第89話 「決戦前」
時刻は午前11時、そろそろシャドウたちとの待ち合わせの場所に向かう時間だ。
俺はカードにいくつかの道具と一つのナイフを入れ、準備を済ませる。
ナナ達の3人も、各々準備を済ませ、教団と戦う気満々だ
「よしマサト、それでは行こうか」
「お前は留守番だ」
「…………は?」
数秒間、たっぷりと溜めて疑問の声があげた。
「あとアカネもお留守番な」
「ど、どうして?」
「この戦いは危険だからな。子供はお家でお留守番」
などと言ってアカネが納得するはずもなく、
「やだ! アカネもお父さんといっしょがいい!」
うん、やっぱりいうことを聞いてくれないな。
予想は出来ていたよ。
「そうだぞマサト! どうして私とアカネは留守番なのだ! ナナは連れて行くのだろう!?」
ソウラもアカネ同様、納得がいかないらしく、分かりやすく不快な顔をしながら文句を言い募る。
だが、この2人を連れて行くわけにはいかないのだ。
「忘れたか? イーバは洗脳を使う。それに対抗できるのは、神の力で一種の洗脳にかかっている俺とナナだけだ。ソウラは洗脳をモロに受けるし、アカネも気分悪くなるだろ」
「ああなるほど。だから昨日、ソウラさんは置いて行くって言ったんですね」
「そゆこと」
この2人を連れて行ったら、下手すると仲間同士で戦うなんていう、最悪の事態に発展しかねない。それは絶対に回避しなくてはならない。
絶対に、ソウラとアカネを連れて行くことなどできない。
そんな理屈を言っても2人は納得せず、たっぷり30分間喚き続けた。
アカネはともかく、ソウラも一緒に喚くとは予想外だった。洗脳の危険性を考慮し、自分はいかないと言うと思っていたのに、とんだ誤算だ。
などと喚いていたのだが、一つ条件を付けることで何とか納得してくれた。
戻ってきたとき、一度だけ言うことを何でも聞くというものだ。
正直何されるか分からないが、背に腹は代えられない。
ついでに言うと、危険なところについてくるのだからと、ナナの言うことも一つ聞くことになった。
どちらにしろ、俺は全員の言うことを聞かなくてはならなくなったということだ。
「それじゃあ行ってくる」
「行ってきます」
「ああ、頑張れよ」
「お父さん、ナナお姉ちゃん、がんばってね」
2人の見送りで、俺とナナはシャドウとの待ち合わせ場所に赴く。
思えばナナと2人きりで行動するのはいつ振りか。
ソウラとアカネと出会うまでは、同じ部屋で一夜を過ごすほどだったが、今では2人きりでいることはまずなかったからな。
「マサトさん、私がついて行っても役に立てるんでしょうか?」
待ち合わせ場所に向かう途中、ナナが尋ねてきた。
相変わらず自己評価は低いらしいな。
「回復魔法ってのはどんな時でも便利だからな。ナナはどこに行っても役に立つよ」
これは素直な感想だ。たとえステータスが圧倒的に低かったとしても、人間の耐久力はあまり変わらない。
もちろん、俺が死ぬ攻撃をくらってもシャドウなんかは死ぬことはないだろうが、それは防御力の話だ。死に至るダメージの総量はそんなに変わることはない、
したがって、例えレベル的に低かったとしても、回復魔法を使える人間は重宝するということだ。
「だから自信を持て。ナナはこの世界でも貴重な人材だ」
「そ、そうですか? そんなに褒められると、ちょっと照れますね」
ナナはほんのりと頬を赤く染め、笑みをこぼす。
ほんと、こういう時間を過ごしていると今から戦いに行くなんてこと、想像できねえよな。
ていうか俺は本当なら、この年だとまだ高校生…………いや、確か1カ月前に19歳になったっけ。
自分の誕生日すら忘れているとは、必死だったんだな。
とまあそんなことを考えながら、シャドウとの待ち合わせ場所である、この街で最大級の大きさを誇る建物についた。
シャドウはまだついていない、が、目を引く3人組が行き倒れていた。
「おーい、ダイジョブかあ」
俺は倒れている3人に近づき、適当な口調で3人の安否を確認する。
うん、ヴァテックスだ。
見れば全身に傷がいくつもついており、シャレにならん。
「ナナ、回復魔法」
「はい!」
ナナは俺と違って、焦りながら3人に駆け寄り回復魔法をかける。
3人の傷は見る見るうちに塞がっていき、体は至って綺麗になった。
が、よほどダメージが深かったのか、目を覚ます気配はなく、ずっと気を失ったままだ。
一応、3人の脈を確認し、生きていることは確認した。
「なんというか、やっぱりだな」
