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第75話 「最悪の誤解」

 今後、モンスターの襲撃に対して取ることのできる選択肢は大きく分けて3つ。

 逃げる、戦う、諦めるだ。

 この街以外に逃げるか、モンスターに立ち向かうか、諦めて余生を送るかの3つが俺たちが取れる選択肢。

 この中で戦うを選んだ場合、どれくらいの戦力がこの街にあるか、それを知ることは不可欠だ。

 というわけで、ギルドに来てみました。


「なんというか、お通夜か」


 ギルドの中は驚くほどの静寂に包まれていた。

 普段は無意味なほどに騒がしいギルドも、今回ばかりはさすがに騒ぐことが出来ないようだ。

 無理もない。あと1カ月で数え切れないぐらいのモンスターが襲ってくると宣言されてしまえば、どんなお調子者でも即座に黙りこくってしまうだろう。


「しかし、初めて見る奴が多いな」


 ギルド内をぐるりと見まわしてみると、この世界でもトップクラスの力を持つパーティ。ヴァテックスや、つい先日まではホームレスでカードも持っていなかった子供たち、そしてこの街の冒険者が半分ほど、もう半分は俺の記憶の中にはいない人間がほとんどだ。

 おそらくは先程の人間の大群の中に、別の街の冒険者たちもいたのだろう。


「おいマサト」


 突然、見慣れたこの街の冒険者が俺に声をかける。

 そいつの方に目を向けると、俺を鋭いまなざしで睨みつけている。

 俺はその眼光に恐怖を覚え、咄嗟に目を逸らす。


「なあてめえ、俺たちに言うことがあるんじゃねえか?」


 ドスの利いた声で、俺にそう問う冒険者。

 周りの冒険者を見てみると、この冒険者同様、俺のことをにらみつけている。


「言うことって……特に思いつかないが」


 俺は極力人と関わることを避けてきた。だから、こいつらにとって有益なことをしていないが、害を与えたこともない。

 睨まれる筋合いなど全くない。

 だが俺のそんな反応に、男はいら立ちを覚えたようだ。


「よーく考えろよ。言葉次第じゃてめえ、ただじゃおかねえぞ」


 そう言われても、全く心当たりがない。

 この男の反応から察するに、怒っていることは明白だ。だが俺には、人を怒らせた記憶がない。

 強いて言うなら、ゴーマぐらいだ。


「俺が何したってんだ。お前らに何かした記憶なんかねえぞ」


「てめえがモンスターの親玉にちょっかい出したんだろうが!」


 男は突然、椅子から立ち上がり俺の胸ぐらをつかんだ。

 正直、レベルが低いからか、簡単に振りほどけそうな力ではあるものの、俺はその男の剣幕に気圧され、なすがままの状態になっている。

 隣にいるナナ達も、突然の状況にオロオロするだけだ。


「お前がモンスターに何かしたんだろ! だからこの街を襲ってくるんだろ!」


「な、なんで俺のせいなんだよ。今回のことは、俺は全く無関係……」


「なら、どうしてお前を名指しで殺す宣言したんだ!」


「そんなもん……知らねえよ」


 男の言う分は最もかもしれない。だが、知らないものは知らないのだ。

 むしろ、俺こそ何も知らないにもかかわらず、むごい死を与えられると言われたのだ。

 これほどの理不尽に会い、俺が怒るほうがごく自然な発想だ。

 しかし、そんなことは誰も知らない。

 あの誰もが度肝を抜かれた状況、そんな中で突然、聞きなれた名前を聞いたのだ。それも明確な敵意を示しながら。

 何も知らない人間からすれば、俺が元凶だと思うこともまた、ごく自然なことなのだ。


「何だてめえら、もしかして全員、俺のことを疑ってんのか?」


 俺は周りの冒険者全てを、睨みつけながら問う。

 だが俺の睨みなどまるで意に返さず、全ての人間は俺への敵意をむき出しに、隠す気など毛頭ないかのように睨みつける。


「俺は何も知らねえ! 一方的に殺すって言われて、むしろ被害者だぞ!」


 俺は全員に訴える。

 何もしていない。俺はただその日その日を精一杯生きていただけなんだ。

 金を稼ぎ、ナナ達のために働く。悪いことなんかしてない。

 ただ一生懸命なだけだったんだ。


「なあみんな、よく考えてみてくれよ! 敵の本拠地はここからずっと北だぞ! 俺みたいな駆け出しが行けるわけないだろ!」


 俺はいかに無実かを証明する。

 俺の力ではモンスターの親玉にちょっかいをかけるどころか、目にすることさえ困難なのだ。

 そのことをこの街にいる奴らが理解していないはずがない。

 だが、そんなものは俺が俺自身の評価を低くし過ぎていただけだったのだ。

 いや、それもあるが、冒険者たちは俺のことを過大評価しすぎていたことも原因と言える。


「てめえはグレムウルフを3000体1人で倒したんだろ! なら可能だろうが!」


 俺の今までの功績だけ見れば、かなりの実力を持っていると誤認しても仕方がない。

 裁判のせいでグレムウルフは俺一人で倒したことになっているのだ。

 そのことが、俺のことを過大評価している原因になっている。


「それは――」


 言いかけて、やめた。事実はナナが倒したのだ。

 だがそれを言えば、ナナにもよからぬ疑いをかけられる可能性がある。

 今の段階でも、俺の仲間というだけでナナ達に疑惑の目が向けられている。

 これ以上、疑念を高まらせれば、この冒険者たちはヤバイ行動をとりかねない。

 それだけは回避しなければいけない。


