第82話 「願いの具現化」
家に引きこもってから1週間ほど経ってから、俺はギルドに来た。モンスター襲来に向けて、この街がどういう状況にあるかを知っておくことは重要だ。
もしも十分な戦略があるのなら手を貸す。自暴自棄になっているのなら見限る。
俺に対する敵対心がまだ完全に払われているとは考えにくいから、俺を殺そうとする輩もいるかもしれない。
だが、スキルがあるのだから大丈夫だろう。それにナナ達はもしもの時のためにソウラの家に置いてきた。問題が発生してもあいつらに危害が加わることもない。
と、こんな軽い気持ちで行動した。
「久しぶり。みんな大嫌い、マサト君がやってきたよ」
できるだけ皆の神経を逆なでしないようにと、少しだけテンション上げ目でギルドに入る。
俺が入った瞬間、視線が一様に注がれる。
一瞬ドキッとなったが、その視線に敵意はないように見える。
「おおマサト。なかなか来ないから心配したぜ」
その言葉で安心した。
どうやら俺に対する敵意は完全にとはいかないまでも、かなり軽減されているようだ。
それはあのレイトも同様だった。
「やあマサト君、久しぶり。元気にしていたかい?」
いつも通りのさわやかフェイスでレイトは俺に近づく。以前、俺に倒された人間が見せるには些か不自然すぎるほどの笑顔だ。
この表情を信じたいが、いかんせんレイトの力が力だけに疑念を完全に消すことは出来ない。
スキル発動前に攻撃されてしまえば俺に勝ち目など一切ない。これも俺のスキルの弱点と言えるな。
「レイト、もう大丈夫なのか?」
「うん。あの一発はかなり堪えたけど、幸い骨に異常はなかったからね。数時間で回復したよ」
レイトは俺が蹴りを食らわせたお腹を摩りながら笑顔で答える。
その顔には敵意の欠片もない。嘘をつけるような人間ではないし、これは俺への敵意は完全に消えているとみて間違いないのか?
「なあレイト。俺のことを怒ってないのか?」
意を決して聞いてみた。
それに対してレイトは顔を少し歪ませて答える。
「ここにいる冒険者の人に言われたんだ。マサト君のことを信じてやってくれって、頭を下げてね。その時に思い知ったよ。僕が間違っていたってね」
「べ、別に、あの時ああ思うのは無理もないことだから、間違ってたもなにも……」
まるで気にしていないと言うと嘘になるが、しょうがないとも考える。
なにせモンスターの親玉と思しき奴から直接名前が出たのだ。それも明確な敵意を放ちながら。
原因が俺にあると考えるのは、納得はしないが理解は出来る。
だからレイトが間違っていたと責めるつもりもない。
「ねえレイトさん。この方があなたの言っていたマサトさん?」
突然レイトの後ろから、黒いゴスロリに身を包んだ、俺と同い年ぐらいの女の子が話しかけてきた。
「そうだよ、ヒカリちゃん。この人が僕を倒したマサト君だよ」
「へぇ。彼が私よりも100倍強いレイトさんを倒したの。ふーん。へーえ」
ヒカリと呼ばれた少女は、俺の体をじっくり嘗め回すかのように物色する。
好奇心に駆られて、というよりも、疑念を混じらせた視線だ。
「こんな体でよくレイトさんに勝てたものね。1000回やって1000回負ける腕前でしょうに」
「その通りだよ。まともにやったら俺はレイトの足元にも及ばないよ」
「何言ってるんだ。現に君は僕を一発で倒したんだよ」
「そんなにすごいことかよ。ていうかお前のレベルは一体いくつぐらいなんだ?」
ゲームではレベルは100まで、レイトはこの世界ではトップレベルに強いと言われているから、100に限りなく近いのだろうな。
と思っていたら、
「672だよ」
「はあ!?」
想定していた以上の、ありえない数字が飛び出て、思わず声を大きくしてしまった。
ゲームのレベル上限を500以上も超えていやがる。
俺の数倍だと思っていたがとんでもない。10倍以上の差がついていようとは。
「レイトさんは固有スキル、無限の修練を持っているのよ。普通の人はレベル100までだけど、レイトさんにはその上限がない」
「……だとしても、どんだけレベル上げ頑張ったんだよ」
あくまでもゲームの話だが、レベル90からは1あげるのに1週間以上かかった。