「そうですね。ソウラさんやこの世界の人が見たら大事でしょうけど、マサトさんとシャドウさんの予想通りでしたね」
力は申し分ないだろうが、いかんせんこいつらは人が良いんだろうな。だからこそこの世界では英雄扱いされるんだろうが、俺にとってはそんなもの、損な物でしかないな。
あ、今の笑うところだよ。
「あれ、そういえばレイトさんはいないんですね?」
ああ、確かにレイトの姿はここにない。
これもまあ、予想はしていたことだ。出来ればされたくなかったことだが。
「レイトは多分、洗脳されてんだろうな」
「ええっ!? それはさすがにやばいんじゃ……!」
俺はレイトを倒した。といっても、こっちもズタボロになったからな。レイトが洗脳されたとなっては、こちらにとってかなり分が悪い。
さらに、これは俺の推測でしかないが、多分イーバの洗脳と俺のスキルでは相性が悪い。
俺のスキルは、シャドウが言うには自身の考えにすら影響を及ぼすもので、人の思考を変える効果がある。
決して人の意思は変えられないが、人の思考は変えられる。分かりやすく言えば、勝とうとする気持ちは変えられないが、勝つ方法については変えられる、ということだ。つまり勝つという意識の元、負ける方法を行うということだ。
だが、それは考えている場合に限る。
シャドウも言っていた。「人が考える生き物である以上、彼に一対一で勝てる存在はいない」と。
洗脳された人間に、果たして自分の考えというものがあるのだろうか?
俺は無いと考える。洗脳された人間は、命令された通りに動く、木偶人形だ。自身では考えることはない。
ゆえに、俺のスキルはイーバとは最悪の相性であると考えられる。
「シャドウたちに頑張ってもらおう」
「もちろん僕たちは精一杯頑張るよ」
突然、俺の後方から声がかけられた。
振り向くとそこにはシャドウと、眠そうな顔をしているヒカリがいた。
「それにしても、予想通りヴァテックスは倒れているね。レイト君もいない。思っていたよりもダメージがないのは予想外と言えば予想外だけど」
「ああそれは、ナナが回復魔法をかけたからさ」
「回復魔法!? ああそうか、うわさで聞いた、回復魔法を扱う人間ていうのは、君のことだったのか」
どうやらナナのうわさはかなり広範囲に広まっているらしい。
シャドウはその実力ゆえに、最前線に近い所で戦っていた可能性が高い。そこまで情報が届いていたとなると……あれ、でもこの街の飲食店の常連だったから、最近はこの街にいたのかな。
ていうことは、ナナのうわさをそんなには広まっていないのか?
うーん…………ま、考えても仕方ないか。
「他の仲間はいないみたいだね」
「ああ。イーバは洗脳を使うからな。それに対抗できるのは、俺とナナしかいないんだ」
「……洗脳に、対抗できる?」
「ああ。俺とナナは神の力で洗脳の類は効かない体になってるんだ。ま、特別なのは俺とナナだけで、他の奴らは神の力を加えられないがな」
「すごいね! それはすごい! ならイーバへのとどめは君に託せるね!」
シャドウは興奮して、俺の手を掴んでそう言った。
まあ、握られたのは右手だから、何も感じないのだが。
「それで、作戦はあるのか?」
「ああ、ある。といっても、大雑把なものだけどね。まず僕とヒカリがレイト君、ひいては他の教団を相手にする。君はそのスキルを用いて、イーバを殺しに行ってくれ」
とても大雑把な作戦だが、それぐらいしか考え着かないだろう。
一つ問題があるとすれば、レイトのことだ。
「レイトの足止めなんかできるのか? 洗脳されているとはいえ、レベル600越えの冒険者だぞ」
単純に考えて、レイトはシャドウの7倍以上の力を持っているんだ。
それを足止めできるとは到底思えないが……。
「安心してくれ。ヒカリに任せておけば、足止めならできる」
シャドウは胸を張って、自信満々にそう答えた。
こうまでいうからには俺には考えも及ばない秘策があるんだろう。
正直不安はあるが、任せてみる他あるまい。
「それじゃあ準備はいいね。行くよ」
「ちょ、いきなりか。心の準備ってやつをだな……」
「大丈夫。敵の本拠地はこの建物の地下。入ってすぐは何も起こらないよ」
「そ、そうか」
だからといっても少し心構えをしときたかったのだが、まあ仕方ない。
戦闘経験の薄い俺よりも、シャドウについて行った方が確実か。
「じゃあ、行くよ」
シャドウは建物の扉を両手で、ゆっくりと開ける。
今、たった4人と、不特定多数の教団との対決が、行われる。




