第85話 「俺は弱い!」
「さすがに、これは少なすぎだろ」
モンスター襲来に備えた落とし穴の制作のため来たのだが、昨日と比べてかなり掘り進められている。
イーバ達は相当に頑張ったらしい。
が、順調に進んでいる穴掘りと並行し、順調に進んでしまっていることがある。
冒険者の数が、またさらに減ってきている。
残った数はわずか15人。俺たちが4人。ヴァテックスが4人。ヒカリとシャドウが2人。アナが1人。その他4人。
今日この場に穴掘りに来た人数が、たったこれだけしかいない。
時刻はすでに10時を回っており、寝坊して来ていないというのは考えにくい。
アナと同じパーティだった少年たちは、俺たちが作業を始めた日にアナと一緒にいることが嫌なのか、そそくさと立ち去って行ったから例外だが、その他の冒険者、数百人以上が姿を消していることになる。
「これ、本格的にヤバイだろ」
いくらなんでも少なすぎる。これではモンスター用の落とし穴は完成しないだろう。
それに、対飛行モンスター用の策がまだ思い浮かんでいない状況ではこの人数の少なさは致命的だ。
俺の考えている非人道的な作戦も、さすがにこの人数では無理だ。全方位から襲われればひとたまりもない。
この問題は早急に対処しなければいけない案件だ。
「レイト、穴掘りは中断だ」
「……うん。さすがの僕も、起きちゃいけないことが起きていることは分かってる」
「そんじゃ調べて…………いや、神に聞けばいいか」
「あ、確かにそうでしたね。神様はその気になれば世界中を見渡せるんですから、危険なことはしなくても分かりますね」
先日は今回のことを調査するのは危険だと思っていてしまったが、神がいれば調査自体は問題ない。
前回スキルについて聞いても知らなかったが、今回は単純に誰がどこにいるかを調べてもらうだけでいい。
神ほどの適任はいないだろう。
「おいおい、神に聞けばいいって、お前ら本気で言ってるのか?」
ヴァテックスの槍男があからさまに馬鹿にした態度で聞いてくる。
この男だけではない。ほとんどの人間が俺たちを異端者扱いしている。信じているのはアナぐらいだ。
信じられないことだとは重々承知しているが、さすがにこの反応はウザったいな。
「おい神、聞こえるか? 聞こえたら返事しろ。あと、こいつらにも聞こえるようにしてくれ」
「アハハハハ! 本気で神に聞いてるぞ。バカなんじゃねえのか!?」
「レイトを倒した男がこれほどまでにバカとは、失望したぞ」
俺のことをあざ笑うもの、痛い子扱いするもの、様々だが、どの反応も俺の繊細なハートにチクチクと傷をつける。真摯に対応してくれるのは仲間たちと嘘を見破ることのできるアナ、それと馬鹿が付くほど真面目なレイトだけだ。
だがそんな心の傷も、すぐ後に見ることのできるこいつらの驚愕な顔で癒されるというものだ
「どうしたのマサト君、最近ボクの呼び出し多いね。寂しいのかな?」
軽薄な口調が脳内に響き渡る。この口調、神は現在起きていることは何も知らないとみて間違いない。
「な、何だこの声!? どっから聞こえるんだ!?」
突然脳内に響く声に、周りの冒険者は驚く。
無理もない。何度も経験している俺たちでさえ不快な思いをするのだ。初見でこれに動じるなという方が無理がある。
「おい神、この街の冒険者がスゲエ減ってるんだけど、何か知らないか?」
「えっ、そうなのかい? 調べものしてて気づかなかったよ」
「そっちは後回しにしてくれ。緊急事態なんだ」
「うん。君が言うからには相当なんだろうね。ちょっと待ってて」
それから数十秒の間、神の唸り声が聞こえてくるだけで返答が来ない。
この状況で、周りの冒険者の疑問が一斉に俺にぶつけられる。
「おい、あの声はなんだ!」
「神だよ」
「神って、どういうことだよ?」
「前に言ったろ。俺は神に送られてきた異世界人だってよ」
「確かに前にそんなこと言ってた気がするが……だからって、本当だとは思わないだろ!」
「あっそ」
「あっそって……ていうかあの声の主が神なら、この状況を何とかしてくれるんじゃ」