「それにお前は以前、この街を長いことを離れていたな。その時に敵の本拠地に乗り込んだんじゃねえのか!?」


「そんな危険な真似するわけないだろ!」


「じゃあ何で、敵がお前のことを知ってんだよ!」


「知らねえよ!」


 本当に何も知らないのだ。

 敵がこの街を攻めてくる理由も、俺を狙う理由も、なにもかも俺は知らないのだ。

 それなのに、どうして俺が疑われなくてはならないのか。。


「大体、今は原因なんか関係ないだろ! この街を襲うモンスターをどうするか、それを考えるのが先決だろ!」


「それじゃ誰も納得しないんだよ!」


 男は大げさに腕を振り、周囲の冒険者が思っていることを代弁する。


「俺たちが危険な目にあう原因かもしれないやつが近くにいるんだ。無視できないだろ!」


 周囲の冒険者はみな頷く。

 確かに、死の宣告を受けたものが俺以外だったら、俺も納得しなかったかもしれない。

 そのように、客観的な判断を下せてしまう俺は、いかに自分が危険な状況にいるか気付いてしまった。

 下手をすれば、俺はこいつらから理不尽な制裁を受けることになる。

 怒りを抑え、冷静にこいつらを納得させるだけの説明をしなくてはならない。

 だが、そんなことは不可能だ。状況証拠がそろい過ぎている。

 俺が20日間この街から離れていたこと。

 1人でグレムウルフを倒したという記録。

 この2つが、俺がモンスターの本拠地に行けるという誤解を与えてしまっているのだ。

 1人でグレムウルフを倒した事実、これは覆すことは可能だ。

 だが、そうすればナナに危険が及ぶ可能性がある。

 出来ない。

 俺の無実を証明することは、不可能だ。


「俺は…………何も知らない」


 そう言うしかなかった。

 今の俺のすべきことは、愚直に真実を述べることだ。

 下手に言いわけをして、ボロが出てしまえばそれこそ終わりだ。

 たとえ信じてもらえなくても、ただひたすらに真実を述べる。

 それが俺に今できる、最善の行動だ。


「本当に、何も知らないんだ」


「信じられるか!」


 男の怒号とともに、周囲の冒険者が立ち上がる。殺気を放ちながら。

 だが俺はその殺気よりも、目に恐怖した。

 あの目は、見覚えがある。

 敵意を持った目、というよりは、軽蔑が込められた、俺という存在を否定する目。

 平たく言えば、ゴミを見る目だ。


「何だよ、その目は……」


 昔の、トラウマをよみがえらせるその目に、俺は動揺した。

 あの時も、同じ状況だった。

 俺は何も悪いことはしていないはずだった。

 自分に出来ることを一生懸命こなすだけの、平凡だが普通の生活。

 それが突如、変わった。

 ただの理不尽に、いつもの平凡を壊された。


「どうして……どうして俺が……」


 誰にも聞こえないほど小さなつぶやき。だがそこには、俺の理不尽を呪う気持ちがすべて込められている。

 今も昔も間違ったことなどしていないはずの俺が、なぜこんな目にばかり合わなければいけないのかと。


「くっそおおおおおおお!」


 俺は叫び、ギルドを飛び出る。

 ナナもソウラもアカネも置き去りに、1人で飛び出た。

 俺の逃避に、全ての冒険者は誤解する。


「逃げやがった! やっぱなんか隠してやがんだ!」


 俺が逃げ出したのを、図星を突かれて逃げ出したと誤解したのだ。

 全員は急いで俺の後を追いかけようと、手に武器を持ち走り出そうとした。

 そいつらの前に、ナナが立ちふさがる。


「やめてください!」


「そこをどけ!」


「嫌です! 追いかけて、何をするつもりなんですか!?」


「決まってる! ボコボコにして、隠してること吐かせるんだよ!」


「そんなの意味ないです! マサトさんは何度も言ってたじゃないですか! 何も知らないって!」


 そう、冒険者たちの求める答えを出すのは不可能なのだ。何も知らないから。

 いかに頭が回ろうと、何の手がかりもない状況から全員が納得のいく説明をするなど、そもそも不可能なのだ。

 つまり、冒険者たちが冷静に物事を判断することも、不可能ということだ。


「何も知らねんなら、何で逃げるんだよ!」


「そんな敵意を向けられたら、誰だって逃げます!」


 ナナの言うことは至極もっともだ。

 だが冷静さを欠いている冒険者たちには、正論はもはや通用しない。

 こいつらを冷静にさせる方法は2つだけ。

 納得のいく説明をするか、俺をボコるか。

 2つに1つだ。


「みんな、こいつらはほっといて、さっさと追うぞ!」


「「「おおおおおおお!」」」


 冒険者たちは通せんぼするナナを無視し、走り出す。

 いかに行く道を塞ごうと、所詮、味方はナナとソウラとアカネの3人。

 100にも上ろうかというほどの大人数を前にすれば、雀の涙に等しい。


「待ってください! マサトさんは、本当に何もしてないんです!」


 ナナの必至の叫びもむなしく、誰もそれに耳を傾けない。

 正確には、走り出さずにナナの話を聞いている者もいる。だがそれは受付の人間や店の人間、ここを離れるわけにはいかない人間たちだけだ。

 あのレイト率いるヴァテックスでさえ、追跡に向かった。

 ギルド内には、もはや冒険者は一人もいない。

 この街の人間で、もはや俺の味方と言える者は数えるほどしかいない。


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