第77話 「本当に求めたもの」
「これが俺の……力」
使ったことはない。なのに、なぜかそのスキルのすべてが分かる。今の俺にピッタリで、何とも俺らしい力だ。
まずは、このスキルですべきことがある
俺は頭に浮かんだスキル発動の言葉を述べる。
「俺は求める。ナナ達の解放を」
瞬間、時が止まる。
先程までざわついていた冒険者たちが、冒険者たちの言うことが嘘だと主張するアナが、口をふさがれてもがいていたナナ達が、静寂に包まれる。
だれも瞬き一つしない。
人だけでない。風で舞う木の葉すら宙に浮いたままの、完全な時間の凍結。
そんな中、時の流れを有する二つのものがある。
一つは俺の脳。俺の体すら動かない時の中、意識だけはハッキリしている。
もう一つ、俺の体からはがれ、飛び出るもの、幻影だ。
幻影は俺の目の前で冒険者たちの大群に向かっていく。左手にナイフを携えながら。決して速いとは言えない。だが俺の幻影と考えれば、そこそこに速いスピードで移動する。
そして、ナナ達の目の前に立った時、幻影はよく分からない動きをし始めた。屈み、反り、手を前に出しと、下手なダンスでもしているかのような動きだ。そして左手を振り上げ、振り下ろし、薙ぎ払う。
それを終えた時、幻影は霧のように消えて行った。
そして、凍結された時間が動き出す。冒険者たちも、ナナ達もアナも時間を取り戻す。
先程の幻影、俺だけに見えた勝利への道。
分かる。あの通りに動けば、ナナ達を解放することが出来るのだ。
攻略法だけを示す力、何とも俺らしいではないか。
「こう、動くんだったな!」
俺はカードからナイフを取り出し、幻影と同じように走り出す。スピードは先程の幻影と全く同じ。速さだけでなく、姿勢すら寸分たがわずにナナ達の目の前に向かう。
数秒でナナ達の目の前に着くと、周囲の冒険者は呆気にとられながらも俺を攻撃する。
それに呼応するように、俺は幻影と同じく屈み、反り、手を前に出す。すると先程の謎の行動が何かわかった。
屈めば冒険者の拳が空を切る。反ればナイフが空を切る。手を前に出せば鉄の棒とナイフが接触する。
全てが防御のための行動だったのだ。
それをすべて終えた俺は、ナイフを振るい、ナナ達を戒める縄を切り裂く。
「走れ!」
幻影にはなかった言葉による指示。だが、ここまでくれば俺にすらわかる。ここでの最善の行動が何なのかが。
俺の掛け声とともにナナ達は前に向かって全力で走り出す。俺もナナ達と一緒に冒険者の攻撃に当たらないように後ろに戻る。
突然の行動が功を奏したのか、冒険者たちは俺を追いかけようにも足が硬直していた。
これで、俺の求めたナナ達の解放が成功した。
「悪かったな。怖かったろ」
俺は解放されたアカネの頭を撫でながら、仲間全員を慰める。
ナナ達の表情には、驚愕と安堵があった。
安堵は冒険者たちに殺されることから逃れられた感情。驚愕は、俺の流れるような攻防を見たゆえだろう。
俺の実力を知る物があれを見れば、その驚きはより一層のものであることは俺自身が理解している。
「さあ、次はあいつらだ」
解放されたナナ達を後回しにし、俺は再び冒険者たちを見据える。
そして、俺は再び答えを求める。
「俺は求める。敵の殲滅を」
また、時間が凍結する。そして幻影は動きだす。敵の殲滅に向かって。
幻影に迷いはない。求められた答えをただ示すだけだ。
それが求める幻影だ。
この力は、俺にこそふさわしい。なぜなら、普通の者にはこの力は使いこなすことなど不可能だからだ。
先程の攻防程度なら問題はないだろう。だが、今回の幻影は違う。
敵が多すぎる。必然的に幻影の行動時間は長くなり、その通りに動くことはおろか、行動の記憶すら困難だ。
だが、俺は違う。数多のゲームを経験し、連続3時間の戦闘にすら耐えうる集中力を持つ俺には、この幻影が示した攻略法を暗記し、その通りに動くことなど問題はない。児戯に等しいとさえ言える。