「それは無理です。天界法で、下界に対する過度な干渉は禁じられているので。あの人が役に立つとしたら情報収集ぐらいですよ」
「……やけに詳しいな。マサトから聞いたのか?」
「いいえ、わたし天使ですから」
「天使!?」
「はい、あの神様のもとで10年ほど働いていました。今はマサトさんのお供として、神様からは解放されて、充実した毎日を送っています」
「そうか、それならばマサトがレイトに勝ったのも納得がいくか」
「それは違う!」
聞き捨てのならない言葉に、無意識に声を荒げた。
俺がレイトを倒したのは神も何も関係ない。
俺自身の願いの果てに手に入れた力によるもの。100%俺の、神など介入する余地もない俺の力なのだ。
それを神の力によるものだという解釈の仕方は、俺という存在を全くと言っていいほど認めていないということだ。
「俺の今までの人生の中、神が邪魔することはあっても、手助けすることはなかった。俺の力は俺だけの物だ。神は関係ない」
自分の力に誇りがあるわけではない。この力を持って勝負に負けたとしても、特に悔しがるとかそういうことはないだろう。
だが、この力そのものは俺の物なのだ。それを否定するような言葉はさすがの俺でも許容できない。
「わ、悪かった」
俺の剣幕に押されてか、さきほど発言した女騎士が小さな声で謝罪する。
基本的に女に甘い俺だが、譲れない一線があればこういうこともある。
俺の態度で空気が重くなったが、空気の読めない男には何の関係もないことだ。
「マサト君、大変なことが分かったよ」
顔は見えないが、神妙な雰囲気を漂わせた神の言葉が脳内に響く。
神という存在に驚きざわついていた者も皆、口を閉じて集中する。
「消えた冒険者たちのほとんどはその世界にはもういない。浄化の場で魂が洗い流され、別の世界に転生した記録がある」
「…………そうか」
予想していた答えだが、冷静を装いつつも動揺が心の中で渦巻いている。
ほとんどがいないといったのだ。消えた冒険者の数は100を超えている。そのほとんどがすでにこの世にはいないと。
俺の思い過ごしであってほしかったが、やはり死んでいたか。
神の宣告に、俺以外の全員も押し黙る。
何か言いたそうに口を動かそうとするも、何も言い出せない。
そんなのは嘘だ!
そう叫びたいのを我慢しているように見える。
全員が、死んでいることを心のどこかで予想し、納得したからかもしれない。
「それで神、誰がやったかはわかるか?」
「うん。この事件を引き起こしたのは、僕を崇めている宗教の仕業だよ」
あの教団、そんなクソなことをしていたのか。昨日、平然とした顔つきでよくもまあここに顔を出せたもんだ。
正気の沙汰ではない。
「……一体、何の意味があるってんだ!」
この場にいるすべての人間の思っていることを代弁するように、槍男が吠える。
確かに、一体何の意味があるというのか。
今この時では、一人でも多くの人間の力が必要なはずだ。
一人を殺すごとに自らの首を絞めることになる。
それが分からない馬鹿ではないはずだ。
「くそが! あの野郎ども、ぶっ殺してやる!」
槍男がカードから自身の身長ほどの大きさを持った巨大な槍を取り出す。
体中から怒気が溢れ、今にも暴れだしそうなほどの迫力がそこにはある。
さすがはこの世界で有数の冒険者といったところか。
「落ち着くんだランス。冷静になろう」
怒りを露わにしている槍男をレイトがたしなめる。
なるほど、こいつはランスというのか。今まで通り槍男でOKだな。
「これが落ち着いてられっか! 何人も、何人も殺されてたんだぞ!」
「そうだレイト! このような非道、許されるはずもなかろう!」
槍男に同調するように女騎士も武器を携える。
レイピアのような細身の剣を装備し、今にも切ってかかりそうだ。
「リリィも落ち着いて。僕だってこんなことは許さない。だけど敵は強大だ。冷静にならないと」
この女、リリィって名前なのか。見た目に反して何とも可愛らしい名前だな。
俺は場の空気も読まずに思わず吹き出してしまいそうになった。
「みんな、僕たちは教団と戦う。力を貸してくれないか?」
