……そうだ! イーバ様とその取り巻きならこの先をずっと行った、一番奥の部屋にいる。昨日襲ってきた奴の洗脳を完ぺきなものにするって」
やはりレイトは洗脳されていたか。だが、こいつの話を聞く分には洗脳にはある程度時間がかかるらしいな。
「洗脳の時間はどれくらいかかる?」
「く、詳しくは知らないが、完全な洗脳には数日かかるって話だ」
数日か。ならレイトはまだ完全な言いなりにはなっていない。もしくは俺の言うことでも聞くようになっているということか。
なら、そこまで脅威ではないか。
「もう一つ聞くが、なんで教団は冒険者を、この街の人間を襲う?」
「し、知らない」
「…………」
俺は無言でナイフを振りかぶる。
「ほ、本当なんだ! イーバやほかの幹部は何か目的があるらしいが、俺は何にも聞かされてない! ただおもちゃをやるって言われて、ここでガキを痛め続けてただけだ!」
クズな発言をよくも包み隠さず話せるもんだ。自分のやっていることに罪悪感を感じないのか、もしくは悪いことと知りつつも、楽しいから別にいいと思っているのか。
なんにせよ、ろくでもない人間なのは確かだ。
「ぜ、全部本当のことだ! だから命だけは!」
「マサト君、こいつを殺すのかい?」
シャドウが問いかける。出来れば殺してやりたいという気持ちはかなりあるが、人を殺したことのない俺にとって、殺したいと思った人間すら殺さなかったことに安堵した俺にとって、人を殺すということはとてつもない行いだ。
情報さえ聞き出せれば気絶させて終了。それでいいと思っていた。
何より、モンスター襲来に備えて、出来るだけこいつらは生け捕りにしておいた方が都合がいいのも確かな……。
「殺してっ! そいつを殺して!」
俺の思考を遮るように、さきほどまで痛めつけられていた少年が叫んだ。
叫ぶことすら痛みを伴っているのか、叫ぶほどに顔が苦痛に歪んでいる。だがそれでも、少年は叫び続けた。
そいつを殺して、と。
「そいつに、僕の妹が、殺されたんだ! 殺して!」
「だ、黙れ! 頼む、命だけは! 何でも言うことを――――」
シャドウは男の顔を地面にたたきつけた。
強烈な一撃をくらったことにより、男の意識は消える。が、死んではいない。
頭から血を流し、意識を完全に失っているも、生きていることだけは確かだ。
「行こう。マサト君」
押さえつけていた手を離し、シャドウは立ち上がった。
正直、意外だった。シャドウは教団を恨んでいるはずだ。こいつらを殺すことなど、歯牙にもかけずにやるだろうと、そう思っていた。
なのに、殺さずに気を失わせるだけで済ませるなんて。
「ナナ、とりあえずあの子の回復だけでも……」
「それはいけない」
「……なんでだ?」
「今あの子を回復すれば、絶対にこいつを殺す。そんなこと、子供にさせてはいけない」
「……そうだな。傷ついた子供を放置ってのは気分が悪いけど、しょうがないな」
こいつを殺したい少年の気持ちは分かる。が、一時の感情でそんなことをしては駄目だ。
人を殺すってことは、人を傷つけるってことは、どうしようもなく虚しい。
復讐の先には何も生まない。そんな言葉を聞いたことがあるが、その通りだと思う。
こいつみたいなクズは例外だが、あの少年はきっと、こいつを殺せば、そのことを一生忘れない。
こんなクズを殺して、一生苦しむことはない。
「そいつを、殺してよ! 殺させてよ!」
少年はなおも叫び続ける。
自分を傷つけた男を無視し、この部屋から出ようとしている俺たちに、殺すよう、殺すことが出来るよう、必死で叫ぶ。
だが俺たちはそのことごとくを無視し、先へと向かう。
「マサト君、敵はイーバとその取り巻き。そして洗脳途中のレイト君だけだ。絶対に倒すよ」
「……分かってる」
少年の願いを叶えさせてやることは出来ない。
今の俺たちにできることは、一刻も早くここをぶっ潰すことだけ。
それだけが、俺たちにできることであり、すべきことだ。
せめてこの章が終わるぐらいまでは、速いペースで書こうと思います。
誤字が多くなったらすみません




