第80話 「会いに行こう」
さて、今の俺の状況を説明しよう。
俺は今、とある誤解のせいでソウラの家にかくまわれている状態で、この家から出ることは憚られている。
その誤解も俺のことを信じてくれた冒険者のおかげで多少緩和されているのだが、それでもやはり俺に疑念の目を向けるものは少なくない。
出来るだけ外出は控えることが大事だ。だが俺は、外出したい。それも1人で。
俺の絶対的な味方、ナナ、ソウラ、アカネの3人でさえ、俺のしたいことに関しては関わらせたくない。
だけども、この3人を決して無下に扱っているわけではない。これは俺が一人でしなければいけない問題なのだ。
だから、何とかこの3人の目を盗みつつ、外に出なければならない。それも出来るなら、最悪の場合は半日以上3人の目を誤魔化したい。
もちろんスキルは発動した。だが無駄だった。
幻影は見えた。だが何をしているのか分からなかったのだ。
あらゆる求め方をしても、ナナ達に何かを話しているのだ。俺のスキル、行動は分かるのだが言動は分からない。
そこで誰にも話さず、気付かれずにこの場を後にするという求め方もしたのだが、時間がかかり過ぎた。
この時に発見した新機能、幻影の早送りがあったのだが、その結果とんでもないほどに時間がかかることが分かった。
そしてもう一つわかったことだが、あまりにも複雑すぎると、答えが求められない。
故に俺は、この場から動くことが出来ない。
だが一つだけ、スキルを使わずにこの場を後にする方法を思いつくことが出来た。
この方法を使えばあとが怖い。だがうまくいけば確実な方法だ。
「取引をしないか?」
目の前の人間にそう持ちかける。
その人間はその申し出に意外そうな顔を見せたのち、鼻で笑った。
「フフッ、私にその取引を受けるメリットあるの?」
「一度だけ、お前の言うことを聞いてやる」
あまりにも危険な対価だ。目の前の人間にこの条件は、自殺行為もいい所だ。
下手をすれば一生奴隷としてこき使われる羽目になるかもしれない。
だが、それでも行動を起こしたい理由があるのだ。
出来るのなら一刻も早く。
「それで、私は何をすればいいの?」
どうやら引き受けてくれるようだ。
俺は目の前の性悪女に内容を伝える。
「なるほどね。あの子たちを足止めしてほしいと。いいわ。それだけであなたを一度だけ自由にできるなら、安すぎるわ」
女は快く引き受けてくれた。これで問題は解決したも同然だ。
「じゃああの3人は各部屋に使用人をつけて、動けないようにしておくわ」
「念のためいうが、手荒な真似はするなよ?」
「もちろんよ。そんなに野蛮に見えるかしら?」
「見えるよ……まあ引き受けてくれるならいい。頼んだぞ、シーラ」
「ええ、取引相手に損はさせないわ」
少し信用に欠けるが、この状況では贅沢は言えない。
何より、能力的な面から言えば信頼は出来る。
「ところで、何しに行くの?」
女の……シーラからの質問に答える義理も何もないが、ここで取引を反故にでもされたらかなわない。
それに適当な嘘で誤魔化せる相手ではない。
少し恥ずかしいが、正直に言おう。
「好きな子に、告白しに行くんだよ」
「へっ?」
初めて聞いたシーラの間抜けな声に少し愉快な気分になり、部屋でシーラが3人を足止めするのを待つため、部屋に行く。
「さあて、さっそくいくか」
3人にそれぞれ使用人がまとわりついたのを確認した後、俺は家を出て街の入り口に向かう。
入り口では街に入りきれなかった大量の一般人たちが野宿している。
この中にいてくれればいいが……。
「マキナ! いたら返事してくれ!」
臆面もなく叫ぶ。
好きな子の名前を大きな声で、この場にいる人間だけでなく、街の中にまで響きそうな大声で。
だが今の俺は羞恥心というものが少し緩和されている。
緊張によって。
好きな子に告白するということがこれほどまでに緊張するとは思わなかった。
