第79話 「便利すぎるスキル」
歩き始めてから数十秒、ようやく涙が枯れ果ててくれた。
目は真っ赤で。視界は少しおぼろげな状態だ。
「みんな、見つからないように気をつけろよ」
とは言いつつも、実は完璧に安全にソウラの家にまでたどり着くことが出来る。
スキルを使い求めた。
誰にも見つからずにソウラの家にまで行くルートを。
このスキルは戦闘だけでなく、俺が求める答え全てを示してくれる。
俺の行動により可能なことの場合、全く情報がなくとも幻影は答えを示す。
あの時は最強のスキルだと思っていたが、これ以上ないほどに便利なスキルだと気づいた。
「マサトさんが急に強くなったの、スキルのおかげだったんですね」
俺のスキルについて大まかな説明を移動中すると、ナナは感心したような声をあげる。
ソウラも興味津々と言った感じだ。
「そのスキル、マサトが行うには物理的に不可能なことでも示してくれるのか?」
「えっ? うーん、どうだろ。わかんね」
このスキルの限界はどこまでなんだろうか。
先程の戦闘は、大まかに分けて2つの要因によって勝利することが出来た。
1つ目はあいつらと俺に戦闘力の差があまりなかったこと。
ステータスの面では俺の方が低いことは確実だろうが、それでも圧倒的と言うほどの差ではなかった。
2つ目は数だ。
一見、1体多の完全ないじめのような光景だったが、数の差が勝敗に大きく影響した。相討ちを誘発することが出来た。
これにより、俺の力を行使せずとも、勝手に相手が倒れて行ってくれた。
そして、数が多かったからこそ、敵の数が減るたびに、敵は不安になっていったはずだ。それにより動きに精彩を欠き、相討ちのできなくなった終盤でも俺が優位に立つことが出来た。
「まあ、出来るかどうかは分かんねえから、その時になるまではな」
だが、スキルのラインを知ることは重要なことだ。
このスキルを十全に知ることが出来れば、来たるモンスターの襲撃にも何とかなるかもしれない。
今回のルートの答えの際には、幸いにも1つこのスキルについて知ることが出来た。
それは視点を変えることが出来るということだ。
たとえ壁に視界が遮られていようと、幻影が背後に移動しようとも、俺の意識1つで視点は自在に変えることが可能だ。
上からでも、背後でも、下からでも見ることが出来る。
……スキルを発動して視点移動を試した時、ナナ達のパンツを覗き見てしまったことは内緒にしておこう。
まあそれはさておき、これだけ見ても、かなり有用なスキルだということが馬鹿でもわかる。
が、いくつか欠点もある。
そのことをすぐに痛感させられた。
「見つけたよ、マサト君」
そこには、誰もいないはずだった。
スキルにより事前に最善のルートを知っていたはずの俺にとって、ありえない邂逅。
正解のはずなのに、絶対に会いたくなかった存在。
俺のスキルを正面から打ち破る可能性を持った、この世界でも最強かもしれない人間。
世界でもトップレベルに強いといわれる人間たちからすら英雄と称される冒険者、レイトだ。
「マサトさん、どういうことですか!?」
「そうだぞマサト! お前は答えを見たんじゃないのか!?」
「そんなこと言われても…………あっ!」
分かってしまった。
迂闊すぎた。答えを見て、その通りにさえ動けば安心だと、過信してしまった。
「多分だけど原因は……速度だ」
「速度?」
「ああ、本当の正解は、俺が見たルートを正しい速度で歩けば、誰にも見つからないってものだったんだ。それを俺は勘違いして、あのルートが正解なんだって思いこんじまった」
「……どういうことだ?」
「……後で説明してやるよ」
今の説明で理解してくれないのなら、後回しだ。
俺がすべきことはナナ達に納得のいく説明をするのではなく、今この場をどう切り抜けるかということだ。
見ればレイトだけでなく、パーティメンバーも全員いる。確かパーティ名はヴァテックス、だったかな。
「なあレイト、お前は俺のことをどう思ってるんだ?」
「君は悪か善かで言えば善だと考えている。だけど、今回の1件ではそれは関係ない。君が何かしたということは、99%確定だ」
まあ、それが普通の反応だ。
