第84話 「消えた人々」
モンスター襲来まで残り20日、対地上モンスター用の落とし穴は順調に掘り進み、ギリギリ間に合うかもしれないぐらいのペースだ。
何と言ってもレイトのペースがすさまじかった。たった一人で数十人分の量をこなしているのだ。もはや人間の域を超えている。
そしてレイトほどではないものの、中々の働きを見せるものも多数いる。当然だろう。北の最前線で戦っていた冒険者たちもいるのだ。予想以上のハイペースで穴を掘り進めることも納得だ。
俺たちは、重労働はそういった冒険者たちに任せ、のんびりと掘り進めている。
他の者は大きめのスコップを使っているというのに、俺たちはシャベルでちょっとずつ掘っている。このことに誰も文句を言わないのも、俺の右手が全く動かないということが周知の事実であるからだ。
単純な穴掘りでも案外楽しいものだ。アカネも楽しそうにしている。
モンスターが襲ってくるとは考えられないほどに、のどかだ。
だが日が経つにつれて、問題が起き始めていた。
「あれ、今日はたったこれだけかい?」
普通の人間が持つスコップの、5倍以上の特注製のスコップを持ったレイトが、周囲を見回してそう言う。
今日この場にいる冒険者は、この穴掘りを始めた時の半分にも満たない。
冒険者の数が日に日に減っているのだ。
猫の手も借りたいという状況なのに、一体どうしたというのだろうか。
モンスターが襲来するから自暴自棄になっている、とは考えにくい。この場で穴掘りをしていた人間はみな一生懸命、額に汗していた。
きっとモンスターを倒すことが出来る、そんな希望を目に宿していた。
あれほどの熱意を持った人間たちが途中で投げ出すとは考えにくい。
何か、嫌な予感がする。
「俺は求める。レッグとの邂逅を」
レッグとは、この穴掘りの中で特に熱意を持って取り掛かっていた冒険者の名前だ。
俺のような人間にすら分け隔てなく接していた、やさしさを持った体育会系の男。この場にいないことが最も不自然な男だ。
俺は答えを求めるスキルを用いてその男と邂逅を求めた。俺のスキルは全く情報がない場合でもなぜか答えを示してくれる。
人探しにはうってつけのスキルだ。これで冒険者が消えたことに関して何か情報が得られるかもしれない。
そう思ったのだが、
「……発動しない?」
スキル発動の言葉を述べたというのに、時が止まらない。
このスキルは発動してしまえばどんな状況であろうとも時が止まり、幻影が現れて答えを示す。
どんな状況でもだ。
しかも効果範囲は広い。このスキルの特徴の一つ、視点移動の範囲は1キロが限界だが、答えを知るだけならこの範囲は関係ない。
それはマキナに会おうとしたときに判明した。視点移動の限界以上でも答えを知ることだけならできると。
それなのに、なぜスキルは発動しない?
スキルの不調か?
そう思い、再びスキルを、今度は違う条件で述べてみる。
「俺は求める。ヒカリとシャドウとの邂逅を」
あの2人もこの穴掘りにはレイトに強制的に参加させられていた。2人も今は来ていない。だからスキルを発動して邂逅を求めた。
すると、時は止まった。
幻影は問題なく現れ、街へと向かって歩き始めた。俺は視点移動して、その幻影がどこに行くかを確認した。
そして、幻影はとある建物の中へと入っていき、その建物の中にある一室へと入っていった。
そこで飛び込んできた光景に、俺は驚愕した。
まだ寝ている。
シャドウの姿はなくヒカリだけだが、ベッドの上で布団を抱きしめながら下着姿で寝ている。もう11時だというのに。
その時点で幻影は消え、時は動き始めた。
つまり、スキルは問題なく作動するということだ。
ヒカリの行動は問題ありだが。
「俺は求める。レッグとの邂逅を」
スキルが問題ないことを確認した俺は、再びさっきと同じ求め方をする。
だが、時は止まらなかった。
このことから考えると、とても信じられないことだが、レッグとの邂逅は物理的に不可能ということになる。
「なあナナ、人に会えないってのは、どういう時だと思う?」
「会えない時ですか? うーん、どこか遠くにいるとき、じゃないですか? それか、どこにいるか分からないときとか」
その通りだ。会いたくても会えない、それは遠く離れている時、もしくは所在を知らない時で間違いはない。
だが、それでは説明は出来ない。
俺のスキルは何の情報がなくとも居場所を知ることは出来る。遠く離れている場合でもスキルは発動する。マキナで確認済みだ。
だから、他のことがスキルを発動させない原因なのだ。
と、頭を悩ませている時に、ナナが不意に漏らした言葉で俺に衝撃が走る。
「それか、もうこの世にいない時、ぐらいですかね」
この世にいない。つまり死んだとき、その人には会えない。至極当たり前のことだ。
つまり、レッグとの邂逅が不可能な理由、それはすでに死んでいるから……。
ありえない。昨日まで元気にスコップ使って穴を掘っていたやつが、たった一日で死ぬだと?