それに、少し怖い。
マキナもこの街の人間同様、俺のことを否定するのではないかと。
会いたいけど会いたくない、そんな矛盾した気持ちもあるから、恥ずかしさはあまりない。
「マキナ!」
叫び始めてどれくらいたっただろうか。
どれだけマキナの名前を叫んでも、一向に現れてくれない。
俺は叫ぶことを一度やめ、周りの人間から情報を収集する。
「すいません。ここらへんで、白いワンピースを着た白銀の髪をした女の子を見ませんでしたか?」
「うーん、白銀の髪なんて目立つから一度見たら忘れないと思うのよね。だからここにはいないんじゃないかしら?」
なるほど、その情報が確かなら、この野宿勢にマキナはいないということ。
いや、ちょっと待てよ。
「俺は求める。マキナとの邂逅を」
初めからこうすればよかった。
俺の中でのマキナのいる場所の候補は3つ。
1つ目はこの野宿している者の中にいるか。
2つ目は街の宿屋にでもいるか。
3つ目はあの小屋にいるか。
2つ目はマキナは金を持ってないから排除し、距離の遠い3つ目は後回しにし、1つ目から探したのだが、スキルを使えば大まかな場所が分かるのだった。
視点の移動は制限があることが分かったのだが、1キロは見えるのでさっさとスキルを使えば叫ぶ必要もなかったわけだ。
(おお、見える見える)
現れた幻影は、カンドの街の方向に歩いて行っている。
これで確定だ。マキナはあの小屋にいる。
好都合だ。これで俺の告白シーンを誰にも見られることはない。
「それじゃあマッハでGO!」
俺は意気揚々と走り出した。
走り始めてから10分ほど経過した。俺はすでに息を切らし、のろのろと歩いている。
このペースで行けばマキナのいる家に着くまでにはあと3時間かかる。
ヤバイ、緊張してきた。
「本当はもっと先になると思っていたけど、今行くしかないからな」
一カ月後にはモンスターが大量に襲来してくる。
だからマキナへの告白はこの1カ月の間に行わなければいけない。
それに不幸中の幸いか、モンスターは来たる侵略に向けて本拠地に集まっているようで、マキナへの家に行くための障害がほとんどない。
レベルを懸念しいけなかったので、むしろ幸運とも言えるかもしれない。
しかし心の準備が出来ていないのか、もう心臓がバクバク言っている。
「あ、これは走ったからか」
でも、緊張しているのは確かだ。
あらゆるシチュエーションを考えている。告白のセリフ。仕草。タイミング。
シミュレーションはばっちり……ではなく、あらゆるシチュエーションで俺はネガティブなことを考えてしまっている。
「ああダメだ、ポジティブに行こう! 俺の告白は成功する。成功する」
自己暗示するように自分にそう言い聞かせる。
一度振られはしたものの、それはちゃんと気持ちを伝えなかったからだ。
きっと俺の本当の気持ちを伝えた時、マキナは答えてくれるはずだ。そう信じよう。
というか、そう思わないと心が持たない。
そして数時間後、マキナの家の近くにまでやってきた。
「確かここら辺だったと思うんだよな」
マキナの家は林の中にポツンと建っている。そこと知らなければまず気づかれない場所だ。
実際、俺も場所はうろ覚えで正確な場所は覚えていないが、今の俺には関係ない。
スキルがあるから。
「俺は求める。マキナの家への到着を」
そう言った瞬間、幻影は現れて林の中にも関わらずまっすぐに迷いなく進む。
あそこに行けば、マキナの元にたどり着ける。
幻影が消えた瞬間、俺は走り出そうとした。
だが一つ重要なことを思い出し、足を止める。
「ここには未知の大型モンスターがいるから、慎重に行かなきゃな」
信じられないことに、この場所の周辺にはラスボスクラスの大きさのモンスターがわんさかいる。
俺では2秒ともたずに殺されてしまうこと必至だ。
安全のために再びスキルを発動する。
