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第90話 「許されざる行為」

今回の話は割と衝撃的なシーンがあります。

ご注意ください

 扉の先に在ったもの、それは50を超える教徒だった。そしてその教徒たちは円状に並んでおり、真ん中にある巨大な銅像を囲み、祈りをささげている。

 この場の雰囲気は、まさに荘厳を絵にかいたような、そんな感じだ。

 が、一つの違和感バリバリの物体がその雰囲気を台無しにしている。


「おいナナ、あの銅像、もしかして神か?」


「……多分」


「どう見ても詐欺だろ」


 教徒に取り囲まれている銅像の見た目は、なんというか神々しさに包まれている。

 まるですべてを包み込むような、慈悲深さを兼ね備えた優しい微笑みを浮かべている。

 うん、どう見ても神じゃない。

 実際の神は確かに常時、笑みを浮かべている。だがあれは、へらへらと笑う間抜け面だ。断じて物事を深く考えているような顔ではない。

 つーか何にも考えてないだろう。

 そんな俺の心の声が聞こえたのか、


「そうかなー、僕としてはもうちょっとカッコ良くてもいいと思うけどなあ」


 あの銅像が、むしろ本人よりも劣っているという声が、まさかの本人から挙げられた。

 自画自賛にもほどがある。

 ハエが自分をカッコいいと言うようなものだ。


「ちょっと! その例えは無いんじゃない!?」


 おっと、俺の心の声は全て聞こえているんだったな。うっかりしていた。

 だが今の例えがそんなに間違いだろうか?

 あの銅像と、実際の神。

 うん、月とスッポンだ。


「……あーそうさ。僕は駄目な神ですよーだ。ふん、別にいいよ。ここにいる教徒は全員、僕のことを崇めているんだからね」


 そうやっていじける時点であの銅像と雲泥の差があるということになぜ自覚しないのか。

 まあ、馬鹿に何言っても無駄か。


「これが本当の神様か。声だけしか聞こえないけど、確かに彼らが崇めている者とはかなり差があるみたいだね」


 神の声がシャドウにも聞こえていたのか、感想を漏らす。

 その感想は間違ってはいない。神は崇める価値なんかこれっぽっちもない、矮小な存在だ。

 今だって、神がブー垂れている声が聞こえてくる。

 まったく、これが本当に神だと言うのだから困ったもんだ。


「ま、神なんかどうでもいい。ていうかこの教徒たち、俺たちは完全に無視ですか」


 祈りの時間に土足で踏み入った俺たちに何かしらの反応があると思っていたが、実際は何の反応もない。

 銅像に祈りをささげるだけで、こちらの存在に気付いている様子すら見受けられない。


「こっちを気にしてくれないんなら好都合だよ。さ、地下室はこっちだ」


 俺はシャドウの誘導に従い、建物の奥へと進む。

 所々にさきほどの銅像のミニチュア版が置かれている。

 見れば見るほど神との違いが明らかで、思わず笑ってしまうほどだ。

 そのたびに神が文句を言うのだが、もう無視だ。こいつにいちいち反応していたら時間の無駄だ。


「さあ着いたよ。ここが地下室への階段だ」


 シャドウに連れてこられた場所は、建物の奥の奥、照明があるにはあるが、うっすらと光っている程度で、非常に不気味な雰囲気を醸し出している。

 曲がりなりにも神を崇める教団なんだから、もうちょっといい雰囲気にできなかったのか。

 実際に行っていることを考えれば妥当な雰囲気だが。


「この奥には何があるか分からない。気を引き締めていくよ。ほら、ヒカリも目を覚まして」


 シャドウがヒカリに話しかけ、ヒカリは目をこすりながら、ほんのり充血した目でシャドウを見つめる。


「シャドウ、私はとても眠いの。今日じゃなきゃダメかしら?」


「ダメだよヒカリ。時間が経つにつれて彼らの行いは範囲を広める。出来るだけ早くに倒さなくちゃ」


「でもシャドウ、私はこんなんで役に立てるかしら?」


「大丈夫。ヒカリはいざとなったら頑張れる子だからね。僕は分かっているよ」


「ええ、シャドウがそう言うからにはそうなんでしょうね。私はきっと頑張れるわ」


 どんな理屈だ、と言ってやりたいが、この2人の信頼あっての言葉なのだ。口を挟むだけ野暮というものだ。


「ていうか、なんでヒカリちゃんはそんな眠そうなんだ?」


「実は昨日、今日戦うことが楽しみで眠れなかったみたいなんだ」


「子供か!」


 なんだそれ。遠足に行く子供が夜眠れないみたいな、くだらなすぎる理由は。

 大体、今から死をも覚悟しなきゃいけない戦いをするっていうのに、楽しみで寝られないって、どんな戦闘狂だよ。

 ……まあ俺も、そんなに覚悟はしないでここまで来ちゃったけどさ。


「まあいいや。扉開けるぞ」


 俺は扉の取っ手を握り、思いっきり引いた。が、扉はビクともしない。

 押すタイプかもと思い、今度は思いっきり押してみるも、一向に動く気配がない。

 なんだ、俺ってこんなに非力だったのか?