モンスターが来なくて安全なこの状況で?
「おいレイト、昨日まで穴掘ってたやつで、今日はここにいない奴の名前を言え」
「え、えーっと……アジム君、キイタ君、サスタ君、ヴァクロ君……」
レイトは次々に冒険者の名前を口にしていく。それと並行して俺も絶えずスキルを発動させる。
「俺は求める。アジムとの邂逅を………俺は求める。キイタとの邂逅を…………俺は求める。ヴァクロとの邂逅を!」
何人も口にして、スキル発動の言葉を述べる。
だが一度として、スキルが正常に機能することはない。この世界の時は動いたままだ。
なぜだ、なぜスキルが発動しない。
顔と名前が一致しないからか? 初めて聞く名前があるからか?
それとも、死んでいるからか?
いや、そんなことはないはずだ。昨日の今日で死ぬなんてこと、そんなことありえないし、あっちゃいけない。
「お父さん、きぶんわるいの?」
何度発動しないスキルにいら立ちを覚えていると、アカネが心配する声をあげてくれた。
今の俺は、そんなにひどい顔をしていたか?
一時とはいえ俺を殺そうとした奴らなのに、俺はずいぶんとお人好しになったもんだ。
「大丈夫だよアカネ。俺は平気だ」
とはいいつつも、不安はぬぐえない。
なにせ人が死んでいるかもしれないのだ。それも大量に。
俺は手に持っていたシャベルを放り出す。
「みんな、俺はちょっと気になることがあるから、今日のところはお前らだけで穴を掘ってろ」
そう言い、この場を後にしようとした。
だがそれに待ったをかける声がある。
「ダメです」
ナナは俺の意見に、肯定でも質問でもなく、否定した。
俺の意見を真っ向から否定するのは珍しい。まずは俺の意図を聞いて、それから判断するのがナナなのに。
さてはナナも、最悪のケースを考えているのか。
「ナナ、これは大事なことだ」
「マサトさんが危険を冒す必要はありません」
ナナは俺の目を、睨みつけるかのようにじっと見据える。
やはりナナも気づいている。今この街で起きているかもしれないことに。
「ど、どうした2人とも? 怒ってるのか?」
にらみ合い続ける俺とナナに、ソウラはタジタジしながら場を収めようとする。
アカネも、この光景に若干の怯えを見せているのが分かる。
それを見て、俺はナナから視線を外し、深いため息をつく。
「俺にはスキルがあるんだ。平気だよ」
「いいえ、平気じゃありません。そのスキルは不意打ちに弱いはずです」
淡々と指摘され、思わず絶句した。
ナナには俺のスキルの弱点の一つが分かっている。しかもその弱点が今回のことでは致命的なものかもしれないということに。
スキルについては大体の説明しかしていないが、やはりナナは頭が良い。
「2人とも、分かるように話してくれ!」
置いてきぼりにされているソウラが懇願するように聞いてきた。
正直、不安をあおるだけだから秘密にしておきたい。しかもこの場には何も知らない一般人すらいる。
こんな場所では言うべきではない。
「あとで話す」
時間が経てばソウラは忘れるだろう。
自分の仲間を限りなくバカにした言葉を内心ではいて、これからのことを考える。
この街には凶悪な人間が複数人いる可能性が高い。しかも多数の冒険者を拉致する力を持った凶悪犯だ。
モンスターよりもまず、こっちをどうにかしなければいけない。
この街の冒険者がどうなろうと多少気に病む程度で済むが、最悪の場合、俺たちにも危害が加わる可能性がある。
というか、冒険者の数が減れば減るほどやられる可能性が高い。
死ねば生き返るかもしれないから問題ないかも、と思ったが、あくまでもかもしれないだ。生き返れる保証はない。
事実、俺はガチでヤバイことになりかけた。
しょうがない。今日のところは真面目に穴を掘って、ナナが寝静まった夜中にでも行動を開始するか。
俺は放り出したシャベルを手に取り、大地に差し込む。
その時、とある男が現れた。
「おやおや、今日はずいぶんと少ないんですね」
ぞろぞろと大勢の人間を引き連れて、あのアホみたいな神の宗教の人間、イーバがやってきた。
その男の顔を見た時、この場にいる大半の人間は不快な顔をする。
事情を知らないアナなどはイーバに対する皆が発する不快感に困惑するばかりだ。