レイとの呼びかけに反応するものは少ない。
これが単純な恐怖によるものだったらレイトも気分を害さなかっただろうな。
「ヒカリ、あの教団は落ちるとこまで落ちたみたいだね」
「そうねシャドウ。でも何人死のうと、私はシャドウさえいればそれでいいわ」
「そうだねヒカリ。ヒカリさえいればこの世界の誰もが命を失おうと僕は気にしない」
「シャドウ、私は嬉しいわ。あなたの愛する人でいられて」
「僕もだよ。ヒカリに愛されているというだけで、僕はこの世の誰よりも幸福さ」
「シャドウ!」
「ヒカリ!」
「「愛している!」」
相も変わらず自分たちの世界に陶酔するヒカリとシャドウ。
もはや誰の言葉もこの2人には届いていない。自然に終わるのを待つばかりだ。
「マ、マサト君は来てくれるよね?」
2人に無視されたレイトがすがるように聞いてきた。
「俺なんか必要ないだろ。みんな、レイトが教団を倒すまで家で待機だ」
「ちょ、ちょっと待ってよ!」
俺の拒絶がよほど予想外だったのか、慌てて帰ろうとする俺の手を掴む。
「何だよ。俺なんか足手まといだろ」
「いやいやいや、君は僕より強いだろ?」
レイとはそう言うが、俺なんかレイトの足元にも及ばない。
まともに戦えば「戦闘力たったの5か。ゴミめ」と言われても不自然でないほどの戦闘力差がある。
俺のスキルについてはもうバレているから、スキル発動前に潰されるのが関の山だな。
「俺はお前より弱い。これを見ろ」
俺はカードのステータスの欄をレイトの顔にぐっと近づけて見せつける。
現在の俺のレベルは24、各ステータスは平均して30前後。
俺のステータスがいかに貧弱かを説明すると、同じぐらいのレベルのナナはステータス平均50、ソウラは70、アカネは驚異の300越えだ。
アカネは例外としても、ナナやソウラよりもステータスは低いのだ。誰がどう見ても俺は弱者だ。
「分かるだろ。俺はここにいる誰よりも弱い。ロックタートル一匹倒すのに右腕を持っていかれるような奴だ」
ステータスを見せつけながら、俺がいかに弱者かをレイトに説明する。
事実、俺はここにいる人間の中で、おそらくアナを除いて最弱だ。
レベルもステータスも、微塵も相手にならない。
ナナのような魔法もなく、才能もない。唯一持つスキルにしても、教団は多分、奇襲を用いて冒険者たちを始末している。
相性が悪すぎだ。
「で、でも……」
「でもじゃない。いいか、何度でも言う。俺は弱い。今回のことに首突っ込んだら、かなりの確率で死ぬ」
それに、俺が行くとなればナナ達も無理にでもついてくるだろう。
そんな危険な真似をさせるわけにはいかない。
たとえこの街のすべての人間が殺されようと、俺はナナ達を守る。
何万、何十万と人間がいようが、天秤の針はナナ達に傾く。
ことここにいたっては、シャドウとヒカリちゃんと、同じ思考回路になっている。
「だから、弱い俺は今回のことには関わらない。そもそも足手まといになる。俺がお前らについて行くのは、主観的に見ても客観的に見ても愚策だ」
レベル600越えの人間がいるのにレベル24の人間が行って何が出来ようか。足を引っ張る、これ以外に俺のできることは何も存在しない。
と、ここまで自分自身をこれでもかというほどこき下ろしてきたのだが、それに異を唱える者達がいる。
「お父さんは、よわくないよ?」
アカネは俺を見上げながら、俺の言っていることの意味が分からないといった顔をしている。
正直、弱くないと言ってくれて嬉しいは嬉しい。だが、それはアカネが俺の良い部分しか見ていないからだ。
アカネにとって俺は父親、そう言う認識のせいで俺が弱くないなどと誤解しているのだ。
そうさ、アカネは子供ゆえにそう思ってしまっているんだ。
「そうですよマサトさん。自分のことを弱いなんて言わないでください。マサトさんが弱かったら私なんて虫けら同然です」
アカネに次いで、ナナも俺の弱い宣言を否定する。
ナナも俺のことを評価してくれているとはな。だがまあ、ある程度予想はしてたさ。
