第74話 「傷ついた人々」
「この街から逃げよう」
第一声、それは逃避宣言だった。
「逃げると言っても、どこにだ? 敵は一直線にここに向かってくるのだろう?」
「この街以外ならどこでもいい。タイミングは28日後、奴らが向かってくる直前だ」
「どうして直前なんですか? 早い方が良いと思うんですけど」
「あらあら、そんなことも分からないの?」
「ムッ、シーラさんは分かるんですか?」
「当たり前よ。そんなことも分からないなんておバカね」
「バカとは何ですか! ソウラさんよりはマシです!」
「おいナナ、それはないだろ!」
「お前ら静かに話を聞け!」
事態は深刻だというのに、誰も危機感をもって話していない。
唯一危機感を持っているのは、敵に名指しで殺す宣言された俺だけと来たもんだ。
「お前ら、何であの女が侵略宣言なんてしたと思う?」
「敵と戦うのだ。宣戦布告は当然だろう」
「我が娘ながら本当におバカね。そんなわけないでしょう。敵が宣言したのは、人間をこの街に集結させるためよ」
さすがシーラ、俺の言いたいことは全て理解出来ているらしい。
普段はウザったいことこの上ないが、この知能が味方にいるというのは心強い。
「でも、そんなこと意味ないんじゃないですか? 宣言する前に不意打ちしてしまえば」
「不意打ちしても自らの存在が明るみに出れば大規模な討伐隊が編成されるか、この世界で最大規模のタストの街に戦力が集中するかになる。つまり、戦う相手の総数はさして変化はない」
「な、なるほど」
「それに、不意打ちで攻めれば本拠地が割れる可能性がある。本拠地が分かれば、モンスターがこの街に来る前に、遠回りでモンスターに出くわさないように攻めることも可能になる。敵に自分たちの位置を悟らせずに攻めるには、宣戦布告する方が都合が言いわけだ。あんな巨大ホログラムを出せる力があればな」
そう、問題はモンスター達に技術力があることだ。
空に浮かんでいたあの女はどう見てもホログラム映像。
あんなものを投影させる技術があるのだとしたら、もしかしたらこの世界の人間よりも技術力は高いかもしれない。
だが、あれは魔法やスキルによるものだという可能性もある。
スキルは何でもありらしいから。
「で、でも、私たちがタストの街じゃなくて最前線の街で迎え撃つ可能性もあるじゃないですか。そうすれば敵の本拠地が分かって、攻めることが可能になるはずです。不意打ちしたほうのメリットの方が大きいんじゃ」
「それもない。最前線の街はこの街に比べて規模は小さい。つまり全戦力を配置できないんだ。そうなれば、最前線に配置された兵士は確実に死ぬ。いかに敵の本拠地が分かるとしても、そんな役割を担う奴はいやしないだろうよ」
命令で嫌々やらされる場合もあるだろうが、上司の目の届かない所で逃げる可能性だってある。
結局は、人間が最前線で戦うって選択肢はないということだ。
「ま、そんなこと考えずにソウラが言った通り、敵と戦うんだから宣戦布告するっていう、馬鹿な考えをしてる可能性もほんのすこーしだけある。それで話は戻るが、ここから逃げる場所とタイミングの理由だが、結論は簡単だ。モンスター達はこの街以外壊滅させるつもりはないからだ」
「あっ、そうですか。そういうことですか」
ナナは今の説明で理解できたようだ。
だけどソウラの表情を見ると、理解できていないことは明白だ。
しょうがないから分かりやすく簡潔に説明してやろうかね。
「さっきも言ったように、モンスターの狙いは俺たち人間をこの街に集結させることだ。つまり、他の場所での戦闘は極力しないようにしてるってことだ。ここまではいいか?」
「うむ」
「でだ、逃げるタイミングが侵略してくる直前なのは、モンスターと鉢合わせしないためだ。すぐに移動すれば拠点にした街をモンスターが横切る可能性がある。30日後、モンスター侵略と同時に移動を開始すれば、移動は間に合わないかもしれない」
「ん? 移動してもモンスターは一直線に来るのだから、結局は鉢合わせになるのではないか?」
「一直線に行けばな。だが、逃げるときは思いっきり回り道で行く。そうすればモンスターと鉢合わせすることはない」
「なるほど。だがそれなら、速めに移動して、30日後に一時的に離れればいいのではないか?」
「それはリスクが高い。モンスターは1か月後に攻めやすいように、前日の段階で本拠地から人間の街に移動する可能性がある。その時にもしも見つかったらお陀仏だ」