「何しに来たんだよ?」
「別に、お手伝いに来ただけですよ」
「手伝いだ? そんなことを信じるとでも思ってるのかよ」
「まあ確かに信じられないかもしれないですが、よく考えてみてください。ここであなた方を手伝うということは、私たちの身を守ることにもつながるのですよ」
この男の言うことを認めたくはないが、その通りだ。この街のために尽くすということが、今この時に出来る最善手。
俺たちの邪魔をしても不利益しかない。
そんなことは分かりきっている。だがそれでも、この男の言葉をすぐに納得することなどできようはずもない。
「俺はお前が信用できない。お前がどうしてもここで作業するってんなら、俺はもう家に帰る」
「お、おいマサト。べつにいいではないか。直接被害を受けたわけでもないのだから」
ソウラの発言に俺は呆れる。さすがに馬鹿すぎる、お人好しすぎる。
金持ち喧嘩せずとは言うが、これはさすがにない。
「お前は洗脳されたんだぞ。誰の言うことも聞いてしまうっていう、物凄く危険な状態になったんだ」
「3回回ってワンって言わされてましたよね」
「ちょっと黙ってようかナナ…………ともかく、こいつのせいでお前は洗脳されたし、アカネも気分を悪くしたんだ。俺は許せない」
これだけは誰に何と言われようとも譲歩することのできない問題だ。
この男は神と同じぐらい大嫌いな、下卑た人間というのが俺の中での評価。覆ることなどないだろう。
「てわけで帰る。いくぞみんな」
俺に声かけに応じて、ナナ達も俺について帰り支度を済ませる。
それに呼応して、俺たち以外にも帰ろうとするものがちらほらといる。神の宗教というものは、相当に恨みを買うことをしているように見受けられる。
「おやおや、残ったのはこれだけですか。まあ、私達がいれば期日までには仕事を完了することは造作もありませんが」
そんなことを言いながら、イーバたち宗教の人間は作業に取り掛かった。
遠目から仕事ぶりを少し見たが、物凄いスピードで穴を掘り進めている。この速度、レイトたちにも匹敵するのではないのか。
これなら、期日のうちに本当にあいつらだけでこの街一帯を覆えるほどの巨大な穴を作ることは可能だろう。
「しかしまあ、作業に残ったのがレイトたちヴァテックスと、ほんの数人だけか。よっぽどあくどいことをしたようだな」
「神様の宗教の人は、一部の人が利益を得て、それ以外は搾取されるだけの集団ですからね。教徒はいくらお金を払っても神様のためだとか言いくるめられてあまり恨み言は言いませんが、そのご家族からは多大な恨みを買っているんです」
本当にろくでもない宗教だな。これは本当にあの神を崇めているのかも怪しいぐらいだ。
もしかしたら教徒全員がイーバに洗脳されているんじゃないのかと思うほどだ。
その利益を得ている一部の人間以外はただの財布だと思われてるんだろうな。
「ま、俺には関係のないことだ」
あの宗教団体がどんなことをしていようとも、今は別にどうでもいい。
それよりも大事なことがある。この街の冒険者が謎の失踪を遂げているんだ。もしかしたら、そのすべてが死んでいるかもしれない。
イーバのことなんか些細なことだ。
「マサトさん、今日はずっとそばにいますよ」
俺の考えを察してか、ナナがそう言った。
一歩間違えば告白に聞こえてしまうその言葉に、俺ではなくソウラが過剰に反応する。
「おいナナ、抜け駆けは許さんぞ!」
そう言いながら、ソウラが俺の右腕を胸を押し付けるようにして掴む。
誘惑しているのかもしれないが、生憎と右腕は触覚すら完全に失われているからどうとも思わない。
だが何も感じていない俺よりも、今度はナナが過剰に反応する。
「ソウラさんこそ、抜け駆けは駄目ですよ!」
ナナも俺に手を伸ばそうとするも、右にはソウラ、左にはアカネがいるので手を拱いている。
ここで強引にソウラを引きはがしに来ないのはナナの美徳だな。
しかしまあ、モテキ到来というのは嬉しいのだが、やはりこっ恥ずかしい。
公衆の面前で俺を取り合っているような会話をされているのだ。周囲の目が痛い。
冒険者の失踪が頭の中から消えかかった状態で、俺たちはその日は家に帰り、アカネと遊んだり、シーラとチェスをしたりして今日を終えた。