ナナは誰よりも優しい。俺のことを気遣って言ってくれているんだろう。
俺はナナ達から視線をいったん外し、アナに視線を送る。
その視線に気づいたアナは、一瞬オロオロと困った表情をした後、俺の考えを察してくれたのか、こう言った。
「その人たちは、お兄ちゃんを気遣ってるわけじゃないよ」
ナナはそう言ったアナに視線をやったのち、こちらの方に少しムッとした表情を向ける。
「マサトさん、私は本当にマサトさんが強いと思っています。本当です!」
顔をぐっと近づけて、言い聞かせるように「マサトさんは強い」とナナは繰り返す。
「マサト、私もお前のことは認めている。ステータスは少々物足りないと思っているが、戦闘においては強いと思っている」
ソウラもか。どいつもこいつも、俺のことを過大評価しすぎだろ。
「マサト君、仲間がみんな強いって言ってるんだよ」
予想外だ。俺の評価がこれほどまでに高くなっているとは。
というか全員、俺のいい所だけ見過ぎだろ。どれだけいい奴なんだよ。
マキナなら、俺のことなんか気にもしないで、『あなたは弱いわ』って言ってたんだろうな。
言われた当時はそこまではっきり言うか、と少々不快だったが、今のように過大評価されるよりも大分マシなことだと思う。
「そう思ってくれるのは嬉しいが、マジで足手まといにしかならないぞ?」
「てめえ! それじゃお前に負けたレイトも弱いって言いてえのか!」
いきなり槍男が俺の胸ぐらをつかんでいきた。
先程から俺とレイトの会話を聞きながら、少し震えているように見えていたが、なるほど、そう言う理由で怒っていたのか。
「ラ、ランス、そんなに怒らなくても……」
自分が弱いと言われようが気にもしない性格のレイトは、自分のために怒ってくれている槍男をたしなめる。
しかし槍男は俺から手を離さない。
それだけではなく、この男と同じ感情を抱いたリリィが剣を抜いて殺気立っている。
「いいから私たちを手伝え。拒否権はない」
脅しじゃねえか。
そうまでしてレイトのことを正当化したいのか。
俺自身がレイトより弱いと言っても、俺がレイトに勝ってしまった事実は消えることはない。
だからこそ、この2人は強制的にでも俺を強い男としてみなすしかない。
そのためには逃げることは絶対に許さない。
「お父さんにらんぼうしないで!」
俺の胸ぐらをつかんで離さない槍男の足を、アカネが懸命に引っ張って引きはがそうとする。
その心意気は嬉しいが、アカネの力ではこの男を引きはがすことは少し無理が……。
「えいっ!」
「…………へっ?」
槍男の体が宙に高く浮かび上がった。
数m高く投げられた槍男は何秒か滞空したのち、掘り進められてそこそこの深さがある穴へと落ちて行った。
「お父さん、だいじょうぶ?」
その場で呆けている人間たちを無視し、アカネは心配そうに俺のことを見上げる。
「あ、ああ…………アカネは強いな」
現状を把握した俺は落ち着きを取り戻し、助けてくれたアカネの頭を優しくなでてあげる。
「えへへ」
アカネは嬉しそうに笑顔を浮かべる。
かわいい子の無邪気な笑顔にこの場の人間すべてが癒され、心を撃ち抜かれたかのように胸に手を当てる。
一人を除いて。
「このガキ、何しやがる!」
穴から這い上がって土まみれになった槍男が、怒り100%の形相でアカネに近づく。
その男にアカネは怯えながらも、俺の前に庇うように立つ。
「お父さんにちかづかないで!」
おとなしく心優しいアカネが、明確な敵意を持って槍男をじっと睨みつける。
だが足は小刻みに震え、目にはうっすらと涙が浮かんでいる。
そんなアカネに容赦なく近づき、拳をボキボキと鳴らす槍男。
「おい、女の子相手にムキになるなよ」
俺は少々軽蔑気味にそう言った。
すると周りの人間もそれに同調してくれた。
「みてシャドウ、あの人、女の子に投げ飛ばされた挙句、乱暴しようとしているわ」
「本当だねヒカリ。あれはもう男として終わってるね」
「もはやクズね」
槍男に辛辣な言葉を投げつける2人。
「女の子に手を上げようとするなんて最低です!」
「それでも男か、この外道め!」