「俺は求める。無傷でマキナの家に着くことを」
再び幻影は現れて、先程と同じように進んだ。
視点を変えて幻影を追ったが、やはり先程と全く同じ道筋を同じ速度で歩いている。
これは、ここのモンスターもタストの街侵略に向けて本拠地に召集されているのかもしれない。
となると……人類終わったな。
「まいいや。どうせ勝てると思ってないし」
あまりにも無責任な発言をしたのち、安全性を確認したことにより、何の気兼ねもなくマキナの家に向かって走り出す。
何本もそびえたつ木々を華麗にかわしながら、最速で移動する。
そして10分もたたないうちに、家が見えてきた。
あれは、間違いなくマキナの家だ。
「よ、よし。ついに来たぞオレ! 息を整えて……スー……ハー……」
走ったことにより切れた息を、何度も深呼吸をして整える。
何度も、何度も息の吸い吐きを繰り返し、心臓の鼓動を静める。
だが、一向に息が整わない。1分、2分と深呼吸をしているのにもかかわらず、息は乱れたままだ。
それだけではない。体が小刻みに震え、足もうまく動いてくれない。
「ここでヘタレてどうするオレ。覚悟を決めろ。振られようが何だろうが、今しかチャンスはない」
動かない足をバシバシ叩き、何とか震えを止める。
息はまだ完全には整わない。それでも多少は緩和されてきている。
開き直ったおかげで、緊張がある程度解けたのかもしれない。
「よし、行くぞ!」
俺は覚悟を決め、家のドアノブに手をかける。
あとはこれを回すだけ。それでこのドアは開かれ、マキナと対面することになる。
期待と不安が渦巻き、安定した思考とは言えない。だがそれゆえに、行くときはあっさりと行けるものだ。
ドアノブをくるりと回し、ドアを引こうとした。
その瞬間、
「ピキャアアアア!」
「ドウハッ!」
家の中に入ろうとした俺の脳天に、モンスターが突撃してきた。
それは、たとえマキナと一緒にいようと俺に敵意を放つことを忘れなかった敵。
だがこいつのおかげでマキナの胸の感触を味わうことが出来たある種の恩人。
名も知らないドラゴンだ。
「ピキャッ! ピッキャア!」
地面に倒れ伏した俺にドラゴンは小さな足でガシガシと蹴ってくる。
が、正直痛くない。
おそらくドラコキッドレベルのモンスターなので、レベル20を超えた俺には大したダメージを与えることは出来ないのだろう。
「調子に乗んなよ!」
俺はドラゴンの足をがっちりと掴み、地面にたたきつけた。
が、こちらの攻撃も全くダメージはないようで、今度は火を噴いてきた。
「アッチ! この、くらえ!」
俺はドラゴンの反撃のために、こぶしを握って振りかぶった。
だが俺の拳は空を切り、ドラゴンが再び俺へと地味に攻撃してくる。
「こんにゃろぉ。人がマキナに会いに来たってのに。ていうか何でお前はここにいんだよ!? さっさと本拠地に行け!」
「ピキャア!」
言葉が通じているのかどうかわからないが、俺はこのドラゴンに向かっていくつも文句を言う。
それを理解しているのか、文句を言うたびにドラゴンも攻撃ではなく叫びで返す。
「邪魔だどっかいけ!」
「ピキャ!」
「何言ってるか分かんねえよバカドラゴン!」
「ピキャ! ピキャキャ! ピッキャアアア!」
「うるせえええええ!」
それから程度の低い文句を言い募らせたのち、一人と一匹は落ち着きを取り戻し、一度小休憩をはさむ。
ドラゴンも落ち着きを取り戻したのは意外だったが、まあいい。
それよりも気がかりなのが、これだけ騒いでもマキナが家から出てこないことだ。
「おいマキナ! いるのか!?」
俺はドラゴンが止める間もなく、家のドアを開いた。
俺の目に飛び込んできたのは、2週間過ごした時と何も変わらない内装の部屋だ。
ベッドの位置も、棚の位置も、何もかもがあの時のままだ。
だが、マキナの姿だけはそこにはない。
「出かけてるのか? だけど何しに?」