「マサト君、それはダミーだよ」


 そう言って、シャドウは扉の左側にある、壁に付いている照明ランプを右にクイッと動かした。

 すると、床が少しずつ移動し、下へと続く階段が出現した。


「なんだよこれ。何のためのダミー?」


「ここには何もないって思わせるため……だとしても不自然すぎる。ホント、馬鹿だよね」


 シャドウの言う通り、ダミーなんか作っても不自然なだけだ。

 むしろ扉のダミーを作るより、何の変哲もない壁があった方がまだ自然だ。

 それならばここには何もないと判断し、引き返すだろうからな。


「さあ行こう。本当の戦いが始まるよ」


 シャドウに言われ、俺たちは階段を下りる。

 階段は結構な長さがあり、一番下に来るまでに2分も歩き続けた。

 この地下室、相当深いとこに作られているようだ。

 さらに広さも相当なもので、見ればこの地下室に個室がいくつもある。

 一番奥まで行くには、かなりの時間を要しそうだ。


「ん? なんか臭くねえか?」


 地下室に着いた途端、鼻につく嫌なにおいを感じた。


「……本当だ。多分、あの部屋からだ」


「ちょっと見てくるか。ナナは周りに誰かいないか見張っててくれ」


 俺とシャドウはにおいがしてくる場所、その元凶と思しき個室へと向かう。

 扉に近づくにつれ、嫌なにおいが強烈になってくる。

 どうやらこの部屋からにおいがしてくるとみて、間違いないようだ。


「ったく、掃除ぐらいちゃんとしろよな」


 管理不足による悪臭、そう思い扉を開けてみると、強烈な腐敗臭とともに、とても胸糞悪い光景が俺の視界に入り込んできた。


「これは……!?」


 その部屋には、人間が散りばめられている。

 床は血だらけで、人間の体が、パーツごとに分けられている。

 それだけでなく大人から子供まで何十人と、掌に杭を打ち付け、壁に打ち付けられている人間が存在する。

 そしてそのすべてはすでに、一切の生気を無くしている。


「う……!」

 

 強烈な腐敗臭、さらに一般人の俺には衝撃すぎるその光景により、胃の中のものが逆流する。


「オッ……オエッ……!」


 言葉にならない声をあげながら、その場に汚らしい吐瀉物を吐き散らす。

 床が人間の血と、俺の吐瀉物が交わり、さらなる強烈なにおいが俺の鼻に容赦なく潜り込んでくる。


「マサトさん、何があったんですか!?」


 その場にへたり込む俺を心配し、ナナが駆け寄ってくる。

 だが俺は、


「来るなっ!」


 口から溢れ出るものをなんとか押しとどめ、力を込めてナナにそう言う。

 こんな物、決して見せてはいけない。

 どんなことがあっても、普通の人間が、ナナのような心の綺麗な人間は、こんな光景を生涯見てはいけない。


「大丈夫かい、マサト君」


 シャドウは扉を閉め、俺の背中をさすりながら心配してくれる。

 こんなものを見て何で平然としていられるんだ。そう思ってシャドウの顔を睨みつけると、シャドウも口に手を当て、言い表せないほどの不快な顔をしている。

 そうだ、こんなものを見せられて、平気な人間などいるはずもないんだ。


「ほら、この水で口をゆすいだらいい」


 シャドウはカードから水を取り出し、俺にそれを差し出した。

 俺は差し出された水を口に含み、吐き出して口の中の気持ち悪さを緩和させる。

 まだ多少の気持ち悪さは残るが、ほんの少しマシになった。


「ハアッ、ハアッ……くそ、想像以上だったよ」


 まさか教団がこれほどのことをしているとは思わなかった。

 せいぜい金を搾り取るぐらいだと思っていたが、人間に対してあんな仕打ちが出来るなんて、信じられない。


「しかし、一体何をしようとしてるんだろう?」


 シャドウがつぶやくも、そんなことは分かるはずもない。

 あんなイカレタ行動をし、平気な顔で街を出歩く奴の真意など、分かるわけがないし、分かってはいけない。

 どんな理由があろうとも、踏み越えてはいけない一線を越えた人間の考えなど、分かろうとすることすらダメなことだ。


「マサト君、そろそろ行くよ」


 俺はシャドウの肩を借りながら、よろよろと立ち上がる。

 体に力が入りづらいが、こんなところで止まっているわけにもいかない。

 俺はレイトの様な善人ではない。だが、こんな非道な行いをする奴らを、許してはいけないという気持ちはある。

 この教団を、完膚なきまでにぶっ潰す。そんな新たな決意を胸に宿し、俺はシャドウたちとともに、この先に進む。

前半とは打って変わって、後半はシリアスに。

このままシリアス路線に乗ろうかな。

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