第76話 「覚醒の時」
「ハァッ……ハァッ……俺は……何も知らないんだ……!」
当てもなく、ただひたすらに俺は走る。
周囲の人間、全ての目を無視し、ひたすらに足を動かす。
人を拒絶しながら走った結果、必然的に誰もいない路地裏へと着く。
約20分ほど走り回った俺は、足の力が抜け、その場に倒れ伏す。
この場所は幸いにも誰の目にも止まらない。隠れるには最適の場所だ。
人を避けて走ったことが功を奏したのか、今の自分に適した隠れ蓑だ、。
「俺は…………何もやっていない」
うわ言のようにそれをひたすらに繰り返す。
頭に浮かんでくるのは冒険者たちの俺を否定するあの目。日本にいたころ、俺という存在を否定し続けたものと同じ目だ。
目の幻影に言い訳するかのように、何度も何度も繰り返す。
俺は何もやっていない、と。
それを繰り返しているうちに、太陽は最高点を過ぎ、下降を始める。
光の届きづらい路地裏では、まだ夕方だというのに夜かと思うほどの暗さだ。
建物により日の光は遮断され、まるでここだけが、別世界のようにさえ感じる。
そして、その暗さと同様、夕方とは思えないほどの静寂がこの空間を包み込む。
誰もいない、それゆえに作り出される沈黙の空間。絶え難いほどに、苦しい。
雑音がなければないほど、頭の中に鳴り響くものがある。
俺を否定する言葉。
頭の中で、昔の知り合い、今の知り合いの幻影が、俺を否定する。
「俺が……何をした……? 何も……してないのに」
唐突に、目から涙があふれてきた。
暗く静かな空間で俺を否定する幻影を見ると、俺はこの世界で独りぼっちの存在なのだと、そう言われているみたいで、涙が止まらない。
この世界に来てからの初めての涙。それはくしくも、以前の世界で流した涙と同質のものだった。
「お兄ちゃん……つらいの?」
静寂を打ち破る音が、この空間に響いた。幻聴ではない。
確かに、俺の耳に聞こえた。実物ある声。
俺はゆっくりと声のした方を向いた。
そこには、悲しげな表情で佇んでいる一人の少女がいた。
以前、俺の願いで神からカードを受け取った、ホームレスの女の子だ。
「君も、俺を追いかけに来たのか?」
俺を追いかけに来たという絶望。それ以上に、誰かに声をかけてもらえたということが、俺の頭に鳴り響く幻聴を消してくれたことに、安堵する。
疑いの言葉を少女にかけたものの、邪気の感じられない少女ゆえか本心では敵意はない。
少女はそれを察しているのか、オドオドとしながらも恐怖を感じている節はない
「お兄ちゃんは、本当に何も知らないんだよね?」
「信じて、くれるのか?」
「うん。だって、私には分かるんだよ」
少女は朗らかな笑顔を見せながら、そう答える。
少女の言葉に少しの間、疑問符を浮かべるも、すぐに答えは出た。
この子にはスキルがあったのだ。
人の嘘が分かるというスキルが。
「そっか、そうだったな」
「私には分かるから、泣かなくてもいいんだよ」
少女に言われ、俺は自分が涙を流していることを思い出した。
冷静になると途端に恥ずかしくなってきて、顔を紅潮させる。
小学生ぐらいの女の子に、みっともない泣き顔を見られた。
俺は涙を力強く腕で拭い、腫らした目を少女に見えないように手で覆う。
「だけどいいのか? 君は俺がウソを言ってないってわかっても、他の奴らはそうは思っていないんだぞ。俺と一緒にいるところを見られたら……」
「だって、可哀想だったから」
少女の言葉に、俺はまた恥ずかしくなった。
自分よりも全然小さな女の子に同情されたのだ。
だけど、なんでか胸が暖かくなる。
さっきまでの絶望がまるで嘘かのように、心がスッとなる。
「本当に、ありがとう」
少女に心の底からの感謝を述べる18歳。傍から見れば少しばかり異常な光景だ。だが今の俺はそんなことも気にせずに素直な言葉を吐き出す。
周りに誰もいないからではない。この子に対しては、なぜか本心を曝け出すことが出来る。
「そう言えば、まだ君の名前を聞いてなかったな。教えてくれるか?」
「うん。私の名前は、アナだよ」
「アナか、良い名前だな」
「あ、ありがとう」
名前を褒められた少女は、少し照れくさそうに笑みを浮かべる。
褒められることになれてない。そんな感じだ。
「それにしても、これからどうするかな?」
現在、俺に敵対意識を持っていない人間は分かっているだけでも5人。
ナナ、ソウラ、アカネ、アナ、ついでにシーラだ。
この5人は味方といって差し支えない。