マキナが外出するときは基本モンスターの世話をするときだけだった。そのモンスターがいない今、マキナには外出する理由がないはずだ。
もちろん、あれから時がたっているのだから他にやりたいことが見つかったのかもしれないが、何か引っかかる。
マキナは人に対しては多少興味をそそられる奴だった。どこかに行くとすればそれは人のいる場所だ。
だが、俺のスキルによればマキナは人が密集するタストの街にはいないことは明白だ。
そもそも、タストの街以外に人はいないだろう。
心境の変化と言ってしまえばそれまでだが、何か違う気がする。
「俺は求める。マキナとの邂逅を」
ためしにスキルを使ってみる。
俺の目の前に現れた幻影は、まっすぐにとある方角へと歩み始めた。
それは、タストの街がある方向とは真逆。北に向かって真っすぐに歩いている。
それから、スキルによる視点移動と早送りを試してみたのだが、歩みを止めることなく射程範囲を超えた。
俺はスキルを中断し、思考する。
マキナはここよりも北に向かっている。いったい何をしたいのか。
北にあるものと言ったら、もはやモンスターの巣窟しかない。
マキナの実力なら生き残ることは出来そうだし、スキルのおかげで生存はハッキリしている。
だけど、そんなところに行く理由がない。
人間の集まるところならわかるが、なぜモンスターの集まるところへ?
いや、そうとも限らないか。
もしかしたら北にある街に何か用があるのかもしれない。モンスターに要件があるとは決まっていない。
今から行くか?
だが今から行動を開始してもマキナに会えるとは限らないし、もう帰り始めないと家に着くのもかなり遅くなる。
ナナ達はシーラが見てくれていると言っても、夜遅くまで帰らなければ心配させてしまう。
ここら辺が潮時か。
マキナが一体何をしに北に向かっているか、正直心配でしょうがない。
だが、生きていることは分かるのだ。ここはナナ達を心配させないように早めに帰る方が先決だ。
「それじゃ俺は帰る。お前は一人で寂しく暮らしてな」
俺はマキナの家から出て、ドラゴンに余計な一言を浴びせてこの場を去ろうとした。
しかし、そんな俺に腹を立てたのかドラゴンはまたしても俺に攻撃を繰り出す。
「ピキャアア!」
「やられるか!」
俺はドラゴンの体当たりをひらりと躱した。
何度も喰らった攻撃。スキルを使わずとも避けることは造作もない。
と、油断していた俺に向かってドラゴンは急旋回して再度に体当たりする。
「ゴハッ!」
ドラゴンの頭が、俺のこめかみのあたりに直撃した。
脳を思いきり揺さぶられた俺は、足の力が急激に抜け落ち、その場に跪く形になった。
そんな俺にドラゴンは容赦なく火を噴いてくる。
「アチッ! おいやめろ、からかって悪かったよ。だから――アッチッ!」
俺の弁明などまるで意に返さずにドラゴンは淡々と火を噴き続ける。
時間にして30秒ほど、ようやく足に力が戻り始めた。俺はふらつきながらも立ち上がり、走り出す。
こいつに構っている時間などない。そろそろ帰り始めないと本当に時間が危ないのだ。
ナナ達を心配させることもそうだが、夜道を歩くことが危険すぎる。
この世界には街灯なんかない。夜は月明りだけが頼りの完全な暗闇だ。
しかも今日は月に1度の新月。光などまるで存在しない。いくらモンスターが出ないといっても危険極まりない。
「ピキャアアアア!」
走り出した俺を追いかけるようにドラゴンは全速力で追跡する。
そこまで怒らせたかと、すこしドラゴンに悪い気持ちを抱きながらも全力で逃げる。
迫りくる木々の障害物を最小限の動きでかわし、森を抜けたところでドラゴンの姿が見えなくなった。
ようやく撒いたかと、俺は少し駆け足気味で移動し、ドラゴンが完全に見えなくなったのを確認したところで普通に歩き始める。
更新遅れてすいません。
だけど絶対にエタらせはしません。
絶対です!