「さあ、始めるか!」
俺は幻影が消えるのと同時に、走り出そうとした。初めて、人間に対して明確な殺意を持って、殺人を犯そうとした。
だが一つだけ、この力には欠点があった。
この力はあくまで俺個人が攻略法を見るというもの。このスキルでは、味方は邪魔な存在にあるのだ。
「ダメですマサトさん!」
「やめろマサト!」
「お父さん、ダメ!」
走り出そうとした俺を、ナナ達が制止する。
ナナは俺の胴を、ソウラはナイフを持っている俺の腕を、アカネは走り出そうとした俺の足を拘束する。
3人に足、腕、胴に抱き着かれて、完全に身動きの取れない状態だ。
「なんだよ……お前らまで、俺を否定するのか!」
「そんな、違います。私たちはただ……」
「だってそうだろ! 俺は殺さなきゃあいつらに殺されるんだ! それを止めるってことは、俺を殺すことだろ!」
そうだ、俺は間違ってなんかいないはずだ。俺の大切なものと、俺自身を守るためには、目の前にいる敵を一人残らず殺しきるしか道はない。
それなのに……それなのに……。
「何で邪魔するんだよ!」
「マサトさんはとっても優しいです。だから、この先絶対に後悔します!」
「お前は弱いし多少狡猾な部分はあるが、人を殺すような奴じゃない!」
「お父さん、そんなことしちゃいや!」
「お前らに、俺の何が分かるんだ!」
こいつらには分からない。どこにいても常に否定される俺の気持ちが。
苦しいんだ。
辛いんだ。
もう、耐えられないんだ。
今まで必死に耐えてきた。耐えられずに逃げ出しもした。家に引きこもり、誰の目にも止まらないようにした。
だがそれでも、世界は俺を許さない。
新たな世界に俺を引きずり込み、またも否定する。
「もう俺には、こうするぐらいしかないんだよ! だから離せ!」
俺は渾身の力を込めて引きはがそうとする。
だが、いくら力に目覚めたと言っても、所詮ステータスは平均以下の凡庸な人間にすら劣るのだ。この3人の拘束を解くことなど不可能。
そんなことは分かっている。だが抑えきれない激情が、俺の体を止めてはくれない。
目の前にいる人間を、俺を否定する敵を、殺さずにはいられない。
「なら私がやります」
「……は?」
思考が止まった。心の中を暴れまわっていた憎悪という感情が、動きを止めた。
全くの予想外の、俺の望んでいないことを、ナナは言ったのだ。
思考が止まったのは俺だけではない。ソウラとアカネ、後ろにいるアナも、ナナの今の言葉には動揺を隠せない。
「何を……言っているんだ?」
「マサトさんの代わりに、私があの人たちを殺します」
「う……嘘、だよな?」
俺はナナにそう問いながら、アナの方を向く。
アナは俺の視線に気付いた時、首を横に振った。つまり、ナナは本心からこれを言っているということになる。
「私は本気です。マサトさんの手を汚すぐらいなら、私が代わりに――」
「バカ言ってんじゃねえ!」
ナナの言葉を遮り、反射的に怒鳴った。自分のことは完ぺきに棚に上げた自分勝手な叫びだ。
「そう言えば俺があいつらを殺すのをやめると思ってるんだろ? 俺がお前のためにこの場は引くと、そう思ってるんだろ! なあ、そうなんだろ!?」
心にもないことを、次々に発する。
アナの態度でナナの言っていることは本当のことなのだと分かっている。
ナナは心の底から、俺のためにあの冒険者の大群を殺そうと考えている。
確かに、ナナの魔法なら可能かもしれない。だがそれをして、ナナの心にどれだけの深い傷が残ることになるか。
ナナは俺のことを優しいと述べたが、そんなものは間違いだ。俺なんかよりも、ナナの方がずっと優しい心を持っている。
誰にでも優しく接することの出来る、本当の優しさを持った子だ。
「だからナナ! お前のやろうとしてることは無意味だ!」