「なるほどな。そう言う理由で、逃げるなら28日後というわけか」
「そういうことだ」
俺の作戦、これにはある一つの穴があるのだが、それに関しては深く考えることもないだろう。
なぜなら、この作戦の穴とは人間がモンスターに勝利し追い払った場合、俺たちと鉢合わせするかもしれないというものだからだ。
こういっては何だが、人間がモンスターに勝つことはほぼ不可能だ。
数が違う。
大型モンスターは数が少なくとも、小型の繁殖力は並みじゃない。
いずれ人間側の体力がなくなり負けることは確実だ。
つまり俺の作戦は、人間が負けることを前提に考えた作戦というわけだ。
「さすがマサト、私が惚れただけあって、頭がいいな」
「まあこれは作戦の一つに過ぎないし、決行するにしても28日後、時間はまだたっぷりある。他の作戦も考えよう」
そうして、侵略宣言があった日は丸一日、作戦会議に使った。
だが、逃げる以外にはどれも現実味がなく、あまりお勧めできる作戦は出なかった。
まあ、戦闘に関しては俺たちだけで話しても意味がない。
この街の戦力が集まる場所、ギルドで話してこそ意味を成す。
というわけで、俺たちはギルドに向かうことに決めた。
ギルドに向かう途中、街の異変に気付いた。
街に、傷を負った人間が多数存在する。さらには傷を負っていないがどんよりと暗い顔をしている人間がちらほらと見える。
「侵略宣言された…………からにはちょっとちがうように見えるな」
昨日の侵略宣言で民衆の心に何らかの影響を与えたのは分かる。だがこれは、はっきり言って異様な光景だ。
民衆が抱くはずの感情は恐怖のはずだ。期限が刻一刻と迫り、モンスターはこの街を大群で襲いかかってくる。
それに対し、死の恐怖を抱くことがごく自然のことのはずだ。
だがあの表情は違う。あれはすでに諦めている表情だ。
つらいことがすでに起きている時に、あんな表情をするものだ。この街にはまだ何の危害も加えられていないはずだ。それなのになぜ、あのような表情をするのだろうか。
疑問に思っていると、ある傾向を見つけた。
傷ついている者、暗い顔をしている者、そのすべてが同じ方向から来ている。
あの方向は、街の入り口からだ。
「ちょっと、街の入り口まで行ってみるぞ」
俺の提案にナナ達は軽くうなずく。
俺たちはギルドに向かっていた足を反対方向へと向かせ、また歩き始める。
入り口に向かう途中、やはり傷ついた者は入口方面から来ていることに確証を持てた。
この先に、原因が分かる何かがあるはずだと、浅い思考のまま入口へと向かってしまった。
「なんだよ……これ……?」
入り口に着いた俺たちが見たのは、人の大群だ。
街を取り囲むかのように大勢の人間がテントを張っている。
街に入るために大勢の人間が行列を作っている。
そして、横になったまま動くことのない人間が……大勢いる。
「…………そういう、ことか」
この状況、いやこの惨劇を見て、俺は気付いた。なぜこんなにも大勢の人がいるのか。なぜ傷ついた人が大勢いるのか。なぜ諦めたかのような表情をしていたのか。
この人とたちは、襲われたのだ。モンスターに。
北の方にある街、そこをモンスター達は襲撃した。そう考えればこの状況にすべて合点がいく。
当然、疑問点はいくつかある。
いつ襲われたのか? どのようなモンスター達に襲われたのか? モンスターはどの地域までを侵略したのか?
考えれば考えるほど、様々な疑問は浮かんでくる。
だが俺は、その疑問をすべて解消できるであろう、目の前の人間たちに聞くことは出来なかった。
コミュ障とかそんな話ではない。
あんな表情をする人間に、その原因となることを誰が聞けようか。
そんなこと、俺には出来ない。
あれ? ちょっと待てよ。
モンスターに襲われたってことは、俺がさっき考えていたモンスターの侵略宣言の意味が一切なくなる。
もしかして、敵は本物の馬鹿の可能性があるな。
「ま、考えても仕方ないな。とりあえずここは後回しにしてギルドに行くぞ」
「ん? 何があったか聞かなくていいのか?」
「聞かなくても大体察せるだろ」
「まあ……お前が言うなら私は従うさ」
「大した信用度だな」
「私もマサトさんを信用してますよ」
「アカネも」
「あー、はいはい」
そんな雑談で少し複雑になった心を癒しつつ、ギルドへと歩み始める。
そこで、俺は最悪の理不尽に襲われることになる。