俺でさえレベル100に到達したのはゲームがリリースしてから半年後だ。
いくらこの世界に生まれ、昔から何年もレベル上げしていたとはいえ、600なんて数字、途方もないほどの苦労だったはずだ。
「うん、まあ……色々あってね」
レイトは複雑そうな表情で言葉を濁した。
まあ、この世界は俺が元いた世界と違って暴力的な部分が色濃いからな。力を得る必要があったのだろ。
詳しいことは立ち入らないでおこう。
「そんなレイトさんをあなたが倒したってことが、どうも信用できないわ。どうやって倒したの?」
「スキルだ。俺は答えを求めればそれが幻影となって教えてくれる」
「答えを教えてくれる? 不思議なスキルね。そう思わない、シャドウ?」
ヒカリは誰もいない方を向き、人の名を呼んだ。
その光景を俺は不思議そうに眺めたのだが、レイトは何の疑問も浮かんでいないように見える。
するとすぐに、ヒカリの影から何かが飛び出てきた。
それは人の形をした黒い塊だったのだが、徐々に色づいて人間になった。燕尾服がよく似合う、執事風の美青年だ。
「そうだねヒカリ、とても不思議なスキルだね」
「本当に不思議よね。そんなことを願うなんて。普通は力を求めるのに、力の使い方を求めるなんて」
「でもねヒカリ、僕らは知っているはずだよ。歪な願いほど一途だということを」
「そうだったわね。そう考えると私たちも似たようなものかもしれないわね」
「ちょ、ちょっと待て!? それスキルか?」
「違うわ。シャドウは私のシャドウ。スキルじゃないわ」
「で、でも、どうみても……」
「マサト君、あれはスキルじゃない。それでいいだろ」
だ、だが……。いや、別にいいか。この男性がスキルかどうかは関係ないか。
「それで君、そのスキルはいつ目覚めたんだい?」
シャドウと呼ばれた男は俺に尋ねる。
正直、影から飛び出てきたこの男、気持ち悪い。
「一週間前」
「へえ、それは最近だね。で、どんな状況だったんだい?」
「……この街の冒険者に襲われている時」
「なるほど。ヒカリ、彼の願いはとても強かったものだと推測するよ」
「そうねシャドウ。そんな状況、普通の人じゃ呪わずにはいられないわね」
「違うよヒカリ。彼は呪わなかったんだ。願ったんだよ」
「あらそうだったわ。でも、普通の人がそんなところで願えるもの?」
「ヒカリ、彼を見て普通だと思うのは仕方ないことだけど、スキルを発動した人間はどこかしこか歪んでいるものなんだよ。先天的にせよ、後天的にせよ」
失礼なことを言われた気がした。俺のことを見て普通だと思ったとか、とても心外だ。それに加えて歪んでまでいると。
普通と言われても嫌だが、歪んでいるといわれるのはもっと嫌だ。
「そうねシャドウ。だけどやっぱり納得できないわ。そんな状況ならなおさら力を求めるものよ」
「そうだねヒカリ、そこは僕も不思議だ。彼の精神構造はどうなっているんだろうね」
またまた失礼なことを言われた気がした。
俺の精神構造は至って正常だ。少なくともこの2人よりはましなはずだ。
少ししかこいつらのことを見ていないが、どう見ても正常な人間ではない。
「ねえ君、街の人間に襲われたとき、どう思ったんだい?」
「どうもこうも、1人残らず殺してやりたい。そう思った」
「それは嘘だ」
間髪入れずに否定された。
その早すぎる否定に一瞬呆けたのち、言い返す。
「何で嘘だって思うんだよ?」
「君のスキルは殺戮のためにも使えるが、その本質は違う。ありとあらゆる正解を求める力だ。そうだよねヒカリ?」
「だと思うわシャドウ。とっても便利なスキルね」
「ああ、とっても便利だ。つまり彼の願いの本質は、殺戮ではなく探求だったんだ」
「じゃあ、殺したいっていうことは嘘なのねシャドウ?」
「そういうことだよヒカリ。彼は僕らに嘘をついているんだ」
「ふーん、殺しちゃう?」
「こらこら、物騒なことを言うもんじゃないよヒカリ」
「あら、私としたことが」
「それに、彼が嘘をついているといったけど、多分彼は自覚してないだけだと思うよ。心の奥底にある無意識がスキルとして現れた。そういう類のものだと推測する」