俺が何かしたことはまず間違いない。そう考えることはむしろ自然。俺が何も関係ないという奴はただの馬鹿だ。
だけど、本当に何もしてないんだよな。
「で、俺をどうするつもりだ? 殺す気か?」
「殺しはしない。君が何をしたか言ってくれればね」
「何もしてない。それが解だ」
「それで、納得すると思っているのかい?」
微塵も思ってはいない。
だがそれが本当のことなのだから、どうしようもない。
適当な理由をでっちあげることは可能だが、そんなことをしてもしばれたら、本格的に命を狙われかねない。
「悪いが俺にはお前が期待する答えは持ち合わせていないよ」
「……残念だ。したくはないけど、力づくでいかせてもらうよ」
[世界最強パーティが駆け出しパーティと戦おうってのか。ご立派だな」
「君が1人で戦うのなら、1対1で戦ってあげるよ。そこの3人はずっとこの街にいたことは知っているからね」
「あくまでも狙いは俺一人ってわけか。いいぜ、構えろよ」
俺が鞘に納められた刀を取り出し構えると、レイトの後ろにいる槍男が馬鹿にするかのように話しかける。
「おいおい、レイトに勝てるつもりか? 馬鹿じゃねえのか?」
それに呼応するように、同じくヴァテックスのメンバーでもある女騎士が同調する。
「全くだ。自殺行為だな」
「そう言うものじゃないよ。彼は仲間のために一人で戦おうとしてるんだ」
まあそれもある。80%ぐらいはナナ達のためだ。
だがもう20%は違う。一人の方が都合がいいからだ。
俺のスキルは仲間との連携がうまくできるかは怪しい。たとえうまい具合に答えを求めることが出来たとしても、100%、ナナ達が無傷でいられる保証はない。
ゆえに、ここは俺一人で戦うのがベスト。
そしてここで、一つ疑問がよみがえる。
物理的に不可能なことは果たしてこのスキルは答えを示してくれるのか。
先程の戦闘で勝利した要因を、今回は全く満たしていない。
レイトと俺の戦闘力差は圧倒的。相討ちも狙えない。
馬鹿でもわかる。物理的に不可能だと。
それでも、俺が勝つには求めるしかない。
「俺は求める。レイトの撃退を」
時が止まった。
これは、可能ということだろうか?
だが幻影がピクリとも動かない。失敗の可能性を頭がよぎったが、ならば時が止まるはずがない。
きっと、待っているのだ。正解のタイミングを。数えろ。正確に、1秒の誤差も許されないタイミングを。
5,6,7……
まだ、まだ動かない。
まだかまだかと待つこと16秒後、幻影は動いた。
その動きは、足を前に出しただけだった。
幻影は消えた。
その瞬間から俺は、数を数え始めた。
「じゃあ、いくよ!」
レイトが目にも止まらぬ速さで駆けだした。
その動きは平面的なものでなく、壁を跳躍して移動する、3次元的高速移動だ。
動きは俺の目では終えない。残像すら見えない。
だが、見る必要などないのだ。
2,3,4
「ふははは! あいつまるっきり見えてないみたいだぜ!」
俺の棒立ちを見て、槍男と女騎士はあざ笑う。
だが今の俺にはそんなものはどうでもいい。
5,6,7
「何もしないのかいマサト君? このままいけば容易に君の首をはねることが出来るよ」
俺の視覚には一切映らないものの、聴覚はレイトの声をはっきりと認識する。
やはり俺を倒すなど、本心ではしたくないのだ。
8,9,10
「何か言ったらどうなんだい?」
レイトはなおも俺に話し続けるが、そのすべてを無視する。
11,12,13,14,15
「本当に、君のことを倒すんだよ……手加減はしても、かなり痛いんだよ!」
16,17,18,19,20,21,22
「もう知らない! 後悔すればいいさ!」
23! 時間だ!
「デヤッ!」
俺は渾身の力を込めて右足を前に出した。
前に出された蹴りは、伸ばしきったその瞬間に、硬い何かにぶち当たる感触がする。
「ゴハアッ!」
俺の右足が、レイトの腹筋に直撃した。
カウンターの要領で放たれた貧弱な俺の攻撃で、レイトは吹き飛んだ。
「アッ……ガハッ…………」
苦しみで息を吐き出したレイトは、動かなくなった。
目を閉じ先程の悶絶がウソのように穏やかな体勢だ。
これは、やってしまったか?