いや、シーラは分からないな。
シーラは俺がモンスターに何かしたかという旨の発言はしていないが、胸の内には俺への猜疑心があるかもしれない。
猜疑心がないとしても、自分の保身のために俺のことを差し出す可能性は十分にある。
信用できるのは4人だけだ。
「お兄ちゃん、早くこの街から出て行った方がいいよ」
「まあ、あいつらを説得するのは不可能に近いからな」
俺の取れる選択肢は逃げるの1択しかないに等しい。
この街の冒険者、いや、冒険者だけでなくこの街のすべての人間は俺への猜疑心であふれているはずだ。
だが、逃げるという選択肢は元々考えていたことだ。その選択肢を取らざる負えなくなっただけで、考えれば想定内だと言える。
「よし、それじゃすぐに出発するかね」
俺は立ち上がり、この暗い路地裏から抜けようとした。
そして俺を追いかける人間の目を盗み、うまい具合にナナ達をと合流しようと動き出そうとした。
絶望で埋め尽くされていた俺の心の中に、ほんの一筋の希望が見えた気がした。
だが、そんな希望は早々に消え去ることになる。
「おいマサト! どこにいやがる!」
俺を呼ぶ声がこの路地裏に響いてきた。
冒険者の声にはいら立ちが含まれており、俺への敵対心が手に取るようにわかる。
もしも何も考えずにこいつらの前に姿を現した時には、俺は理不尽な暴力にさらされることは間違いない。
「ちっ、今動くわけにはいかないか」
周囲を散策する冒険者たちに見つからないために、この場にとどまることを選択した。
ここは薄暗い。そして周囲にはゴミに近い板やらなんやらが数多くある。
息をひそめて隠れれば見つかることはないだろう。
そう、俺が自ら出て行かなければ……。
「さっさと出て来い! さもないと、お前の仲間たちがどうなっても知らねえぞ!」
聞き捨てならない言葉が聞こえた。
俺は冒険者の言葉を飲み込み、10秒ほど熟考する。
考えれば考えるほど、沸々と怒りが沸いてきた。
アナのおかげで多少緩和された俺の心が、再びドス黒い何かで埋め尽くされる。
今度の感情は悲しみではない。純粋な怒り、敵意だ。
「お、お兄ちゃん。あの人たちの言うことが本当か、私が確認して――」
「いや、いい」
俺はアナの言葉を遮り、歩みだす。
あいつらの言うことが嘘か本当かどうかはどうでもいい。ナナ達を利用しようというあいつらの考えが、許せない。
もしかしたら初めてかもしれない、心に抱いた感情。怒りを持って冒険者たちの声にした方に近づく。
「あ……あいつらぁ……!」
俺の視界に映り込む世界、それは俺の心に渦巻く黒い感情を、さらに増大することになった。
冒険者たちの目の前に、ナナ達3人がいる。縄で縛られ、身動きのできない状態になって。
3人は苦悶の表情を浮かべ、冒険者たちに拘束されている。
「ナナ達を離せ!」
俺は反射的に冒険者の目の前に姿を出した。
冒険者たちは姿を現した俺を視認したのち、敵意のまなざしを向ける。
まさに、突き刺されるかのような鋭い視線だ。だが、今の俺がその目に恐怖することなどない。
恐怖以上の感情が、俺の中に存在するからだ。
「マサトさん、逃げてください! 私たちのことは――」
必死に逃避を促すナナの口を冒険者たちは塞いだ。
「ん――!」
それでも必死に懇願するかのように、声にならない声をあげるナナ。
ソウラとアカネも、似たような状態だ。
そんな光景を見ると、怒りの感情がどうしようもなく膨れ上がるのが感じられる。
「さあ、さっさとお前の知ってることを話せ! さもないとこいつらがどうなるか、頭のいいお前には分かるな」
男は手にナイフを持ち、刃をナナの首元の近くに寄せる。
「俺は何も知らねえ。だから、早くナナ達を解放しろ」
「それで済んだら、こんなことにはなってねんだよ!」
男はナイフを持つ手にさらなる力を加える。今にもナナの頸動脈を切り捨ててしまいそうな迫力で。
俺はあふれ出る怒りを必死に抑えこみ、その場に跪く。
「本当に、何も知らないんだ。だから、ナナ達を離してくれ」
足と手、そして額を地面に付けながら、懇願する。
本当なら今すぐに武器を手に持ち、人の大群の中に身を投じ、力の限りに暴れまわりたい。
その結果、俺の死という結末を確実なものにするとしても、俺は目の前の醜悪な人間たちを殲滅したい。
だが、それをした瞬間、大切な人が死ぬ。それは、俺が死ぬよりも恐ろしいことだ。
「頼む。俺のことは好きにしていい。だから、ナナ達を離してくれ」