「なあ、さっきから願いがどうのって言ってるが、どういうことだ?」
先程から俺のことを置いてけぼりに話している2人の会話を中断させる。
すると2人は俺の方を向き、ニコッと笑みを浮かべながら答えてくれた。
「スキルっていうのは願いの具現化なんだよ」
「願いの……具現化?」
願いが力となって具現化するなど、そんな都合の良い話があるわけ……いや、だがそう考えるのは自然だ。
俺がスキルに目覚めたこと、考えてみたら都合が良すぎる。求めた力がすぐに手に入るなど、本当にラノベの主人公みたいだ。
これは、あいつに聞いてみる必要があるな。
「どうしたんだいマサト君?」
「ちょっと静かにしててくれ」
話しかけてきたレイトを遮り、俺は心の中であの男を呼ぶ。
(おい神、聞こえているか? 聞こえたら返事しろ)
自分から神に連絡を入れるのはいつ振りか。この男の適当さはもはや呆れるレベルのものだが、この世界の情報については俺よりも数段上だ。
それどころか、誰よりも詳しい、はずだ。あくまでも、はずだ。
把握していないことも多いかもしれない。だが今回はスキルについてだ。知っていて当然の話だろう。
と、考えてから数秒後、神の声が聞こえてきた。
「ヤッホー、久しぶりだね。ボク今忙しいんだけど何か用? あっ、何か転送してほしいの?」
(聞きたいことがある。スキルって、願いの具現化なのか?)
「……? いきなり何言ってるんだい?」
(ご苦労、戻っていいぞ)
「なんて偉そうな!? いきなりわけのわからないことを聞いて、そんな態度はないんじゃないの!」
(知らないんだろ?)
「し、知らないよ。スキルが願いの具現化なんて、聞いたこともない」
(だろ、だからもういい)
「たくもー、ボクは君が思っている以上に大変なんだからね」
2,3個文句を言ったのち、神の言葉は聞こえなくなった。
神も知らないとは、この2人の言っていることに信憑性がなくなってきた。
だが、都合よく俺にスキルが発現したことを考えると……うーん、分からん。
「レイトは、スキルを願いの具現化だと思うか?」
手っ取り早く裏を取るには、実際にスキルを発現した奴に聞くことだ。スキル発現時に何を思っていたか、それを聞くことが出来ればこの2人の言うことに信憑性が増す。
「僕かい? 僕もスキルは願いだと思うよ。僕は子供のころ、レベル100の冒険者が何人も死ぬのを見た事があってね。人を守るためには限界以上の力が必要だと考えて、願ったんだ。その時にスキルが発現した。もっとも、スキル発現時の僕のレベルは100にも満たなかったけどね」
何ともレイトらしい理由だ。もしもスキルが願いだとしても、俺のスキルは完全に自分のためだけのものだ。それなのにレイトのスキルは、献身の心が生んだ産物。
やはりこういう奴が世界を救うんだろうな。
「ま、スキルは願いなんだろうな」
まだ完全にではないが、納得はした。
しかしそう考えると、俺のスキルはヒカリとシャドウが言ったように、確かに歪だ。
ただ結果を求めるのではなく、過程を通して結果を求める力。あの時は今の俺に最適なスキルだと思ったが、少しのミスで失敗してしまうリスクのあるものが最適だったとは考えられない。
だとしても、答えを望んだかと言われると、それも疑問だ。
と考えたところで、ヒカリたちと同様の考えに達していることに気づいた。
「なあ2人とも、俺はあの時、何を願ったんだろう?」
「それが不思議だって言ってたのよ。ねえシャドウ、彼ってバカね」
「そう言うものじゃないよヒカリ。彼はスキルの本質を知ったばかりで混乱しているんだ」
「そうねシャドウ。彼のことも考えてあげないとね」
「フフ、ヒカリは優しいね」
「シャドウも十分優しいわ。あなたは私にとって天使みたいなものなのだから」
「僕が天使なら、君はさしずめ女神と言ったところかな」
「あら、お上手ねシャドウ」
俺の質問をバカにして、2人は2人だけの世界に突入した。
こいつらに何かを求めるのは間違いのようだ。
こちらからの呼びかけには一切応じず、お互いを褒めあい続けた。
新キャラが出ました!
この2人がしゃべり始めると地の分が少なくなるのであしからず。