俺はもう、止まれない。止まりたくない。
目の前にいる憎悪の対象を、心の底から殺したいと思っている。これは俺の望みだ。
誰かがあいつらを殺したとしても、俺の望みは叶えられない。
それどころか、ナナが俺の代わりに殺すことなど、微塵も望んでいない。ただ苦しむだけだ。
そんなことは誰の望みでもない。ナナだって、そんなことは望んでいないはずだ。
全く持って無意味な、誰のためにもならない、愚かな選択。
「意味ならあります。私が殺せば、マサトさんが人殺しになりません」
ナナは当然のようにそう言った。
歪んでいる。いくら俺のためとはいえ、人まで殺すなど、正気の沙汰ではない。
俺に対してのナナの優しさは、度を越している。狂気といっても差し支えないほどに。
「何で……何で俺なんかのためにそこまでするんだよ!? 俺は所詮、どんな場所にいても全てから否定される、どうしようもない人間なんだぞ! そんな俺なんかのために……」
言いかけている途中で、ナナは俺の左腕を掴んでいる腕を離し、目の前に立った。
「世界中の誰もがあなたを否定しても、私は味方です」
慈愛に満ちたその声は、憎悪が渦巻く俺の心の中に、驚くほどすんなりと入ってきた。
前の世界で俺は理不尽な否定をされてきた。
この世界でいくら楽しい経験をしても、俺の中にその記憶は残り続ける。
そしてこの世界でも俺は否定された。前の世界と同じように、理不尽な否定だ。
そんな否定の連続で、俺の心の中に巣くう憎悪は、計り知れないものだという自覚はあった。
それなのに、どうしてナナの言葉がこんなにも心に響くんだ。
「私も、正直ナナほどの覚悟はないが、お前の味方だ」
「アカネも!」
ナナに続くように、ソウラとアカネも俺の拘束を解き、そう言ってくれた。
どうして、こんなにもうれしいんだ。
殺してやりたいと思った奴らが目の前にいる。俺の憎悪はあいつらを殺しても、足りないもののはずだ。
なのに、どうして……。
「どうして……消えていくんだ……」
憎悪は薄れ、嬉しさがこみ上げてくる。
これほど簡単に薄れていいものではないはずだ。殺されそうになったのだ。ただの仲間の一言だけで、消えていい感情ではないはずだ。
そう思っているのに、目の前の人間たちへの殺意は、無くなっていく。
「前の世界とは違います。苦しいときは私が……私達がいます。だから、頼ってください」
そう言われて、分かった気がした。
なぜ仲間の言葉でこの憎悪が消えていくのかが。
本当につらいとき、誰かに助けてもらいたいとき、俺に降りかかる理不尽を知りつつ手を差し伸べてくれる人間は一人もいなかった。前の世界では誰一人として。
同年代の人間は誰一人として俺を認めてくれる人間はいなかった。
親も、俺を助けてはくれなかった。
俺は助けを求めなかったから、そう言えばそれまでだ。だが俺は、気付いてほしかった。
俺の苦しみ、悲しみ、辛さを。ひどく身勝手な話だ。だがそれでも、迷惑がかかると自分からは言い出せなかったから、言わないと心に決め、気付かせないように振る舞っていたとしても、気付いてほしかった。
気付いて、助けてほしかった。
ナナのように、ソウラやアカネのように、俺の味方だと、そう言ってくれるだけでも良かったんだ。
そうしてくれれば、きっと俺は……。
「おい、あそこにいるぞ!」
後ろの方、冒険者の大群がいる方とは反対方向から、今いる数に劣らないほどの、大量の武装した人間がやってきた。
人々からは分かりやすいほどの敵意が俺へと注ぎ込まれる。そして防具をガシャガシャと音を立てながら、俺の方へと向かってくる。
それに呼応するように、先程から俺とナナ達の問答を傍観していた大群がジリジリと俺に近づいてくる。
「ナナ、ソウラ、アカネ、隠れてろ」
「……殺しませんよね?」
「もちろんだ…………俺は求める。敵を殺さない殲滅を!」