「……ふん、なら武器とカードを置いて、手を後ろに組んでこっちにこい」
俺は要求通り、持ち物全てを置いて、手を後ろで組む。手を組むと言っても、右腕が動かないから、左腕で右腕を支えているといった感じだ。
これで武器を用いることも、魔法を放つことも出来なくなった。完全な丸腰だ。
「早く、ナナ達を離せ」
俺はゆっくりと歩み寄る。
一歩、また一歩と足を動かすごとに、群衆は警戒を強める。
だがその反面、勝利を確信したかのような笑みを浮かべる者もいる。
どうでもいい。こいつらがどう思い、俺がどんな仕打ちを受けるとしても、ナナ達さえ無事なら――
「だめっ!」
丸腰のまま男に歩み寄る俺を、路地裏から駆け寄ってきたアナが制止する。
「お、おいアナ! お前何してんだ!?」
冒険者の群衆の中から、薄汚い格好の少年が出てくる。
この少年は、確かホームレスを率いていた少年だ。
「お兄ちゃん、あの人は嘘ついてる! あのお姉ちゃんたちを離す気なんかない!」
「おいてめえ、何言ってやがる! 俺たちの狙いはマサトだけだ! こいつらを殺す気は……!」
「ウソ! だってその人、黒いもん!」
「黒いって……わけわかんないこと言ってんじゃねえぞ!」
「おいてめえ、もう一度だけ聞くぞ。俺がお前らの言うことを聞いたら、ナナ達には手を出さねえな?」
予想外に、低い声が出た。
静かに、だがいつもよりも数割、迫力が増した声で俺は問う。
「も、もちろんだ。こいつらはどうでもいい。なあお前ら?」
「あ、ああ。本当は、女に手を上げたくなんてないからな」
「ウソ! みんな真っ黒! 嘘ついてる!」
「このガキ! てめえもぶっ殺すぞ!」
「アナ、いい加減にしろ! お前までやられちまうぞ」
「だって、みんな嘘ついてるんだもん!」
どうでもいい。
もうすべてが、どうでもいい。
「何でそんなことが分かるんだよ!」
「私には分かるの! 嘘をついた人の周りが、黒くなるの!」
うるさい。みんなうるさい。
うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさい!
「何が黒くなるだ! 適当言ってんじゃねえぞ!」
「適当じゃないもん! 本当だもん!」
「うるせえええぇぇぇ!」
全ての声を遮断すべく、俺は心の底からの叫びをあげた。
この場にいるすべての人間は、沈黙する。初めて聞かせた、俺の絶叫。
すべての人間は呆気にとられる。
「そんなに……そんなに俺が嫌いか……」
無意識に、声に出た。
決して声に出そうとは思っていなかった。声に出している今でさえも、俺は心の中でつぶやいているつもりだった。
「お前は、そんなに俺が嫌いなのか!」
それは、この場にいる誰に向けられた言葉ではない。
「ああそうだ! 俺たちは今、確かにお前が嫌いだ!」
群衆を率いる男は、それが自分たちに向けられた言葉だと誤解する。
だが、俺の言葉はそもそも人に向けられたものではない。
今も昔も俺を嫌い続ける存在に対しての言葉。
「世界は、なぜそこまで俺を嫌う!」
それは、世界に向けての言葉だった。
今も昔も、真面目に生きていたはずの俺をどん底に突き落とす、世界への恨みの言葉だ。
世界は俺という存在を認めない。
どれだけ俺が頑張ったところで否定する。どんな状況だろうが俺を否定する。
そしてやがては俺を、排除する。
「何が……何がいけなかったんだ!」
俺はどこかで間違えたのか?
前の世界ではニートになっていた。だがそれは、世界が俺を否定したからだ。
この世界では俺は真面目に生きてきた。真っ当な方法で金を稼ぎ、生活していた。それでも世界は俺を否定した。
この世には、俺以上に間違った人間が数多くいるはずだ。
それなのになぜ俺だけが、世界から否定されるのか。
前の世界で否定されても、この世界ではまじめに生きてきた。それでも否定された。
それゆえに、俺は一つの結論に至る。
「こんな世界が、間違ってるんだ」
世界の否定、それが俺の導き出した答えだ。いや、正しくは世界が俺にその答えを導かせたのだ。
絶え間ない否定をされたことにより、全てを否定することを選んだ。
「俺が、この世界をぶち壊してやる!」
その瞬間、俺の頭の中にある情報が流れ込んできた。
それは、力だ。
この世界を壊すに足る力、その情報が俺の頭に流れ込んでくる。
『スキル《シークファントム》』
それが、世界を壊すための道を示す、最凶の力だ。
主人公、ついにスキルに目覚めました。
このスキル、冗談抜きで強いです。