「う、嘘だろ!? レイト、おいレイト!」
ヴァテックスのメンバーが急いで倒れたレイトに駆け寄る。
この状況には、俺を含めたすべての人間が驚愕している。
まさかここまでうまくいくとは思わなかった。
だが、俺の驚愕は一瞬の物であり、厄介な敵が動揺したこの瞬間を逃す手はない。
「お前ら……まだやるか?」
ただ一言発しただけだ。
実力は圧倒的に低い男が、世界最強レベルの人間たちに警告をする。
これ以上やれば、お前たちも倒すと。
「こ、このヤロオォォ……!」
槍男はやる気満々だ。
女騎士も無言で腰の剣に手を携え、臨戦態勢を整えている。
だがここまでは予想通り。あまり頭の良くないこいつらが反撃に出ることは予想出来ていた。
今の警告はこの2人ではなく、別の1人に向けられたもの。
「やめるのだ」
ヴァテックスの一員であり、先程から沈黙していた杖を持つ老人が2人を静止する。
これを待っていた。
「何言ってんだ! レイトがやられたんだぞ?」
「だからじゃ。レイトを涼しい顔をして倒した男に、わしらが敵うわけがないじゃろ。開けた場所ならともかく、こんな狭い路地裏では連携もろくにとれんしの」
予想通りに動いてくれている。やはり頭のいい人間は良い。
自分から危険な行いはしない。たとえ嫌な相手であろうと不利を悟れば撤退を何の躊躇もなく出来る。
ここは早々に立ち去ってもらおう。
ボロが出ないうちに。
「さっさとレイトを連れてどっかいけ」
平静を装い、毅然とした態度で命令する。
余裕を崩してはいけない。今の俺は優位に立っていることになっているのだ。
少しでも悟られれば、今度こそ本当に俺に勝ち目はないのかもしれない。
「うむ。お主ら、さっさとレイトを運ばんか。それともこのわしに抱えさせる気か?」
「……分かったよ。おいレイト、しっかりしろ」
気絶しているレイトに心配の声をあげて持ち上げる槍男。
女騎士も剣に置いていた手を離し、俺のことを心底憎いかのような顔を見せてパーティメンバーとともに立ち去る。
道角を曲がり、ヴァテックスの姿が見えなくなった。
だがまだだ。まだあいつらの耳に届くかもしれない。
もう少し我慢を…………。
「イってええええ!」
我慢の限界だ。
俺は右足を抱え、地面に寝ころんだ。
「マサトさん、どうしたんですか!?」
突然、不自然な行動をとる俺にナナは座り込んで顔を覗き込む。
次いでアカネとソウラもナナと同じように行動する。
「ナナ、回復魔法。はやくかけて!」
「えっ、でもマサトさんは何の攻撃も受けて……」
ナナの言う通り、俺は一切の攻撃を受けていない。
ただの1発で圧倒的な力を持つレイトを気絶させたのだ。
そう、おそらくレベルは俺の数倍以上あり、ステータスも底知れない数値にあるだろうレイトの頑丈な体を、1発で……。
「あいつの腹筋硬すぎだろ! 絶対にロックタートルよりも固いぞ!」
「あっ!? わかりました、ヒール!」
そう言われ、ナナは全てを察して急いで回復魔法をかける。
レイトの腹筋は予想外の固さだった。
あの勢いで迫られれば、トラックが突っ込んでくるかのような衝撃だ。
それを、俺は貧弱な足で迎え撃ったのだ。
当然、俺の足がそのような衝撃に耐えられるはずもなく、骨は砕けた。
痛みに耐え、左足に重心を置くことでなんとか立ち続けてヴァテックスを誤魔化したが、もはや我慢の限界だ。
この痛み、ロックタートルの酸攻撃に匹敵するぞ。
「それにしてもすごいぞマサト。あのレイトを倒してしまうとは」
ソウラは感嘆の声をあげる。
だが俺から言わせてもらえば、あんなものはレイトの自滅だ。
俺のことを侮り、当然警戒すべき反撃を頭の中から消し去った馬鹿な奴だ。
しかし、これで分かったことがある。
この世に0%のことはそうそう存在しない。
たとえどれだけ低い可能性であろうと、0は存在しないのだ。
「まあこれでスキルについて多少わかったから、レイトには感謝だな」
あのような善人が俺と敵対したことは残念至極だが、仕方ない。
来たるモンスター襲撃の時にでも奮闘して誤解を解くとしよう。
「回復完了しました」
業務連絡のようにナナは報告する。
うん、骨は確実に砕けたであろうが、もう自在に動かすことが出来る。さすがナナの回復魔法だ。
「よっし、戻るぞ」
治った足をブラブラと動かし感触を試したのち、俺はソウラの家へと向かう。
その時は、スキルを発動して注意深く行動することにより、その日の冒険者との邂逅はなかった。