ナナとソウラも、女の敵だと言わんばかりに槍男を非難する。
「おいランス、いくら何でも子供相手に大人げないぞ」
先程まで俺に怒りをぶつけていたリリィも、今度ばかりはこちら側に回る。
というか、この場に槍男の味方はただ一人もいない。
まあ、大の男を投げ飛ばせる力を持っているとはいえ、8歳の女の子を痛めつけようとしたんだ。
当然の結果と言えるな。同情の余地はない。
「ランス、よすんだ。怯えているじゃないか」
今にも殴り掛かってきそうな槍男の肩に手を置き、レイトは行動を制止する。
レイトにそう言われ多少落ち着きを取り戻したのか、周りをよく見て自分に降りかかっている大勢からの敵意にたじろぎ、アカネから距離を置く。
「しょうがない。今回は僕たちだけで戦おう。ランス、リリィ、エルじい、行くよ」
仲間に呼びかけ、レイトは教団のある場所へと向かい始めた。
去り際、ランスは苦虫を噛み潰したような表情で俺を睨みつける。
それを俺は無視し、ヴァテックスの老人、エルじいと呼ばれた男に話しかける。
「おいあんた、ちょっと言っときたいんだけどよ」
「分かっておるよ。教団の奴らは出来るだけ生け捕りにして、あの作戦をやらせようと言うんじゃろ?」
こちらの言いたいことをすべて言ってくれた。
対モンスターの作戦を唯一知るこの男は、俺の考えていることは全て理解してくれているらしい。
作戦のためにはそこそこの人数を用意し、心を殺して実行させる必要があった。
今回の事件が解決すれば、その両方が解決する。
教団の人間は、まずまずの実力を持った人間が多数いるだろう。
そして、人殺しをするような人間だ。あの作戦を実行しても何の罪悪感も沸くことはないだろう。
ちょうどいい、と言えば不謹慎だが、おあつらえ向きの人材だ。
「分かってるならいい。そんじゃ、頼んだぞ」
皆に見送られたヴァテックスは、すでに臨戦態勢を整えている状態にある。
敵は奇襲をかける奴らなのだから、当然だろう。
先程は小物感満載だったが、さすがはこの世界トップクラスのパーティ、やるときはやるのだろう。
「マサトさん、私たちはこれからどうしますか?」
「そうだな、俺たちだけで穴掘ってもたかが知れてるし…………帰るぞ」
「帰るって、いいんですか?」
「いんだよ。もう穴掘ってる意味もない」
穴はもう完成することはないだろう。人数が圧倒的に足りないし、残った人間の3分の1はヴァテックスなどとは比べ物にならないほどに非力だ。
ヒカリちゃんやシャドウはかなりの働きを見せているが、それでもやはり間に合わないだろう。
俺たちはもう、ヴァテックスが敵を生け捕りにして、あの作戦を実行するしかモンスターに勝つ方法はないのだ。
「マサト君、帰るのなら僕らとご飯でもどうかな?」
帰ろうとする俺をシャドウが引き止める。
そう言えば時刻はもう昼だったか。さすがに腹が減ってきたな。
「ま、別にいいぞ。皆もそれでいいか?」
「はい。穴掘りをやめるんでしたら、特にやることもありませんし」
「うむ。ちょうど腹も減ってきたところだ」
「アカネもいいよ」
3人は快く受諾してくれた。
お腹が減ってきたというのもあるだろうが、すでに穴掘りの無意味さを悟っているのだろう。
アカネは俺が意味がないと言ったからそれを疑うことなく受け止めているんだろうが。
「あ、あたしも一緒に行っていいですか?」
「もちろんさ。いいよねヒカリ?」
「ええ。可愛い女の子を仲間はずれにするものですか」
恐る恐る尋ねるアナに、2人は笑顔で受け入れる。
可愛いと言われたアナは頬を若干赤く染め照れている。
嘘を見破れるアナにとって、お世辞かどうかは簡単に見破れる。ゆえに、本心からの言葉だと分かるから、可愛いという言葉に照れるのだろう。
「それじゃあ、どこで飯食う?」
「僕たちの行きつけの店があるんだ。ちょっと値は張るけど、僕たちが払うから心配しなくていいよ」
「おっ、ありがとよ」
高い店で奢ってもらうことに何の遠慮もせずに俺は2人について行く。
教団のことはヴァテックスに任せて、俺は悠々自適に過ごすとするかね。




